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カランカランとドアベルの音が響き、2人と1匹が中に入ると可愛い感じの女声が響いた。
「いらっしゃいませー。あ、クリス様、いらっしゃいませ、エーア様もお帰りなさい。………そちらのマーモキャット様も、いらっしゃいませ」
「や、邪魔するよミュー。レイ殿はおられるかな」
「はい、いらっしゃいますよ、今お呼びします」
『あぎゃぎゃ[誰………ああ、レイパパが言っていたマーモキャットか………]』
………明らかに人ではない声も響く。
見上げればカウンターの上にカゴが置いてあり、明らかにトカゲ………いや竜が顔を覗かせていた。
そして竜の言っている事が何故か理解できる。
これも何か魔法的なチカラのせいだろうか。
青み掛かった緑色の肌のそれ………いや彼は、カゴからのっそりと起き上がり、カウンターから翼を使って降りてくる。
あんな小さな翼でホバリングできるのも驚きだが、店の中にそういう存在がいるのもかなり驚いた。
「ぎゃ、ぎゃお、ぎゃ[初めましてマーモキャット殿。僕はフェルナス、風の護りの名を冠する風竜の一だよ]」
「にゃあ、にゃ、にゃ[………お初にお目にかかる。フェルナス殿、自分はイチロー。元は別世界の人間なのだが、何故かこの姿でここにいる]」
「ぎゃ………、ぎゃ、ぎゃあ[うん、聞いてる。ホントどこのバカな人間が禁忌魔法陣使ったのやら。………ともかく迷惑なことだね、イチロー。それからもう少し砕けた話し方でも良いよ]」
「………にゃあ[判った。あまり崩れないかもしれないが、これが素なのでね。よろしく頼む、フェルナス]」
………普通の人間からすればドラゴンとマーモキャット………竜と猫の鳴き合いにしか聞こえないだろうが、どちらの言葉も判る様子のエーアはニコニコと2匹の会話を聞いている。
と、奥から青年というには少しトウが立った男が、さっきの店員………女の子と一緒に現れた。
背はかなり高い………恐らく180以上はある………白いワイシャツを着てスラックスのような黒いズボンを履いている。
整ってはいないがそれなりに手入れはしているのだろう短めの黒髪と、茶色の瞳………日本人に近い配色の顔立ち………かなりの色男である。
………クリスと同じ人種なのだろう、かなりできる人間のようだ。
足さばき、身のこなし………それなりにそういう場を潜り抜けてきているように感じる。
その身に纏う魔力は、かなり強く………少なくとも自分より多く感じた。
「おお、いらっしゃい、クリス。………そいつが例の奴か………もう客もいねーな。ミュー、店閉めて、看板灯消してくれ。今日は店じまいだ。それから屋敷からカレラさんを呼んで来てくれ」
「はーい」
なぜかかなりスタンダードなメイド服姿の先程の店員………ミューと呼ばれた女の子がパタパタと奥へと走っていき、代わりに………エーアと同じような存在が顔を出す。
………ちょっと待て、6体!?
エーアはこの世界の1級契約精霊だと言っていた。
同じ姿である以上、彼女たちも同じレベルの契約精霊………なのか?
