第14話:ポトフとカンパーニュとこれからの旅路
…………知らない天井だ。
フカフカのベッドに、着心地の良いパジャマ。
薄暗い部屋の窓の向こうでぼんやりと光があるのを感じる。
ここどこだっけ? 何がどうしたんだっけ?
確か、王様が光になっていくのを見送って……。あ。
「そうだよ、メッタン! メッタンはどうなったの⁉︎」
「わわわわ! ビックリしたァ! 起きたならゆっくり起きろバカタレ!」
反射的に飛び上がり高速で翼をはためかせるプイプイが目を丸くして言う。
ウチはそんな小悪魔の身体を両手でガッシリと掴み、五月雨式に問いを投げかけた。
「ねぇ! ここどこ⁉︎ メッタンはどうなったの⁉︎ そんでお腹ペコペコなんだけど何か食べるものない⁉︎」
「少し落ち着け! 順を追って説明するから、まずは手を離せ!」
ウチの手を振り解いて掛け布団の上にちょこんと乗った小悪魔は、スゥと一息吸ってから話し始めた。
「王国騎士団5番隊隊長のゴンザブロウが自らの鉄球で倒れた後、キングがメッタンに対して蘇生魔法を使った。自分の生命を代償にしてな。そしてキングが光となって消えていくとき、オマエが突然気を失って倒れたんだ」
「うん。ウチの記憶、そこくらいからない」
「それからは蘇ったメッタンとヒールスライムたちが駆けつけてくれて、みんなでオマエを担ぎながらこの城の一室に運んだというわけだ。ヒールスライムが回復魔法を施してくれたから身体は元気なはずだぞ」
……言われてみれば確かに。軋むような腕の痛さも、脚が棒になったような感覚もない。泥まみれだった髪も身体もお風呂に入った後みたいに綺麗さっぱり無くなっている。すんすん。すんすんすん。うん、汗臭さもないや。ほんのり石鹸みたいな匂いがする。あの子たちの魔法って入浴的な効果まであるわけ?
「……そっか。みんなが助けてくれたんだね。ありがとう」
魔族のみんなのおかげでウチはいますっかり元気に生きている。でも、メッタンは傷ついて、王様は光になって消えてしまって、同じ人間のアイツは……死んだ。
事故だったとしても、偶然で仕方なかったとしても、迅速に無力化できなかったウチにやっぱり責任の一端はあるはずだ。だって……世界2位のチカラを与えられていながら使いこなせていないのだから。
そんな自責の念にかられるウチを表情から読み取ったのか、プイプイがフゥと吐いてから口を開いた。
「何度もしつこいかもしれないが、ゴンザブロウが死んだのはオマエのせいじゃないからな」
「……」
「オマエはワタシたち魔族を守るためにボロボロになるまで戦って、その過程でやむなく死んだんだ。それにアイツとアイツの一味のせいで、こちらはメタルスライムたちの多くが犠牲になった。こんな悲劇を繰り返さないためにも、ワタシたちは一刻も早く王都に行かねばならん」
「……うん。わかってるよ。でもやっぱり———」
———ウチは非力な自分を許せない。
と、自責の言葉を口にしようとしたとき、トントンと優しくドアを叩く音がした。
「お、来たか。入って大丈夫だぞ」
「失礼いたします。おやヒカリ殿、やはりお目覚めでしたか」
聞き覚えのある落ち着いた声。ニコニコと微笑むスライム、それから身振り手振り全開でコミュニケーションを取る甲冑。
守りたくてしょうがなくて、でも守りきれなくて唇を噛んだ存在———。
——————メッタンが、そこにいた。
「メッッッタン! よかったー! どう? 元気? 痛むところとか不自由なところはない?」
「ヒヒ、ヒカリ殿! それはこちらのセリフです! ままま、まずは落ち着いてくだされ!」
おっと、ウチとしたことが嬉しさのあまりに飛びつき抱きつき、そして頬ずりまでしてしまった。失敬失敬。少しは大人な振る舞いをして見せないと。まあ、まだティーンだけどさ。
「ごめんごめん。メッタンが元気そうなの見て嬉しくてさ」
「いえいえ。ヒカリ殿がお元気そうで安心いたしました。それよりお食事はいかがでしょうか? プイプイ様からひどく空腹だったとお聞きしましたので、簡単なものですがご用意させていただきました」
そういえば彼の両手には大事そうに運んできたトレイがあった。
トレイの上には……食欲を刺激する香ばしい匂いの具沢山スープと、焼きたての香りがする田舎パン風の何か。ゴクリ。食べたい。今すぐにでも頬張ってしまいたい。だがそんなはしたないことは——————。
——————ぐぅぅぎゅるるる。
「いただきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!」
ズビズビズビ、モシャモシャモシャ。ムッチャモッチャ。
身体が久しぶりの食事を喜んでいるのがわかる。
このスープはなんだろう。にんじん、たまねぎ、じゃがいも、ブロッコリー、それからベーコンが入ってて……コンソメの風味も感じる。え、これポトフじゃね??
「メッタン、このスープすごく美味しい!」
「ハッハッハ、喜んでいただけてよかったです」
「何ていうスープなの?」
「ポトフという、肉や野菜や香辛料を入れて煮込んだシンプルなスープです」
「……え?」
「え?」
待て待て待て。なんでこの世界にウチの世界と何ら変わらない食材や料理がある?
料理名まで一緒だぞ。それにこれまでプイプイが口にしていた『猿』とか『カメレオン』っていう表現も気になる。
もしかして、こっちの世界にもごく当たり前に存在するのか?
