転生令嬢の策略~悪役令嬢をだます方法~
初投稿です。下手な文章ですが、読んでくれたらうれしいです。
「私は今日を持って、公爵令嬢クラリス・アルジョンテとの婚約を破棄する!」
とある王宮で開かれた舞踏会にて。
金髪碧眼の王太子が、声高にそう言った。
彼の横には、桃髪の愛らしい顔立ちをした少女が立っていた。彼女は媚びるようなまなざしで王太子を見つめた後、目の前に立つ銀髪の少女に目を向けた。
この騒動の中心人物である、公爵令嬢クラリス・アルジョンテ。ただいま婚約破棄されたはずの彼女は、悲しむでもなく激昂するでもなく、ただ静かにそこに佇んでいた。
それが気に食わなかったのか、王太子はふんと鼻を鳴らした。
「何とか言ったらどうなんだ、クラリス。これだからかわいげのない女は嫌なんだ」
顔をゆがめながらクラリスをにらむが、たいしてクラリスはどこまでもすました顔で立っていて、ピクリとも表情を動かさない。
するとそれが気に食わなかったのか桃髪の少女が、これ見よがしに王太子にすり寄りながら声を発した。
「婚約破棄されたというのに少しも感情を動かさないなんて、愛のない方だわ。あなたが誇れるのは権力だけなのね」
桃髪の少女が憐れむようにクラリスを見つめると、ようやくクラリスは言葉を発した。
「あら、殿下とわたくしの婚約は家同士の取り決めですもの。ちゃんと国王陛下やお父様に話を通さない限り、この婚約破棄は成立しないわ」
クラリスの高く澄んだ声には、一ミリの感情も浮かんでおらず、当然のことだとでもいうような態度だった。しかしクラリスの言葉を受けた王太子は勝ち誇った笑みを浮かべ、こう続けた。
「もう父上には話を通してある。そなたが身分を振りかざしてアレットをいじめた証拠はもう出ているんだ」
それを受けて桃髪の少女——アレットはいかにも被害者だというような顔をして、その大きな瞳を潤ませた。
「殿下、クラリス様を責めないで上げてください……。きっと彼女も必死だったんだと思います。クラリス様も、もういじめなんかしないでください」
そういって優しく微笑んだアレットに、王太子は笑みを向けると、再びクラリスに向き直った。
「今回はアレットがこういうから許してやるが、次はあると思うなよ」
そう言い捨てると、王太子はクラリスが言葉を発する間も無く、アレットを引き連れて、ホールから出て行った。
そうしては取り残されたクラリスは、周りの人達に気づかれないように小さく呟いた。
「どうやら、うまくいったみたいね」
⭐︎⭐︎⭐︎
時は遡り一週間前———。
とある二人の令嬢が、美しい庭園でお茶会をしていた。
一人の令嬢が、クッキーをつまみながら言葉を発した。
「アルジョンテ公爵令嬢様。ご相談とは何でしょうか?」
その言葉を受けた銀髪の少女———クラリス・アルジョンテは微笑んだ。
「そんなに畏まらないで。クラリスでいいわ。今日はわたくしの悩みについて、転生者のあなたに少し意見が聞きたくて」
「そんな!公爵令嬢であるアルジョンテ……じゃなくて、クラリス様に私が意見だなんて」
慌てる少女の言葉に、クラリスは美しい笑みを浮かべた。
「わたくしは男爵令嬢としてのあなたではなく、転生者としてのあなたの意見が聞きたいの。図書室にあった文献からも、転生者はさまざまな問題を突拍子もない方法で解決していたという記載があるわ」
「え……と、はい、そうですね。異世界ではいろいろありましたので」
クラリスはピクリと眉を動かしたが、そのあと、納得したような顔をした。
彼女のいう異世界とやらが、前世の記憶の中の世界のことなのだろう。
「じゃあ、さっそく相談を始めてもいいかしら」
「あ、はい!喜んで」
思わずといった風に即答した少女に、クラリスは少し顔を近づけて言った。
「今から話すことは他言しないでほしいのだけれど……」
ゴクリ、と息をのむ音が聞こえる。
「わたくしは、王太子殿下との婚約を破棄したいの」
