第13.5話:暗躍
柔らかな口当たりとフルーティな酸味。そして、ほのかな甘みが口内に広がった。
普段のワインとは明らかに違う。平坦ではなく奥行きのある豊かな味わい。
質の向上を感じ取った儂は給仕係の女へ尋ねた。
「グビッ……グビッ……ふぅ。美味いワインだな。産地はどこだ?」
「中央地方のエルフの森でございます。どうやらここのところ、王都向けにブドウの品種改良を行っているようでして」
「クックック、人間に媚びてきおったか。魔族のくせして金が欲しいとは卑しい奴らよ」
給仕係が再びグラスに注ぐ。紫の財宝のような液体の輝きと芳醇な香り。それのみならず脳裏に浮かんだ汗水垂らして働くエルフの光景が、さらに味わいを深めた気がした。
そうして晩酌を楽しんでいると、コンコンと自室の扉を叩く音が響いた。この時間にしては珍しい。まあ、朗報ではないのだろうが。
「入れ」
「エドワーズ様、失礼いたします」
秘書の男だった。ひどく深刻な顔をしている。
「手短に話せ」
「はっ。特命を遂行中の5番隊隊長との連絡が途絶えました」
「……メタルスライムの里へ向かったゴンザブロウか。何があった?」
「不明です。ただ、最後の通信に『異世界から召喚者の可能性アリよ。魔族と行動を共にしているわ。名をカミヤヒカリ。若い娘よ。気をつけてねん♡』とだけ残されていました」
「……ほう」
純粋な暴力に定評のあるゴンザブロウとの不通、異世界召喚者の記述と聞き覚えのない名前。そして、最後の注意喚起。5番隊隊長は潰されたと見るのが妥当か。
隊長クラスが討たれるのは珍しいが……代わりはいくらでもいる。いま必要なのは情報だ。
「ゴンザブロウは戦死した恐れがあるとして2番隊隊長のスカーレットに伝えろ。現地へ急行させ事実確認と情報を集めさせて来い。ハルト王の名前で特命書を刷って構わん」
「かしこまりました」
「用が済んだなら下がれ」
「はっ。失礼いたします」
静寂の戻った自室。一粒のオリーブを齧り捨て再びワインを口に運んでから、儂はどこまでも広がる王都の夜景を眺めた。泥臭く働いて灯す下級国民たちの明かりを見下ろすのは実に気分がいい。
「クックック。デモンズめ、また異世界召喚とは芸のない奴よのう。何度使者を遣わせようとも、この内務大臣エドワーズの前には無意味だと思い知らせてやる」




