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軽く雑談をしながら体感で2~30分くらい待つと、侍従と言ったか………とにかく鎧を付けていないがかっきりした服装の男性が呼びに来て、自分達は………宰相と共に王の謁見の間へと出向く。
………かなり緊張してはいるが、こうなってしまった以上どうしようもないのも事実。
とりあえず腹をくくる。
宰相殿やクリス達の話しを聞く限り、まともな考え方の国王のようなのが救いだ。
………謁見の間は、それほど華美ではないが、落ち着いた雰囲気の、いかにも謁見の間………いやあちらで実際入ったことはないので想像でしかないが………そんな感じの場所だった。
謁見の間に通じる控えの間のようなものがあるのかと思っていたのだが。
しばらく立ったまま待っていると、扉の外から『国王陛下、御成り!!』と声が聞こえ、兜こそ被っていないがきっちり帯剣して鎧をつけた騎士2人と、鎧はつけていないが………良く物語でみるような魔法使いのローブのようなものを着た厳めしい顔つきの………宰相より年上と明らかに判る男性と共に、豪華に見えるマントと王冠をかぶっている男が入ってくる。
………歳の頃は宰相と同じくらいか、中々良い体つき、そして背もそれなりに高く、威厳のようなものもある。
彼がレヴィン国王なのだろう。
彼が姿を見せたと同時にクリスとマーリン、そして宰相が片膝をついて胸の前に右手を、左手を床に置くように下げ、首を垂れる礼………あれが騎士の礼なのか………それをした。
自分もつられて伏せをし、エーアも宙に浮いてスカートを少し広げ、膝を軽く折りながら片足を引く………ええっと、カーテシーと言ったか………挨拶をすると、国王は少し砕けたような感じで笑って手を振り、皆を立たせ、自分は明らかに玉座と呼べる椅子に腰掛ける。
「皆、ここは予備の謁見の間だ。かしこまる必要なない。面を上げなさい」
こんなことを一庶民の自分が考えてはいけないだろうが、正に王と呼べる立場の人間なのだろう。
それから二つ以上の謁見の間があるようだな、この城には。
正式の来賓なんかが来城した時は、本来の謁見の間を使うのだろう。
「イチロー殿と言ったか、報告は聞いている。まずはこの国の王として謝罪をさせて欲しい。………我が国の………誰かは判らないが貴族が禁忌魔法まで使い、無理やり召喚したことは………申し訳なく思っている」
そういい、席を立ち、頭を下げて来た。
一国の王、国のトップが自分のような庶民に軽々しく謝罪するのはどうかと思ったが、同時にそういう事ができるという事に………持ってはいけないとは思ったが好感を持つ。
『自分はイチロウ・ナカムラと申します。登城し、こうして高貴な身分の方たちとお会いできる身分や姿では御座いませんが、お呼びと伺い、僭越ながら罷りこさせて頂きました。何故自分がこうしてここにいるのか未だに理解や納得はできておりませんが、元の住処に帰る手段が今の所ない、との事。………当面の間、お世話になります』
新社会人となった時研修で叩きこまれた礼儀作法と、ライトノベルで読んでいたかなり間違っているのだろう謁見の言葉遣い・作法を実践する。
まさかこの歳で、しかも異世界でそれをすることなるとは夢にも思っていなかったが。
もう隠す必要もなかろう、と思い、本名も名乗った。
「ほう。中々に受け答えもしっかりしているようだ。………ファミリーネームがあるということは、異世界では貴族階級だったのか?」
『いいえ、自分の国では庶民でも全員、ファミリーネームを持っております。他の国ではこれにミドルネームという名前や、先祖代々受け継ぐ名前等を持っていて、正式な場では名乗る国もあります故』
「なるほど、その辺はこちらと少し似ているのだな」
………それから宰相やクリス達と話しをした時のように………軽くではあるが、状況説明と軽く自分の国の事を話し、謁見は終わる。
「ずいぶん長く話し込んでしまったな。エーア殿、長々と申し訳なかった。レイバック、今騎士団が調査に出向いているようだが、詳しいことが判ったらまた報告が欲しい」
「はっ。後程報告書を上げさせて頂きます。………恐らくではありますが、首謀者までははっきり判らないとは思われます」
「それでも良い。それからイチロー殿、この城では………堅苦しいとは思うし一部の大臣共や貴族達が煩かろうから、当面はエグザンディアの館で過ごすと良い」
「トライトンの店ですね。この後、この国の常識の説明等を済ませてから私が御案内致します」
「うむ。頼む」
宰相の代わりにクリスがそう答えていた。
