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2話 お嬢様、刀を持ちますわ

 そうして翌朝、平たいベッドの温もりを噛み締めながら、わたくしはもう一度眠る。


「起きろクソガキ! 朝は早くから床掃除だ!」

「うーん、で、でもまだちょっと外も暗いですわ……」

「日の出と共に起きんだよ。 郷に入っては郷に従えってのは誰の言葉だ?」


 無理矢理にオーガ……ではなく、カラスマルにベッドから引き摺り出される。

 朝の冷たい風が当たって、思わず体が震える。

 辛いながらも体を動かしていると、何人かの男達が別の部屋から出てきた。


 多分、わたくしの兄弟子の方達……ですわよね?


「……おい、挨拶」

「あ、はい………ごきげんよう」

「ここでは()()()()()()()()()だ」


 い、一々イラっとくる指摘の仕方ですわねぇ…!


「……おはようございます!」

「おはよう! 偉いなぁ嬢ちゃん! ちゃんと挨拶できて!」


 兄弟子の方々は、事前にアシカワ様からわたくしのことを聞いていたのか、特に驚く様子もなく、気さくに挨拶を返してくれた。


 ……やっぱりこの男だけ異常ですわよねぇ。


 恨みを込めてじっとカラスマルの方を見る。


「……なんだ?」

「いえ? なにも…………あなたって、地獄育ちだったりします?」

「くたばれ温室生まれ」


 カラスマルが視線を逸らした後、そのまま続いて、井戸の方へとわたくし達は向かった。

 井戸の形式は特に故郷と変わらず、中を見ると当然に暗闇が広がっている。


「覗き込んでないで顔洗え」

「え!? 誰かがわたくしの顔を洗ってくれませんの!?」

「郷!」


 随分と省略した説教をされた後、渋々とわたくしは井戸からなんとか水を引き上げて裾をまくる。


 それにしても、もっと動きやすい服を着てくるべきでしたわ………ドレスなんて着られたものじゃありませんわね……


 桶の水に手を入れると、冷えた地下水が手を凍らせる。


「つ、冷たいですわ! あっためてくれませんこと?」

「風呂で溺れてろ」

「…………いいですわよ。 自分でやれって言うのなら……」


 魔術を使って手のひらから火を出すと、消えないように桶に近づける。

 しばらく待つと、水は沸騰してきて、カラスマルはというと、また物珍しそうにこちらを見ていた。


「……便利だな。 幻術ってのは」

「幻術? これは魔術ですわよ?」


 当たり前ですけれど、こちらと大陸とではモノの呼び方も違うってことですのね……

 ま、でもそれくらいなら別に言い方を変える必要もないでしょう。

 郷に入っては郷に従いますけれど、全て合わせるのは難しいですし。


「というか! 魔術に興味があるのなら特別にわたくしが教えてあげても…」

「遠慮する」

「ああ、まあなんとなく分かってましたわ」

「だが、その心遣いには感謝しよう」


 感謝。およそこの男が言ったとは思えないような言葉が聞こえた。

 脳内で反芻してみるが、確かに感謝された。


「あなた、感謝できたんですの」

「………クソガキには難しいようで」

「んなっ」


 カラスマルは嘲笑してこちらを見ていたが、その内に少し考え込むと、少し真面目な表情に変わる。

 その様は正に武人といった様子で、お父様のような荘厳とした雰囲気だった。


「……『一天八海流』は剣術のみにあらず。 義を通す心、研鑽された技、思うがままに動く体……それを全て持ってして、この流派を受け継ぐ資格を得るものとする。 師範も義を通すためにテメェを引き受けてんだろ」


 心と技と、体……確かにいい教えとは思いますけれど、大陸の兵士(リアリスト)にもわたくしにも、きっと通じないことでしょうね。とも考えると、このオーガも案外ロマンチストだったり……


「まぁ、それもできなさそうなお子ちゃまだもんなあ。 無理は言わねえよ」


 いや、撤回ですわね。

 ロマンチストがこんな人を馬鹿にしたような顔できるはずありませんわよ!

 と、いうか、言われっぱなしで腹が立ってきましたわ…!


「わ………わたくしにだって出来ますわよ! それくらい!」

「それくらい、ねぇ」


 また馬鹿にしたような声で〜…!

 分かりましたわ……! わたくし、必ずこいつを見返してやりますわ!


 決心して気合いで掃除を終えると、道場の庭に向かった。

 カラスマルはキョロキョロと辺りを見回すわたくしに、ナイフを長くしたような『木剣』をかざす。


「握れ」


 手渡された木剣を握ってみると、思っていたよりも重く、持ち上げるのにさえ労力が必要そうだった。


 多分素振りやらですわね………まぁ、単純作業ですし、多少我慢も必要経費というものですわ。


「まず芯の強い心と体を鍛えるために素振り1万回。 終わるまで飯は無し」

「1万!?」


 な、何かの聞き間違いですの!?

