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「何故ですか……」


 悲し気な女性の声が聞こえてくる。あまりに悲痛で、聞いていていたたまれない。

 彼女の前にいる殿方はずっと黙っていた。

 彼が言っていた内容は聞き取れなかったし、聞き取る気もなかった。

 が、女性の反応からしてだいたい察することができた。


万里まり姫ですね……私よりもその姫を選ぶのですね」


 女性の声に殿方はなおも反応しない。

 否定しないということは肯定ととらえられても仕方ない。

 さらにすすり泣く声がした。


「私がどれだけあなたを慕っていたか……あなたの為にどれだけお支えしたのか」

「あなたのことは感謝している」


 ようやく殿方が口を開いた。


「あなたの力添えのおかげで女御様からの覚え目出度く、大臣からも。おかげで先日の除目じもくで……」


 殿方の言葉は途切れがちであった。

 除目の話、隣室の女房との交流からしてどなたか嫌でも頭の中で合致してしまった。


「では、駿河へは……私と共に芙蓉峰(ふようみね。富士山)をみて歌を詠みたいと言っていたではないですか」


 話を聞いて頭を抱える私は、女性と殿方が会話する部屋の隣の部屋の住人であった。

 それほど上流ではない受領ずりょうの家の姫で、名前は留衣子るいこという。

 ちょっと物語が好きで、自身も筆をとることがあり、弘徽殿女御こきでんのにょうご様の母君に見初められ、気づけば染井大輔そめいのたいふという名を与えられたしがない女である。


 明日も早くからお勤めがあるのだからさっさと眠りにつきたいのに隣の声が気になって気になってしまう。

 今ではすっかり目が冴えてしまった。

 それでも何とか抵抗を試みて瞳をぎゅっと閉じるがかえって脳内がさえわたってしまうのが困る。


 隣の部屋は女御様のご実家から一緒に宮へあがってきた古参の女房・右衛門うえもんの君であった。

 女御様の父母からも期待され、仕事ができる頼れる先輩であったのだが


 現在失恋まっただなかの様子。


 正直言えばあまり聞きたくもない内容だった。


 できれば他所でやってほしいなぁ。


 逆の隣の部屋の様子をみてみるが向こうからは小さな寝息が聞こえてきた。自分もあのように寝てしまいたいなと思いながらも、なおも隣で聞こえる声があった。


「仕方ないだろう。万里姫は、……父母がおらず、先日頼りにしていた乳母にも先立たれた。可哀そうなことに使用人に財産を盗まれて逃げられたそうだ」

「それはお可哀そうに……でも、それとこれとは関係は」

「万里姫は私がいなければならんのだ」


 殿方の声には自信にあふれたものが感じ取れた。

 さしづめ悲劇の姫を守る素敵な頼れる男の姿に陶酔しているのだろう。

 先日の除目で駿河するが国の受領になれたこともあり、財も確保できる。


「でも、私は」

「あなたは私がいなくても大丈夫だ」


 殿方の言葉に遮られる。その様子に私は頭を抱えた。

 そんな決めつけ。あまりに勝手が過ぎる。


 先日の除目なども、右衛門が助言し、また彼女が女御様に殿方の良さを口添えして、女御様の父上の右大臣様の耳に届いて叶えられたことだと想像できた。

 女房仲間らの評価では、あの殿方はちょっと抜けている。

 仕事の詰めが甘く、右衛門の君が宮にあがるまでは公達から呆れられていたという。


 右衛門の元へ通い、文のやりとりの頻度を目の当たりにした者からしたら、右衛門の支援で出世できたというのが彼への評価だった。


「そんな。それなら私は」

「すまない」


 殿方はささっと去っていった。あまりに未練など感じない軽い足取りで呆れてしまう。

 しばらくすると御簾みすが動く音が寂しく響いてきた。


 右衛門の君、お気の毒に。


 これでは利用されただけだ。


 とはいえ、そこまで親しくもないただ偶然隣人になっただけの自分が彼女にかける言葉は思い至らない。

 ここは下手なことはしないでおこう。

 そう思い、再び眠りにつこうとするが。


 ばさ。


 部屋を区切る几帳きちょうが動いて、そこから衣擦きぬずれの音がする。


 何、何。何か来た?


 ちょっと怖くて目を開けれない。

 音がした方角を考えるとまさかなと考えてしまう。


「聞いていたでしょう」


 先ほどの女房、右衛門の君の声であった。

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