4話 お嬢様、見返しますわ
昼方、兄弟子との試合稽古の最中にパンッと心地のいい竹刀の音が響く。
「おほほほ!! 一本ですわ〜!」
久々に試合稽古で一本を取れた嬉しさから、わたくしは大きく笑った、が……
「ガッツポーズしたから失格」
「いて」
絶頂の中、頭にスコンと木刀が置かれた。振り返ると、呆れ返るかのように烏丸が立っていた。
や、やってしまいましたわ……武士道精神が欠如しておりましたわ。
大陸では勝った場合自他共に大きく祝うものですから、それが染み付いてしまっているのかしら。
落ち込んでいると、見かねたのか、兄弟子の中田様がフォローをかけて来た。
「でも、エルちゃんも最近は俺らにも一本くらいなら取れるようになってきたし、本当に上達したよなぁ」
「中田…! こいつは褒めるとつけあがるからやめろ…!」
ぐ、いい気分だったのに、毎度毎度邪魔をしてくる…!
「いいですか烏丸! わたくし、褒められて伸びるタイプですわよ?」
「そのまま伸び切ってふやけてろ」
「人をうどんみたいな扱いしないでくださいまし?」
くだらない小話もそこそこに、すぐに試合稽古が終わると、次は型稽古の時間になった。
稽古といっても、ほぼ社交ダンスを踊るようなもので、決まった動きを二人で行うというものだ。
他にも、打ち込み稽古だったり見取り稽古、弓や槍を想定した異種武器への稽古と、修練の方法は多岐に渡った。おそらくは、魔術が発展していないからなのだろう。
魔術は詠唱を要すが、遠距離から放てるし威力も高く、鎧も貫通しやすい。
故郷のグランデ皇王国は鉄も多く、鎧の量産も簡単だが、このヒノクニ国は島国の割には平坦で山が少ないので、それによって、魔術か刀かという発展の違いが生まれたのだろう。
一応は魔術の特訓も併用して行っていて、中級程度の魔術なら失敗なく行使できるようにはなった。
それでも、一向に烏丸には勝てない。
魔術は両断され、渾身の一閃さえ、息を吹きかけるが如くにあしらわれる。
別格で……それなのに、湧き上がるのは諦念ではなく、悔しさと、羨望だけだった。
それからも季節は巡る。冬も夏も変わらずに、刀を振り続けた。
試合稽古でも、烏丸と芦川様以外でなら、その内に勝てる数も増えてはきた。
そんなある日、春の暖かい日の元、わたくしは芦川様に呼ばれた。
広間に来てみると、他の人間はおらず、正座するわたくしと芦川様の二人きりだった。
そして、静かに会話は始まった。
「ここに来て、何年になるかな」
「3年ですから、一応もう帰っていいはずですわね」
そう、手紙も書いているし、送られている。
直近のものでは、お父様が帰ってくることを望んでいるとも言っていた。
でも……
「帰らないのかい?」
「わたくし、この道場にて受けたその恩につきまして、流派を受け継ぐことにより、その義を通す者にございますわ」
それと、烏丸を見返したいので半々ですけれど……嘘ではありませんわよね。
その答えを聞いた芦川様は珍しく動揺すると、優しく答えを返した。
「………いいね、心にも、今は体にも芯が通っている。 強くなったね」
ただ負けず嫌いが治らない、ともいえてしまいますけれど、そう言われて、やはり悪い気は……
……なぜでしょう。いい気持ちにも、あまりなりませんわ。
それは多分、この人が当たり前に褒めてくれる人で、わたくしが、その言葉を求めているのはいつも……
「芦川様」
「?」
「あと二年、どうか、芦川様に鍛えていただきたいですわ」
「………なぜ?」
「烏丸に、強いと言わせるため」
烏丸は強くなったとは言うが、あくまでまだまだというようにしか言わない。一度も、強いとか凄いとか、そうした言葉を聞いたことはない。
だからこそ、どうしても、たった一度でも、言わせてやりたいのですわ
その決心を見透かしたのかは分からないが、何かを察したような顔で、芦川様はわたくしの目に、視線を向けた。
「烏丸は、人に優しくはしない。 そして、自分対してはそれ以上でね。 異常なほどの努力を積み重ねた結果、あの子は私以上に強くなった」
「わたくしもそうすれば、勝てますの?」
魔術も刀剣の特訓もこれ以上に頑張れば、と、夢想した時に、悪寒が背筋を伝う。
鋭くも優しげだったあの目は、いつのまにか、歴戦の狐狼のような緊張感を放っている。
