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優先される者たち

作者: ふうた

未来の優先席について、少しのブラックユーモアをまじえてみました。

主人公の田中は65歳になっていた。体力は衰えたが、日常生活はまだ自分の足でこなせる程度に健康であった。彼は、春の日差しが穏やかに差し込むある昼下がり、久しぶりに馴染みの電車に乗っていた。最近の電車はほとんど全てが自動運転で、運行の正確さは抜群だった。目的地の駅までの30分間、彼は決まって優先席に座って、少しばかりの居眠りを楽しむのが日課だった。


今日も、田中はその優先席に腰を下ろすと、心地よい揺れに身を委ねた。外の風景は都会的でありながらも、季節の移り変わりを感じさせる。桜の木々が並んだ通りを眺めながら、いつの間にか瞼が重くなり、うとうとと眠りに落ちてしまった。


しばらくして、田中は不意に目を覚ました。目の前には若い母親らしき女性と、小さな子供が立っていた。子供はまだ5歳にも満たないように見える。母親は穏やかな笑顔を浮かべながら田中に言った。


「すみません。この子に席を譲ってもらえませんか?」


田中は一瞬、何を言われたのか理解できず、キョトンとしてしまった。子供に席を譲る? 彼は今まで、この優先席が高齢者や障がい者、妊婦など、身体に負担を抱える人々のためのものだと信じていた。それが当たり前だったし、自分が年を取ってからはこの席に座ることに少なからずの安心感を感じていた。


しかし、彼は周囲の視線に気づく。周りの乗客たちは、微妙に彼を見つめていた。皆、無言ながらもその視線にこもる意味は明らかだった。「どうして譲らないの?」とでも言いたげな、無言の圧力が感じられた。しかも周りの乗客たちは同年代か少し上の人たちばかりであった…田中は戸惑いながらも、仕方なく席を立ち、子供にその場所を譲ることにした。


「ありがとうございます」と母親は微笑み、子供は何も言わずに席に座った。田中はそのまま車内の手すりにつかまりながら、ぼんやりと状況を考えた。


「…おかしいな」


田中はその疑問を抱えたまま、再び窓の外に目をやった。しかし、その時、ふと目に留まった広告に衝撃を受けた。それは「優先席のご案内」という掲示で、そこには高齢者の文字が消えて、身体に障がいのある人に加えて、「子供連れのための優先席」と明記されていたのだ。


田中は驚いた。いつの間に優先席は子供のためのものに変わったのか…目を凝らして日付を確認すると、それは2050年の春であった。田中は自分が2050年の世界にいるという事実を、その時初めて強く意識した。


時代は変わったのだ。


子供たちが優先される時代に入った。高齢者や障がい者がかつて優先されていたように、今や未来の担い手である子供たちが、社会の中心に位置していた。そして、老年期に差し掛かった自分たちはその周辺に追いやられつつあるのだ。


その後も電車は静かに進んでいく。周囲の風景は昔と変わらないように見えたが、社会の価値観やルールは、田中が若かった頃とは大きく変わってしまっていた。優先されるべき存在が高齢者から子供へとシフトし、田中は自分が時代の変わり目に取り残されていることを痛感した。


降りる駅が近づいたので、田中は自動ドアの前に立った。かつては自分が中心であり、社会から手厚く守られていたはずの世代が、今や時代の波に呑まれていくのを感じながら。


彼は小さく息をつき、電車を降りた。


駅のホームに立つと、ふと昔を思い出した。かつて自分が若者であり、未来は無限に広がっていると思っていたあの頃。だが、時間は流れ、すべてが変わる。優先席が変わるように、社会もまた変わる。何が優先されるべきか、誰が保護されるべきか。それは常に時代とともに移ろうのだ。


歩きながら、田中は心の中で呟いた。


「未来は、若い者たちのものか…」


その言葉は、まるで遠い過去から響く自分へのメッセージのように思えた。

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