第一話 生者
私は多分死ぬのだろう。
視界が塞がるほどの猛吹雪の中、私はここで
フードを深く被り、息を吐く、それは小刻みに息絶え絶えにながらに
自分は多分死ぬのだろう。
この大雪の中奴らに襲われ、私はここで
奴らはもう既に近づいている、それだけが分かり身体が危険信号を灯してる、私は付けていたマスクを剥ぎ棄てた
逃げなければ死んでしまう、死にたくない、私はまだ死ねない
「‥‥っ!」
途中、何かに足を取られ躓いてしまう。
だが、止まっている時間はない、急がなければ奴らに追いつかれて殺されてしまう
私は息絶え絶えになりながらも、何かに足を取られても、顔や頬を真っ赤に染めても、手足の感覚が無くなったとしても、私は逃げる
奴らに追いつかれないために、必死に感覚のない足を動かす。
幸いにもこの猛吹雪のおかげであの濃霧はない、これだけが救い。
ホワイトアウトしたこの場、私はどこからか来るかも分からない敵に対抗するべく武器を握った。手の感覚はない、だが握っていることだけは見てわかる。
歩きながら、息を吸い、武器を構える
「‥‥‥、、‥‥――‥ッ!?、んぐぅ!!」
数秒の静寂の内、私に目掛けて突進してきたのは羽の生えた顔がない人形のような化物。
異形とは言えないが不気味な奴。
初発の突進は防げた、だけどこの状態じゃ不味い
悴んだ手脚、これで戦えるわけがない、さっきの攻撃だって防げたのは奇跡。
真面に動けないのに奴らと戦う嵌めになるなんて、やっぱりこの世は理不尽です
「ふぅ‥はぁ、はぁ‥ハハ」
だけど、私はこの世界を生き抜かなきゃいけないんだ。
何故か、そんなの簡単、死にたくないから、もう一度あの子に会いたいから、理由なんて下らないでも、それだけが私の生きる糧、理不尽の世界への対抗手段みたいなものなんだから
鋼色の刀身は吹雪に当たっても光を失わない
刀身に反射した自分の顔はなんとも、酷い顔だ。
奴らの羽音、そして雪を踏みしめる音が、微かに聞こえだす。
「これが私への戒めって奴ですかね」
私は逃げ出した、奴らから
私は失敗した、行けると意気込んで挑んだ奴が想像以上に強かった、
弱者は強者を目の前にすると我先にと尻尾を巻いて逃げてしまう、確かにこれは本当でしたね。
私がそうでした。本当の強者に出会い、今までの自分の信念を折り曲げて私も逃げてしまったのだ。情けないよね
失敗を恐れ、死を恐れ、私は仲間を見捨て逃げた。
でも、仲間を見殺しにした罪なのでしょうね、この猛吹雪を喰らい奴らにも出くわしてしまった
運が無いのは私が悪いのだろう。
本当に情けない私は。
「『神罰』来てください、私にはここに居ますよ」
奴ら、神罰に私の声が聞こえるような聴覚器官があるか分からないけど
やってみるのは面白そう
新しい発見が出来るかもですしね
吹雪の中羽を鳴らしている音が複数聞こえる、それもかなりの数。
だが姿は見えない。
「どう対処すればいいか」
白い息が昇っていく、私はそれをじっと見つめながら武器を握りしめて一歩踏み出す
私は絶望の淵に今、立たされている
力があってもそれを上手く発揮できなかったらどうしようもない
「嫌だなぁ、死にたくないなぁ」
どうしようもない恐怖感と寂寥感に包まれながら涙を零す。
吹雪の強さが更に増していく、絶体絶命の窮地。
人間たちってそういう時に限って仲間のこと思い出しますよね
「こんな状況ならあの子ならどう動くんだろう」
不意に口に出たあの子、私よりも多彩で天才なあの子、
あの子ならこんな状況で諦めずに自分の最大限の力を振り絞って戦っているのかな
「フフ」
頭の中でこの状況で笑いながら切り抜こうとする彼女の姿を思い出すと、笑えてくる
やっぱり、あの子らしい
自分の立場をしっかりと弁えて、力を誇示せず、仲間のために必死に戦い、どんな状況でも笑いが絶えない彼女。
「やっぱり、私の憧れか‥――ッ、『流』!」
のっぺら坊主の羽の生えた人形所謂天使擬きを視界の端に捉えた時私は咄嗟に技を使った。
