柘榴は血の味、肉の味
しはるは、婚礼の日をひと月後に控えた姉が畳の上でうずくまり、悲鳴のような声を上げて泣き咽ぶのを見た。
しはるの5つ上の姉は、近隣の村でも評判の美人で、このたびようやく名主の跡継ぎに決まった幼馴染みの元へ嫁ぐ事が決まったばかり。
粗暴で愚かな先妻の長男と、優しく評判の良い後妻の次男と。
両方に望まれて苦しんだ末に決まった結婚だ。
元々、仲の良かった次男と結婚の約束を交わしていた姉を、長男が無理やり奪おうとしたのが発端だった。
だがその騒ぎもひと段落して、嫁入りの日を指折り数えて待つだけとなった姉の元へやってきたのは、天の川原の向こうに住まう鬼の神からの贄の要請。
声を限りに泣き叫ぶ姉に、涙を浮かべて近づこうとしたしはるに、こそこそと家をのぞく近所の住人の声が聞こえた。
「かわいそうにねえ」
「だが仕方あるまいよ、今年はお殿様の柘榴が不作だそうだ」
「贄を出さねば村が、国が滅びてしまう。かわいそうだが仕方ない……」
お殿様の柘榴が不作。
お殿様の柘榴が不作、柘榴が不作……。
その言葉がしはるの頭の中で繰り返しこだまする。
そしてそれはいつしか歌となって深い記憶の底から浮かび上がってきた。
『柘榴を 柘榴を 捧げましょ
柘榴は血の味 肉の味
飢えを満たして乾きを癒す
汚れた人よりなお甘し
柘榴が 柘榴が 枯れたなら
柘榴に似た味 人の味
差し出す事にならぬよう
殿様今日も精を出す
柘榴を 柘榴を 捧げましょ……』
しはるはその歌を知っていた。
何度も何度も聞いたあの歌。
そう、あれは……。
しはるはその蘇ってきた記憶にごくりと唾を飲む。
「ななり、辛いだろうが耐えておくれ。柘榴が不作の年は、この贄の里から娘を出す決まり。年頃の娘の中で婚礼前なのは、今お前だけなんだよ……」
贄の里!!
間違いない、これ『にぇーむすファンタジア』か!!!
『にぇーむすファンタジア』。
それは、一部の日本人(と、おそらくごく一部の外国人)に愛された、R18系ゲーム。
RPGとはいえず、乙女ゲーでもない、あえて言うなら、エロに特化したエロゲー。
そうとしか言いようのない、頭おかしい系エロ特化ゲーム、それが『にぇーむすファンタジア』であった。
ここで一般的な常識ある諸氏は疑問に思うだろう。
にぇーむすとは何ぞや?
だがすでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれない。
そう、にぇーむすとは、「贄娘」。
つまり生贄となる若く美しい少女たちの事なのである!!!
生贄でエロ特化のゲーム、もうお分かりですね。
『にぇーむすファンタジア』、それは神の生贄となった娘たちがあんなこんなそんなな毎日を送ってただただ溺愛される、そんなクソオブザクソのアホなゲームだったんである!!
『これはもうゲームではない』
『美麗ビジュアルに資金全振り』
『メーカーの英断に敬意を払いたい』
『おそらく社長は死期を悟った、その人生最後のモニュメントがこれ』
『アニメではダメだったのか』
業界の一部をそんなふうに賑わせながら、なぜかこのゲームがそれなりに売れたのは、とあるオタクがネットでこんな事を言ったからだという噂がある。
『我々への熱いこのメッセージに応えずして、なんの人生か!』
そこにメッセージがあったかどうかは別として、『にぇーむすファンタジア』はそれなりに売れた。ごく一部の層に。
殺伐とした世界の中で、そんなものはどこ吹く風と、陽気で頭おかしい壊れ気味のエロ特化のアホに愛されたゲーム。
それが『にぇーむすファンタジア』だったのだ。
「はい、はい、はい!!! あたしなる! 生贄になるよ、めっちゃなる!!」
しはるは思いっきり手を挙げて人々の前に出た。
唖然とした表情でみんなが彼女を見る。
姉のななりですら泣くのを忘れてしはるを見た。
「大丈夫、お姉ちゃん! あたしが鬼神様のところに行くから、安心して!!」
すっごいいい笑顔で突進してくる妹に、姉のななりは返事ができない。というか思考ができない。
代わりに冷静に告げたのは母のよしなだ。
「いや、しはる、あんたまだ13だから。贄は18の娘って決まってるから」
「大丈夫、大丈夫! いつつくらいの差、なんて事ないから!」
しはるは鼻息も荒く輝かんばかりの笑顔で拳を握る。
そもそも18とか決めたのは殿様で、自分の娘は18になる前に嫁に出して贄から逃れさせるための作戦だったのだ。
にえラー舐めんなよ。
贄の実態を里の人間のみならず、臣下にさえ知られないよう情報操作をしていたというのは、にぇーむすの世界の大事な設定なのだ。
「いや、だからね」
「だーいじょうぶ! 大丈夫だから殿様に言ってみて! 姉の代わりに志願した妹を送るからって!」
うっきうきではしゃぐしはるを、人々は胡乱な目で見つめるのだった。
作者体調不良のため、後編は来週くらいになると思います。