6話 お嬢様と輩
「うぷ……まだ気持ち悪いですわ〜」
船旅を終え、吐き気を抑えながら、わたくしは港を歩いていた。
案内人や馬車の手配は既に済んでいるため、後は待ち合い場所に向かうだけになる。
海風を十分に体に感じながら、少し路地の辺りで休もうと腰を据える。
……少し薄暗いですし、治安も良くはなさそうですから、ちょっと気分が戻ったら出た方がよさそうですわねぇ。
それでも、風がよく吹き抜ける場所のためか、気分は相当によくなった。
予定通りに立って再び出発しようとすると、後ろの方から大きく粗雑な声が聞こえた。
「おい嬢ちゃん! ちょっと待ってくれよ」
振り返ると、いかにもという風体のガラの悪い男が3人、金棒やらナイフやらを持って立っていた。
周囲を見渡すが、他に人の気配はせず、まるで狩場のようにも感じられる。
男は、脅しを続ける。
「なぁ、俺たちも悪魔じゃねぇんだよ。 今ある金だけ置いていってくれれば、ちゃんとこの路地の出口まで案内してやるから…………な?」
「…これは、わたくしが悪いですわね」
一応ドレスよりラフな格好とはいえ、家から取り寄せた高級な衣類を纏う少女ともなれば、絶好のカモに見えることに違いないでしょうねぇ。
とはいえ……貴族の令嬢として、悪漢の言うことを大人しく聞くわけにもいきませんが。
「一応、こちらにも非がありますし、忠告はしておいて差し上げますわ」
「? 何言ってんだ」
「だから、逃げるのなら今の内ですわよ?」
「ッ! この!」
挑発行為として捉えた男たちは、一斉に殴りかかってきた。
チームワークのかけらもなく、フォーメーションの概念のないような連携だった。
これに負けたら芦川様には顔向けもできませんし、負けないようにしませんと。
「ああ、一応名乗りは……………必要なさそうですわね」
というか、名乗る文化自体大陸は希薄ですし、しょうがないですが。
そういうところも、悲しいですけれど少しずつ直さないといけないのかしら。
そんなことを考えながら鞘を裏返すと、そのまま刀を引き抜いた。
それはなんの技名もない。だが、実践において最も重要な初撃であり、達人同士であっても、これ一つで勝敗が決まることさえある一閃。
居合抜刀である。
シャンっと鋭い音が鳴ると、そのまま弦を描くように振られた刀は、一人のみぞおちに上手く入った。
「ガッ……あ……ぐ………!」
反撃の様子もなく、男は地に伏せてもがいている。
「峰打ち、というやつですわ。 斬撃ではなく打撃ですから、相当苦しいでしょうが……」
一応の説明をしていると、他の取り巻きが途端に慌てて逃げ出す。
「冗談じゃねぇ…! 逃げるぞ!」
そうですわね。そうしてくれた方がわたくしも助かりますし、追う必要もまぁ…………
いえ、ありましたわね。
地面を蹴り上げ、刀を再び裏返しに返すと、刃を薄く、男の首に当てた。
すぐさまに停止した悪漢は、そのままに震え出す。
「少しお待ちになって?」
「ヒッ、あ、あの!」
「わたくしの流派、その大元は一天八海と申しますわ。 どうかお見知りおきを」
忘れていましたわ!きちんと大陸でも一天八海を布教すればこその義を通すというものですに、ついわたくしとしたことが、うっかりでしたわね。
だが、特に感銘を受ける様子もなく、悪漢は更に怯え出した。
「頭おかしいぞコイツ!?」
「なんですって!?」
こ、この……!せっかく素晴らしい流派を教えて差し上げたというのに、なんと恩知らずなんですの!?
怒りに震えていると、悪漢もまた涙に震えていた。
……なるほど、体に教え込んだ方が効果的そうですわね。
「いやや、あの、待って!? いやあああああ!?」
路地裏に、情けない声が響いた。
その後徹底的に「わからせ」たあと、大通りに戻ったわたくしは、予定より少し遅れた時刻にはなったが、予約していた馬車を見つけ、御者に軽く会釈をして、港を出た。
馬車の付近には、商会のエンブレムがついた荷車もいくつか走っている。これは商会組員が共同で保有しているもので、周囲には雇ったであろう護衛がついている。
実際護衛を雇うにもいつも余っているわけではないので、こうなることもあるのだ。
ですがまぁ、護衛の方々も組員方も追加代金はお父様から貰っているでしょうし、わたくしを守るのはついでなのでしょうが、ありがたいことですわね。
そうやって悠々と馬車で揺られていると、遠くから、か細く声が聞こえ始めた。
「たす…け……」
どうにも助けを求めているようにも聞こえますが……
向こうの道は比較的他の街まで短い分、山賊も多いはず……
「少しよろしいかしら? あちらから、声が聞こえましたけれど」
御者に尋ねるが、当然とでもいうように、冷ややかな答えが返ってきた。
「ああ、野盗にでも襲われてるんでしょうが……あんな道をわざわざ通るってことは、やましいことがあるかケチって護衛を雇わなかったんでしょう。 まぁ、助ける義理もありませんよ」
確かに、周りの商人方も自分の積み荷を守らねばならないでしょうし、護衛の方々も、わざわざ助けて雇い主を危険に晒せば評判が落ちてしまいますわね。それをどうにかしろとは言えませんわ。
……とはいえ、もしも人が死に目に合っているのなら、これを守らずしてなにが一天八海流でございましょうか。
「少し失礼しますわ! すぐに戻りますので、そのままお進みください!」
「えっ、エルトーシャ様!?」
馬車から飛び降り、すぐに声のした方角に向かう。
これはヴェルメイユ家としての行動としてならもちろんダメなのは自覚していますけれど、我ながらつくづく染まったものですわね……!
