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7話 お嬢様と実家

「……ハッ……………あー」


 魔術を放った後、頭領は呆れたように笑った後、周囲を見渡している。

 どちらも身構えていたが、段々と向けられていた殺気がなくなってくると、大声で手下をけしかけてきた。


「おい!! テメェらビビんな弱ってるぞ!! 今のうちにやれ!!」


 そう叫ぶと、まるでパフォーマンスかのように、わざと防御しやすそうな縦振りを行った。

 意図がわからずに弾いてみると、すぐに頭領は……頭領だけが逃亡した。

 手下達は、それに気づかず無鉄砲に襲ってきている。


 中々のやり手でしたわね。悪党のまとめ役なだけあるというところですか。

 というか、他は本当に雑多ですわね。

 街にいた悪漢どもよりマシですけれど、粗末な力任せの技術ですわ……


 しばらく切り続けていると、怖気付いたであろう数人は逃げ出し、残ったのは、わたくしと、あの男と少女だけになった。

 一息をつくと、服に血が染み付いていのが見えた。


「返り血のことまで考えていなかった……」


 お父様にどう説明しようかなどを考えていると、横から、細い男が声をかけてきた。


「あ、あの……ありがとうございました」

「……一応言っておきますが、どんな事情があったにせよ、子どもを巻き込んだのは看過できませんわよ」


 懐にあったお手拭きでなんとか手と刀の血を取り除きながら答える。


 当然助けられたからいいものの、年端もいかない少女がもしも危険な目に遭えば、後悔してもしきれないというものですわ。


 男の方を少し睨むと、なにか勘違いでもしたのか、少女を前に押し出した。

 少女の方は怯える様子もなく、不思議そうにこちらを見ている。


「俺はイシック、こっちは妹のメンタです」


 妹でしたのね。

 兄にしては少し老けているようにも見えますが………痩せているのと、目のクマのせい?


 適当に考察をしていると、誰かに前の裾を引っ張られる。

 下を見ると、メンタが見上げていた。


「メンタれす!」

「あら、わたくしはエルトーシャ・ヴェルメイユと申しますわ」


 安堵したのか、元々こうなのか、少女は明るく自己紹介をした。

 そのままにわたくしの名を聞いた後は、少し訝しむような顔をして発音する。


「えるおーや?」

「……エルでいいですわ」

「エルお姉ちゃん?」


 メンタを見ていると、弟……アレフが小さい頃を思い出しますね。

 いつからか……何故かそっけない態度をとってしまうようになったので、嫌われているかと思いますが……………やはり幼子が成長する姿というのは希望そのものですわね。


 メンタの前でしゃがんで話をしていると、横でイシックは、その『身の上』を話し始めた。


「俺ら、親父がいたんですが、借金を残されて逃げて、それで俺たちが終われるようになって、表の道使って逃げるにもバレそうで……」


 うぐ、烏丸に続きお辛い過去…!

 自分の手で頑張ってこそとも思いますけれど、一度手を出してしまったのですから、最後まで貫き通すが武士の道ですわね。


「……来なさい。 二人程度なら、隠せるくらい馬車も広いですから」

「あ、ありがとうございます!」


 驚きながらイシックは頭を下げ、メンタは兄を真似るように、自分もそのまま頭を下げてそのまま転けた。

 そして、少し辺りが静かになった瞬間、充電するかのように泣き声の前兆を溜め始める。


「うぇ、ぐ……」

「…泣いてはいけませんわ」


 メンタの頬を掴み、手で無理矢理こちらに向けさせる。

 顔は少し赤くなっていて、目もうるうるし始めている。


 幼子としては正常ですが……言わなければならないことですわよね。


「いいですかメンタ。 あなた方のここからの人生は二人で一人。 お兄様を困らせてはいけないとは言いません。 けれど、少しだけ、兄を助けられるようになって欲しいんですの」


 少し出ていた涙をゴシゴシと拭き取ると、メンタは理解できたのかは分からないが、力強く頷いた。


「……本当に、偉いですわね」


 そうして2人を連れて馬車に戻る。

 少し御者様には止められたが、次の都市国家までで充分と伝えると、渋々了解してくれた。


 馬車の中で少し暇になると、イシックにだけ身の上を話させるのはフェアではなかったと思い立ち、わたくしも、家を出てから、というか、追い出されてからのことを話した。


 すると、合点がいったというように、イシックは腕を組み息を吐く。


「はぁーなるほど……それであんなに強かったんですね。 お若いのに、何度もああいう命のやり取りをしてきたことで…!」

「いえ、死ぬか殺すかというのはあれが初めてでしたわ」


 理解の範疇を出たことだったのか、少しイシックの体が硬直する。

 そのまま理解が追いつくと、すぐに驚き、声を上げた。


「え、え!? じゃあ、なんであんなにあっさり……俺なんて、切断面を思い出すだけで吐き気がするのに……!」


 いや、わたくしも吐き気くらいしますわよ……

 単純に殺す殺さないという世界で生きていたわけでもないのですし。

 というか、まるで人殺しを楽しんでいると思われると癪ですわ。


「わたくしだって、無闇矢鱈に人を殺めることなどしませんわよ。 動揺を見せずに済んだのは単純に、心を鍛えたからに他なりません」

「心?」

「命とはなにか? 守ることとは、傷つけることとはなにか……それらを考えることもまた『修行』の一環。 哲学的ですが、信念を胸に迷わず行動できるかというのは戦闘においても人生においても、とても大事なことですわ」


