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「ああ、イチロー、起こしちまったか?」
自分に気付いた様子で、手にしていた刀………一瞬日本刀かと思うような形状のモノだったが………を肩に担ぎ、口元を歪める。
『いや、気というか、魔力が激しく動くのを感じてね。………鍛錬かい?』
つい、とエーカーが自分の頭の上に来て、そう通訳してくれる。
「まあ、な。ここは竜の道の集結点にある、供給ポイントだ。2~3日に一回はここへ来て、魔力の補充やらちょっとした鍛錬やらをしているんだ」
『なるほど。………ところでその傷、やっぱり放浪中に受けたものかい?』
「そんな感じだ。………キャロ達に聞いたのか?」
『ああ。昼の談笑の中にそんな話しが出て来たのでな。………相手は獣が多いみたいだな。刀傷は少ない』
「判るのか。確かにほとんど爪で受けたものが多いな。………未熟だった頃に色々と、な」
『そんなものだよ修行なんて。色々自分も昔は傷を負ったなあ………』
………躰道・空手、合気道は近接戦がメインなので、怪我をするのは結構日常茶飯事だった。
躰道の絡みや合気道の投げで靭帯や関節を痛めたり、受け方が悪くて指を骨折したりとまあ、自分も色々やったものである。
流石にナイフ相手の経験は少ないが、空手の修行の一環で近しいモノもやった事があった。
あれはマジで通常の人間がやる修行ではない。
『ともあれ、治してはあるんだろ?前の通りに動ければ問題ない………か』
「そうだな。………もう少し広ければフェルナスと対峙するだけでも十分な修行になるんだが………」
「あぎゃ、ぎゃ[流石にここでは無理だよレイパパ]」
小さな翼を軽くはためかせ、しかしその浮力ではない感じでふう、と浮き上がり、自分の横へ来るフェルナス。
………話しを聞けば、今の姿は仮の姿で、本当の姿は差し渡し25メル(メートル)を超える大きさらしい。
人間の国や街に居る時は流石にその大きさにはなれないので、外へ出ない限りは元の大きさに戻る気はないとの話しだったが。
………何にせよ、この世界では本当に刀などの武器で相手を倒す、殺すという事が普通の世界だと………ぬるま湯の世界に居た自分から見れば驚きの事実である事に戦慄する。
ここで生活しなくてはならない以上、意識の切り替えに時間が掛かりそうである。
「まあ、それもそうだな」
腕に持った刀を鞘に納め、苦笑いを浮かべるレイ。
「まあ、その内………外へ出て、戦闘を経験することになるだろう。今は流石に同行できる状況じゃないだろうが………色々裏じゃ動いてる。もうしばらく待ってろ」
『了解した。………覚悟はしておくさ。………さて、もう夜も更けている。休んだ方が良いぞ』
「そうだな。じゃあな、お休み。………ああ、この傷の事は女どもには内緒な。煩いのが嫌なんだ。それからこの地下室はロックしてあったら俺が許可した奴にしか入れないようになっているからな」
魔道具の鍵でそんなような仕組みになっているようだ。
………そう言い残し、彼らは近くの椅子の背もたれに掛けてあった上着を羽織り、自室へ戻っていった。
自分も客室へ戻りながら、ふと、廊下から窓の外を見る。
………月が3つあった。
いや、月と思しき光源が3つあるのに気付いた。
青いのと、少し赤みがかった大きな光源。
それと少し小さくほの暗い、だが無数に散らばっている星らしきモノとは明らかに大きさが違う星。
太陽は………ソルだったか、普通に1つだったが、なるほど月が3つあるのは確かに異世界に来てしまったのであろう。
………思えば遠くに来てしまったなあ、と余計な感傷を抱いてしまった。
どうこうできるものではないだろうに。
※ ※ ※
次の日。
昨日とほぼ同じルーティンで朝を過ごし、レイ達は店に、自分は庭をうろついたり魔力の制御の訓練を実施する。
折角魔法が使えるのだ、この世界で生きるためには必要なので、簡単なものを早く使えるのようになりたい。
流石に連日ではキャロやオルティア、サーシャは来なかったが、昼頃にコーニッシュがやって来てカレラとエーカー、エーアらと談笑しつつ基礎を学ぶ。
流石に1日や2日で全てを学ぶのは無理なので、ボチボチという感じではあるが進んでいっている………気がする。
………数日が経ち、土魔法とやらの基礎………粘土のようなモノを固めるのが漸くできるようになった頃、クリスがサーシャを連れてやってきた。
当然のように連日来ているコーニッシュも付いてきた。
「イチローさん、貴方を召喚したバ………おっと失礼、貴族が確定しました。メルクール公爵家の嫡男で、ラサール子爵です。………金と権力は親が持っているのでおいそれとどうこうできる状況ではないのが残念ですが」
『なるほど貴族のボンボンか。………他の貴族に邪魔されそうなのか?』
