3話 お嬢様、居着きますわ
それからも何日か経って、わたくしは段々とこの道場での暮らしにも慣れてきた。
朝に客室(今はわたくしの自室)で起きて、朝支度を終え、稽古をする……よく鍛え、よく食べ、よく食べている。
だが、毎日の飯炊きや掃除をしなければいけないという不満以上に、一つ不服なことがあった。
「ツインテールができませんわ〜!」
元々はメイドやお母様にリボンでまとめてもらっていましたけれど、ここには鏡もメイドもありませんし、上手くまとめられませんわ〜!
というか、わたくしはきちんと髪をセットしないととても大変なことに…!
焦っていた時、急にカラスマルが自室に入って来た。
「毎日毎日、朝支度が長えぞ」
「ちょっ! 乙女の自室に入ってこないでくださいまし!?」
わたくしの後ろの髪は、癖っ毛でどうしても縦ロールになる。自慢でもあるが、寝起きでまとめられてもいない場合……
その巻き髪が、四方八方に飛び出た、可笑しなライオンのような髪になってしまうのだ。
「………プッ…」
「笑うな〜!」
「ククッ……いや悪い。 そりゃそんな妖怪みたいな………時間かかるよな……プッ」
妖怪がどういう意味かは分かりませんが、馬鹿にされてるってことは流石に分かりますわ!
「あなたなんてリボンも結べないでしょう!? 一度やってみたらいかがですの!?」
「……いや、俺は短髪だし、そもそも髪の結び方なんて総髪くらいしかしらねぇぞ」
「総髪?」
質問すると、カラスマルは後ろに立って、髪を手際良く一歩にまとめ始めた。
「髪を後ろでこう結んで……ほれ」
ポニーテールの位置が少し高くなったような髪型……? なら違和感もない……?
とりあえず、可愛くなっているか分かりませんわね。
「兄弟子方! この髪型いかがでしょう!?」
声を上げると、外に出て他部屋にいた兄弟子達が次々に顔を出してきた。
「髪型変えたのか! 可愛いねぇ!」
「似合ってる似合ってる!」
中々ウケがよさそうなのを見て気分を良くすると、カラスマルの方を見上げてやった。
カラスマルは、キョトンとした顔で見下ろしている。
「明日からわたくしの髪、よろしくお願いしますわ」
そう言うと、すぐにその顔色はまた地獄生まれのような、青筋までかかった色になった。
「だから、自分でやれや…!」
「こんなに可愛いのに!?」
「関係ねぇよ……!!」
少し不満な答えではあったが、わたくしは総髪のやり方を聞いた後、簡単ではあるし、この道場にいる間はこのままでいこうと決心したのだった。
朝食を終えた後、早速演習場に出て素振りを始めようとすると、カラスマルは剣……ではなく、刀を持って来た。
「よし、心と体もちょっとは鍛えられたところで、早速今日からは一天八海流の技も学んでもらうぞ、色ボケ」
「分かりましたわ地獄生まれ」
いつも通りになってしまった応酬を終えると、わたくしは刀を握る。
刀は重く、身が薄く、美しいとは思っていたが、そこに鎧を切断するほどの強度があるのかはいささかの疑問だった。
だが、その疑問については、すぐに解消される。
「まず、刀ってのは大陸の剣とは異なる。 あっちは叩き切るが、刀は……特に一天八海流は引いて切る」
なるほど。改めて剣……いえ、刀を見てみると、確かに反りがありますわ。
確かに叩くのに向いてはいないでしょうが、切ると言う面においてはこちらに軍配が上がるかもしれませんわね。用途が違うとなれば、比べるのがそもそも間違っていたようでした。
なぜこの男が大陸の剣を知っているのかは少し疑問ですが……
「まずこの巻き藁を切れるようになれ」
そう言うとカラスマルは、何か柔らかそうなモノを持ってきた。
巻き藁……?
竹が中心ですけれど、柔らかいあの藁をただ巻いたものですし、難しそうだとは思えませんわね……
油断の元に試しに刀を振ってみると、途中で勢いが止まり、そのまま刀が引き抜けなくなってしまった。
「んぐっ………」
どうにも苦戦していると、カラスマルがそばに寄って来て、刀を簡単に藁から抜いてしまった。
「……一度しか見せねぇぞ」
そのままカラスマルが藁の切られていない部分に刀を振ると、わたくしとは大きく違い、藁は綺麗に二分され、宙に浮かんだかと思うと、それさえ瞬時に切り捨ててしまった。
力を込めた場合、宙の藁は刀に吹っ飛ばされているはず……そこまで速くもない剣速で切られたということは、全くの力を使わずに切った……?
