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半年後に完成した彼女の作品は立派な物語となった。
思ったより早くに完成したなと彼女の才能に私自身感嘆させられた。
「素晴らしいです。右衛門の君……それでは早速物語仲間へ拡散をさせて」
「もういいかな」
右衛門の君はぼそっと呟いた。その言葉に私は目をぱちくりとさせる。
「書いていくうちに頭は妙に冷静になって、もうあんな男どうでもよくなっちゃったわ。この物語は封印しましょう」
右衛門の君の照れた表情に私はしまったと感じた。
執筆を応援して彼女の心に創作の火をともし続けた影響で、それが作業療法になってしまったようだ。
作業療法というのはどんなことでもよい。掃除、遊び、和歌などなんでもよい。何かに打ち込ませて作業させることで精神、健康状態を整えるものである。
これによる彼女は失恋の傷を乗り越えて、男への憎悪するらも払拭させてしまったようだ。
ちなみに作業療法という名前はこの時代にはまだない。
「折角書いた物語なのに」
「いいの……これは無駄ではなかったわ。これは私の葛籠の中で大事に保管しておくから」
右衛門の君は晴れやかな表情で言った。
まぁ、彼女の傷がいえたのであればそれでいいのかもしれない。
折角の物語が勿体ない気もするが。
そう思っていたのもつかの間。
右衛門の君の部屋に、同僚の女房たちが遊びに来ていたおり。
彼女の机の上に置いていた物語を目ざとく見つけ、それが右衛門の君の失恋を糧に書かれたものだった。
その話が評判で、女御様の耳に届き、結局右衛門の君はあの物語を献上することに。
「まぁ、右衛門。あなたにこんな才能があったなんて」
女御様は感心してその物語を読んで楽しんでいた。
弘徽殿の女房が新しい物語を書いたということはすぐに宮中で知れ渡った。
多くの女房、殿方に読まれ、不誠実な男は誰かは察せられた。
右衛門の君に同情的であり彼女に直接その話は触れないように気遣ってくれたが、かえって右衛門の君はいたたまれない気持ちになりしばらく彼女は夜な夜な私の部屋へ訪れては日々のことを愚痴っていた。
もうそれも物語にしてしまってもいいのではと私は思ったが、今は口にしないでおく。落ち着いたら言おうかなと、話半分自分の創作物の新作の構想をちらちらと練って現実逃避していた。
(終わり)