1-11
朝の鐘が鳴って………1と半刻後、自分は待機していた来賓室からセバスに呼び出された。
魔法省と錬金省、そして昨日のクリスと、もう2人、来客が到着したようだ。
セバスについて応接室とやらに行くと、果たしてそこには………クリスを除き、女性たちが居た。
「きゃー!マーモキャット!初めて見たわ!!」
途端に黄色い歓声が上がる。
………上座(この世界にそういう概念があるかは不明だが)のソファに座っていた、昨日会ったレヴィン国王と同じようだが少しだけ大人しい恰好をした………年頃は高校生位か?………の女の子が立ち上がって、こちらへ掛けてきて………あっという間に自分を抱き上げてくる。
あまりの突然の動きに思わず硬直する。
「………キャロ様、国のお客様ですよ。如何に猫………マーモキャットとは言え、挨拶も抜きに抱き上げるのはどうかと思います」
………この子はキャロと言うのか。
あの従者………騎士の恰好で帯剣している女性がそう真面目な顔で言ったのでちょっとバツの悪そうな顔をする。
ちょっと背が低い、魔法使いのような恰好をした女性と今苦言を言った騎士のような恰好をした女性を除き、他の面々は苦笑いを浮かべる。
とそこで、レイとエーア達が応接室に入って来て、代わりにカレラが店に行く。
レイが所用とかで居ない時にはカレラがこの館、ひいては店の主として代理店長を務めるようだ。
そして、昨日ある程度自分と一緒にいたクリスが状況説明・自己紹介と今後の自分に対する対応についての話し合いが始まる。
………ずっとキャロに抱えられたままだったので中々に落ち着かなかった。
50近い男だったと言っても彼女は聞いてくれない。
そして………何と彼女は、この国の王女であるという衝撃の事実が判明する。
本名、ステラ・キャロル・ラグレイト・アイシス・ラ・エラン・ド・アルナージ。
長いし、たまにここに来る時もあるので、その時は是非愛称のキャロと呼んで欲しいとおねだりされた。
………まあ本人がそういうならばしようがあるまい。
ちょっと迷ったが頷いて置く。
傍に控えていた、さっきキャロに意見した女性騎士は、オルティア・クーガ・ヴィラージュ、王族護衛騎士だそうだ。
クリスの同僚の1人である。
そういえば昨日エーアは彼女に何かしらの書類を届けるためにあの砦に来た、と言っていたな。
逆に言えばその用事が無ければ自分とエーアは出会わず、こういう待遇にはならなかったかもしれない。
………すべて偶然の産物なのだろうが。
それにしてもオルティアは………護衛なので仕方がないとは思ったが………あまり笑わない………凄くお堅い感じがする。
そしてクリスの妻、サーシャ・プロキオン、彼女は実質魔法省のトップである重鎮である。
さらに魔法使いの恰好の背の少し低い女性は、コーニッシュ・シエラ・イクシオン・ストラトス。
あまり喋らないが、彼女は錬金省の重鎮、トップツーであった。
「それにしてもイチロー殿、本当に魔力が強いわ。私やコーニッシュ殿よりも強いなんて………キャロ王女に匹敵してるわね………」
「羨ましい。少し分けて欲しいぐらい」
………そんなことを言われても魔力というか魔法なぞ使ったことがないし、どう使えばいいのかすら判らないので何とも答えようがない。
『身体については今はどうこう言えないので、まず言葉がどうにかならないかなあと思っています』
「なるほど、意思の疎通の問題か」
「………ルークス達やフェルナスは彼の言葉が判るようだが、俺たち人間には聞き取れないからな………」
「………とりあえず今は、錬金省に保管してある膨大な資料を漁っているところ。過去にあったかも判らないから。魔力を音に変換できれば………」
そこで自分はふと、スピーカーの原理を思い出す。
あれば電気信号を振動板の振動に、そしてそれを音波に変換する機械である。
ならば、その振動を魔力によって動かせればいい。
『声は喉にある声帯という器官から出ています。基本的には膜の間のすき間を空気が通ることによって起きる振動なのです』
「イチロー殿詳しいわね。………向こうの世界の知識?」
『まあそんなようなものです』
ちょっと危険かなあとも思うが、埒が明かないのは事実なので、少しづつこの手の知識を披露していこうと思っている。
役に立たないことも多かろうが。
一通りの検査を終えた。
自分の魔力は、やはりキャロに匹敵する大きさらしい。
そして基準属性は土。
土の契約精霊であるエーカーが良く自分の周りにいてくれるのはそのせいのようだ。
………ところでキャロが自分をずっと抱えたままなのだが、これは良いのだろうか?
