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5話 お嬢様とカラス

 それからまた大晦日やらも終わって、2年ほどの時が経ち、明日ついにヒノクニを発つという日に、わたくしは演習場にて正座していた。

 隣には烏丸が座っており、普段は硬い地面を、桜が少し柔らかくしていた。


 舞い散る桜は緑を見せ始めており、季節の移り変わりを感じさせる。

 そんな中、前方の芦川様が、ついに試合の前準備を始めた。


「今より試合を始める。 立会人は、芦川一生が務める。 では、構え」


 同時に静かに立ち、烏丸は竹刀を一本、わたくしは2()()持って、両者向き直る。

 そして、前口上をする。


「流派、一天八海流。 烏丸」

「流派、一天八海流から派生し、二天十六夜(にてんいざよい)流。 エルトーシャ・ヴェルメイユ」


 名乗りの後、張り詰めた糸のように、胸が圧迫される。 だが、すぐに合図は行われた。


「それでは、はじめ!」


 そのすぐ後、わたくしは地面を蹴って、烏丸に接近する。

 勝負は一瞬である。

 それこそ耐えることそのものが目標であったりした場合は別だが、型稽古のように決まった動きをするわけでは無い場合、どんなに拮抗した実力であれ、すぐに勝敗は決する。


「というより……」


 わたくしが、決めるのですわ!


「火よ血脈に疾れ『スタンピード(活性化)』!」


 省略した自己強化魔術の詠唱……

 そのうち疲労感(反動)は来るだろうが、しばらくの間心臓は鼓動を早め、足は軽くなる……

 烏丸相手に長い詠唱は無意味と思い、なんとか覚えましたわよ!


 高速化された世界で、わたくしは片方の竹刀を前に構え、空いた手を烏丸の死角に置く。

 もしも攻撃が来れば、すぐにカウンターをすることができる。目の前の動きも、今は少しだけだが遅く見える。

 きっと成功するはずだと、そう考えた瞬間、前にあったはずの竹刀が、上にあった。


「はや……!」


 今までの型稽古では、本気さえ出していなかったのだろう。

 その剣速は、音さえ置き去りにするかという衝撃を持って証明された。

 おそらく、芦川様よりも烏丸は強い。


 烏丸は、また、特に何も変わらない。冷たい瞳でこちらを覗く。


「……まだまだだな」


 そう呟かれた後、わたくしの首元に凶刃が狙いを定めた時。


 思わず竹刀を放しそうになった手を、執念が握り止めた。


 光速の斬撃を、脊髄の隅々を使い見極める。

 顎を折れるほどに噛み締める。足を地に埋まろうかというほどに踏みしめる。


 爪の先から、脳細胞全てまで…………この血脈を伝っているいる何もかもを使います!

 だから、この一瞬の時を、どうか止めてくださいまし!!


 いや………


 止めろ!!!!!


「!」


 頬に、竹刀が擦れた。

 そしてこの目はそのまま、眼前の首元に狙いを定めている。


「わたくしの!! 勝ちだ!!」


 弧を描くように、竹刀を振るが、それは寸前のところで避けられた。


 だがそれは、一撃目の話だ。


 地を蹴った後、そのまま体の軸をずらさずに回転し、もう二振りの攻撃が烏丸を襲う。

 だが、わたくしの前にもまた、神速の一振りがあった。


 パンッ……


 勝者のそれは小さな音を出し、二人の位置はちょうど交差した。

 試合開始から、わずか5秒程で、勝負は決まった。


「………」

「………………エル」


 しーんと、桜の散る音のみが、あたりに響いている。

 独特の緊張感が、そこにはあった。


 烏丸が静寂を破り、わたくしに問うた。


「師範から、免許皆伝は許されたか」

「……いいえ」

「そうか……………」


 そのまま、烏丸は芦川様の方に目を向ける。

 見ればその視線はわたくしの方を向いてはおらず、頷いた後のその目元は悲しそうで、嬉しくもありそうなほどに、混沌としていた。


 少し辺りが静かになった後、烏丸とその目があうと、ゆっくりと、彼は別離の言葉を放った。


「師範に変わり、この烏丸が、一天八海流の免許皆伝を許す。 紛れもなく、貴殿は強者である」


 血反吐を吐くほどの、長い修練だった。


 それなのに……我ながら安い女ですわよ。

 こんな一言で、涙が出るなんて……!