 そんなに降ってたら日が暮れるどころか、深夜になってしまいますわよ!?


「あ〜、やっぱりガキには無理かね?」


 驚くわたくしを挑発するかのように、ニタニタとカラスマルは笑みを浮かべている。


「この……や、やってやりますわよ!」


 と、威勢のいい返事をしたのはよいものの、一度振るのに最低でも5秒はかかる。それを1万回ともなると、どう考えてもディナーより先に自分が倒れることは明白だった。


 ま、少し卑怯な手段ですけれど、あくまでこの木剣を1万回という話なら、魔術ですこ〜し燃やして軽くすれば、夕方には間に合うはずですわ…!


 ……でも、そんなことしたって、アイツはまた馬鹿にしてくるだけですわよね…………


「それは……! それは悔しすぎますわ〜!」


 そのままカラスマルの人を嘲笑ったあの顔を思い出しながら、わたくしは他の兄弟子の方達と共に、怒りのままに木剣を何度も何度も振り続けた。

 ついに日が完全に暮れた頃、その意識は、だんだんと朦朧としてきた。


 それを見計らったのかどうかは分からないが、そんなタイミングで、カラスマルが屋敷の方から顔を出してきた。


「おい、あと何回残ってる」

「あ、と…………! 4万3520回ですわ…! もう半分、切ってしまいましたわ〜!」


 なんとか強がってはみるが、今の顔がはたして思い通りの表情になっているのかさえ分からない。

 だが、案外余裕そうな顔は出来ていたのか、カラスマルはすぐに屋敷の中に戻った。


 ふ、ふふ……驚いてなにも言えないようですわね…!

 でも、わたくしも疲れて、これ以上喋れそうにもありませんわ……


 そんな時、またすぐにカラスマルが戸を開け、姿を見せてきた。


「おい、早く中に入って飯食え」

「はぇ………な、ぜ………」

「心と体を鍛えるための修行だって言っただろ。 今日は逃げなかっただけで十分だ」


 そう言うと、いきなりカラスマルはわたくしをその背中に乗せて、屋敷の方に歩き出した。

 だが、それがまるでわたくしの意思が侮辱されたように感じて、掠れた声で、わたくしは強がった。


「や、優しさで言ってるなら余計な……」

「優しさじゃねぇ。 修行としての合理的な判断だ。 早く入れ」


 ……なぜでしょう。それを聞いて、何故か安心してしまいましたわ…………


 そうしてしばらくして……薄暗く、蝋燭の灯りがちらほらとつく広間で、温かなディナーの熱気がわたくしを包む。


「やっとディナーですわ〜!!」

「うるせえぞ……いきなり元気になりやがって…!」


 そんなことを言われても、わたくし朝からなにも食べていませんし、やっとのディナーともなればしょうがありせんわよ!

 さてさて、いったいどんな豪華な……


「……………な、なんですの!? この白い塊は! パンはありませんの!?」


 目の前には、魚と謎の茶色いスープ、それと大量の白い塊があるだけだった。

 お世辞にも、全く美味しそうだとは言えない……


「いいから黙って食ってろ」

「というか、スプーンはありませんの!? なんですのこの棒っキレ!」


 他の兄弟子達はその棒2本でうまく口に食事を運んでいるが、見様見真似で食べようにも、ついつい手からこぼれ落ちたり、魚に思い切り刺してもすぐにポロリと取れてしまう。

 そのわたくし様子を見て、カラスマルはニヤニヤと笑っている。


「手でも使えばいいんじゃねーか? クク」


 くっ…! 悔しいですけれど、一番所作が綺麗なこいつの真似をして食べるしかありませんわね…!


「うう、こんな屈辱的な………あ、美味しいですわね」


 白い塊はほんのりと甘く柔らかく、魚とスープの程よい塩っけとよく合い、空腹も相まって、その味はとてもとても美味なものだった。

 いくらかの粒が棒っきれから溢れるほどに、わたくしの手も口も進む。

 その様子を見てか、隣で食べていた兄弟子が大きく笑う。


「美味そうに食うねぇ! 明日からはそれ作るのも手伝ってもらうから、よろしくな嬢ちゃん!」


 う、ずっと見られていたと思うとちょっと恥ずかしいですわ。

 というか、朝からずっと嬢ちゃん嬢ちゃんと言われていますけれど……


「あの、わたくしには一応『エルトーシャ』という名前が…」

「クソガキでいいだろ」

「なんですって!」


 遮るように、カラスマルが罵倒をしてきた。

 当然に怒ったが、その様子を見てか、周囲から笑い声が響く。


『わははは!』

「あなた方も、笑わないでくださいまし〜!」

「わりぃわりぃ……えっと、えるとーしやあ……? ………エルちゃん!」

「省略もやめてくださいまし〜!!!」


 不本意にも、皆の笑い声はしばらく続いた。



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