第四話 夢の記憶
私は夢を見た。
とてもとても心地の悪い夢を。
気付けば私は戦場を静かに眺めていました。
空は厚い雲に覆われ、草は色を失い、土壌は黒くなっています、モノクロ背景が似合う場所ですね、戦場というのは。
私はこの心地の悪さを逃がすために大きく息を吸います。
「ッ!、おぇ‥ゲホッツオエェ!」
鼻にめいっぱい送られる空気はとても気持ちが悪かったのを覚えています
鼻腔を擽るのは楔れた鉄の匂いと灰の匂い、そして腐乱臭
私はその匂いに耐え切れず、しゃがみ込んで胃の内容物を全て吐き出しました。
「変な味」
口いっぱいに広がるのは胃酸の味、気持ちの悪さと胃の中が空っぽになっているのが感覚で分かります。私は立ち上がり口元を拭いました。
心地の悪い風が私の素肌を撫でます
「‥‥‥」
周りを見渡すと今まで一緒に戦った仲間の死体。
この場の死体は様々です、心臓を一瞬で貫かれた者、両目を潰されて首を掻っ切られた者、首が刈り取られた者、下半身と上半身が分かれている者、上半身とだけとなり臓物が食み出している者、もう首だけの者、拷問されたかのように顔の皮を剥がれ四肢を切り落とされた者、死んでかなり時間が経っていて傷口から蛆が沸いている者。
死体の死因を確認するたびに頭が痛くなっていきます。
私達はそれを供養するように死体に火をつけて燃やします、煙がモクモクと上がり灰の匂いが辺りに立ち込めます、私はその匂いをもう一度大きく吸い吐きました。
私達は戦地の小高い丘の上に立っています、我々は今まで奴らと戦っていました
『神罰』という神が創り出した化物達と。
荒れ狂う波のように襲ってくる大量の神罰、そして目を向ける先にはその奴らと必死に戦い地に伏せ死に至る我々人類。
阿鼻叫喚の地獄絵図と行った方がいいでしょう、無意味な命乞いをして殺され、泣き叫び殺され、最後まで奴らに私怨を持った目を宿して殺され。私の目には大量のこの戦場で殺された瞬間を目に焼き付けられています。
我々人類はなんて愚かなのだろう
最初っから神々に挑まなければこんな地獄を見ずに済んだというのに
私はハァと大きくため息を付いて戦地から一度目を外しました。
「霙様、準備が整いました」
「そっか、随分と少ないね」
戦地から目線を外すと映るのは数十人程度の軍服を来た人たちと重装備の鎧を着こなした人たち、みな貫禄があって強そうだ。
そして、私に声を掛けてきた人物、数十人の軍人の一歩前に立ち重装備の鎧を着こなしているガラン曹長。
私はこの場に残る兵士達の少なさに苦笑しながらガラン曹長に目線を向ける
ガラン曹長は弱り切った表情で私に頭を下げました
「申し訳ありません」
「いいよ、全然。仕方ないからね」
「霙様‥」
この時の私はもう自暴自棄になっていたと思います
こんな死を確定するような場所なんですから死んでもしょうがないと思っていたのでしょう
「軽装兵と重装兵合わせてこれか、偵察兵はどんな感じ?」
「はっ、偵察兵は既に全滅したようです、神罰達の波に呑まれ為すすべなく」
「ここは平野だからね、逃げられないか」
トランザル平野、トロス帝国西に位置する平野であり広大な面積をもっている。
かなり拓けた土地なので軍事用訓練施設を作り上げたのだが、昨年、大量の神罰が現れそこに訓練していた人々が惨殺された
そしてトランザル平野は神罰によって占領されてしまった。
領土を奪われたこととかなりの軍人が亡くなったトロス様は怒り、奪還と報復するように命じた。
トランザル平野の軍事施設に勤めていた人の数名はトロス帝国でのかなりの強者だったはずなのだが、それが全滅となると黒級クラスがいると思われたいるため、多くの兵士とトロス帝国でかなりの実力者を送りこんだのだが見事に失敗に終わった。
