第二話 心の中
目を覚ますと私は知らない草原の丘の坂で大の字で寝転がっていた。
私はズキズキと痛む頭を抑えながら重い腰を上げて辺りを見渡す
見知らぬ土地、そして如何にも平和だと思う世界。
小鳥たちの歌声と長閑な草原の暖かい風、そして木々の暖かな匂い
「どこ、ここ」
私が視てきた世界とは明らかに違うのは目に見えてわかる
天国とか地獄とか神々が創り上げた世界とは何かが違う、
これが俗に言う桃源郷っていうものなのかな。
なら、私は死んだのか。
「いいや、君は死んでいないよ」
「‥‥ッ!?」
私は急いで飛び下がり声の主の元へと視線を向けた。
丘の天辺にある樹木の下に腰を掛けて座る、薄衣を着た美青年
空色髪と目をした、私があの場所で眠りに付く前に見たあいつだ、私はフードを被る
敵か味方かも分からない男、私は腰に携えた刀を握ろうとした
「ない‥、くっ!」
「そんな警戒しないでくれ、別に君を取って食う訳じゃないんだからね」
いきなり、私の背後に現れた得体の知らない青年
あの青年は一体誰なんだ、過去に死んでここに来た人間の青年なのだろうか
でも、私は確かにこの眼で見た、あの青年があの壊れた世界で生き立っていることに
「何者ですか」
と、私は一人の青年を睨みながら問いを投げた。
青年は少し微笑んで口を開く
「ん、僕かい?僕はヒオニ、元神様だよ。」
「神様‥」
「うん、元だけどね」
青年は確か元神様だと名乗った、なら、警戒心はそこまで高く無くていいはず。
私は身構えた体勢を解いて、息を吐いた。
「自己紹介が遅れたね、私は霙。宜しくね」
「あ、あぁ‥宜しく」
私が警戒態勢を解くとヒオニは少し目を白黒させていた。
人類が神様を目の敵にしているからって全神々が敵だとは思っていない、
人類を滅ぼそうとする神も居れば、人類を助けようとする神もいる。これが私が教え込まれた常識。
それにいつまでも剣呑とした雰囲気のまま話すのは多少疲れる。
「不思議だな、神様と名乗ったからには襲ってくると思ってたんだけど」
「そんな人間を神様だから襲う野蛮人だとは思わないで下さい」
「‥‥これは一杯食わされたね」
ヒオニは腰かけていた樹木から立ち上がり、葉の影から燦爛と輝く太陽の下へと出てきた。
腰を掛けていたから身長はよくわからなかったが、いざ見てみるとデカい
私の倍は言い過ぎかな、私の身長差三十センチ差ぐらいありそう
高身長、眉目秀麗って勝ち組ですね
涼しく優しい風が肌に当たる。
私は風に靡いた髪を掻き上げて後ろに回した
さて、次が本題です
「さてと、自己紹介が終わったところで本当にここどこ?」
本当にここはどこなのだろうか、どうやら私は生きているみたいだし
ならば、死者だけが迎えられる桃源郷ではないことは確かだ
じゃあどこかと言われても検討はつかない。
ここは私が元居た世界ではなく、桃源郷でもない、ましてや天国じゃない。
なら、どこなのだろうか。
「ここはね、心象世界だよ」
「心象世界?」
「うん、心象世界」
私がこの世界について頭を悩ましていると、ヒオニが答えてくれた
ふむ、心象世界、聞いたことが無い世界だね
ヒオニが言うにはこの世界は私の心の世界らしい、この世界は自分の想いなどが形作った世界。簡潔に言えば人が想いが創り出した小さな桃源郷擬きが心象世界らしい
だけど、普段はこの世界には入ることは出来ないらしく
自分の想いと理想が重ね合わさった時にしか入ることは出来ないらしい
「まるで御伽噺の世界の設定みたいですね」
「そうだと思って構わないさ」
「ここが、私の心象世界ですか」
私は心象世界の空を見上げる、争いもなく生物たちが平和に暮らす私が夢見た世界。
でも、何か居心地が悪い、どうしてだろう
こういう平和を私は望んでいたはずなのに
「あ‥れ、、?」
一瞬、視界が揺れた。
私はバランスを保とうとして足に力を入れる
「そろそろか、もうじき目が覚める」
「目が覚める?」
そっか、心象世界って夢と同じなんだ
目が覚めたらこれが終わってしまうのか、また、あの世界に戻るのか
こんな平和な世界から意識が遠のく
「嬉しいな‥」
私はその最後の言葉を皮切りに意識をまた深い闇へと落とした。
――――
「痛っ‥‥ッ、」
目覚めた時は最初に感じたのは痛みだった、痛みが私の身体を起こし、私の身体に危機のメッセージを灯していた