「ええ。下手をすればもみ消されるのが目に見えているので。ちょっと今は手は出せません。国王や宰相が色々動いてはいるようですが、これと言った結果は出ていません」
『………そういう事なら気長に待つしかない………か。今のこの自分では手が出せん。怒りは覚えてもどうしようもないのが現状だ』
………本当は一発殴って………いや、ひっかいてやりたいが、この姿では色々マズいだろう。
迂闊に行動すれば悪影響が多方面に響き渡る。
「色々と悪い噂が絶えない人物ですので、いずれ粛清はされると思いますが………」
そういって彼は言葉を濁す。
「………公爵家を盾にして、色々やりたい放題やってる男だわ。話しを聞く限りでは、キャロ姫にも言い寄ってるみたいだし」
サーシャが顔を顰めて言い、コーニッシュも僅かに顔を顰めて静かに頷く。
………最低な男のようだ………色々と。
貴族制の悪い所がモロに出ている世界だなあ、とつくづく思う。
だからと言っておいそれと手が出せる状況ではないのも事実である。
傲慢で我儘で………思い込みも激しく、一般庶民を愚民扱いし、意見など聞きもしない。
親の公爵もどうやら反対派の1人らしい。
益々八方塞がりである。
公爵家という事は王位継承権も一応ある様子だが、こんなのが国王になったら国が亡びるな、確実に。
色々な意味で。
※ ※ ※
さて、そんなこんなで1か月半が過ぎて行って………漸く自分もここでの生活に馴れてきた。
………姿が姿の為外出はままならないものの、たまに報告にやってくるクリスやそれに付いてくるキャロとオルティア、毎日とは言わないがかなり頻繁にやってくるコーニッシュとも打ち解け始めていた。
また使用人達とも契約精霊達の通訳付きであるが良く話しをするようになって………マイアやミュー達に料理や菓子の作り方を教えたりして過ごしている。
自分自身もどうにか魔力の使用に馴れて、ほぼ人間大の土人形を作り出すことができるようになった。
………ただ今のままではかなり燃費が悪い………魔力消費が大きいので、屋敷内ならばともかく、城壁外ではすぐに活動限界が来ると予測できる。
これをどうにかすべく試行錯誤をしている昨今である。
ああ、それから一度、自分を召喚した貴族………ラサールとか言ったか?………も店にやってきた事がある。
面倒ごとになる可能性が大きいので自分は顔を出さなかったが、ステラ姫がここへ頻繁に来るのに………多分嫉妬して文句を言いに来た様子だった。
店の方でひと悶着あったらしい。
国王許可が出ているのに何故にそんな事に文句を付けに来るのか………何を考えているかよく判らんというのが本音である。
レイもカレラもキャロもクリスも今は無視した方が良いと言って来たのでそのように決めた。
それから数週間が経った頃、コーニッシュがやって来て灰色をした契約石が嵌ったペンダントトップ………ブローチ?装飾品は良く判らない………をテーブルの上に乗っている自分の目の前に置いた。
属性がよく判らない契約石で、かなり前から錬金省の宝物庫に保管されていた恐らく2級相当の契約石らしい。
「これに触れてみて欲しい、イチロー」
コーニッシュがそう言うのでつい、と前足を伸ばして触れてみると、途端に灰色の石の表面が一瞬輝き、エーカーの髪の色のような鮮やかなオレンジ色………いやヒマワリ色に近い色に変化した。
そして。
『………ああ、漸く巡り合いました、我が主』
ぬるりと石から抜け出すように、小人………いや契約精霊か………が姿を現す。
『主………?』
『失礼いたしました。我が名はアルシオーネ。契約精霊の1騎です』
そう言って………宙に浮いたままスカートをつまんで頭を軽く下げるカーテシーをする。
ヒマワリ色と淡い緑の混じったロングヘア、そしてマリンブルーの瞳、ワンピースのような薄い服を身に纏っている。
装飾品も………赤い宝石の嵌ったサークレットと、金か銀かよく判らない光を放つネックレス、ブレスレット、そしてアンクレットを身に着けている。
『アル………シオーネ?』
「………やっぱり反応した。前にレイが持った時も少し反応したけど、今みたいな輝きは生まれなかったのに………」
『レイ?………ああ、あの7騎の契約精霊達の主ですか。全部の最上級属性契約石を網羅してらっしゃるのですから、わたくしが入る隙はないと判断しましたので………』
「なるほど。………それよりイチローとの相性は良い?」
『はい。あの方と同じように全属性と相性が良く、しかも契約石をお持ちでない方など中々いらっしゃいませんので』
「了解した。………イチローは見ての通りマーモキャットだけど、それでも良いの?」
『大丈夫です。………呪いか何かでしょうか、でも魂はあなた方人間と同じようですので』
「………このマーモキャットはイチロー。今はこんな姿をしているけど、元人間。そして………異世界人」