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第1話:おつかいとおねがい

「は? ……おつかい?」


「うむ。心配せずとも良い。人間の王のところへ行き、ただ伝言をするだけだ」


「え、自分で行った方が早いんじゃね?」


「それがのう……」


 小さなオッチャンは困惑した表情で頭をポリポリ掻くと、切実な事情を話し始めた。なんだか哀愁たっぷりだな、おい。


「ワシが王都へ訪ねるとな……人間どもが『敵襲! 敵襲! 魔族襲来! 各自応戦せよ! 王都を守れ!』とか言って、話も聞いてくれんのだ」


「それって日頃の行いが……」


「猿よ、それは違う。我々魔族はこれまで人間の侵攻に対して随時自衛してきただけであって、こちらから侵攻した歴史など一度もない」


「そういうことだ、娘。初手でワシや他の魔族が訪問すると戦争になる他、何か企みがあるのではないかと人間を不安にさせてしまうのでな。お主にはまず我々側の使者として、人間の王へ交渉の用意があることを伝えてほしいのだ。詳しいことは追って説明しよう」


 王都とか魔族とか戦争とか、ウチの日常では聞きなれない言葉が羅列される。何となく事情は察したものの、置かれている状況を確認するべく素朴な疑問を返した。


「っていうかさ、オッチャンたち誰? ここは渋谷……じゃないのはわかるけど」


「不敬だぞ、猿! こちらにおられる方はな……」


「よいのだプイプイ。ワシも少々説明不足だからのう」


 オッチャンは玉座からおもむろに立ち上がり、マントを翻しては持ち前の渋い声で雄弁に語り始めた。なんだかミニマムな姿が妙に愛くるしい。写真撮っとこ。


「ワシは魔族の王、デモンズ! この世界の誕生とともに生まれ、今日こんにちまで生き続ける原点にして頂点、最古最強の魔族ぞ! そしてここは普通ならば娘の世界と一切交わることのない魔族と魔法が存在する世界、プリモルディオ。娘がここにいるのはワシのチョーチョーチョォォォすごい魔法でここに召喚したからである! 隣にいるのはワシの臣下であるインプのプイプイ。以後よろしく頼むぞ、娘!」


「(自分で最強とか言っちゃう系なんだ……)」


 ガハハと高笑いするこのオッチャン、魔族とか魔法とか結構ヤバいこと言ってるけど嘘でも夢でもないのだろう。

 あのツノとヒゲと青紫っぽい肌の質感……そして立ち上がってから開き始めた眉間の第三の眼。

 それからプイプイとかいう口の悪い小悪魔が目の前で小躍りしている以上、信じたくなくても信じるしかないのかもしれない。

 ……ああ、なんか超絶メンドーなことに巻き込まれそうな予感しかしないわ。


「すっげー迷惑でしかないけど、まあ何となくわかった。あんがと。そんでウチはどうしたら帰れるわけ? そのおつかいが終わったらって感じ?」


「ほう、猿にしては話が早い」


「まさにその通りだ、娘。おつかいを無事終えてくれれば、すぐに元の世界へ帰すと約束しよう」


 へえ。ヴィランな見た目の割に意外と誠実でマトモじゃん。闇バイト的な何かとも思ったけど、案外ホワイトだったりするのかも?


「ちなみに猿がこっそり元の世界へ帰ろうと思っても無駄だからな」


 召喚魔法とかいうのを使えるヤツが別に存在しても、帰還魔法を使えるのはこの世界にオッチャンしかいないと小悪魔が補足する。

 ……おいおいおいおい。それってつまりは無条件降伏するしかないってことじゃん。そんなんアリ? やっぱりブラックじゃん。


「え、何の知識も縁もない世界に勝手に呼び出されてミッション達成しないと帰らせませーんって普通にヤバいバイトなんですけど。ってか、無理ゲーっしょ」


「まあ、そう言うでない。もちろん娘がおつかいしやすいように強化バフを授けよう」


「強化?」


「ちょっと近うよれ」


 手招きするオッチャンの前まで近づく。手のひらが向けられると温かな光がウチを包んだ。身体の内側からじんわりと熱を感じる。いや、そこそこ暑い。なにこれ痩せそう。


「何したのー?」


「ワシのチョォォォすごい魔法で娘のステータスを底上げした。簡単に言うと……そうだな、いま娘はこの世界でだいたい二番目くらいに強くなったと思えばいい」


「……二番目?」


「だってワシと同じくらい強くなったらワシの立場がないであろう」


「そらそうだわ」


 オッチャンによると身体の内側で熱を帯びた感覚はどうやらウチ自身が強くなった証で、攻撃力や防御力、体力や魔力といった基礎ステータスが底上げされたほか、あらゆる魔法やスキルもウチの中に刻まれたらしい。受け売りで話してるけど何を言ってるのか、ウチにはさっぱりわからない。