「は………?」
少女は目をぱちくりさせた。理由を問いたかったが、我慢した様子だった。公爵令嬢であるクラリスが自分の元に来たのは、相談という名の命令をする為だ。それを理解し、彼女の意向と違うことをして、機嫌を損ねてはいけないとでも思ったのだろう。
その代わり、少女は別の疑問を口にした。
「王太子殿下と婚約破棄をしたいのであれば、王家にそういえばいいではありませんか。公爵様に口添えしてもらえば一発ですよ」
軽々しい口調で、少女は言った。しかし、クラリスは静かに首を横に振る。
「そういうわけにもいかないのよ。そもそもわたくしたちの婚約は政略なのだから、お父様もそう簡単に婚約破棄を了承してはくれないわ。それに、王太子殿下に婚約破棄を申し付けたということが知られたら、王家やそれに準ずる貴族たちに隙を作ることになる。それは避けたいのよ」
王太子に婚約破棄状をたたきつけ、貴族たちから蔑まれるご令嬢など、誰も婚約したくはないだろう。そうなれば、クラリスは一生独り身で他人に利用されるだけのみじめな人生を生きることになる。そうクラリスが説明すると、一応納得したのか少女も真剣な表情を作る。
「つまり、クラリス様は相手の付け入る先をつくらずに、王太子殿下と婚約破棄をしたいということですね?」
「ええ。話が速くて助かるわ。わたくしの計画では、明らかにあちら側が悪いと思わせられるような婚約破棄をしたいの」
少女は少し何かを考えるような顔をした後、葉っとしたように顔を上げた。
「でしたら―――」
クラリスは耳元でささやかれた計画に思わず含み笑いがもれた。
なんとも愉快な計画ではないか。これだったら、自分の望む通りの結果が得られる。
「では、それでいきましょう。今日は相談に乗ってくれてありがとう」
すぐにいつも通りの微笑みをたたえてクラリスは言った。
少女は悪い顔で笑った。
別れ際、ふと思い出したかのように少女がクラリスを呼び止めた。
「そういえば、一つ聞いていいですか?」
「何かしら」
「どうして王太子殿下と婚約破棄をしたいのですか?」
クラリスは悪い顔で微笑んだ。
「頭がおかしいからよ」
それは誰に向けた言葉なのか、少女はおろか、言葉を発したはずのクラリスにもわからなかった。
☆☆☆
王宮の舞踏会で、前代未聞の婚約破棄が行われた翌日。
クラリスはとある飲食店を訪れていた。
それからしばらく時間がたったころ、桃髪の少女がクラリスのもとへ駆け寄ってきた。
「ずいぶんと遅かったわね」
出会い頭に皮肉を言われたにもかかわらず、アレットは笑みをたたえてクラリスの正面へ座った。
「嫌ですねえ。私はもう王太子殿下の婚約者なんですよぉ?ちょっとくらい遅れたって誰も攻める人なんかいません」
彼女の間延びした話し方と無礼な言葉遣いに、クラリスは眉を歪める。
「前と違って、随分と無礼な態度だこと。王太子に気に入られたからって、公爵令嬢であるわたくしよりも偉くなったおつもり?」
「公爵令嬢より私の方が偉くなくても、王太子の方が偉いですよね?」
にやりと口元をゆがめるアレット。それに対しクラリスは冷ややかなまなざしで見つめ返した。
と、次の瞬間アレットは人懐っこい笑みに表情を一変させた。
「なんちゃってー!転生者特有のジョークですよ。クラリス様には通じなかったみたいですね」
言外にクラリスを馬鹿にしているようなアレットの言葉に、今度は表情すら変えず、「そう」と返した。
「ところで今日は何の用事で呼び出したんですか?」
私も暇じゃないんですけど、と呟くアレットを一瞥すると、クラリスはため息をついた。
そして、「昨日の婚約破棄についてのお話なのだけれど」と切り出した。
「一体あれはどういうことなのかしら。話が違うじゃない。計画にないことはやらないはずでしょ」
それに対して、こてりと首を傾げるアレット。
桃色の髪も、一緒に揺れる。
