プロローグ:試着室からようこそ
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ホンッッッッッッッッット暇ッッッ! 現実マジでつまらん!
なんかオモロイことないの?
……と、もしもいまこれを読んでいるあなたがこんな風に感じているなら、この際だからハッキリ言うね。
ボーッとしててもあなたの日常は前触れなく豹変する。ある日に突然だよ。いや、ホントにマジで。『今から変わりますねー』なんてアナウンスしてもらえないからね。うん。ウチが言うわけだから間違いないって。
いまから話すのはウチの体験談なんだけどさ。学校帰りにいつも通り友だちと渋谷で服見てて。試着室にインしたらドロドロしたキモい光に包まれて……いつの間にか知らない世界に飛ばされてんの。秋用のカーデ着ようとしただけなのに。マ〜ジでウケたよね。
気付いたらウチは薄暗〜くヒンヤリした空間で尻餅ついててさ。なんかね……邪悪なシンデレラ城と神聖な教会の中を足して割ったような感じって言えばいいのかな。ハロウィンの飾り付けしたら映えそうな空間にいたわけ。
「痛ッツツツ……えー、ここどこだし。しかもチョッチ寒ぅ。まだ冷房入れてんの?」
外は強めの雨が降ってて。遠くで雷もゴロゴロ鳴ってた。ウチは雷でテンション上がるタイプの人間だから、空に走る稲妻が見たくて窓の方に進んだの。もちろん現在地の確認も兼ねて。
スマホは圏外で地図アプリも役に立たなかったけど、懐中電灯の代わりにはなったから小さな光で足元照らしてひとまず歩いたわけ。そしたらさ……奥の方でヒソヒソと話し声が聞こえるの!
「えーっと、誰かそこにいるぅー?」
反響するくらいのクソデカボイスで話しかけたんだけど、反応もらえなくてさ。仕方ないからもうちょっと近づいてみたの。
「もしもーし、誰かいるなら返事してよー」
……相変わらず返事なし。でもヒソヒソ声は続いてるから、誰かがそこにいるわけだよね。っていうことはウチ、シカトされてるってことだ。
きっと友達ダチのエリカだったら『やだー、幽霊こわーい』とか抜かすんだけど、ウチは怖いよりもスルーされてることにムカついちゃったのね。だって絶対聞こえてるもん。
「ん? ……なにあれ? イス?」
夜目が少しずつ慣れてきて、前方にゴツゴツトゲトゲしたイスのシルエットが見えたの。玉座ってヤツかな。なんか王様とか偉い人が座ってそうなイス。ヒソヒソ声がそっちの方で聞こえるから、近づきながらまた声をかけたのさ。
「あのー、すみませーん」
「ヒソヒソヒソ」
「ゴニョゴニョ」
わずか数メートルの距離。それなのにシカトを決め込む二種類の声。暗くてまだ姿がハッキリ見えないけど、そこにいる誰かに沸々と怒りが湧いてきたの。だって有り得なくない? ウチここにいるんだよ?
だから怒ったの。……雷が。きっと、ウチの代わりに。
ゴロゴロバリバリドッカーン!
白く光って爆音が轟くまでは一瞬だった。
暗い空間に光が走ったっていうことは、これまで見えなかったものが見えたってことなんだけどさ。思わず目を疑ったよね。だって————————。
ツノとヒゲの生えた小さいオッチャンが座ってるんだもん。
「お主が……ワシの召喚に応えた者だな?」
「は? え? ショウカンってなに……? え、オッチャン……誰?」
「そう警戒せずとも良い。最初は皆、そうして戸惑うものだ」
「いや、何の答えにもなってないし」
小学生ほどの背丈のオッチャンがさ、低く渋い声でワケのわからないことを言うわけ。見た目からしてハロウィンの仮装っぽいから、どこかのイベント会場に来ちゃった感じかーって思ったの。店の試着室が実はイベント会場への入り口で……みたいな。
でも、イベントの仮装にしては肌とか衣装の質感がめちゃめちゃリアル。会場の内装もクオリティ高すぎるし。え……ここ本当に渋谷の一画?
「デモンズ様、失礼ですがこんな小娘に特命が務まるのでしょうか」
「プイプイよ、そう不安がるでない。他の誰でもないこのワシが召喚したのだぞ」
出たー。ウチを除け者にして会話する流れ。つーか、このオッチャンは誰と喋ってるわけ?
もしかして……あのパタパタしてるちっこいやつ?
「とは言いましても……見るからに頭が悪そうですし」
「こらプイプイ。初対面の人間にそんなことを言っちゃあいかん。そんな姿勢では人間と友好を結べぬだろうが」
は? いまもしかして、すっごいナチュラルにディスられた? 会って数分も経ってないのに?
なんなのあの二十センチくらいしかない悪魔みたいなヤツ。失礼すぎるだろ。
……ん? 悪魔? ちょっと待って。ウチが見ているアレは一体なに? 小型のドローン……ではなさそうだよね。めっちゃ毒吐いてくるし。
「それにな、向こうの世界に送り込んだウルフマンからの情報だと……うむ。この娘、神谷ヒカリの仲裁スキルは破格のSだ。姉弟同士や親同士、はたまた所属する学舎のいざこざに何故か巻き込まれるものの、毎度見事に解決してみせるというのだ。こんな面倒見の良い適任者は他にいないだろう」
え。なんでウチの名前とプライベートの傾向知ってんの? は? その手のひらで浮かび上がった画面はなんなん? このオッチャンは何を知ってるわけ?
無理。ホント無理。無理無理無理! キモいキモいキモい!
「デモンズ様がそこまで言うのでしたら……しょうがないですねぇ。この猿みたいな小娘に一縷の望みを託してみましょうか」
「案ずるでない。この娘は肝が据わっておる。見よ、ワシを前にしても臆することのない堂々とした面構え。並々ならぬ根性の持ち主だと顔が語っておろう」
カオカオうるせーんだよ。生まれつきこういう顔だわ、ほっとけ。つーかさ、その小悪魔一回叩きのめした方が良いと思うんだよ。うん。ウチの精神衛生上ね。
それにビビるどころか、アンタらのマイペースぶりにこっちはドン引きだっつーの。
「というわけだ、娘。お主に頼みたいことがある」
毒舌な悪魔との問答を終えた小さいオッチャンが玉座からウチを見下ろす。
……そう。この後のことはよく覚えてる。
次の一言で———————————————。
キモかわいい仲間たちとの、忘れられない旅が始まるのだから。
「ちょっとおつかいに行ってほしいのだ」