そして今この状況、数万といた兵士はここまで減ってしまった。
残る私達でどうにか出来るかと言われてもどうにもできない相手はまだ数十万といるのだから
未来を紡ぐ若者はこの戦では負けたと報告するために逃げ出させ、時間稼ぎのためだけに我々だけが残った
「ごめんね、皆、こんなの死ぬのと同然だけど最後に一緒に戦ってくれるかな?」
私は最後まで残ってくれた兵士たちの前に立ちそう言った。
灰と血の匂いが混じるこの戦場で最後の命を懸ける軍人たち我々人類の吶喊が戦場に木霊した。
人と人との争いも残酷でもあるならば、人と化物達の争いはどうなのでしょうか
私はこれは最も過酷で残酷だと思います。
武力を持ったとしても神の力に対して我々は非力です、それにあれだけの数、数十万人対数十人圧倒的戦力差勝てる訳もなく。
一方的な蹂躙です、雄叫びを上げ戦場という死地に踏み出した勇猛果敢な戦士たちは皆、死体となり地面を転がります。
私も今戦っている皆も遺体となり地へと呑まれていきます。
「だぁあああああ!!」
私は刀を握りしめ前方に立ちふさがる神罰共を切り伏せます、嫌な感触です。
幾ら切っても、刺しても、殺しても、奴らは止まることなく進行してきます、蛆の様に湧き高波のように我々を蹂躙する奴らの姿には恐怖しか覚えません。
だけど、私たちは恐怖を噛みしめ奴らに挑まなければなりません、これが最後の私達の使命なのですから
「殺しても、殺してもキリがないですね」
刀を振るい、まだ大量に湧いてくる神罰に目線を向けます。
もう私の息は絶え絶えです、かなりの数の神罰を切り伏せてきました、でも神罰の数は増える一方です。
「『力』、『獣』」
私は人類に与えられた四大神から貰い受けた、力を身体に回し身体能力を上昇させます。
どれぐらいの身体能力上昇かというと百メートルを一秒で走れるぐらいの速さと巨大岩を百メートル先に投げられる力を得ることができます。
地を力強く踏みしめます、目の前に襲いくる神罰に殺気の籠った視線を向けて
一歩踏み出そうとした。
「ッ!?」
刹那、私の目の前に巨大な体躯を持った奴が降り立ちました。
見たこともない、巨大な生命体、いやこれは神罰の一体なのでしょうね
私の一回り二回りも大きな化物、そいつには巨大な戦槌が握られており、その戦槌は私の上から襲い掛かりました。
あの巨躰から出される素早い攻撃に反応が遅れた私は目を瞑り死を覚悟しました。
「霙様!」
そんな声と共に私の身体は強く押され叩きつけられる気が付くと戦槌の範囲外から弾き出されていた。
戦場に一本の戦槌が叩き落とされると地響きが起き地面は揺れ隆起する。
私は隆起された地面に弾き飛ばされました、地面を転がり身体を地に伏せます
何が起こったのかと思い薄ぼやけた視界を元に戻します、戦槌が落とされた地面には潰れた鎧と飛び散った血が広がっています。
私は情報処理能力が追い付いていないせいか目を白黒させながらゆっくりと立ち上がり、巨躰を持った神罰に目線を向けました。
「あ、あぁ‥‥」
これがホントの死の恐怖でしょうか、今までため込んできた死の恐怖がまるでダムが決壊したかのように溢れ出てきます。
そしてこの時このトランザル平野で戦ってきたものたちが思います、ここに居るのは黒級クラスの神罰じゃない、白級クラスだと
このクラスとなるとこれだけの人数じゃ足りない、もっと多くもっと強いものたちを呼ばないと勝てない、そうこの場にいる全員が悟った。
諦めの境地、白級クラスの神罰が雄叫びを上げて私に迫ってきます、
「『結界』!」
迫りくる巨躰の持ち主の神罰が私に向けて戦槌を振り下ろさんとするとき、私と白級クラスの間に挟まったのは一人の兵士。
振り下ろされた戦槌が結界とぶつかり合った時火花が散ります
「ぐっ!」
