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黄色のウェディング

作者: 林檎ヒメハ

家庭のウェディング

ひらひら、ひらひら。

なまえはわからないけど……きいろい、おはなを、さかさまにしたみたい。いちまいいちまいのはなびら、そのあいだにはね、しろーいふわふわがはさまれてるの。


くるくる、くるくる。

おはなって、まわしたら……こんなにはなひらくのかな。すっごくふわふわしてる。ずーっとまえにみた、ふうりんみたい。


「来年だって見れるでしょう。」って、かたづけられちゃった。たぶん、このきいろいくるくるもすぐになくなっちゃう。

そんなのさみしいから、わたしは……このままでいたいの。


――


いつか見たはずなのに。夢か現か、その時はハッキリとしていた、憧憬にも似た光景を……なるべく、記憶の底ごと見ようとしていた。

どうしてもその景色はぼんやりしていたけれど。気持ちだけは、私にはハッキリと分かる。それはきっと、それが今の感情だからだ。


――


「ふぁぁあっ」

いつもよりぐっすりと眠れた気がする。自分の欠伸でびっくりするのは、いつからか毎日の風習なんです。

ズボラな私は、自室でパジャマを脱ぐ……裾を持ってX字をえがいて脱ぎ捨てて、雑にハンガーを引っ張って握った白いブラウスに袖を通して、ゴム製のリボンを着ける。パンツも足の指を使って器用に脱ぎ捨て、中学指定のプリーツスカートを手早く履く。これで完璧。


なんとなく窓を見ると、薄く黄色の粉が漂っていた。黄砂かな?

でも、こんなの見たことない。というか冬だよ!? そういうのに明るくない私にも、季節外れだということぐらいわかった。


…………あっ、そいえばもう朝ドラが始まる!

慌ててリビングに走り、弟のVR機器に足を引っ掛けて盛大に転び、逆に最速でリモコンをゲット。そのまま強くボタンを押すと、びっくりするような音で『繰り返す、決して外に出てはならない。ヒトに対する影響が未だ確認されていない。繰り返す――――』プツン。うるさい。

私史上最速でテレビをつけたのに、いきなり邪魔な音が流れてきたのは、こう、信じられないほどムカついた。そもそも、ニュースなんて嫌いなのだ。でも――こんなの、前の大地震のときですらなくて――うん、でもまあきっと、この回は再放送されるでしょう。

私は暇つぶしに、ベランダの景色でも見ることにした。


受験勉強の毎日で、少しヤケになっていたのかもしれない。

息を思い切り吸うと、粉っぽい……はずなのに、ケホケホとはしなくて、むしろ口内でトロけるような甘美。例えるなら、粉砂糖と片栗粉をちょうど混ぜて、それが薄くなって流れる感覚があった。


そう。私はいつの間にかベランダに飛び出していて、黄色に霞む世界を見ていた。ううん、厳密にはひときわに濃い、真っ黄色の竜巻に目を奪われていた。視界は少しぐわぐわとしているけど、目に入って痒いだとか、息がしづらいだとか、そういうものは不思議と感じられなかった。


「――! ――――!」後ろから何か聞こえる。きっと継親でも起きてきたんだと思う。でも、前から呼ばれる声のほうが、ずっと大きかった。だから、私は気にもならず、ずっと真っ黄色の竜巻に目を奪われていた。


目を奪われる。


目を奪われる。


吸い込まれる。


いつの間にか、踏みしめる感覚すらなかった。


それでもよかった。

それでも、いい気がした。


ヤケになったのではなくて、呼ばれただけなのだ。


ベランダの柵なんて浅い。ひょいと身を乗り出すだけで、それに応えることができた。私のせいじゃないよ、本当にそれだけなの。

そうしたら楽しいって、ひらめきのようなものが先にあっただけ。本当にそれだけで、いつしか自分の身体が遠く感じられる……客観的に見ている感覚になって、身体がずっと勝手に動いていたの。そう片付けることにしとこう。


ふわっ……とした浮遊感に身を任せて、黄色い渦の中心にひとり、竜巻に飲まれて、呑気に横に手を伸ばしてくるくると回る私がいた。それは花開くような笑顔で、ブラウスもプリーツスカートも黄色に染まっていた。

プリーツスカートのひだの部分は、不思議と白い粉が付着していた。もしかしたら、黄色の粉だけじゃなくて、白い粉も入り混じっていたのかも。

くるくる。くるくる。

そんな益体のない思考から離れて、離人した自分を眺めていた。


もうひとつのひらめき。

私はもう、戻れない気がしていた。

それは寂しくはなくて、新たな始まり、私は秩序が変わる中心にいただけだったのだ。


さみしくは、なくて。


急に、ぼんやりと浮かぶ、あの頃の記憶。もう曖昧にしか思い出せないけど、気持ちだけは、ふわりと、ハッキリと重なる。


走馬灯のように、再婚してからすぐに入学した母校、そこでできた友達、エスカレーターみたいに登った中学、ちょっと遅く始めて、継母によく怒られていた受験勉強。


「来年だって見れるでしょう。」


確かに、そう聞こえた。

急に精神が身体に戻される…………ぅ……ぁ、あああああ!!!!!

自分にも聴き取れないぐらい大きな叫び声、それと同時に涙が止めどなく流れて、そのまま川でもできると思えるぐらいに、全ての思い出を吐き出すように、滂沱な涙を流し続けた。

それさえも、残酷なくらいに。黄砂のようなものは、容赦なく包みこんでみせた。


違う! 私は、とっても、さみしい!


ころん。風鈴の音が響く。


さようなら。

すごく綺麗な世界。

風鈴の音。

ねえ、おわらないでよ。


――


いつの間にか、世界の公演は終わっていた。

気絶していたみたい。コンクリートの町並みは見当たらず、ネオンを中心としたみたいな街。それだけではない。さまざまな容姿を持つ人たちが所狭しと歩いていて、意外なことに日本語で話していた。

あ、そっか。弟の。

わかった。でも、そんなのはどうでもいい。


過去はもう、吹っ切れた。

光景を見続けていたらもう、吹っ切れるしか、なかった。

「また新しく積み重ねるしかないよ」

いつかの諦念を、いつかのように思い出すだけだった。


諦念と重なるように……ちょうど同じくらい。

心臓がとくんと揺れて。

すべてがきらめいて見える。


期待が、膨らんでいた。

世界のウェディング

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