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 「どう?イチロー。問題なさそう?」


 「大丈夫そうです。今の所、これと言った問題は感じません。今後何かあったら、コーニッシュさんにお話しします」


 「ん、判った。………でも、イチローの身体や魔力の使い方、独特。これから先、どんな問題が出てくるか判らないから、注意してて」


 「了解です」



 自分はイチロー。

 

 たった今全ての調整が終了し受け取った魔導人形の中に居るが、本当の姿はマーモキャット………猫に近い魔物だと思って貰えればいい。


  ………異世界にほぼ無理やり転移させられた、そして姿も変えられてしまった、地球は日本国産のごく普通の人間であった。

 

 本名、中村 一郎。

 

 このかなり平凡な名前の通り、何の変哲もないただのオヤジ………おっさんである。



 ………用意してあったこの世界の街の人々が着る平凡な上着に袖を通しながら、何の因果でこんなことになったのだろうかと短くため息をつく。


      ※ ※ ※                


 思えば三か月くらい前。



 自分は元、工作機械を使い、鋼鉄や鋳鉄(ちゅうてつ)を加工する工場に勤めていた。

 基本は旋盤という鉄が削れる機械を使い、また刃物の指定やその他諸々を全てプログラム動作させる、いわゆるNC旋盤オペレーターという仕事である。


 また、機械の修理や備品等の補修、溶接などによる備品作成、その他諸々………いわゆる保全業務も自分の大事な仕事であった。

 他に電気系を修理したり溶接工の真似事ができる人間が居なかったせいもある。


 社外へ商品として売るのならば今のご時世色々とマズいが、社内で使う備品・治具の作成や修理とかなら問題はないという事で、その手の仕事は全て自分の所へ来てしまうようになった。


 上司………ウチの場合は社長直々であったが………から任された以上それは自分の仕事であり、本業の合間に修理や補修を行ったり、あるいは細々とした備品を買いに行ったり………ほぼ雑用、何でも係というような感じだったが………まあそんな感じで日々をすごしていた。


 のんべんだらりと………ちょいちょいと身体を鍛えたりしつつ日々を暮らし、ただローンと諸々の支払いをするためだけに会社勤めをしていた無趣味でつまらないタイプの人間である。



 ………若い頃、当時の勤め先が実家から遠かったこともあり一人暮らしをしていて、同棲に近い相手もいたのだが色々あって結局別れてしまい、結婚はしておらず、子供もいない。

 

 その後転職を機にこちらに戻って来て、親と同居していたが、親父は8年前に、お袋は5年前に亡くなり、その前に3つ違いの弟が結婚して家を出ていたので、それからは一軒家に一人暮らしをしている身の上である。



 昨今色々法律とかが煩くなってきていたので残業はせずに、同僚たちと定時に退社。

 

 どうでもいい冗談を仲の良い同僚と喋りつつ、さて、今日の晩飯はどうしようかと考えながら駐車場に続く幅広い階段を降りようとして………三段目くらいまで降りたところで、ふっと接地感がなくなった。


 滑り止め加工された階段のはずである。

 何よりこの加工をしたのは自分であるので、間違いはない。


 自分より年上の方も勤めている会社なので、ある程度はそういう対策もしてある職場であったのに足を滑らせたか………と思った矢先、目の前から景色が消えて………気付けば幾何学模様が光っている石畳の上にすとん、と着地していた。


 四つ足で。


 ………四つ足!?



 どういう事だ………とパニックを起こしかけたその瞬間、怒声が響き渡った。


 『どういう事だ!失敗したのか!?強大な魔物を呼び出せるはずではなかったのか!あれだけのクズ契約石と奴隷の魔力を使い、その上禁忌の魔法陣を使って召喚したのにこのザマとは!』



 石畳の、室内………しかも大音声………思わず耳を塞ぎたくなるような大音量の怒声だ。

 それなりに若い男の声だと気付く。


 その声のお陰で逆に冷静になれた………のだが。

 ………何やらこちらに向かって大人数の人らしき気配が来るのが判り、自分は思わず後じさる。



 『………』

 『失敗しているではないか!猫一匹しか召喚できない魔法陣なぞ、役にはたたん!クソ、あの魔導書、胡散臭いとは思ってはいたが………』


 ………自分は猫になってしまったのだろうか。

 頭の隅にそんな感想を覚えつつ、勝手に足が気配と反対方向へ向く。



 ………どこをどう通ったか判らないが、庭のような場所へ出られた。


 ………外見上屋敷は静かなものだが、明らかに………動物の気配察知能力なのかは判らないか、中に人が居て、動いているのが判る。


 ここにずっといては奴らに捕まって殺される可能性も十分にある。



 太陽は………天の光源は少し天頂から傾いているのように見える。


 白い壁、銅っぽい緑青(ろくしょう)の浮いた屋根………ツタが絡み、窓という窓全てが雨戸………鎧戸(よろいど)?が閉められ、その上に板が釘のような物で打ち付けられている。


 とりあえず………自分は雑草………というか明らかに日本と違う植生の草木の間を抜け、屋敷から距離を取り、手近にあった木に登ってみた。


 ………さっきあの大声の男は自分を猫と言ったが、木の登り方と手を見てはっきりと自分がそちら系の四つ足の動物になっているのが判った。

 驚いたことに、木を前に登ろうと考えると自然に猫などが木に登る動きになっている、という事だ。

 最初は枝にぶら下がるか、それとも幹を抱きかかえて順番に登っていくか………ともかく人間の登り方をしようと考えたが、体が勝手に動いて爪を引っ掛けて幹を軽く登って行くのには我が身の事ながら驚く。


 ………色々納得はできなかったが、ともあれ自分は本当に軽く、屋敷内を見渡せる位の結構な高さのある木に登ることができた。


 ………完全に朽ち果ててはいないものの明らかに人が住んで居そうにない屋敷を眺めつつ、ちょっと頭の中を整理してみる。

 若い頃ならパニックを起こしていただろうが………何故か心中は意外と落ち着いている。


 歳の功、という奴だろうか、それとも一般的な動物とかの本能じみたものなのか………とにかくある程度冷静になって思考を巡らせてみる。



 この姿を見て魔物、とさっきの男は言ったが、どう見てもここは街の中だろう。


 他人に見つかったら、色々マズい。

とあるオッサンの独白劇の始まりです。

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