こうなったら、必ず助けますわ!!
走り続け、森を掻き分けて進んでいると、ぼやけて見えていた人影が濃く、大きくなっていく。
そうして見えた人間は、虫も殺せなさそうな痩せた男と年端もいかない少女だった。
男の方は、わたくしを見つけた途端に叫んできた。
「!? 新手の野盗!?」
「失礼ですわね! 助けに来ましたのよ!」
そう言った途端に、男の顔はパッと明るくなり、安堵したように口角を上げた。
だが、その表情は、しばらくするとすぐに暗く重くなる。
「あ、あの……他の人は?」
「わたくしだけですわ」
「なっ…! 女の子一人になにができるんだよ!! アンタ死にたいのか!?」
「声が大きいですわよ。 それだとすぐに……」
噂をすれば、というか、大声を出したから当然に、森の奥から十何人かの武装した集団が襲ってきた。
途端に隣の男は怯え出して、少女をわたくしに差し出した。
少女の方はというと、状況が理解できていないからか特に驚く様子すらない。
「た、頼む! この子と一緒に逃げてくれよ!」
「聞けない相談ですわね」
「そんな……」
逃げる、というのは武士道に反する行いですし、なにより……
「ここで全員倒しますから」
刀を抜き、臨戦体制を整える。
賊たちはというと、わたくしを見つけると動きを止めて、ざわざわと話をしている。
……一応、こっちの男が悪い可能性もありますし、まだ手は出さない方がよさそうですわね。
そう考えていると、とりわけ装備の質がいいナイフを二刀持った男が前に歩きながら命令を下す。
おそらくは頭領なのか、他の賊はその男に道を開けていた。
「……おい。 手だけ切り取って生捕りだからな」
あらあら、どうやらちゃんと悪人の賊のようでなによりですわね。
まぁ賊とはいえ、命のやり取りになるでしょうし、名乗ってはおきましょうか。
「一天八海から派生し二天十六夜流。 エルトーシャ・ヴェルメイユ」
「あ?」
少し動揺した後、頭領の方はしばらくこちらを値踏みするように見つめた後、その構えを変えた。
そのまま、殺気が辺りに立ち込める。
「……おい、生捕りはやめだ。 殺すぞ」
こちらも、あわよくば殺さずにとも思っていましたが、どうやらそういうわけにもいきそうにはありませんわね……
走り出して、その勢いのまま切り掛かるが、頭領は後ろに跳び、ギリギリで斬撃を受けて致命傷だけは避けている。
おそらくは、早く人数有利に持ち込むために持久戦に持ち込まれているといったところですわね。
実力はわたくしより下ですが、確かに一斉にこの人数に襲われれば無事では済まない……
ならこちらも、奥の手を出しましょう。
瞬間、後ろに飛び退き、『詠唱』を始める。
「サラマンダーの名の下に集い束ねる狭間の糸、纏うは刃、放つは業火、迷うのならば導は我が剣、穿孔せよ断割せよ『メザン』」
詠唱を終えると、ニ対の刀に踊るように炎が纏われる。
「あ? 魔法も使えるのか」
「お覚悟を」
二刀を前方で交差させて、斜め十字を作り出す。
頭領含めて何人かは勘付いたか頭を下げるが、10人ほどが棒立ちのままである。
烏丸の時は使っても避けられそうでしたし詠唱も時間がかかるので使わなかった技……
いえ、もう一つ理由がありましたわ。
思い出しながら、交差した腕を思い切り振り抜く。
すると、纏った炎が収束し、圧縮された『炎の刃』として出力された。
刃は、平行に加速し、賊どもの体を周囲の森ごと、真っ二つに分割した。
……それにしても、本当にすごい威力ですわ。
当たるとほぼ死ぬから烏丸には使わなかったのですけれど、今回は容赦をしてもこちらが死ぬだけですものね。
「……それで、次はどなたが?」