第1話 ジンとミーリス
3月ももう最終日だというのに、太陽が熱い。
俺は土の天地をひっくり返す作業を一旦中止して、上昇する体温に汗を拭った。
「ジン!」
と、遠くからぱたぱたという足音と共に、俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
声がする方向を向くと、美しい銀色の髪が特徴的な少女がこちらへと走ってきていた。
「……ミーリス」
「えへへ、お弁当持ってきたよ!食べよ!」
そう言ってミーリスはバスケットを持ち上げて笑顔を見せる。
この村で一番の美少女である彼女の笑顔は、とてもチャーミングだった。
俺は「待ってろ」と言って、鍬を軽く手入れして用具入れにしまった後、ミーリスの方へと向かう。そして、律儀に待っていたミーリスと共に地面に敷いたシートの上に腰を下ろした。
「今日は、おにぎりと肉団子だよ!」
「豪勢だな」
お昼に肉が食べられるなんて、そんなに裕福ではないこの村ではあまり考えられないことだ。
「明日のために、精をつけないさいって、お母さんが」
「……そうか」
この国は、「剣の国」。国民全員が剣を持つ国だ。
この国の国民は、14歳になって初めて迎える四月一日に、『剣』が与えられるのだ。
持ち主以外は誰も使えない、その人だけの『剣』。たとえ誰かの『剣』を装備しようとしても、手がすり抜けてしまい、掴むことすらできない。
誰から与えられるのかはわかっていない。前世の武器が持ち越されるとか、神様から与えられるとか、世界の法則が与えるとか……色々言われてはいるが、さっぱりだ。
「ね、どんな『剣』がいい?」
「そうだな。農具がいいかな」
『剣』の形は千差万別。剣ではなく斧や槍、盾、果ては農具が与えられることさえある。
戦闘とは縁遠い、平和な村の一農民にしてみれば、武器なんかより農具を授かったほうがよっぽどいい。
「……レーザーがばんばん撃てちゃうような?」
「……どんな農具だよ」
「剣」が重要視されるのは、通常「剣」には強力な能力が付与されているからである。
火を出したり、水を生成したりするのは序の口で、中には山を割るような強力な能力を持つ「剣」も存在する。
しかし、一農民である俺には、そんな能力を持った剣なんて持っていても仕方がない。
それよりは、手早く開墾できたり、水が出てきたり、土の状態が把握できたりする能力の方がいい。
そう答えると、ぷくっとミーリスがほっぺを膨らませる。
「もう!夢がないなー」
「そうか?」
「そうだよ!もし強い『剣』だったら……セブン・ソードの仲間入りできちゃうかもしれないんだよ?」
「そんなものになってどうするんだよ」
俺は肩をすくめて返す。
「むう……そりゃ、贅沢したりとか」
「あんまり興味ないかな。俺には自分と周りの人が生活できるだけの金があれば十分だ」
「たくさんの人から、尊敬されて、崇められちゃったりとか」
「身近の人から尊敬されれば十分かな」
「あとは……えと、女の子をたくさん囲っちゃったりとか?セブン・ソードのギャラガスっていう人がそういう人らしいし」
「誰か一人、大切な女の子がいればいいよ」
「……むう」
ああいえばこう言う俺に、拗ねたようにミーリスが頬を膨らませる。
「それに、俺は《《黒髪》》だぜ?そんな『剣』を授かることなんて、あるわけないさ」
「……それは」
すこし気まずそうな顔を浮かべるミーリス。
俺は笑ってミーリスの頭を撫でる。
「俺は畑を耕して、お前と一緒に飯を食う、この生活が守れれば十分だ」
「……えと、それって……そういうこと?」
「…………?」
なぜか顔を赤くして目をきょろきょろとさせるミーリス。俺は急に挙動不審になったミーリスに、首を傾げた。
そんな俺に、ミーリスはじっとりとした視線を向けてくる。
「どうかしたか?」
「…………したけど」
ミーリスはそう言ってため息をつく。
そして、さっさとバスケットを片付けてしまった。
なんか気を損ねることでも言ったかな、と自分の言動を思い出しているうちに、ミーリスは立ち上がった。
「それじゃあ、ジン、残りのお仕事頑張ってね」
ミーリスは俺の頭をくしゃくしゃと撫でると、村の方へと走っていった。
俺は立ち上がり、用具入れに放り込んでいた鍬を手に取る。
作業、再開だ。




