第11話:毒針、再び。
プイプイはウチの肩に乗ったまま下腹部あたりを覗き込み、ティースプーンみたいな指先でちょいちょいと示した。
一体なんなんだ。ウチが必死に逃げ回っているというのに———。
—————————え、ウソ。
「やばぁぁぁぁぁッ! え、なにこれ。ウチずっと刺したまま喋ってたの⁉︎ めちゃ恥ずいんですけど! ってか、もっと早く教えてくれてもよかったじゃん!」
「なんかその……収まりが良くて気に入ったのかな、とか思ってだな……」
下腹部に刺さったままの毒針。ダウナーお姉さんに刺されてから今この瞬間まで刺しっぱなしで来たらしい。マジでやばい。恥ずかしさで爆発しそう。
……ん? でも待てよ、これって……。
打つ手なしの詰んだ状況に一筋の光明を感じた。もしかしたらなんとか……なんとかなるかもしれない。
「ねぇプイプイ! この毒針って使えないかな⁉︎」
「……うーん、オマエに刺さったとき無毒化された可能性は否定できない。なにしろデモンズ様の強化を受けてるくらいだからな。よし、ちょっと待て。ワタシが引っこ抜いて鑑定してみよう」
プイプイはそう言うと、肩から下腹部へ向かってウチの身体の前面を這いずるように移動した。モゾモゾ動かれるとなんだか……んぅ、んーっ、あー! メチャくすぐったい!
「ちょ、ちょっと! どこ這ってんの⁉︎」
「ええい、しょうがないだろ! 無駄にデカいこの山脈を越えないといかんのだ!」
「無駄とか言うな!」
全力で走るウチから振り落とされないよう、プイプイはYシャツにしがみつきながら胸元を越え、ヘソを越えていく。……いや、あの、ホンットーにくすぐったいっす。はやく、はやく針、抜いて。
「よし、抜くぞ!」
「うん!」
『よっこいせ!』とおじいちゃんみたいな声をあげてプイプイが針を抜くと、眉間にシワを寄せながら上から下までジロジロと眺め始めた。どうやらこれが鑑定とかいう作業らしい。
「で、どうなの⁉︎ その針使えるの⁉︎」
「武具としての針部分は使える……が、やっぱり毒要素は消えてるな。無毒化されてる」
「マジか……」
絶望的な状況。この状況を脱する唯一の可能性が消えようとしたとき———。
『かつて大魔法使いとまで呼ばれた我が主の力が裏目に出てしまいました。面目ありません』
———小さき鋼の騎士の言葉がフラッシュバックした。
「……そうだ。そうだよね、メッタン!」
「なんだなんだ、どうした⁉︎」
「ねぇ、あの王様って大魔法使いっていうくらい魔法が得意なんだよね⁉︎」
「あ、ああ、昔はそんな呼ばれ方もしていたが……今はどうだろうな。キングも歳をとってご覧の通り隠居暮らしだ。かつてのように幅広く魔法を駆使できるかは本人に聞いてみないと正直わからん」
「じゃあ聞いてきて!」
「ええ⁉︎」
「その針持って聞いてきて! ついでにできるならその針に何か魔法込めてもらって! 毒じゃなくても、あのオヤジを止められるならなんだっていいから!」
「えええ、おい、ヒカリ! オマエなにして……」
下腹部で針を持ったまましがみつくプイプイを右手で握る。野球で使うボールの様に。そういえば小学生の頃に男子にまぎれてよくやったっけ。懐かしいなぁ。……って、そんな呑気に思い出に浸ってる場合じゃないな。うっし。やるか。
「鉄球はウチに任せて! それじゃ……いってらっしゃぁぁぁぁぁい!!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
渾身の力でプイプイを最奥部の王様めがけて投げた。魔力を込めていなくともオッチャン強化のおかげか、あり得ないスピードで飛んでいく。よしよし。後は頼みましたよ、プイプイさん。
「……さて、と」
走りつつ改めて状況を確認。バニーオヤジは王の間のほぼ中央に陣取り、相変わらずクソバカデカい鎖付き鉄球をハンマー投げのごとくウチに向かって投げ回してくる。
鉄球は物理法則をガン無視。放り投げられると生き物のようにうねりながら追跡してくる。恐らく魔石か何かの影響だろう。
でも、永遠に追いかけてくるわけではない。一定の距離を追跡するとオヤジの手元に戻る。それはまるで、ヨーヨーのように。ということはつまり……リーチに限界があるということだ。
鉄球のリーチが限界に達してオヤジに戻る瞬間。それがきっと最大のチャンス。
「ほらほらァ! モタモタしてると潰されるわよォ!! オホホホ!!!!」
バニーオヤジは引き続きウチらを痛ぶることにご執心の様子。王様の元へプイプイを送ったことに気付いた様子はないっぽい。イケる。たぶんイケるぞ。あとは王様次第だけど……。
「逃げるだけじゃあアチシには勝てないわよん! まぁ、立ち向かったところで死ぬだけなんだけどぉ!! ホホホホ!!!」
「はいはい。言ってろ言ってろ」
「キィィィィィィィィィィィィ!!!」
癇癪を起こしてばかりのバニーオヤジ。ホント思うけどさ、ああいう大人にはならないようにしたいよね。ウチも気をつけないと。
そんなことを考えながらも鉄球の規則性になんとなく気付いて回避行動を繰り返す。合間に王様の方へ目をやると、プイプイが身振り手振りをつけて説明しているシーンが見えた。いいぞいいぞ。その調子。
「こんのォ……胸だけ無駄にデカいクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「だからどいつもこいつも無駄無駄無駄ってうるせー! 失礼だろ!!!」
並々ならぬ力を込められたのか、ぶん投げられた鉄球のスピードが速い。それだけではない。ガガガガゴゴゴゴバキンガキンゴギンと音を立てながらメタルの壁や床を軽く抉っていくのだ。
魔力アシストなしの走りだとちょっとヤバいかも。これは追いつか……ちょ、ちょ、ちょっとタンマ……ッ!
「ふぅ〜あっぶな〜。判断ミスってたら今頃ぺしゃんこかぁ」
急に加速した鉄球の動きに合わせて身体が咄嗟に反応。王の間の壁側をなぞるように逃げていたウチは中央部へ向かって転がり避けた。鉄球もリーチの限界に達したのかバニーオヤジの元へ還っていく。
瞬間、プイプイと王様のいる方角で微かに青白い光を感じた。見覚えのある光。魔法の光だ。
針を抱えたプイプイとウチの視線が交差する。わかる。あれは……準備万端オッケーカモンのサイン。
全て、整った。反撃の準備が整った。あとは————————。
————————ウチが勇気を振り絞るだけだ。
「……やってやろうじゃん!!!」