っていうか、この料理……メッタンが作ってくれた?
「あ、ううん! ウチ、ポトフ大好き! このパンも美味しそうだね、いただきま〜す」
ハムハムハム、モッチャモッチャ。噛み応えのあるハードなパン。外はカリッと香ばしく、内側はしっとり。ほんのりと塩味が効いていて切り込みが入っているシンプルなこのパンは……見た目からしてカンパーニュだけど。
「パンもすごく美味しい! ポトフにすごく合うね! これは何ていうパンなの?」
「カンパーニュです。人間たちは日常的に食していて、スープに合わせるならこれがスタンダードだと本で読んだことがありまして。ふふふ、それにしてもそんなに喜んでいただけると作った甲斐がありました」
「え」
「……え?」
「これ、スープもパンもメッタンが作ってくれたの?」
「はい、もちろん。……どうかされましたか?」
頭の中でハテナが増殖する。なぜ。なぜ。なぜ。
なぜメッタンがこうも人間の食文化に精通していて、なぜこうも食材が揃っているのか。
こういうときは解説ポジションのあの方に尋ねるのがいい。そうだ、それがいい。
自然と……いや、明確な意思をもってプイプイの方を向く。
「なんだよ」
「解説を……お願いします」
「バカタレ。解説も何もあるか。キングが言っていたじゃないか。メッタンは人間の文化に興味を持っているって。だからその料理も料理に使われている食材も、木製の食器も全てメッタンのお手製だ」
「え⁉︎ これ全部⁉︎」
「はい……お恥ずかしながら。食材は城のそばにある畑で育てたものがほとんどです。あ、ベーコンとコンソメなんかはケット・シーのお店から仕入れたものですね」
下のスライムがきょとんとした表情でウチを見上げ、上の甲冑は『普通のことですけど何か?』と言わんばかりに首を傾げている。このメタルスライムナイト、実はめちゃめちゃ器用でヤバい存在なのでは? いい意味で。マジでいい意味で。
「え、でもさでもさ、魔族は魔石を食べて生きてるんだよね? どうして人間の食事を?」
「仰るとおりで、魔族は魔石を食べれば生きていくことはできます。ですが、かつて我が主の外遊に同行したとき、魔族に友好的な料理人と出逢ったことで人間の食の魅力を知ったのです。そのとき作っていただいたスパゲッティなるものがどうにも忘れられず、人間の本を読みながら独学で勉強したらこうなった……というのが顛末です」
「そ、そうだったんだ……」
魔族の子たちってこんな愛くるしい見た目しておいて、ハンパないポテンシャルを持っている連中な気がする。集中力というか熱量というか、何かを成そうとするエネルギー……生命力とでも言うのかな。そういうチカラがみなぎっている気がする。
「と、いうわけだ。メッタンのおかげでオマエはいまこうして食事できている。何の不思議もないだろう。ところで話は変わるんだが、メッタンは今後どうするつもりだ? キングの要請通り、生き残ったメタルスライム族はデモンズ様の元で一旦預かることにしたが……」
「はい。それなのですが……」
上の甲冑も下のスライムも何か言いたげにモジモジと動く。うん、いいぞ。可愛い。
……ではなくて。なんでも言って来い。さあ、早く。
「私もヒカリ殿とプイプイ様にオトモさせてはいただけないでしょうか? デモンズ様の元という安全な場所でメタルスライム族を統率する役割ももちろん考えました。本来はそれが筋でしょう。しかし、この生命は我が主メタルスライムキングから託された生命。であるならば、将来のメタルスライム族のために使いたい。再び里を開くにしても相応しい土地を知る必要がある、この世界で生きるなら人間のことをさらに知っておく必要がある。私はこの世界についても、人間についてもまだまだ知らないことばかりの未熟者です。だからぜひ、崇高な使命を持って王都へ向かう皆さんに帯同し、見識を広めさせていただきたいのです。必ずお役に立ってみせますから、どうか————」
ウチは口角を上げながらプイプイと目を合わす。
王様が言っていた通りだ。断る理由なんてウチらにはどこにもない。
「メッタン、これからよろしくね」
「……え?」
「だから、よろしくだってば。美味しいごはん作ってね!」
「は、はい! もちろんです! 喜んでお作りいたします!」
「(ぴょんぴょん跳ねてる! なにこの子、可愛いがすぎるんですけどぉ……)」
メッタンという心強い仲間が増えたことで、きっとこれからできることが増えると思う。
何より『空腹で魔力切れを起こす』というウチの弱点をフォローできるかもしれない。
オッチャンから託されたチカラは強大だ。故に魔力の消費が激しい。
だからもっと、魔力効率の良い戦い方をしたい。
これまで見てきた、斧、槍、針、剣、鉄球……そういう道具みたいなものがウチにもあればいいのだろうか。
頭の中であらゆる思考が駆け巡っているとき、プイプイが口を開いた。
「それでこれからのことを決めたいんだが……」
これからのウチらの旅路。王都までの道のり。
直感でしかないけれど、バニーオヤジみたいな連中がきっと襲ってくるはずだ。
そのときまでにウチはちゃんと強くなっていないといけない。
託されたオッチャンの力を正しく使えるように、誰も傷つけずに迅速に無力化できるように。
いまより強く、もっと強くならないといけない。
全ては、魔族と人間の平和的な交渉のため。
だからウチは率先して手を挙げた。
「みんな聞いて」
「おいおい、急にどうしたよ。ポトフのおかわりか?」
「ウチさ——————」
————————————武器が欲しい。相手を無力化するためのとっておきの武器が。