というか、以前見たアシカワ様の刀と比べると、これ、どう見てもナマクラのはずですのに……
カラスマルは、特に自慢げな様子もなく、刀をわたくしの手元へと返すと、藁をセットし直して屋敷のベランダに座り直した。
「続けろ」
「…………はい!」
少しだけ敬意の念が芽生えたわたくしは、そのままにあの斬撃を思い出しながら、藁に刀を振り続けた。
それを10時間ほど繰り返しても、とうに切ることはできず、なんとか突き立てたものを取り出すので精一杯だった。
「疲れましたわ〜……素振りよりよっぽど……」
藁を枕にしてベランダで寝そべっていると、隣で座っていたカラスマルが、静寂に耐えかねたのかは分からないが、話しかけて来た。
「テメェはなんでこんな島国に来たんだ?」
突然ですわね。
というか、そのこと本当は言いたくないんですけれど……
「………わがまますぎて、反省しろと言われて来ましたわ」
「だろうな」
「ちょっと! 流石に傷つきますわよ!? あなたも、身の上の一つくらい聞かせなさいな!」
当然のことのようにドライに答えられて、ムカッと来たわたくしが質問をしてみると、意外と、すんなりと、カラスマルは自分の過去をぽつりぽつりと話し始めた。
「………………俺は、親と一緒に金品を盗んでた」
「クズでは!?」
道理で野盗とも見間違えるはずですわよ!
というか当時は親の命令だとして今は、流石にやっていいことと悪いことくらい区別ついてますわよね…!?
思わず起き上がったが、次に、その体は凍りついたように停止した。
「んで、俺がしくって、お代官に目つけられた頃には、とうに親には逃げられてた」
「え」
い、いきなり急展開ですわね…?
「子どもだからって檻には入らなかったが、そこからは地獄だった。 犯罪者のガキの犯罪者だ。 運が良けりゃ団子の串、糞ならまだ肥料に端金にもできたが、運が悪いと石を投げられた。 ゴミを漁ってるカラスが唯一のゆうじ」
「まっ! ちょっ! 流石に境遇が辛すぎますわよ! 聞いてるこっちの心が痛くなりますわ!?」
流石に止めたが、何故かカラスマルの口は閉じない。
「………親には一応優しくされてたからな。 暇が少しでもあれば、雨の日も、凍りつくような冬の日も関係なく、いつ帰ってくるか街の門の前で待っていた。 だが、帰りは来るわけもなく、俺は人の残飯を獣のように貪り食い続けた」
「なんで続けますの???????」
嫌がらせかとも思ったが、カラスマルがこちらを向くと、目は血走って、口元は不気味に笑っていた。
「まだ聞くか? あと数十個はエピソードがある」
「め、目が、ガンギマリですわ……」
と、いうか、そんな境遇の人間に、わたくしは地獄生まれなどと呼んでいたんですのね……
いえ、ガキ呼ばわりするカラスマルも悪いことには悪いんですけれど、それにしたって、もう少し言葉は選ぶべきでしたわ……
「……とりあえず、地獄生まれとは呼ばないであげますわ。 カラスマル」
「そりゃいい。 クソガキ」
「ちょっと!? 今のはわたくしも名前で呼んでくれる流れでは!?」
夕焼けも相待ってなんだか悲しげな気持ちになっていたが、すぐにそんな感情は吹き飛んでしまったのだった。
それからも、わたくしは刀を振り続けた。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年と経って、ようやくわたくしは、兄弟子方とも型稽古くらいならできるようになっていた。
パスパスと鋭く竹刀の音が鳴る中、横から、芦川様と烏丸の声が聞こえて来る。
「見違えるほどに強くなったな」
「まぁ、やる気だけはありますよ」
…!
烏丸のその言葉を聞き逃さなかったわたくしは、すぐさま二人の元に駆けつけた。
「今、わたくしのこと褒めてました!?」
烏丸はすぐにあの嫌そうな顔になって、少し失望していたところ、その顔は、段々と落ち着いたものになっていった。
そして、ついにわたくしを褒めた。
「……あぁ、ちょっとはやるようになったじゃねえか。 エル」
「ふふ! 珍しく優し」
「優しさじゃねえよ。 事実しか言わねぇ」
ああ、そんなことを言われたら……
ずっと見返したかったこの男に、そんなことを言われてしまったら……!
わたくし、嬉しくて飛び上がってしまいそうですわ…!
体の動悸とニヤケ顔が抑えられず、わたくしはすぐに、兄弟子方の方に報告へ向かった。
「兄弟子方〜! 今、烏丸がわたくしのこと褒めてましたわ〜!」
そんな様子を見てか、烏丸が顔を赤ながら追いかけてくる。
「ッ…! やっぱりまだクソガキだ!」
また、いつもの応酬だ。
でも、あだ名であっても、名前で呼んでくれる程に認めてくれたことが嬉しくて、ついつい笑いながら、わたくしは答えた。
「なんですってぇ! 現世生まれ!」
この暮らしも、少しは悪くはないようだ。
「…………………いや現世生まれってそりゃ普通のにんげn