 必死に涙を押し殺しながら、わたくしは返事をした。


「……承り、まし、たわ……!」

「おい、そこで泣いてちゃ駄目だろうが」

「でも…………でもぉ!」


 飲めもしないほどの多量の涙が押し寄せる。

 努力が報われたこと、恩師に成長を見せられたこと、それら全てが、今涙腺から流れている。


 そうして泣いていると……頭に、竹刀の感触があった。

 だがそれは一度離れると、あたたかく硬い手に変わった。


「見てたよ。 テメェが師範に扱かれてるところも、たまの型稽古でよーく俺の動き見てるところも……………………だから、よくやってたんだよ。 お前は」


 烏丸が、わたくしを褒め、認めた。


 ……どんなに!どんなに嬉しいことでしょう!

 わたくしの師とも言えるこの男に、そう言ってもらえることが、この心がどれほどに羽躍っているか!


 涙は、止まることを知らずに溢れた。


「あ、あっ…うあああっ! うぐっ……! うああああん!!」

「だから、泣くなって…」


 ただ、二人の声だけが、そこにはあった。


 ◇◇◇◇


 そうして、次の朝日が昇る頃、わたくしは波止場にいた。

 周りには芦川様も兄弟子の方々も、近所の方もいる。


 兄弟子の半分に割られた円陣の中心で、わたくしは各々に別れの挨拶を行う。


「エルちゃん! 悲しいけど、体に気をつけてな!」

「うう……兄弟子方もご自愛下さいませ! 必ずまた会いに来ますわ〜!」


 わたくしは泣きながら……というか、烏丸に勝った時より多く涙を流しながら、別れを惜しんでいた。


 そんな時、嫉妬でもしていたのか、烏丸も話しかけてきた。


「おい」

「あら、別れの言葉は済ませたはずですわよね?」


 いつものように煽りかけるが、その顔は普段のあの冷血漢から想像もできないほどに、寂しさを含んでいるようにみえた。

 それでも、烏丸は別れの言葉を、なんのとっかかりもなく、流暢に言った。


「……元気でな」

「ふふ、もしかして、優しくしてくれてますの?」

「さぁな」

「!」


 驚きましたわね。

 基本的に優しくしてるのかと問えば、事実だ、としか言わない男だったはずですが……


「無情でもないのは分かっていましたが、存外甘くなられましたわね」

「黙れ、エル」


 ……クソガキとは、もう呼んではくれないのでしょう。

 あの時に認めて、わたくしを一人の強者として見たのだから、当たり前と言えるかもしれませんが……

 嬉しく、寂しい。


 また泣いてしまわぬよう、明るい心のまま、わたくしも別れの言葉を放った。


「我が師であり、兄弟子だった男、烏丸。 どうかあなたも、幸あらんことを」

「ハッ……お前を押し付けられたのが一番の不幸だったんだ。 それに比べればこの先の不幸なんざ些末ごとでしかねえよ」

「ふふ、強がりますわね!」


 それが、この島においての、二人の最後の言葉であった。


 そうして船に乗ろうとすると、ふと後ろから声をかけられた。


「エルトーシャ」


 振り返ると、そこにいたのは芦川様だった。

 呼び名は厳しくされる時特有のものだったが、その呼び方は優しく、厳しさはない。

 それは、この方もまた、わたくしが巣立ったことを認めたからだろう。


「…どうしましたか?」


 一応、別れの挨拶は済ませたはずですが……


 思い当たる節をいくつか考えていると、芦川様は、腰についていた刀を、脇差しも合わせて二刀差し出した。


「選別だ。 持っていきなさい」

「い、いいんですの? こんな立派な……」

「私はもう使わないし、烏丸はもう自分のを打ってもらっているからね」


 ……だが、刀を貰うことは、とても重い意味を持つ。真剣なら、なおさらである。

 それは、人を殺すにも、人を守ることにも使えるからだ。


 それでも……芦川様はわたくしを信じて、この選別をわたくしにくださらんとしている……

 なら、その期待に応えるのもまた、義を通すことですわ!


「……分かりましたわ。 エルトーシャ・ヴェルメイユ。 この家名と流派一天四海の名に誓い、己が信念のもと、使わせていただきます」

「うん、やはり託して間違いはなさそうだね」


 ゆっくりと重い刀を受け取ると、すぐに船は島を離れ始めた。

 急いで乗った後、波止場の方に目を向けると、幾つもの手を振る影が見えた。

 それに向かって、わたくしも大きく手を振って、本当に最後の別れの言葉を送った。


「皆様〜! ごきげんよ〜う!! ごきげんよ〜〜う!!!」


 こうして、わたくしはついに、家に帰ることになった。


 だが、今は知らない。それから、一体わたくしがどんなことに巻き込まれるのか………






「そういえば、わたくし船に乗るのが苦手でしオロロロロロロロロロロロロ薬の一つくらい持ってくるべきでしロロロロロロロ口ロ口ロ


島国編終了しました。

次回からは、エルトーシャの大陸での活躍を描いていきます。

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