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第10話:空腹のギャル


 ……いない。どこにも、いない。

 先までウチを小馬鹿にしていたオヤジが、メッタンを鉄球の下敷きにしたオヤジが、いない。

 

「え、どこ⁉︎ アイツどこいった⁉︎」


 上下左右、全方位を見渡す。嫌味で気持ちの悪い声も聞こえず、オヤジの気配は完全に消えた。消える瞬間は何かこう……被る動作みたいなものがあった様に見えたのだけど。

 オヤジが立っていた地点を再び見ても、やはりそこには誰も何も残っていなかった。


 ……が、唐突に身体が感じ取ったのは微かな風だった。


「ヒカリィ! 上ッッッ上ェェェェ!!!」


 プイプイが肩で慌てふためく。足元に広がる影、頭上に感じる巨大な質量の気配、動物的な熱の感触、そして古くなった油のような匂い。どこかで嗅いだことがある気がする。……そうだ、これ加齢臭だ。

 鼻腔の奥まで侵入してくる不快感から逃れようと、身体は反射的に回避行動をとった。


 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!


 数秒前までウチが立っていたメタル製の床はバキバキに粉砕され、巨大な棘付き鉄球がその威力を誇示するように鎮座していた。


「んもう使えない! アチシの鉄球ちゃんが見えちゃってたら何の意味もないじゃない! 潜入にしか役に立たないわよ、こんなもの! クソジジイの役立たず!」


 と、止まない愚痴をこぼしながら無の空間からひょっこりバニーオヤジが顔を出し、何かを放り投げると同時にピチピチのタイツ姿を視認できるようになった。え、なんなん。どゆこと?


「光学迷彩ッ⁉︎ 人間が作れるようになったっていうのか⁉︎ そうか、だから誰も気付けずに……」


 目を丸くするプイプイ。ブツブツとひとりで納得するモードに突入してしまった様子だが、少しはウチにも説明してほしい。


「えっとさ、つまりはどういうことなの?」


「猿にもわかるように言うとだな……」


「あー、また猿って言った! せっかくちょっと仲良くなったっていうのに!」


「や、やかましい! すごく簡単にかいつまんで言うとだな、アイツは瞬時にカメレオンになれるマントを使ったのだ。周囲の環境に合わせて体表の色を変え、天敵から身を守るカメレオンの特性はわかるよな。その特性を応用した技術でアイツはここまで誰にも見つからず到達した。人間の技術進歩は……恐ろしいほどに速いらしい」


「ふーん、カメレオンねぇ」


 その光学なんちゃらのマントについてプイプイはツラツラ述べているのだが、使用者のバニーオヤジには肌に合わなかったらしい。

 というのも、永遠に愚痴をこぼしながらマントが落ちているらしき床を何度も踏んづけているのだ。……合う合わないは誰にでもあるけどさ、物は大切に使おうよ。っていうか、そのクソバカでかい鉄球どうやって持ち込んだんだよ。


「あぁぁぁ! もうほんっとに腹立つわねぇ!」


 マントへの八つ当たりだけでは飽き足らず、バニーオヤジの感情の矛先は当然のようにウチらに向けられる。やれやれ。ホントこういう大人にはなりたくないね。


「おい、クソガキィ! このムシャクシャどうしてくれんのよぉ!!」


「いや、知らんがな。アンタが勝手に暴れて勝手にイライラしてるだけっしょ」


「キィィィィ! ああ言えばこう言う! 土下座したって許さねぇかんな!」


「ウチがアンタに土下座する理由ないし、そもそもアンタを許さんのはウチの方だから」


「口ごたえばかりぃぃぃ! ぶっ殺してやるッ!!!!」


 顔を真っ赤にしたオヤジが高く跳躍。上空で巨大な鉄球をグルグルと回転させ、ウチらにめがけて放った。重力を味方につけた殺意の塊が襲い来る。


「あんなもの……魔法で吹き飛ばしてみせるんだから!」


 ウチは降下してくる鉄球に向けて右手をかざした。照準オッケー。イメージは里の入口で二人組を吹き飛ばしたような強い風。突風。あるいは竜巻。とにかくあの塊をオヤジごとどこかへ吹き飛ばすくらいの威力をもう一度。

