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………やはり公爵家の厨房だ、かなり広い。
元はパーティーなども開いていたようなので、恐らく何人、何十人と料理人がいた筈なので当たり前である。
綺麗に洗って整頓された食器や調理器具………中には年期が入ったものも見受けられるが………それらを見て、ああ、美味い料理がマイア達コックの手によって出されていたのだろうな、と思う。
『卵やパン、ミルクなどはあるとミュー嬢から聞いたが………』
「はい、ありますよ。後フラワーなども問題ありません」
フラワー………小麦粉か。
………パンはちゃんと酵母………天然酵母だろうが………で発酵させて焼いた、たまに物語で出てくる石のように固いパンではなく、現代日本より少しだけふわふわ度が弱いだけの普通のパンであった。
あと、普通に日本で良く見た食材も一通りそろっているようだ。
それらを確認して、たまに自分で作っていた定番洋食メニューを頭の中で組み立てる。
『ではミュー、マイアさん、ボウルに1人1個換算で卵を解いてミルクを………そうだな、卵と同じ分量位入れてくれ。全卵で良い。それに砂糖を………そうだな、そのスプーンで一人頭1杯分入れて欲しい。一品は自分の世界の朝食でも良くあった、フレンチトーストで良いだろう』
「ふれんちとーすと?パンをトーストするのは何となく判りますが………」
『うん。綺麗に混ざったらパッドに流し込んで、パンを………そうだな、1.5セルウィンメル(=1.5センチ)位に切って、その中に両面浸して欲しい』
「了解であります」
………姿といい偶に出るこの言葉遣いといい、ちょっと古い某美少女ゲームの主人公の幼馴染ヒロインを思い出すが………まあそれは置いておいて、ミューは自分の言った通りに工程を進めていく。
『マイアさんは、そうだな、そのブロックチーズをグレーターで細かくして欲しい。レタス、玉ねぎなど、定番の葉っぱ系サラダをボウルか少し深めの皿に洗ってから水気を切って盛って、それをかけて下さい』
2人の調理しているテーブルには、チェダーっぽいハードチーズの塊が置かれている。
見た目が元世界のパルメザンと少し違うが、ハードチーズには間違いなさそうなのでそうマイアにお願いする。
彼女は頷いて、その通りにしてくれた。
………うん、細かくするとやっぱりパルメザンチーズによく似ていた。
………まあこれも定番だろう。
少し使う野菜や使う調味料こそ違えどシーザーサラダである。
野菜系もそうだがその他の食べ物の名前が同じなのかちょっと心配したが、少しだけ違うものがあるらしいものの、大体同じだと判明したのは良かった。
『後はスープか。………定番だとコンソメとベーコンの軽いスープだが………スープストックもあるのか?』
「ありますよ。これは私どもも良く作って食べていますので同じですね」
『うん。………マイアさん、サラダボウルに野菜を盛ったらその上にチーズを振るんだ。表面が真っ白になるくらい多めが自分は好きだ。で、卵を半熟目玉焼きにしてその上に乗せる。………フレンチドレッシングはないだろうから、卵黄、塩、胡椒、酸っぱい果物の汁、植物系のオイル、マスタード………辛子、あと色目の薄いソースをよく混ぜてその上から掛ける』
「あら、美味しそうね。これから定番になりそうだわ」
『味のバリエーションを作りたいならソースを変えると良いし、ボリュームを出したいのだったら焼いた厚切りベーコンや蒸し鶏などを乗せて夕餉に出してもいい。自分が居た国でも定番のサラダだ。今作ったドレッシングで余った白身はスープに使うと良い。………ミューはフライパンを熱して置いて、パンに卵液が浸み込んだらバターで焼いて欲しい。軽く焦げ目が付くくらいかな』
「了解です。それにしても卵を良く使いますね」
………日本では普通に結構安い値段で卵や牛乳が手に入ったので提案してみたが、この世界でも普通に養鶏業者や酪農家がいるらしいので卵や乳は結構安く手に入る。
そこで魔法陣を使って洗浄や消毒をしているらしいので、サルモネラ中毒とかも心配しなくて良いようだ。
その辺………調理方法を提案してから聞いて、少し安心した。
生に近い卵や牛乳を食べて朝から食中毒なぞ起こされては洒落にならない。
配慮がちょっと足りなかったなぁ、と反省する。
………ともかくあと2品ほど作って調理を進め、朝の鐘がなる頃には一通りの定番洋朝食が完成した。
メニューは………フレンチトースト、シーザーサラダ、みじん切りベーコン入り半熟オムレツ、塩胡椒とコンソメ、ベーコン、卵の白身を使ったあっさりスープ、デザート代わりの果物をふんだんに使ったクレープ………それに紅茶、あるいはミルクである。
クレープも………パンに使う強力粉ではなく所謂薄力粉があったので、そちらで作る様にお願いした。
