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1話 お嬢様、島流しにされましたわ

 ああ、わたくし、やってしまいましたわ。


 思えば魔術の名門であるヴェルメイユの長女として産まれて10年……随分と甘やかされてきました。

 次男が産まれるまで一人娘だったわたくしは、それはそれは可愛がられました!

 その結果……


「このスープ、下水のような味がしますわ〜!」


 だとか……


「おほほほ! 汚らしいメイドですわ〜! クビにしたいですわ!」


 だ、と、か……!


 自慢の金の縦ロールの美しい髪を揺らしながら、紅色の瞳をギラつかせながら、家の者に『悪徳令嬢』と呼ばれるほどに、それはそれは横柄な態度をとって参りました。

 次男であるアレフもわたくしを怖がっていましたし、お母様もお父様も、愛想をつかしたでしょう……


 反省していますわ………………けれど……………


「……お前を、この家から島流しにする」


 それは、3週間も前にお父様が言い放った言葉……


「…………へ?」


 素っ頓狂な声が出た後に、続けて説明が始まりました。


 昔、国に頼まれて東の国に出向いた時、ある人の命を助けたこと。

 その恩によって、わたくしを引き取ってくれるらしい、と……


 つまり、しばらくそこで頭を冷やせ、と……


「で、でもお父様!? そこでのわたくしの世話をするメイドは誰が」

「全て自分でやりなさい。 貴族として、民の生活の辛さを知るべきだ」

「そ、そんな……」


 誰もわたくしを止めはしませんでしたわ。

 アレフも、お母様も……犬のジョンまで……笑顔で手を振っていたぁ!


 確かに、わたくしが悪いですわ。けれど、けれど!

 他の淑女方が社交パーティにいる間、わたくしは田舎で田畑を耕すなんて……


「これは酷すぎますわ〜!!」


 しかし、いくら叫べど叫べども、館は遠くなるばかり……

 しばらくして観念したわたくしは、馬車に揺られ、船に揺られ、3週間の長い旅を乗り越えて……

 というか、船旅中は何度も吐いたり眩暈も抑えながら…!


 現在、ついに目的地であった島国「ヒノクニ」にたどり着いた。


「それではお嬢様、俺はこれで」


 案内人とも別れた後、お父様に聞いていた通りの道筋を辿って行った。

 周囲を見渡すと、当然に大陸の王国とは違い、レンガのようなブロックが屋根を覆い、代わりに壁は木造。


「まだ船酔いも残ってて、景色が緑色ですわ〜……」


 道ゆく人はたまに頭に三角の帽子を乗せているし、本当に奇怪すぎる……

 ああいえ、まず目的地を聞かないと……

 とりあえず、あの女性に聞けばいいですわよね?


「そこの汚ら……んん''……そこの人、少しよろしくて?」

「? なんだい嬢ちゃん。 外国の人かい?」


 話しかけてみると、案外気さくに答えてくれた。


 異邦人なんて差別の対象にされると思っていましたけれど、意外………

 いやじゃなくてぇ…! 道を聞かないと。


「あの…『イッセイ・アシカワ』様の御自宅はどこでしょうか?」

「イッセイ………ああ、芦川さんの家かい。 とりあえず、やってる道場が北の方にあるから、そこを尋ねりゃいいよ」

「ご親切に、感謝申し上げますわ」


 裾を持ち上げてお辞儀をする。


 貴族の挨拶としても使う貴賓溢れるこのわたくしの作法……礼としては十分ですわよね!


「……あはは! 面白いねぇそのお辞儀!」


 な、わ、笑いやがっていますわ!? この無礼な!

 今すぐにその態度を後悔させ、て……


 ……あ、いえいえ! 早く反省しないと、家に帰れませんわ!

 ここは我慢しなければ……


「そ、それではごきげんよう……」


 なんとか唇を噛んで我慢したけれど、少し血が出た。


 …我ながら、偉ぶった性格ですわね。


 そのまま言われた通りに道を進んでいくと、あの館には及ばないまでも、随分と立派な家屋を見つけた。


 おそらく、ここがアシカワ様の道場のはず……


「おい、なんだテメェ……また勧誘か」


 呼びかけられて振り返ると、オーガのような目つきの男がいた。


「キャア! 野盗ですわ!?」

「…………つーかガキじゃねーか」

「誘拐しないでくださいまし! わたくしの身柄は高いんですのよ!?」

「そこは低く言えよ」


 このままではわたくし、家に帰るどころの話ではなくなる! それは本当に困りますわ〜!

 で、でも、わたくしにだって自衛術の一つくらい!


「サラマンダーの名の下に集い眼前の敵を焼き払え!『火球(メル)!』」


 懐の『杖』を取り出し、魔術を放つ。


 我がヴェルメイユ家の得意とする火の魔術……大人といえど、タダでは済まないはず……!


「フンッ」


 油断したのも束の間、オーガ男は剣を取り出すと、すぐにその炎を切り裂いた。


 ……切り裂いたぁ?!