エグザンディアの館というのがどこか判らないが、国王や宰相、騎士団総長がそう言っているのなら決定なのだろう。
トライトンの店とエグザンディアの館というのが同じ場所なのだろうか。
差し当たり、国王が許可を出しているのなら、自分含め、逆らうという答えはない。
「………レイ殿がいるあそこならば、差し当たり問題はないだろう。我が国の人間のせいでそなたに迷惑をかけてしまうが、心安らかに過ごして欲しい」
国王は玉座から立ち上がるとひな壇を降りて自分の前に来てしゃがみ、そう言ってくれる。
先程一緒に入って来た騎士2人と、魔法使いのような老人も同じように頭を下げてきた。
………何だか昔、被災地に上皇陛下がお見舞いに行かれた際同じような事をしたのをテレビで見たのを思い出した………良い国王で、良い統治をしているのだろうな、と理解する。
ライトノベル定番の愚王で無くてホッとした。
それからエーアの主レイ・トライトンを殿付けで呼んだ………さっきの宰相の会話も含め、何やら複雑な関係性が見え隠れする。
『お心遣い、誠に忝く』
「うむ。では、宰相、後は頼む。折あれば、また会う事もあろう」
「心得ました」
『………御前失礼いたします』
再び礼をしあうと、王は一緒に来た3人と共に退出していった。
「………さて、イチロー殿………いや、ナカムーラ殿というべきか。済まないがまた、執務室まで来て欲しいのですが」
宰相がそう言い、皆も立ち上がりつつ、そう言って来たので自分は見上げる。
『呼びにくいと思いますので、イチローで結構です。とりあえずこの………この世界とこの国の事を教えて欲しく思います』
「承知しました。………エーア様、申し訳ないですが………」
「はいはい」
※
それから自分は宰相の執務室で宰相殿とクリスらに様々な講義を受けた。
距離単位をはじめ時間単位、この国で常識と思えるもの………全部覚えきれるかどうかは心配だったが、何とか………大体覚えることができた。
とりあえず、時間はほぼあちらの世界とほぼ同じだが、2時間で1刻と呼ばれているそうだ。
1時間で半刻、30分で1/4刻と呼ばれていて、それ以上細かい分数や秒は存在はするものの数えない。
そして1日は12刻である。
時計はあるが高価なので庶民は持っている者はまずおらず、朝・昼・夕方に王城で鳴らしている鐘の音と、あちこちの公園など公共の場にある時計を基準に皆働いているようだ。
1年が365日なのは変わらないものの、1ヶ月は28日固定で13月まであり、いわゆる元日だけ独立した日、カフスという日になるそうで、この日は老若男女・裕貧関係なしに年越しを祝う習慣があるようだ。
カレンダーのようなものはあるが、〇月表記ではなく全て特殊な呼び方をする。
それにローマ数字のようなものをハイフンで結合して、日付の表記になるようだ。
例えば3月22日だったら、REXCA-XXII(レシャ・22)というような表記になる。
これは覚えておかねばなるまい。
その他金銭関係も一通り教えてもらったが、魔物の猫、マーモキャットが街中に一人で買物に行く事などありえないので今すぐに覚えなくて良いようだ。
こちらの金銭単位はφ(フィー)、話しを聞く限りでの換算だが1φ=1円と換算してよさそうだ。
金貨20枚=20万フィーあれば税金やその他を支払っても一家4人が十分に暮らしていけ、貯蓄もできるらしい。
割と一般賃金は高い様子である。
それから庶民が食べる丸パン1個単価が100フィーらしいので、少し高く見積もっても大体そんな換算になる。
物価は国やモノによっても違うだろうからしばらくは脳内換算が面倒そうだが、こちらの世界にいる以上、できる限り早く馴染むように努力する、という事で講義を終えた。
逆にあちらの世界の事も当たり障りのない部分でいくつか話したが、魔法というものが存在しないこと、科学・化学・工学が発展していること、そして国民の人数に驚いていた。
アルナージ王国は、話しを聞く限りは全体で200万人ほどの国だそうだ。
貨幣の数え方
軽銀1枚=1φ
銅貨1枚=10φ
白銀貨1枚=100φ
白貨1枚=500φ
銀貨1枚=1000φ
金貨1枚=10000φ
月の数え方
元日 カフス(COUFTH)
1月 アル(AR)
2月 メリク(MERIC)
3月 レシャ(REXCA)
4月 ハマル(HAMAR)
5月 エルナト(ELNAT)
6月 カストル(CSTOR)
7月 タルフ(TARV)
8月 レグルス(REGLUS)
9月 ポリマ(PORMA)
10月 カマリ(KAMARI)
11月 ウェイ(WAY)
12月 ラス(LUS)
13月 ナスル(NATHLE)