私と奴の間を挟まり『結界』を展開したのはグラブ小隊長、無精髭を生やした一人の老人だ、老人と言ってもまだまだ現役であり筋骨隆々の逞しい人である。
グラブ小隊長は、『結界』をかなりの強度で展開できる人であります、そんな優秀の人が私を身を挺にして守ってくれました
「おい!動ける奴さっさと霙様をここから逃がせ!!」
私は生き残った兵士たちに身を引かれ戦槌の外側に逃がされます。
このどさくさに紛れて私の胸を触ってきましたけどね。
「さてと、これは無理だな」
グラブ小隊長は私が巨大な戦槌の範囲外に出ると苦笑を零しました、次の瞬間、結界がバキバキと音を立て割れて戦槌が迫り潰されました。
グラブ小隊長の血や血肉が辺りへと飛ばされます。
「え、あ」
顔にべったりと付いて血を私は撫でます、肌に付着した時は暖かかったのに今ではひんやりとして冷たくなっているのが分かる、私は奥歯を噛みしめて刀を握り、ホルスターから拳銃を引き抜き構えます
この時の私は強者に盾突く弱者見たいなものでした。
勝てる見込みもないのにただ、私の命を助けてくれた人達にせめてもの弔いをと、一歩奴へと踏み出そうとした時、私の肩を誰かが掴み一人の兵士が前に出ます
「駄目だ、霙様、ここはあんたの死地じゃない、早く逃げな」
「でも、」
「逃げてくれ、お願いだ。頼む」
私の前に出てきた兵士だって、怖くて堪らないはずなのに逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、私に逃げてくれと頼みました。
「私も戦え――」
「頼む」
この悔しさでいっぱいな表情の兵士の言葉に私は言い返すことも出来ずに頷いてしまいました
情けない、死ぬためにこの戦場に来たのにいざ死という実感を味わうとこうも私は弱いのかと痛感させられました
「また時間稼ぎだ、行くぞ!野郎共!」
「おう!」
その兵士の掛け声に応じて残りの兵士たちが集まりました。
彼らに待つのは絶対的な死です、これは覆すことも出来ない現実です。
私はこの戦場、死地から逃げるように涙を堪え必死に、目的地を決めずここから全力で逃げ出しました。
――――
「おはよう、霙」
「‥‥悪夢の後に貴方の顔を見ると少し嬉しいですね」
「それは褒めているのかな?」
「そう捉えても構いません」
目が覚めると草木の色堕ちた戦地ではなく、綺麗な青空と緑の草木が生い茂る私の心象世界。
戦地で見たあの厚い雲は私の心象世界では見る影もなく、人々の叫び声や雄叫び銃声などありません。小鳥たちが歌を歌い、朗らかな風が私の肌を抜けます。
悪夢を見た後にこんな平和な世界を見れるとは思いもしなかったな
「ヒオニは、何してるの?」
「ん、僕は本を読んでる」
「見ればわかる」
起き上がって私の心象世界に居候みたいな形で住み着いているヒオニに視線を向けると何やら革細工で作られた分厚い本を読んでいた。
心象世界ってそんなものがあるんだなと感心すると同時に何か変なものじゃないかなと訝しんだ表情をしました。
「なんの本、それ?」
「分からない、拾ったから見てた」
「そっか」
相も変わらず飄々とした態度を崩さず、隙だらけの背中を見せるヒオニ
ヒオニは本を閉じて樹木の影の下まで歩き腰かける。
「で、私に何の用?」
心象世界とは自分の想いと理想が重ね合わさった時にしか入ることが出来ない、現に私の心の想いと頭の中の理想には少しズレが生じているため、あの戦地との同様に居心地の悪さが残っています。
ここに入れることが出来ない私は、入れる要因そしてここに呼び寄せたと思われる人物に目線を向けた
「ちょっとした有益情報を伝えてあげようかなと」
「有益情報?なにそれ‥」
ヒオニは樹木に身体を預けて、私の目を見た。