「雑魚じゃねえかよ。 なんだ今の尻すぼみのしょっぼいのは」

「んなな、ななっ!?」


 切り裂いたことの驚きよりも、ヴェルメイユ自慢の魔術を罵倒されたことに対して、まず大きく怒りが湧いた。

 だが、オーガ男にずんと前に出られてその鋭い眼光で見下ろされた瞬間、怒りと関係なく体が動いた。


「こうなったら、ヴェルメイユ式ドロップキック〜!」

「…………フンッ」

「ぶへっ」


 飛び蹴りをすぐに平手で叩き落とされてしまったわたくしはその衝撃で、意識を落としていった。



 そうして、かろうじて意識を取り戻していくと、目の前には、木造の天井があった。

 横をみると、ご年配のおじいさまと、あのオーガ男がいた。

 おじいさまの方も目つきこそ鋭くはあるが、立ち振る舞いというか、なんというか、安心させるものがある。


「や、野盗小屋……ですの?」

「……師範、やっぱりこんな奴の世話する必要ないですよ」


 オーガ男が、随分と不満そうに答える。対照におじいさまの方は随分と落ち着いていて、オーガを制止させるように抑えると、わたくしの方を向いた。


「……君が『ゔぇるめいゆ』の長女様だね?」


 ということは……


「アシカワ様?」

「ああ、よく来たねぇ。 船旅は随分と疲れただろう。 ゆっくり休むといい」


 や、優しいですわ……先ほどの女性の方もですが、オーガ以外、この国はみんな気のいい人ばかりですわ…!


 感動で出そうになった涙をなんとか飲んだ後、アシカワ様は立ち上がり、薄紙でできたような引き戸を開けた。

 その先には随分と広い演習場のような場所が広がっていた。


 まるで綺麗な庭のようにも見えますわね……随分と手入れもよく施されていて、使いやすいことでしょう……


「気に入ったかい?」

「え、えぇ……でも、なぜいきなり……」

「『ゔぁんべるぐ様』……君の父上には、君を鍛え上げるよう頼まれている………知っているね?」


 うぐ、その通りですわ……

 けれど、一応は剣のお稽古くらい一度はしましたけれど、淑女のやることではないようにも思えますわね……

 まぁ反省はしないといけませんし、この方なら優しく教えてくれますわよね……


 次に出るであろう『ここで私が鍛えよう』の一言に対して、呼吸を置き、聞く準備を終えた。


「この子が、君を鍛えてくれる」


 そうして、アシカワ様はオーガを前に突き出した。


『はああああああ!?』


 気持ち悪くもオーガ男と息があった叫び声を合唱した後、わたくしは早速抗議をした。


「なぜ!? こんな野蛮そうな……」

「師範…! こんなガキの……クソガキの世話をなんで俺が!」

「クソガキ!? ヴェルメイユに対する侮辱ですわ!?」


 怒りのままに叫んだが、依然としてオーガはこちらを向くこともなく、その嫌そうな表情を崩さない。


「………一々こうやって騒がれたらたまったもんじゃないですよ」

「無視しないでおくれませんこと!?」


 ギリギリと歯を立てる。そして向こうは、一貫してこちらを無視し続けている。

 その様子を見てか、アシカワ様はオーガの方に近づいていく。


烏丸(からすまる)……お前もそろそろ一人くらい弟子を持つべきだ」

「だからって、こんな面倒なガキでなくても」

「お前がそうでなかったと言えるか?」


 そう言うと、オーガは急に黙り、しばらく考え込んだ後、急に頭をボリボリと無造作にかき始めた。

 そうしてまた静寂を残した後、ついにこちらを向いた。


「……優しく教えてはやらねえぞ」

「…あなたに教わる気はありませんわ!」

「あ''?」


 ひぃ! いきなり凄んできましたわ!?


 驚いてベッドを飛び出すと、わたくしはすぐにアシカワ様の後ろに隠れた。

 けれど、アシカワ様はそのまま、わたくしも諭し始めた。


「この男もそこまで悪い子でもないし、根は真面目だ。 教えを乞うなら、私よりもよっぽどいい」

「……」

「お願いを聞いてくれるかい?」

「…………分かりましたわ」


 そのままわたくしは座った。

 座り方は………目の前のオーガ男のように、地面に、足を丸めるものだ。


「正座できるのか」

「正座と言いますのね。 まぁ………郷に入ってはと言いますわ。 あなたに対してだって、ちゃんと慣れるよう努めますわよ……」


『……はぁ…………』


 諦めたようについた息が、また同時に被ってしまった。だが、今度はそこまで気持ち悪くもなく、どころか、失笑してしまいそうなくらいには面白くさえあった。


「俺は烏丸(からすまる)……流派、一天八海(いってんはかい)の烏丸」

「わたくしはエルトーシャ・ヴェルメイユ。 どうかこれから、よろしくお願い申し上げますわ」


 こうしてわたくしは、この魔術と剣の世界で、この広い世界の狭い島国の道場で、貴族としての作法でもなく、魔術でもないものを学ぶことになった。


 それは魔ではなく武の世界であり、一切合切を両断する技術であり……それを身につけたわたくしを、誰かがこう呼ぶようになった。



 『サムライお嬢様』、と。






「ところで、このカラスマルというのは本当に人間ですの? 魔術を斬ったりして……化け物でなくって?」

「やっぱ出てけや!」

 

第一話を読んでいただきありがとうございました。

これからも、面白い話を書けたらと思います。

ブックマークやいいね、コメントもお待ちしています。

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― 新着の感想 ―
エルトーシャが一変して武術を学ぶことになるというやや変わった展開がおもろいです。というか島流しって考えた だけでもこわい
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