第15話:紺青色の変態
この世界にやってきて濃すぎる一日を終え、翌朝。
メッタンお手製のふわふわパンケーキ(甘さ控えめの生地に濃厚なハチミツが絶妙)を朝食として平らげ、迎えにきたケンタウロス軍団に生き残ったメタルスライムたちと捕縛した人間を託してからウチらも城を後にした。
というのも昨夜、突拍子のないウチの主張に対して『それなら良いところがあります』とメッタンが応えてくれたことにより、次の行き先があっさりと決まってしまったのだ。
「これから行くところ……なんて言ったっけ? なんとかさんの工房」
外へ続く洞窟内をスマホのライトで照らしながら、並んで歩く(というか器用に下のメタルスライムが重心移動させて動く)メッタンに尋ねた。
「アルフェの工房ですね。武器や防具の製造なら右に出る者はいないと言われる、確かな腕を持つドワーフの店です。ちなみに私のこの剣もアルフェに作っていただきました」
手入れの行き届いた剣を嬉しそうに見せてくれるメッタン。も〜、可愛くてしょうがない。
「そっかそっか。メッタンの知り合いなら話は早そうだね。プイプイももちろん知ってるんでしょ?」
ウチの頭上で図々しく雑魚寝する小悪魔に尋ねると意外な言葉が返ってきた。
「それがな……存在自体はよく聞くのだが、ワタシもデモンズ様も顔を合わせたことはないのだ。そのドワーフはどうも魔王サイドと距離をとっているみたいでな」
「その話は初めて聞きましたね。恐らくですが……彼女が人間と魔族の混血でさらに人間に向けて武具を卸していることと何か関係があるかもしれません」
耳に入ってくる情報がいちいち新しい。なんとなくの直感でしかないけれど、『武器作ってください!』『はいよー!』なんていう単純な流れにはならないことを覚悟した方がいいかもしれない。
……っていうか、魔族と人間のハーフなんて成立するのかこの世界。彼女ってメッタンは言ってるからそのドワーフは女性か。麗しい方だったらテンション爆上がりだなぁ。
そんな新しい魔族との出会いに期待とちょっぴりの不安が交差するとき、洞窟の先に光が見えた。外だ。久しぶりに外の空気が吸えると思うと、歩幅は自然と大きくなっていった。
「やったぁぁぁぁ外だぁぁぁぁ! 空気美味しーッ!! お日様眩しーッ!!!」
「そんなはしゃぐな。たった一日ぶりだろうが」
「ハッハッハ。ヒカリ殿は本当に元気なお方ですな」
緑生い茂る葉の匂いと柔らかくて暖かいお日様の光。こんな気持ちのいい空気はどうしても田舎のばあちゃん家を思い出してしまう。元気かなぁ、ばあちゃん。
と、元の世界をノスタルジックに思い出していたウチは、不意に浮かんだ疑問を魔族の彼らにぶつけた。
「ねぇねぇ、ここからそのアルフェさんのところまでどうやって行くの? まさか徒歩で……なんて流石に言わないよね?」
謎に流れる沈黙の時間。メッタンの甲冑とスライムはウチの頭上あたりの小悪魔を見ている気がする。
おいおいおいおい、まさかそんなわけはないよね。どれほど歩くか知らんけど『徒歩だよ』なんて言わないだろうな。
「徒歩に決まってるだろ」「徒歩ですね」
ものすごく息の合ったタイミングで言い放つ魔族の彼ら。ふざけてる。マジでふざけてる。
「え……ちなみに聞くけど、どれくらいここから離れてるわけ?」
「そうですねー、たぶん200キロくらいでしょうか」
「いやいや、メッタン。それは盛りすぎだ。せいぜい180キロくらいだろう」
「あー、そうですね。ちょっと過剰な表現だったかもしれません」
「「ハハハハハハ!!!」」
コイツらを一回ぶん殴ってしまうのもひとつの手だが……いやいや、そんな野蛮なことはせずあくまでも穏便にいこう。うん、そうだ。これから人間たちと平和的な交渉を行なっていこうとするときに暴力で済ませるスタンスはアカン。反省反省。
「じゃあなに、また脚に魔力込めてビュンとひとっ飛びしろってこと? あれ結構疲れるんだよ?」
「そうは言ってない。それにオマエの課題は魔力の配分だ。オマエは放っておくとやたらめったら魔力を使い込んですぐ枯渇させてしまう傾向がある。魔法が必要なときにそれだと詰みかねん。よってこれからは時と場所と状況をわきまえながら魔力を使っていけ。要するに効率と省エネを意識するんだ」
……そんなのわかってる。痛いほどどうにかしたいと思ってる。だからこれから武器の相談をしにアルフェさんのところへ行くのだ。……などと口答えすれば余計に面倒なのは明白だった。
故にここはブーブーと文句を垂れるだけの可愛い女子高生を演じよう。いや、正真正銘女子高生だが。
「そんなのわかってますよーだ」
「まあまあ、プイプイ様。ヒカリ殿の才覚はまさに未知数。これからが楽しみではありませんか」
「そうだよ、メッタンよくわかってるぅ♪」
なんて戯けてみせたものの、ちょっと買い被りすぎなのではと思わなくもない。まあでも、この心境はたぶん『一刻も早く強くならないと』っていう焦りがそうさせてるのだろう。
とはいえ一朝一夕で上達することなどこの世にはない。地道でも泥臭くても努力するしか道はないのだ。と、達観して自分に言い聞かせてみたりする。偉いね、ウチ。……自分で自分を褒めていくスタイルだぞ。悪いかコラ。
そして『ふん!』と鼻を鳴らしたプイプイによってなんとなく空気が悪くなるのを感じ取ったとき——————。
——————空から予想もしない助け舟が降ってきた。
「へ〜〜〜イ!! そこのお嬢さん何かお困りの感じだネ〜イ⁉︎ ちょっとミーに話してみなヨゥ!!! フゥーッフゥーッ!!!」
美麗なカーブがどこか艶かしい黄金の双角、妖しくも吸い込まれそうな真紅の瞳、競走馬のようなしなやかで屈強な紺青色の四肢。そして、荒すぎる鼻息。
どっしんと地面が鳴るほど派手な着地をしたその存在は……恐らく魔族。たぶん魔族。いいや、絶対魔族。
ロイヤルなカラーリングがどこか高貴さを感じさせるけど……鼻息の荒さとどこかイッちゃってる眼差しは変態でしかなかった。