私は雪のフカフカベッドの上で呑気に寝ていたようです。
通りで悪いお目覚めですわ
顔も赤く、身体も完全に冷めきっているし、手足も赤く痛みを生じている、危うく死に掛けるところだったのか
雪山で寝るのは死にに来たのと同じですねホント
「『治癒』」
少し休んだおかげで力もちょっと戻って来たみたいだし、『治癒』を掛けて凍傷などを少し和らげる。痛みはこれで軽くなったはず
身体の関節がまだ痛むが、休んでいる暇はない。
厚い雲も晴れてきて、雪も降る量が減ってきた、あのマスクを取りに行かなきゃ
濃霧に呑まれて死ぬ前に
「急がないと」
私は落ちていた武器を拾い上げ来た道を戻る。
足跡は雪が積もり消えかけていたがまだわかる
「あった」
雪を払って、剥ぎ棄てたマスクを手に取る。
一応安全確認をして、使えることが分かった、壊されなかったことに安堵しつつなんであの時捨てたのかと、頭の中で反省会をした。
多分あの時は完全に諦めていたからこんな命知らずの行動が出来たんだと思う
「もうすぐ登ってくる」
急いで命の要であるマスクを装着して踵を返す。
確か、ここを越えたあたりに街があるはず
そこまで行けば何とか神罰からの攻撃もされないし、濃霧の影響も受けないはず
じんじんと痛む指先に私はもう一度『治癒』を掛けて痛みを和らげる
肌寒いが太陽は視えている、太陽光が少し私の身体を温めてくれる
だが、それでこの凍えは終わらない
濃霧も登ってきているのが見て取れる
私は氷漬けにされた神罰の横を通り抜けながら、摩擦熱で手を温める
「よく、私生きられたな」
死にたくない、私はそれを理由で足早にこの場を去って行った。
―――
あれから数時間私はあの雪山を越えて降りてきた。
遠目でもわかるように目印となる塔も見えてきた
あと少しだ。
「濃霧も濃くなってきたし、急ごう」
雪山から降りてきてすぐに濃霧が私の身体を飲み込んだ
マスクしているから安全なのだが、濃霧が濃くなると道も分からなくなるし敵からの攻撃にもあまり対処できない。
一応山の麓でかなりの数は一掃してきたけど、安心はできない
「かなり回復したみたいだし、『力』」
ここまで力を使ってこなかったおかげでかなり回復した
『力』を使い脚の筋肉を強化してかなりの速さで走れるようにする
体力も歩いてきたからそこまで消耗してない、あの距離なら数分で着きそう
私は風のように素早く、雪化粧した森の中を駆けた。
「はっ、はっ、はっ‥‥」
森を駆け抜け数分、やっと目印のあの塔の下へとやってきた。
かなりの速度で駆け抜けてきたから息が上がっている、でも、身体を休められる場所を見つけた、このめぐり逢いに感謝を。
「行きますか」
私は塔に書かれた、紋章に手を翳して目を瞑り祈りを捧げる。
祈りを捧げ終わると目の前に突然大きな城壁が現れた。
「いつ見ても凄いですね」
私はこの仕組みに感心しつつ、城壁の真下。
石煉瓦が積まれた巨大な壁そして、私の目線の先にある巨大な門とそこに佇む鎧を着て銃火器を手に持った兵士。
「通行証は?」
「はい、これでお願いします」
通行証と言われても私はそれを持って居ないので
ポケットに入っていたペンダントを鎧の兵士に見せた。
「よし、通れ」
「はい」
便利なものです、このペンダントを見せれば通行証も無くてもどんな街でも入り放題。
その他にもこのペンダントには特殊な役割を持って居ますが、記憶が曖昧で思い出せませんね
私はペンダントを首にかけてダウンジャケットの中に入れる
そして、門の下を潜り抜けて街の中に入った
この街は木造建築であったりあの防壁と同じ石煉瓦で詰められた家であったりと様々だ。
田畑も多く、街の大半が田畑を占めているように見える。
「野宿するよりも、街の宿で休んだ方が楽だよね」
私はそんなことを思い宿を取り、寝泊まりする場所を確保した。
寝泊まりする場所を確保したなら食料の確保をして、明日にはここを立つ。
今の算段はこんな感じだ。
あの場を逃げて生き残った私が出来ることは迅速に帝国に戻ること
それを胸に武器の調整をして、ペンダントを握る
「あの後どうなったか分からないけど、今の事態を報告しなきゃいけない」
ここから、帝国まで数日は掛かる、急がないと呑気にしている時間はない
そう思ったのなら即行動、私はマスクを置き、備えで持っておいたお金を持ち宿を後にした。