「デデデ、デモンズ様! こんな猿にそこまで手厚くしてよろしいのですか⁉︎ その力を使って人間と共謀でもされたら……」


「プイプイよ、寝言は寝てから話せ。我が魔族の一大事を託すのだ。これくらいのことは当然だろう。それに娘は……必ずやり遂げる。ワシにはわかる」


 穏やかな笑みを浮かべるオッチャン。この人……もとい魔王はなぜこんなにもウチを信用するのだろう。初めて会ったばかりの、しかも彼らとは対極にいるらしい人間のウチを。

 だから聞いた。率直に聞いた。こういうことって早いうちに明らかにした方がいいってパパが言ってたから。


「すっごい期待してくれてるのはわかるし、ウチも元の世界に帰りたいからそれなりに頑張ろうとは思うけどさー。なんで初めましてのウチにそんな信頼寄せてんの? この世界のことなーんも知らないんだよ? 結構なギャンブルじゃね?」


「……瞳だ。瞳は何も言わないが、その者の多くを語る。性格や行動の習性、これまでの努力、それから信用に足る人物か否か。娘の瞳はな、真っ直ぐで澄み切った良い瞳をしている。だからワシは確信した。必ずや最後までやり遂げてくれるだろうとな」


 声の響きに嘘や含みや企みがない。ウチは昔からその人の人柄を声色で判断してきたところがあるから、オッチャンの言っていることがなんとなくわかる。見た目は完全にアニメとかゲームに出てきそうなヴィランだけど……信頼してくれてるってことだし、なんだか困ってそうだから一肌脱いであげるとしますかね。それに早く帰らないと家族が心配しそうだし。


「そっか。そこまで言われたらさ、もうやるしかないよね。自力では帰れないし」


「おお、そうか! やる気になってくれたか! よし、それならもうちょっとサービスさせてもらおうぞ」


 オッチャンが短い人差し指をビビディバビディブー的に動かすと、手に持ったスマホがウチと同じように熱を帯び始めた。ちょ、おまっ、やめっ。


「ウチのスマホに何すんの⁉︎」


「ワシの魔力をちょっぴり注がせてもらったのだ。元の世界との通信はできないが、こっちの世界でしばらく生きていく上で便利な機能をいくつか追加しておいたぞ。半永久的に駆動するようにしたから、動力の補給も必要ない。ワシとの通信にも使えるのでな、王国までの道中で困ったら使ってみるが良い」


 スマホのホーム画面に追加されたオッチャンアプリの数々。その名もデモンズマップやデモンズペイ、デモンズショップに……デモンズグラムってなんやねん。タップタップ。

 ……え。タイムラインにオッチャンの自撮りしか流れてない。なにこれ地獄絵図。


「やば……」


「おお、そんなに気に入ってくれたか! 娘の世界について少しは学んでおいてよかったわい。それからな、知らない世界を一人で歩くのは心細かろう。ここにおるプイプイを一緒に連れて行くといい。少し口うるさいのが玉に瑕だが、ワシの次に博識だから何かの役には立つだろうて」


「さすがはデモンズ様。なんと寛大でありま……ってワタシ⁉︎ なんで⁉︎ デモンズ様のお世話はどうするのです⁉︎」


「ワシのことは気にせんでいい。自分のことは自分でやる!」


「えっ、洗濯も掃除も一人で出来ませんのに⁉︎」


「ええい! ワシは魔王ぞ! なんだってできる!」


 もはや執事と不器用な主人のやり取りでしかないのだが、ここまで微笑ましいと初対面ながら好感度が上り調子になってしまう。

 オッチャンと小悪魔が争っていると、その場の空気を攫さらうように慌てた声が空間に響いた。


「デデデ、デモンズ様! 大変です! メタルスライムの里が!」


 ツヤのある重厚な鎧を身につけたガイコツが玉座に駆け寄ってきた。……アクション俳優もビックリのひねり付きバック転で。

 え、いまの動きって要る? っていうか、鎧着たホネなのにすげーなその動き。マジで魔族ってなんなん。


「どうしたのだ、ガイコツアーマーよ」


「(……名前、まんまじゃねーか)」


「いいい、いまメタルスライムの里からの救難信号をキャッチしました! 現地によると……人間の冒険者が数名で里に侵入、メタルスライムを無差別に攻撃して経験値を荒稼ぎしているとのことです! どどど、どういたしましょう⁉︎」


 頭を抱えるオッチャン。ひとしきり悩み……チラチラとつぶらな瞳を何度かウチに向けるとニッコリ笑った。


 おい、待て。いまの悩んだフリだったろ。


 この後に言うのはゼッタイ—————————。


「娘よ、ちと頼まれてくれるか」


「だと思ったァァァァァァァァァ」

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