「何のことですかね。私は計画にないことをした覚えはありませんよ?」
本当に表情の作り方が上手い少女だ。もう少し頭が良ければとクラリスは残念に思う。
「わたくしがあなたをいじめたという話よ。証拠もあるなんてどういうこと?あなたの仕業なんでしょう?」
「何言ってるんですか?証拠があるということは、みんなあなたが私をいじめていたのを見ていたんですよ。だから、私の味方をしてくれた」
アレットの大きな瞳に潜むあからさまな感情に、クラリスは納得したかのような声を発した。
「これがあなたの計画だったのね」
やっと気付いたかと、愚かな公爵令嬢様を馬鹿にするように、アレットは笑った。
「そうですよ?これで私は王太子を誘惑したという汚名をかぶらずに済み、殿下も権力を振りかざす公爵令嬢からか弱い娘を守った英雄になる。そしてあなたは、貴族たちに蔑まれながら独り身で生涯を過ごすのよ」
勝ち誇ったような顔で言うアレット。しかし、クラリスの瞳には絶望も怒りもなく、ただ憐みの感情だけが浮かんでいた。
「残念だわ、アレット。最後に笑うのはどちらになるかしらね」
☆☆☆
アレットは、王太子から王宮に来るようにとの連絡を受け、王宮の応接室で優雅に紅茶を飲んでいた。
王太子から直接王宮に招待されるのは初めてのことだった。もしかしたら、ここ最近会っていなかったため、寂しくなってしまったのかもしれない。
王太子はきっと、アレットと婚約を結ぶためにクラリスとの婚約破棄の正式なやり取りをしたり、まわりの貴族を味方につけたりと大変だったのだろう。
自分がデートに誘っても一向に答えてくれなかったのはきっとそのせいだとアレットは信じ切っていた。
殿下は意外と寂しがり屋なのね、などと考えていると、足音が近づいてきた。
アレットは王太子を出迎えるために扉の近くまで行った。
しばらくすると扉が開き、予想した通り王太子が目の前にいた。
しかし、アレットの想像と違い、王太子は険しい顔をしていた。
「アレット!転生者ではないとは、どういうことだ!」
予想だにしなかった王太子の怒鳴り声に、思わずアレットは固まってしまった。
「お前が転生者だというから、私は父上にクラリスとの婚約破棄をすることを許されたのだぞ!それなのに、この嘘つきめ。私をだましたのだな!」
いわれた言葉が、理解できなかった。ただ、目の前が真っ白になって、声が出なかった。
なぜばれたのだろうか。今までだれも疑わなかったのに。
———そうか、あの女か。
不意に、アレットは悟った。
あの女が告げ口したのだ。根拠はない。けれど、本能がそう訴えかけていた。
アレットは王太子を押しのけ、応接室を出た。そしてそのまま長い廊下を走る。
逃げるためではない。確かめるためだ。
そう、クラリスに会って確かめなければ。
ようやく王宮の門が見えた時。
門の前に、馬車が止まっているのが見えた。そこから、一人の少女が下りてくる。
「なっ……」
アレットは目を見開いた。馬車から降りたクラリスは愉快そうに笑った。
クラリスは立ち止まったまま微動だにしないアレットの前に来ると、再び笑った。
「ごきげんよう、アレット様」
その瞬間、アレットは確証を得た。
震える唇で、問いかける。
「いつ……気づいたの?」
「前から怪しいと思っていたけれど、確信したのはあなたに相談をしたときよ。でも、わたくしでなければ気付かなかったわね」
アレットは完璧に演じたはずだった。話し方だって貴族らしくない崩したものにして、天然でこの世界のことをよく知らない転生者を演じ切ったはずだった。他の誰も、違和感を持たないほどに……。
なのに、この女はどこで気付いたというのだろう。
困惑するアレットの前で、クラリスははっきりと言った。
「本物の転生者は、前世のことを『異世界』とは言わないわ」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!