「心象世界に居候する身だからね、何か見返りをしなきゃ元神としてのプライドが許さないから、君に僕の力の一部を渡してあげた」
「ヒオニの力?」
「そっ、僕の力、名は『氷王』この力はまぁ使って見ればわかるよ‥‥でもこれだけは守って使っていいのは、誰もいない時ピンチの時に使ってね普段使いは駄目だよ絶対に」
私はヒオニの忠告に深く頷いた。
神様がこんな太っ腹な事してくれるなんて思いもしませんでしたが、断る道理もないので有難く受け取らせて貰いました。
「ッ‥‥あっ、そろそろですか」
視界が歪んだ、ここから目を覚ますときに起きるこの現象が一番この中で嫌かも。
私は歪んだ視界の気持ち悪さを無くすため目を瞑り静かに眠った。
――――
二度目の起床、一回目は心象世界だったけど、今はちゃんと現実の世界で私は目覚めたらしい
あの頭痛もないし、居心地の悪さもない。
そしてこのベッドに丸まって包っているのが何よりの証拠だ
「ん~‥‥んっ、っと」
私はベッドから起き上がり軽く背伸びをする。
昨日の疲れもかなり取れたみたいだし、絶好調だ。
私は部屋の鏡で髪を整えてフードを深く被り、尻尾を防寒服の中に隠して、昨日買った物を手に取り部屋を出ていき、宿場の受付の女性に話しかけます
「あの、退出手続きをお願いしたいんですが」
「え、あ‥‥はいよ」
話しかけた受付の女性は私が退出手続きをお願いすると心配するような顔で見てきました。
見た目は若いですがそれなりに鍛えてる筋肉とかあるから心配するようなことはないと思いますけど
その他になにかあるのでしょうか
「本当に大丈夫かい?」
「はい、ご心配なさらず」
「まぁ、また戻ってくることがあれば快く引き受けるからね」
「?、はい、ありがとうございます」
受付の女性の言っていることはさっぱり分かりませんでしたけど、私は無事宿場の退出手続きを終わらせて荷物を背負い宿場を後にしました。
宿場を出てアストロべニアの正門へと歩いていくと、ある光景が目に移りました。
「なにやってんだろあれ」
遠目から見て、正門に何があるのか目を凝らします。
私の目には正門に多くの荷物を積んだ馬車と、人々が正門の前で立ち往生していました。
そしてその人々の前に立つのは鎧と槍を持った兵士
「あの、すいません」
「あん?」
私は正門の前で立ち往生している、自分と同様に腰に武器を携えた男に声を掛けました。
「なにがあったんですか?」
「あー、なんかな、この街の近郊に大量の神罰が現れたんだとよ、そのせいでこの門の外側に出られないとか何とかで立ち往生してるんだ、早く帰らなきゃいけねぇつうのによ、はよ退治してくれねぇかね」
その男は顔をむくれさせながら、貧乏ゆすりをして門が開き外に出るのを待っていました。
この門で立ち往生している人たちも皆、同じ理由でこの街から出られないのでしょう
皆、困惑した顔や不機嫌な顔をしながら外の問題が解決するのをただ待っているだけです
「大量言っても十体か、十五体ぐらいだろ‥それに緑級クラスだろ外に居るのはどうせよ、それでこんな時間かかるのかよ」
「どれくらい待ってるのでしょうか?」
「ん、約、三時間ぐらいだな、確か‥ッチ、早くしろよ!」
長時間も待たされている状況で、門の前で立ち往生している人々の怒りが募ります、しかし、そこまで時間が掛かるのには何か裏があるのでしょう。
「この眼で一度、今の現状を見る必要がありますね」
いずれかこの場で早くこの街から出たい人々と兵士の喧騒が起こりそうな雰囲気のため、私は宿場へと後戻りをします、こんな状況なら受付の人が教えてくれれば良かったのですが、流石に他人任せすぎますね。
私は宿場の受付の人に荷物の引き受けをお願いして、戦闘のために必要な武具を持ちもう一度正門へと走り出しました。