激しい運動をしない限り他のものでカロリーは十分だろうし、フルーツもちょっと汁気の多いもののようなので、軽く砂糖で味付けする程度、少し甘味を感じる程度に生地の味は抑えるように言う。
聞けばスイーツを作る時に使うそうなので、それぞれ手には入るらしい。
大体の大人一人の量で作って貰ったつもりだが、もし足りないなら何も加工してないパンを食べれば良い。
にしても、卵、パン、野菜、調味料など………現代日本と比べても中々食材が充実しているなあ、という感想だ。
「驚きました。卵、チーズなど、わたし共も良く使う食材も少し工程や調理法を変えるだけでこんなに美味しそうに仕上がるなんて」
マイアが少し嬉しそうにそう言い、ミューも笑顔で頷いている。
カイリも………この子はあまり表情が変わらないのだが………心なしか嬉しそうだ。
『………もう朝食の時間なのか?』
「はい、もう………ああ、鳴りましたね」
遠くから、鐘の音が響く………これが朝の鐘なのだろう。
『丁度いいタイミングで仕上がったな。モノによって冷めると不味くなるものもあるからちょっと心配していたのだが』
「そう、ですね。手法を聞きながらでしたから、少しだけいつもより時間が掛かってしまいましたが。そろそろダイニングにレイ様とカレラ様が来られる頃です。ミューも行きなさい。私とマリア達で配膳をします」
「了解しました。では、イチロー様、失礼します」
………ミューの頭の上に乗ったカイリと共に、自分はまた抱えられて厨房を出る。
………結果から言えば朝食はかなり受けた。
特にベーコン入りのオムレツとシーザーサラダは好評だったのが嬉しい。
興味が沸いたようで、契約精霊たちやフェルナスまで少しづつ食べて、美味しいと言ってくれた。
レイからは自分の世界の食事をまたミューに教えてやって欲しいと依頼され、また同時にこの屋敷の主であるカレラ、それからセバスやマリアからも自分がもし知っているならばお茶に合うお菓子なども教えて欲しいと依頼される。
細かい分量までは流石に覚えていないからそこは不安だが、レシピを参考に作った経験はあるので一応、頷いて置く。
そしてミューもそうだが、フェルナスや契約精霊達にも懐かれた。
………何でも自分の毛並みはかなり素晴らしいらしい。
自分ではよく判らないが、何かしらの琴線に触れたようだ。
………家長であるカレラの方針でできる限り家令もメイド達も一緒に朝食を取るらしいので、セバスをはじめ、3人ほどの従僕と3人ほどのメイド、………ミューも入れるのならば4人だが………、あと庭師の2人も一緒に食事を取っている。
朝食が終わると、セバスが本日の予定を伝えていた。
「レイ様、ミュー、いつものように開店準備をお願い致します。クリストファー様とサーシャ様、コーニッシュ様がいらっしゃる予定ですので、マリア達とニュートン達は早めに応接室の状況を再度確認願います」
「あいよ」
「はっ!」
3人の従僕達はそれぞれ、ニュートン、カーミル、ラティール。
マリア以外のメイドはミゼット、ジュリア、カシス………昨日そのように自己紹介を受けたが、彼ら彼女らも指示にきっちりと頷く。
「フォードとレングスは今一度通りや庭のチェックを」
「判りました」
昨日は名前だけの自己紹介を受けたのだが、彼らが庭師か。
『今朝東屋で心地よい時間を過ごさせて貰った。ありがとう』
一部とはいえあの綺麗な庭を使わせてもらった礼を言うと、丁度近くにいたヒマワリ色の髪の契約精霊、エーカーが同時通訳してくれ、フォードとレングスも笑顔で頷く。
「いえ、お客様がそういう時間が過ごせたならば本望です」
「それが僕たちの仕事ですので」
基本的にこの屋敷の住人は控え目かつ優しいのだなあ、と改めて思う。
あの………自分を召喚した貴族やその他国王に逆らったりしているらしい大臣、貴族たちはそうではないのだろう。
その内会うかも知れないが、やはりここはできる限り接触を避けたいものである。
何かと面倒そうだ。
………トライトン魔法用具店の開店時間は朝の鐘が鳴ってから1刻後だそうだ。
つまり元の世界でいえば朝10時開店、19時閉店という風になっている様子。
聞けば他の職業の人間や職人達もそのルーチンで動いているようだ。
冒険者達はその限りではないらしいが。
単位設定(一部)
・距離 1メートル=1M(MERR)
・重さ 1グラム=1G(GRAVE)
・面積 1スクエアメートル=1A(AMUR)
1,000倍でK、1,000,000倍でM 3単位全てに対応する。(大文字)
1000/1でw、1,000,000分の1でu 3単位全てに対応する。(小文字)
距離、長さのみ100分の1でcという国も各所に存在する(アルナージ王国もそう)。
一例を出すと、1M=100cwM、という感じである。
単位が若干違うだけで、基本的にメートルーグラム法とあまり変わりはない。