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『………なるほどそういうことでしたか』
コーニッシュと自分の説明を受けて、納得したように頷き、つい、と浮かび上がり、再びカーテシーをする。
相性の問題で中々に主候補の人間と出会えなかったので、ずっと王城で待機状態のまま置かれていたらしい。
双方の説明を終えた頃、7騎の契約精霊のうち3騎………具体的にはエーア、カル、そしてエーカーまでやって来る。
『あら、アルシオーネじゃない。お久しぶりね』
………どうやら知り合いらしい。
『エーア、カル、エーカー………懐かしいですね』
アルシオーネも笑顔で頷いている。
『………契約ってどうすればよいのだ?』
『基本的には何もしなくて良いのです。ただ今のわたくしは、貴方様の魔力に反応して起動しました。ですからそれで契約が結ばれたに等しいのですよ』
………契約というからもっと仰々しい儀式とか何かあるのかと思っていたが、意外とその辺はアバウトなようだった。
『でもイチロー、これで通訳は必要ないわね』
エーアはそう言ってころころと笑う。
エーカーも頷いていた。
「イチロー、この件、宰相と魔法院のサーシャに報告して置く。持ち主が居なかった契約石だから、特に問題ないと思う」
『了解した』
馴染むまでは時間が掛かるかもしれないが、何か特別な事がない限り、アルシオーネは自分と行動を共にし、この世界に存在し続けるらしい。
………エーアやエーカーに聞いた説明に依れば、このアルシオーネ、持ち主に依って左右されるがかなりの高性能契約精霊らしい。
本人(?)はいえいえ、と謙遜していたが、1級のエーア達に匹敵する能力を持っているとか。
主に戦闘方面なので街中では発揮できないが、それはそれで有難い話しである。
まだ魔力制御に馴れていない自分にとっては、であるが。
とりあえず、彼女の宿る契約石は、自分が管理することになる。
大きさの問題で皮のバンドを首に巻いてもらってそれにつけるという形式となったが、まあ、猫の姿だったらさほど違和感がないのが救いだが。
魔物の姿である以上、城壁の外へは出られないので、それからしばらくはまた、エグザンディア邸で魔法訓練をやりながら過ごす。
すっかりアルシオーネはここやレイ達に馴染み、契約精霊達やキャロ達と日々談笑して過ごしている。
何でも自分の魔力の多さと、魔力の集結点であるこのエグザンディア邸のお陰で往年の力をほぼ取り戻せたと喜んでいた。
そんなこんなで、コーニッシュが持ち込んだ錬金術の素材と、自分のイメージとプラスアルシオーネの魔力制御、その他レイ達含め多方面の協力により、やっと自分は姿形は人間として存在できるようになった。
話し言葉も今までの通訳は必要はなく、意思疎通ができるのが嬉しい。
この身体になっても畏まった会話をしていたら、コーニッシュが今更言葉遣いは気にしなくていいと言ったので向こうの友達や同僚仲間と話す時に使っていた言葉遣いに戻している。
あくまでコーニッシュに対して、ではあるが。
そしてこの身体は………一見すると普通の人間の皮膚だが、実は金属で、中………ちょうど胸郭の部分にマーモキャットとしての自分が収まり、首につけたアルシオーネの契約石と共に共同制御するという珍しい形式になった。
「………なんか、アニメ………いや、お話しの中に出てくるアンドロイドみたいだな………」
「あんどろいど?どういうものだったの?」
「ああ、ヒトガタのロボット………と言っても判らないか、とにかくヒトガタをしているが人ではない、全て機械………魔道具で動き、お話しの中の戦で使われたり、人命救助などに使われていた。生身の人間が入るには危険な場所に潜入して情報収集したりしてな」
「なるほど」
「今の自分のような人間大ではなく、もっと巨大なものも物語としてはあったが、色々無理があってあまり巨大な物は現実には作れないだろうと思う。動力源やら物理法則やら、色々………な」
そう言いつつ、自分は躰道の構えを取ってみる。
中段構え………本手を立て、腰を落とし、後ろ重心………久々のスタイルである。
「ふっ!」
運足を何度か行った後、卍蹴りを行ってみる。
あくまで型だけになるが、ほぼ思い通りに身体手足が動いてくれる。
この身体では下手に立ち木などを蹴った場合へし折る可能性が大きいので、それは外へ出られた時用に取って置くとして、前転、バック転、半月当て等も行ってみるが中々に良く動いてくれるな。
「………いい感じだな。完全に馴染むまでには時間がかかるかも知れないが、ほぼ向こうでやっていた動きはできると思う。………アルシオーネは大丈夫か?」
『はい、問題ありません。………それにしても凄い体術ですね、マスターイチロー』
今は完全に同化しているので、アルシオーネの声が頭に響いてくるような感じになる。
かなりいい素材を都合してくれたコーニッシュのお陰で魔力消費もかなり抑えられているのが助かる。
「おー、いい感じみたいだな、イチロー。今の動き、向こうでやっていた体術の動きなのか?」
休憩の時間なのだろう、レイが数騎の契約精霊とフェルナスと共にやって来た。
「ああ、レイ。お陰さまでな。大体いい感じだ。完全に馴染むには少し時間が掛かるかもしれないが」