「マイロード、この子が例の………」
7体の内、金髪の子がレイに問いかけている。
他の………エーアを除く5体は自分を興味津々と見ている。
「ああ、そのようだ。………俺はレイ。レイ・トライトン。まあ、よろしく頼まあ。立ち話もなんだ、こっちへ来てくれ。………レヴィン国王の勅命だ、ゆっくりしていてくれ」
そう………店舗の隅の商談スペースみたいな場所………パーティションに囲まれた場所へ導きながら言ってくる。
それなりな立派なソファ、高価だろうガラスの貼られたテーブル………まんま会社にあった応接セットのような場所だった。
商談スペースの隅には簡易な応接キッチンがついているのが見える。
『済まない、自分はイチロウ・ナカムラ。まあこんな姿だが中身は異世界の人間、しかもかなりおっさんだが、よろしく頼む。呼び方はイチローで良い』
「今は猫か。………元の世界で何かやっていたのか?」
『躰道と空手………と言っても判らないか、まあ体術だ。人や動物を殺した経験はないが、それなりに長い事習練していた』
「………ふむ。体術か………その関係かな、魔力量が普通のマーモキャットと比べても、そして人間レベルでも断違いに大きい。キャロに匹敵するな。中々面白い」
エーアに代わり、今度は………さっきの金髪の子とは別のヒマワリ色の髪の子が、自分の言葉を伝えてくれたようだ。
『自分は何となく感じるだけだ。そういうのって数値化できるものなのか?』
「聞いたことがないな。………サーシャの奴かコーの奴なら何か知ってるかもしれないが」
「その辺は明日以降、魔法省と錬金省との話しがあると思うので話し合うとして………」
「ああ、いらっしゃいクリス様………それから、イチロー様………だったかしら………」
クリスが苦笑いをしながらレイに答えようとしていると、また、契約精霊たちが入って来た入り口からミューとは別の、自分から見てもかなり”大人”に見える女性が顔を出した。
クリスより少し年上くらいか、整った顔立ち、藍色のかなり長い髪を腰辺りで纏めている。
瞳は赤茶色だった。
「ああ、カレラさん、ここに座って一緒に話を聞いてくれ。ミュー達も興味あるようなら茶を用意したら一緒に居ていいぞ」
「はーい♪」
彼女がお茶を入れてくれる間………お湯は準備してあったらしく、ポットにお湯を注ぐだけになるが………ともかく、カレラは優雅にレイの横に腰掛ける。
契約精霊たちもテーブルの上に座り、そしてフェルナスも同じような位置に陣取った。
………お茶を用意してくれたミューも隅にあるソファに座ると、お互いの紹介から始まった。
屋敷と店舗はエグザンディア館の敷地内にあるのだが、驚いたことにこの敷地は元々はカレラの旦那であったエグザンディア公爵の土地だったようだ。
公爵は病気で他界したらしいが、未亡人である彼女は他の男性貴族と結婚する気などなく、使用人のうち家令と従僕数人、メイド長とメイド数人、庭師とコックを除いて暇を出して、知り合いだったレイ殿に庭の一部を貸し出すことになったという事だった。
………普通商人に貴族の屋敷の庭先など貸さない筈なのだが、まあ………色々あるのだろう。
レイとクリス、サーシャ………クリスの嫁というのがサーシャという女性らしい………魔法省のトップだそうな………達と彼女たち公爵夫婦はかなり昔からの知り合いだったらしい。
貴族同士の繋がりとかは………そういう付き合いが全く無かった自分にはちんぷんかんぷんである。
「………ふむ、そろそろいい時間だな。クリス、イチロー殿は確かに預かった。明日以降、サーシャとコーの奴が来るんだろ?」
「ああ、多分そうなると思う。ここじゃあゆっくり話せないかもしれないから、カレラさん、悪いんだけど………」
「了解したわ。応接を使えるようにセバスに言っておきます」
………ふむ、セバスというのはエグザンディア公爵家の家令らしい。
「それからさっき、マリアに言って来賓室を用意しておいたわ」
「ああ、とりあえずはそれでいい」
『ちょっと待て、来賓室………?そんな大きな部屋じゃなくていいよ。落ち着かない。………使用人室でも大きすぎるくらいだ』
えらい話になってきたなと思い咄嗟にそう言うと、またヒマワリ色の髪の子が翻訳してくれたらしい。
「まあ、遠慮しなくてもよろしいですよ。泊まりに来るような友人も中々おりませんので」
『しかし………』
「気にすんなって。あくまでイチローは国の来客扱いだからな」
………今更だが、好待遇過ぎる気がする。
御貴族様ベッドで、魔物の猫が寝る?
………脳裏に浮かんだ何か間抜けな………というかシュールな風景に言葉を失う。
「マリア達も張り切ってましたわ。久々の宿泊客だと」
「うん、マリアさん、何か一人で色々やってましたよ。私も手伝おうかと思ったんですが………」
………ちなみにマリアという人物がメイド長らしい。
こうして、なし崩しで部屋が決定されてしまったのだった。