4.5話 お嬢様と幕間の祭り
それから少し経って、中庭から蝉の鳴き声がする頃、わたくしは広間で寝転がっていた。
「あっついですわ〜!」
「黙ってろ…! 余計暑くなる」
烏丸も、部屋の隅で汗を垂らしている。
実際、ここ最近で一番暑いですわね……!
2年目にはもう慣れたと思っていましたが、四季の変わりようがすごすぎますわよ!
暑さで夏虫も死ぬかの如きこの気温……修行もろくに出来ませんわよ。
「魔術? だかで、氷とか出せねえのか?」
烏丸は妙案というように聞いてくるが、残念ながら……
「水の魔術が使えればいいのですが、わたくしには適性がないんです…!」
「…糞魔術………」
「はあ!? 冬の時に温めてあげませんわよ!?」
細かい調整も難しいのに、この男は本当、可愛げがないというか……!
イライラと暑さで脳まで沸騰するかという時、風鈴の音と共に、太鼓の音が聞こえてきた。
「……そういやぁ夜は祭りか」
普通祭りといえば、大陸では豊穣の秋に行われる。
だが、ヒノクニではもう少し頑張ればいい季節になるから、乗り切るために騒いで踊れというように、夏に祭りが開かれる。
つまりこの暑さのせいでしょうが……気温の上下が激しい国ならではですわよね。
「まぁ夜間は涼しくなるでしょうし、是非行きますわよ! 今年も花火見たいですわ!」
「ああ、中田達と行ってきたらいいだろ?」
綺麗な花火や屋台を期待するわたくしに対して、烏丸はどうにも乗り気ではない。
例年のことではあるが、もうこの国に何年いられるのかもわからないのだ。今年は譲れない。
「去年もそう言ってはぐらかされましたが、今年はなんとしても来てもらいますわよ!」
「五月蝿えなぁ……」
「今は八月ですわ」
「じゃあアホ蝉だな」
それからも説得を続けたが、結局夜になるまで烏丸は首を縦には降らなかった。
こうなったら最終手段ですわね……!
◇◇◇◇
そうして夜、普段は節約している灯りも点いて、いよいよ外は騒がしくなってきた。
わたくしも、浴衣に着替えて烏丸の前で仁王立ちをする。
「……」
ひとまずこの可憐な姿と必死の視線で誘うが、反応ない。
まるで石である。
つまり、最終手段の出番であった。
「兄弟子方ぁ!」
『おう!』
背後の戸が空き、待機していた兄弟子方が速攻で烏丸を取り囲み、神輿にはまだ早いが、よいやさと担ぎ上げる。
烏丸も、ようやく動揺を見せた。
「ちょっ、テメェらぁ!」
「おほほほほ!! 押してダメならもっと押して参るのがヴェルメイユ流! さぁ、皆のもの、いざ祭りへ!」
「ざっけんなああああ!!」
担ぎ上げられた烏丸と共に、わたくしは祭りの方角へ向かった。
道ゆく人にはさぞ驚いているでしょうが……これが通常運転だとならないことを願いましょう。
そんなこんなで何分ほどか歩くと、ついにわたくし達は屋台並ぶ祭りへと辿り着いた。
豪華に提灯がいくつも吊るされて、そこかしこから人の声と薪がパチパチと破裂する音が聞こえてくる。
とはいえ、あくまで弟子で小遣いもあまりないわたくしが買うものは、事前に決まっていた。
「うーん、この甘さと酸味のハーモニー! やはり林檎飴はこの国一番の特産ですわ〜!」
串に刺した林檎に溶かした飴をつけるだけという簡単な調理法というコストパフォーマンスもさながら、外の飴、中の林檎、それぞれの食感が心地いい!
3本だけ買いましたが、何本食べても飽きる気がしませんわ〜
「太るぞ…」
そのわたくしが食べる様子を見て呆れたのか、烏丸が話しかけてきた。
余計なお世話ですし、デリカシーがありませんわねえ。
そう言い返そうかと思った時、中田様が横から加勢してきた。
「烏丸! 女の子にそういうこと言うなぁ?」
「どうせ一生独身ですわよ、この方は」
「それもそうか! わはは!」
そう言うと、中田様は軽く手を振ったあと、人混みに消えた。
二人きりになって、少し気まずくなったわたくしは、いよいよ烏丸に聞きたかったことを聞くことにした。
「そういえば、何故あんなに祭りに行きたがらないのです?」
彼は少し考え込むと、重苦しそうに肩を丸めながら口を開いた。
「………俺が捨てられたのは、こんな祭りでだ」
「ふーん」
「ふーん、て……」
確かに少し悪いことをしたとは思いましたけれど……
「だって、烏丸はわたくしたちが、芦川様が、今更あなたを捨てると思います?」
「そりゃ今の話だろ」
否定はしない。
実際、道場の方々は子持ちも多く、皆気のいい人ばかりだ。
だが、過去のトラウマという言葉もあるし、その言葉はそういう意味も含んではいるのだろうが……
「確かに今の話ですね。 でも、烏丸が生きているのはその『今』でしょう? 貴方がまだ過去に生きているとは思えませんわ」
「目に現れるそこが、在る場所か……」
「故に現在、簡単な話ですわ」
烏丸はいつものような皮肉な笑いを返してくると、珍しく頭をわしゃわしゃと撫でた。
「テメェはその内、お人好しで損しそうだなぁ」
「下の損を受け入れてこその貴族でして………あ、もう花火が始まりますわね」
辺りの人の歩きが、止まる。
ヒューと風を切るような音と、糸のような光が見えると、遂に、夜の空に花が咲いた。
爆発が、胸に木霊する。ドンっと体の中を揺らして、こちらを惹きつける。
少し静かになった頃、わたくしは、横でこちらを見る烏丸に気づいた。
……案外、子供っぽいところもあるんですのね。
「誰も、もういなくなりませんわよ」
「……だな」
その声を掻き消すように、また花が咲き乱れる。
だが明日からはまた修行だ。この男に、わたくしの強さを見せるため、道場の恩義に報いるため……
この夏の花も枯れて、白い空が沈んで、また、命が芽吹き始める頃まで……