流石に不安になってくる。
『そろそろ下ろしてくれ、キャロ嬢』
「抱き心地いいからこのままで良いよ~」
『………そうか』
「それよりイチロー………殿、さっきの声の原理、もう少し詳しく聞かせて。何か応用出来るかも知れない」
………半ば諦めながら頭を撫でられる自分に、表面上は無表情だが、言葉は興味津々という感じでコーニッシュが問いかけて来る。
錬金術というものはよく判らないが、何かしら彼女の琴線に触れる事項があったのだろう。
「ああ、それもそうだが、クリス、裏の連中にも情報収集を依頼しておいたぞ」
「了解。何か目新しい情報があったら連絡が欲しい。宰相と国王に報告書を提出しなければならないから。………そういえばイチロー殿、呼び出されたと見られる屋敷は発見できました。蛻の殻でしたが」
………どうやらレイと言う男、この街というか、国ではかなり顔が効くらしい。
裏の連中という事は、元世界の情報屋のような存在との繋がりもあるのかも知れない。
いずれにせよそちらの捜査はクリス達に任せるしかない。
魔法の知識の欠片もない自分には、想像は出来ても何も行動をすることができない。
「あら、魔法陣も無かったの?」
「ああ、とりあえずは床も丹念に調べたらしいが、残滓がほんの少し残っていたくらいで、そのものは発見できなかったみたいだな」
「特殊な材料で描いた魔法陣は、掃き清めれば完全にとは言わないけれど、消すことが可能だから………」
………そういうものなのだろうとしか言えない。
元世界のように、ペンキとかを使って描く訳ではないのだろう。
………経験上、特に油性の奴は中々消えてくれない………よほど強い溶剤を使わなければ。
………声に関しては………自分も医者ではなかったのでそこまで詳しい訳ではないが、確か以前何がきっかけだったかは忘れたが、某電子辞典なんかで調べたことがあったので覚えていた限りの事象を話してみる。
「人の声ってそんな風に出ていたのね」
「コー、今の原理を応用できないか?何かしらの魔法陣や魔道具で………」
「できなくはない。………人によって口の大きさ、発声の仕方、その膜?の大きさが違うだろうから、その辺の調整が上手くいくかどうか………だね。竜族の長達も結局人間の発声をするためには魔力を使っているんだから、ある程度の魔力とその膜を制御できる知性さえあれば………」
コーニッシュとサーシャ、レイは何やらそちら方面の話しに没頭し始めた。
アレを使えば、とか………正直素材や魔物の固有名を出されてもちんぷんかんぷんなのでフェルナスや契約精霊達との話しにこちらも乗る。
キャロとオルティアもこちらの話しに加わってくる。
………まあ、自分はキャロに抱かれているからしようがない。
フェルナス達の………言い方が悪いが、竜達の親玉がこの世界では神のような存在として称えられているらしい。
ガイア、ウィンド、フレイム、そしてアクアの四大竜が竜族の頂点に立ち、下に連なる竜族達を統制している様子だ。
その長達になると、数千年レベルでの寿命を持ち、世界の移り変わりなどを眺め、時々レイ達のような人間との関りを持って過ごしているらしい。
ただ、人間種が作る酒や食べ物にはかなり関心があり、それを求めて人間種に変身してレイに会いに来るらしい。
だからこの場にいる人間は全て、その四大長と顔見知りであるらしい。
『………凄いモノなのだな。自分が居た世界には竜は居なかったから、聞く話しは全て新鮮だ』
「あら、イチローさんの世界には竜は全くいなかったのですね」
『ああ。大昔は巨大なのが居たらしいが、現代では全て種として存在はしていなかった。今の………フェルナスより小さいのが存在しているのみ、だな』
………竜………ドラゴンとトカゲ………爬虫類を一緒にするのもどうかとは思うが、言葉にすると問題が起きそうなので、あくまでこれは自分の中で思うだけにする。
『………まあ、イチローの言葉を訳すのは苦ではないから問題ないけど、やっぱり人間の身体で人間の言葉で意思疎通が出来た方がいいのかしらね』
………エーアがそう言って来たので頷く。
翻訳に誤訳はないだろうが、やっぱり自分の言葉での意思疎通が出来た方が何かと好都合に思える。