芦川様は一呼吸した後に落ち着いた雰囲気に戻ると、話を続けた。
「でもね、私は異常な努力は嫌いなんだよ。 それで何人も人が死んできたのを、若い頃から見ている。 強くなる肉体さえ捨てる努力は、ただの自刃……いや、それ以下だ」
「なら、どうすれば……」
死んでしまっては元も子もないのは最もですけれど、だから諦めろと言われても納得はできませんわ。
勝つには、どうすれば……
考え込んでいると、意外な答えが出てきた。
「単純に、柔軟に、流派を変えなさい」
そんなことは少し不義理ではないのか、と思ったが、話は続く。
「元々、私も誰かの弟子だった。 一天八海流も当時は『一天四海』と言われていた。 私はそれを受け継ぎ、派生させた。 流派とは、まさに川の流れのように分岐し、海という強さの真理へと至ろうとするものだ」
…確かに、魔術もそうですわね。
最初は火球を放つだけのものでも、派生すれば壁にも檻にも変わる……そう考えれば、これも不自然なことではないのかも。
芦川様は、優しげに提案をする。
「君に合った一天八海を見つけよう。 私も、それくらいなら手伝うよ」
だが、打って変わって、その目つきは強張り、先程とまでは言わないまでも、十分な緊張感が辺りを包んでいく。そんな中されたのは、提案でなく、忠告だった。
「だが、私の直属の弟子になるというなら、恩人の子とはいえ容赦はしないぞ」
……以前ならなんと言っていたのかは分かりませんが、今は決まっていますわ!
「それこそ望むところ! よろしくお願いいたしますわ!」
それから、わたくしは自分に適した流派を、芦川様と研究をするようになった。
まず1ヶ月間は、女性特有の柔らかい体を活かすにはどうすればいいのかを見つけた。
そこから更に2ヶ月間、魔術と併用する場合、適切な使い方はなんなのかを研究。
そしてこれらは、すべて予定である。
実際の3ヶ月はといえば……
「何にも進んでませんわ〜!」
そもそもいつもの稽古だけでも時間が全然ありませんし、魔術の記憶なんて10歳前の習い事で学んだことを知っているだけ!
やることが多すぎますわよ〜!
そうして休憩時間にも演習場で悩んでいると、芦川様が寄って来た。
「エルトーシャ、何を伏している。 はよう立て」
「は、はい!」
いつも優しい人に厳しく言われると、条件反射で従ってしまいますわ…!
いやというか、厳しい芦川様の声はドスが効いているからかも?
それにしたっていつもの優しい声と比べてギャップはありますわね。
くだらないことを考えていると、頭にものすごい衝撃が走った。
パァン!!
「ぐおおお!?」
後から来た痛みに悶絶していると、芦川様が竹刀を持って構えているのに気付いた。
なんとかわたくしも、痛みを堪えながら竹刀を持って相対する。
始まるのは、実戦形式である試合稽古だ。
ハンディはあって、芦川様に一度でも入れられれば、わたくしはそれで勝ちになる。
だが、勝ててはいない。
おそらく手加減までされているにも関わらず、だ。
要因は、その手数の多さにある。
無駄な動きが極限まで無いその動きは、わたくしが一度素振りをしている時に2回は振れるであろうというほどに速い。
これを攻略できる方法こそ、わたくしに合った流派というのは分かりますけれど……!
本当に容赦無しに攻撃してくるから、手が震えてきますわ……!!
「ッ! サラマンダーの名の下に集い千歳を超える永き火炎今は自らをも喰らい尽くし眼前の脅威を滅却せよ『メルラハン』!」
詠唱を終えると、手のひらから巨大な火球が出現した。
それから芦川様も一瞬は飛び退いたが、火球が割れたかと思うと、首に竹刀が突き立てられる。
「……参りましたわ」
静かに、芦川様はその場を去る。
そしてわたくしも、いつものように反省点を考え続ける。
やはり手数がネックですわねぇ。火球で補おうにも、烏丸も真っ二つに斬れるわけですし………
というかなんで木で火を切ってるんでしょ。意味わかんないです。本当に意味わかんない。
型稽古の時はよかったですわよねぇ。踊りのようで得意でしたもの。
…踊り?型稽古?
いえ、いや!なにか、繋がりそうな………
「……型稽古………社交ダンス……………………舞い……! 思い付きましたわ〜!」
これなら、この方法なら…!
烏丸にも、もしかしたら勝てるかも知れませんわ〜!