 城の天井に穴が空いてもいい。危機回避のためだもの。王様だってきっと許してくれる。もしも怒ったら……たぶんプイプイが何とかしてくれる、はず。

 さあ、あとはありったけの魔力を流し込めば————。


「……あれ? え、なんで⁉︎」


「おおおおい、なにやってんだ⁉︎ 早く魔法を放てッ!!」


「やってる! やってるんだってば! やってんだけど……魔力が……流れない」


 体内で魔力が流れるときの……熱が全身をめぐるようなあの感覚が、ない。青白く光る現象も、魔法がカタチとなって放出する兆候も何もない。なぜ。どうして。いまこの瞬間こそ、魔法が必要だっていうのに。


「……やっぱりダメッ! うんともすんとも言わない!!」


「おいおいおいおい、来るぞ来るぞ……落ちてく……避けろォォォォォォッ!!!」


 間一髪。鉄球との距離わずか数ミリほどのタイミングで身体が反応した。しかし、安堵する(いとま)は与えてもらえない。うねり動く獣のように鉄球は追い討ちをかけてくる。


「ほらほらほらァァァァァァァァ! 逃げないと死んじゃうわよぉ! オホホホホ!」


 どこまでも追撃してくる鉄球。逃げ回ることしかできない自分に苛立ちさえ覚え始めてしまう。魔法さえ……魔法さえ使えれば、きっとあんなのワンパンなのに。


「ねぇプイプイ! なんでウチ、魔法使えないの⁉︎ ここに来るまで散々使ってたのに!」


「恐らくだが……」


 眉間にシワを寄せながらプイプイが言葉を続けようとした、そのとき——————。



 ——————ギュルギュルギュルギュルギュル。



 腹の虫が鳴いた。

 それはもう盛大に。王の間に響き渡るほど。

 ……そうだ。そういえばウチ、こっちに来てから水しか口にしていなかったっけ。


「うぅ……お腹へったぁ……」


「やっぱりオマエ魔力切れじゃないか!」


「だってウチ何も食べてない! プイプイはいいよね、自分だけバリバリモシャモシャ食べてさ! ウチ、水しか飲んでないんだよ⁉︎ 川で! 水だけ!」


「しょーがないだろ! 人間が食べられるものなかったんだから!」


「じゃあそんな責めるように言わないでよね! そもそも魔力切れ起こすって言ってくれてもよかったじゃん!」


「責めてないだろうが! そしてワタシは言ったろ! 洞窟で『何があるかわからないから魔力は大事に使え』って!」


「言ってない!」


「言った!」


 背後に鉄球が迫る。逃げながらの問答にしびれを切らしたのか、わずかに速度が上がったような気がする。


「ごちゃごちゃとうるさい奴らねん! さっさと死ねッ! 空腹のまま押しつぶされなさい!」


 バニーオヤジは王の間のほぼ中央から動かず、鉄球だけがウチらを追いかけてくる。魔力切れで魔法は使えず、近寄ろうとすれば鉄球と鎖の餌食。そもそも近寄ったところでオヤジの怪力の前には無力も同然。……ん? これもしや無理ゲーになってない?


「いや、何か……何かあるっしょ。考えろ、ウチ。考えるのをやめたらダメだってパパもママも言ってた。何かきっと……突破口があるはずだよね」


「……いまさらなんだが」


 熟慮を重ねるウチに対して申し訳なさそうにプイプイが言う。今度はなんだ。また文句か何かか。今は喧嘩してる場合では—————。


「それ、いつまで刺してるつもりなんだ?」


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