襲ってきたあの化物を雪の下へと流し、地面へ叩き落とす
「私が感傷に浸っているときに襲いやがって」
持っていた刀を振り上げ奴に突き刺す、手に染みこんだ感覚は人を刺したような感覚でもあり
無機物、石を刺したかのようでもあった。
こんな死体の感想なんていいんだ、今は目の前のことに集中しよう
「なんでこんなので火付いちゃうんでしょうか、笑える」
諦めちゃいけない、諦めたら終わりなんだ。
本気で生き抜いて見せるこの窮地を絶対に、やれるだけやるんだ。
今まで温存してきた力を全部出そう、逃げるためじゃなく戦うために、
勇猛果敢に戦って死んだ方がカッコいいしね
「『治癒』、『力』、『獣』」
『治癒』で一時的な手足の感覚を取り戻し
『力』で跳躍力と膂力を底上げし
『獣』で身体能力全てを倍にする。
これで全力だ、これを使いきるまでに奴らを倒せなかったら私に待つのは死。
「来なよ、『神罰』共」
刀を握りしめ構える。
聞こえるのは猛吹雪の強風の音と、微かに聞こえる奴らの羽音。
吹雪の中に少女の雄叫びが木霊した。
――――
「はぁ‥はぁ‥はぁ‥」
しんしんと降り積もる雪、私は白い雪のベッドの上に仰向きになり倒れた。
吹雪は止み、静かな雪が降り積もる。
私の周りには『神罰』の死体が山のように詰められている。
何十体、何百体、何千体と切り伏せたが奴らは蛆のように湧き、私の体力を消耗させた。
空は厚い雲に覆われ、周りにはまだ生きている『神罰』が私に近づいてきている
私は負けた
勇猛果敢に立ち向かい、戦い、倒し、殺し、負けた。
あんな猛吹雪の中、何万という怪物、勝てるビジョンが浮かぶわけないのだ。
「神様は嫌い」
負けた言い訳を考えるのは止めた見苦しい。
勇猛果敢に化物たちに挑み、何千という神罰を殺した
軍隊レベルの多さの奴らをここまで切り伏せたんだ、誇ってもいいはず
「死んだら皆にごめんなさいしよ、許してくれるか分からないけど」
そんな独り言を呟いていると空から何かが降りてきた
背中には翼が生え、顔はのっぺら坊主のようで、肌は石のように灰色だ
神とは違い神々しさも何もない、だが天使擬きとは違い意識があるように手には剣が握られていた。
手足もあまり動かない、武器を持つ力もない、技を繰り出す力もない
これは本当に終わったね
奴は私に近づき剣を上段に構える、そして振りかざすのだろう、私に向かって
目を瞑り頬を伝う涙を噛みしめながら私の生涯はこれにて絶える
はずだった。
突如として猛吹雪が起こり私の視界が一気に塞がれる
何が起こったのか全く理解が出来ないまま、数秒の後に吹雪がゆっくりと晴れていく
晴れた世界にあったのは私を殺すために群がっていた『神罰』共の氷象だった。
私の目の前に居たあの剣を振りかぶったあの天使擬き、氷漬けにされている様で灰色の肌を水色に変えて石像のようにそこからピクリとも動かない。
「どういうこと?」
摩訶不可思議な状況に陥り私が目を白黒させていると私の耳元に微かな足音が聞こえた。
人、なんでこんなところにと思いながら、立ち上がろうとするが上手く身体に力が入らず雪の上に倒れてしまう。
まだ動かせた腕を使い、フードを深く被って、厚い雲を眺める。
足音は段々と近づいてきており、これは幻じゃないと実感させる
「や、君人間?」
私の顔を覗いてきたのは空色の髪と目をし、この季節には見合わない薄衣を来た青年だ
顔立ちは整っておりかなりの美青年。
丸腰で飄々とした態度を崩さないこの青年は少しの不気味さを感じる
「人間じゃなかったら何なのさ」
倒れながら絞り出した声で私は青年の問いに答えた。
青年は私の答えにそっかと言って頷くと私の額に人差し指を置いてきた。
何してんだろう、と思いながらもこの状態で青年がやっている行動を振り払うことは出来ない
私の額に人差し指を乗せたその青年は頬を綻ばせながら
「丁度良かった、君がいてくれて」
と言って私の額を軽く押した。
刹那、私はさっきの戦いの疲れが一気に襲い掛かり、糸が切れるかのように私は気を失った。