「………今の姿も向こうのままか?」
「鏡に映してないからどんな顔なのかは判らないが、視線や手足の感じはかなり近い。自分のイメージでこの姿を作っているから、ほぼ同じだと思う」
「中堅冒険者という感じだな。………よし、近々ちょっと城壁の外へ出てみようか。コーニッシュとミトの都合がつき次第だがな」
………そういえばもう一人の冒険者仲間だというミトという人物には会った事がない。
「それと冒険者ギルドに登録しておいた方が良いかもな。色々と動きやすくなる。ただイチローの場合ちょっと特殊だから、宰相のおっさんの力添えがいるかも知れないが」
「………クリスかキャロ姫に頼んで許可を貰う」
冒険者ギルド。
お話しでよく聞く組織だし、自分がこの世界に来たばかりの頃に少しだけ会っているが、やはりというか何というかランクと言うものが存在し、FランクからSSランクまで、8ランクが存在する。
色々面倒なのでクリス経由で宰相に頼み込み、レイ自身はAランク所持者で止めているらしいが、本来の力はSSランクに匹敵するようである。
「………やはり、上の方は面倒事が多い、か」
「まあ、な。SランクやSSランクになると何日も店を空けなくちゃならん場合が多くなる。たまたま出会った人を助けるならともかく、縁も所縁もない貴族の護衛とかも必要になってくるんだ。かなり………無茶苦茶面倒でなぁ………」
嫌そうな顔をしたところを見ると本当に面倒なのだろう。
………確かにこの国の貴族共だったら、顎で使って来る、無理難題を言うなんかは日常茶飯事なのかもしれない。
金払いは良いのでその部分だけは救いだとレイは笑う。
「ミトは今Sランク。他所の貴族の護衛と言う形で今隣のマーヤ王国へ行っている筈。もう少しで戻ってくると思う」
気を利かせてマリアベルとマイアが用意してくれたサンドイッチを摘まみながら、コーニッシュが頷いた。
………自分が紹介したサンドイッチが最早軽食・昼食の定番のようになっているのが少し嬉しい。
何でも執務中にでも気軽に食事が取れると評判で、宰相や国王に至るまで今では食べているとか。
きちんと食事は取った方がいいとは思うが、それでもまあ、忙しいと言われれば自分には如何ともしようがない。
マイアや王宮の料理人達には自分の知る限りの栄養バランスの話しをしてそれ相応の食事を出して貰っている。
ほぼ同僚であるマイアはともかく、一度王宮の料理長までもがここへ来て、一部曖昧ではあるが自分の知る限りの料理と知識を教えた。
バランスの取れた食事と適度な運動は健康の元である。
子供や若い内は好きなモノを食べても良いと思うが、歳を取ってくると仕事や生活に見合った食事と言うモノができるし必要になってくる。
その辺を重点的に教えた。
まあ、人それぞれ合う合わないはある筈なので無理にとは言わないが、それによってこの国の人々の健康維持に貢献できれば自分にとっても嬉しい。
国王達に反発している貴族連中は無視して好きなモノを食べて生活しているらしいが、後は野となれ山となれ、である。
また、キャロと王妃、従弟………つまりは王弟もやって来て、美容と健康について聞きたがった。
そちら方面に関しては疎い部分も多いが、こちらには幸いにしてポーション類が多く存在しまた、魔法も存在するので上手く組み合わせれば美容健康の維持がしやすいだろう。
白粉は………やはりというか何と言うか、鉛入りの奴がこの世界にも存在した。
少し透明度が落ちるが鉛入りをできる限り破棄してもらい、契約精霊やコーニッシュ達錬金術師達の尽力により新しく人体に影響がない白粉や化粧品が開発されて、一部の貴族には浸透し始めている。
特に王家派の貴族(の女性達)はこぞってそれを購入し、日々化粧に勤しんでいる様子である。
白粉は流石に儀式のような重要な時にしか付けないようだが、日々のケアも確かに色々必要だろう。
まあ、自分の曖昧な知識からよくぞ開発に持ち込んでくれたと思うが。
………あ、鏡に映した自分は、元の世界の自分を20歳ほど若返らせた感じの、正直日本の何処にでもいるような男だった。
黒髪黒目、身長は170半ばを越えていて………うん、まあ、そんな感じである。
漸く身体に馴れたころ、話しだけは聞いていたミトという女性が帰ってきた。
コーニッシュとクリスと一緒にエグザンディア邸へやってきた時に自分が魔物だと言うと驚かれた上に攻撃されそうになったのはご愛敬である。
そして自分はクリスや宰相の口添えによりFランク冒険者の資格を取り、レイ達の材料仕入れその他に同道できるようになった。
また、自分の武器というか防具も含めた装備は色々悶着があったが手甲と足甲、そして動きを阻害しない程度の胸部アーマーのみである。
某国民的RPGの姫とかが装備できた鉄の爪に似た手甲で、丁度拳の部分に穴が開いていてそこから自分の腕パーツを変形・錬成して爪というか短刀のように伸ばし、それで相手を攻撃するという中々に凶悪な仕上がりになった。
足にも爪先に同じような仕組みの仕込みナイフを装備している。
武器は基本的にいなす為に使う三節棍のようなモノで、つなげてしまえば棍になるというもの。
体術メインの自分に取って中々に扱いが難しい代物だが、レイやミトに軽く相手してもらって漸く手に馴染んできたところである。