 そう考えれば、あそこでは本当にいろいろなものを学び、貰うことができた……

 思い出すと、少ししんみりとしてしまいますわねぇ。


 イシックの方もなにか思うところがあったのか、しばらく黙っていた。

 そうして少し経ち次の街に続く道につくと、引き留めもしたが、野宿まで共にいたら流石に迷惑だろうと、イシックとメンタはそこで降りた。


 馬車を再び進ませると、後ろではメンタが大きく手を振っている。


「エルおねぇちゃん、ばいばーい!」

「ごきげんよう!メンタ!」


 そのまま別れるか、と思っていると、小走りでイシックが馬車の隣を並走していた。

 イシックは少し息を切らしながら、問いかける。


「……あ、あの! 俺も……いや、メンタも、アンタみたいな強くてすげえ奴になれますか!?」

「揺らがぬ心があれば、一天八海流とヴェルメイユの名に誓い、必ず」


 そう言うと安心したのか立ち止まったイシックは、後ろから追いついたメンタに背中を摩られていた。


 あの兄妹ならば、きっと大丈夫ですわよね。

 まあ、賊に会ったのも運が悪かっただけ、で………

 心配になってきてしまいましたわ…!


「あー! 揺るがない信念とか言っておきましたが、もっと引き留めておいたほうがよかった!? ……でも、それはあの二人の意思を無碍にする? でも〜!」

「お嬢様、もう少しお静かに…」

「あ、ごめんなさい……」


 御者様に叱られて、わたくしは肩を窄めつつ、あの二人が少し心配になってしまったのだった。


 というか、なにか忘れているような………


「……服買わないとでしたわ!? 血の匂いがずっとすると思っていたらわたくしでしたわ〜!?」

「お嬢様!!」

「あ、はい……」

「マジで周りに商隊もいるんだから、本当に…!」

「わかっています…分かっていますわ……! 申し訳ありませんでした……」


 マジ叱りされてしまいましたわ……

 本当に、成長できていればいいのですけれど……心が育っていなければ、反省したとは言えませんものねぇ……

 不安になってきましたわ。


 そうしてまた、何週間か旅を繰り返しグランデの国境に入った頃、やっと見覚えのある景色が見えてきた。

 懐かしいわたくしの故郷、ガルシア領だ。


 ついてもまだ領地をしばらく進み、やっと馬車を降りると、ついに、目の前に屋敷が現れた。

 柵を越えると、庭で遊んでいたのか、まず飛び込んできたのは犬のジョンだった。

 ジョンはわたくしを見るや否や、すぐに走ってきて、押し倒すように飛びついた。


「ワフ! ワンワン!」

「ちょっ、口をペロペロとふぃふぁふぃふぇ〜」


 5年ぶりくらいなのに、未だに元気ですわねぇ。

 わたくしが5歳の頃に生まれたはずですから、相当高齢なはずですけれど……


「ジョン、また遊びにきますから、ここで少し待っていてくださる?」

「ワフっ」


 口周りに残った涎を拭きながらジョンと別れると、屋敷の方に進む。

 その時になると、本当に懐古の気持ちが溢れてきてしまって、同時に前の不安感も思い出したため、心の整理が荒れて呼吸が早くなってくる。


「くっ、深呼吸深呼吸…! ただ家に帰るだけ、ただ、家に帰るだけ……!!」


 脳内で何度も繰り返して再生して、落ち着いた頃、意を決して、ついにドアを開いた。


「た、ただいま帰りましたわ!」


 入ると、そこにはメイドが行き交いしていて、広い玄関の横には柱が立っている。

 それは、いつも通りの景色と思えるほどに懐かしいものだった。

 どこかで安心していると、視界の端から声が聞こえた。


「エルトーシャ姉様!」


 少し低くはなっているけど、どこかで聞いた声……

 もしかして、アレフ?


 そう思い声のした方を見ると、柱の後ろに成長した弟が隠れていた。


「……アレフ、なぜ柱に隠れていますの?」

「え、えっと、お父様が、二階の応接間でお待ちだと!」

「わ、分かりましたわ」


 …なぜと思いましたが、怖がっているのでしょうね。

 アレフにも良い姉でいられた自信もありませんし、当然の罰ですわ……


 落ち込んだ気分で階段を上がって、中々開けることがない応接間のドアをノックする。

 少し待ってそのまま開けて入ると、中央のテーブルの向かいにお父様が座っていた。


「よく帰ってきたな。 エルトーシャ」

「お父様も、お元気そうで何よりです」


 実は、感動の再会……とはならないんですのよね。

 そもそも、お父様とは昔から普段会話もあまりしていないですし、仕事に熱心な方と理解はしていますけれど……


「……まぁ、座れ」

「は、はい」


 やっぱり、ちょっと怖いですわ〜……!

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