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たたかう女医さん!

作者: 坂佐井靖

「ダル〜…」 

 体温計がないので熱はわからないが、喉に違和感があり鼻水がズルズル出て、ちょっと体がダルいので風邪ひいちゃったかなぁ…と思い、急遽会社を休んで病院に行くことにした。

 で、向かっている病院は、前からあることは知っていたけど診てもらうのは今日が初めての病院だ。オープンした頃に入っていたチラシをたまたま取っておいたので、そこに出ていた番号に電話して予約した。今時珍しく、ネットを見てもホームページなどはない。

「ここか…」

 歩こうと思えば歩ける距離だったので、ちょっと頑張って歩いた。

 そこそこ車の通りも多い道路に面した3階建てのビルで、その2階にあった。1階にも薬局と歯医者があり、確か薬局もまだ新しかったと思う。

 エレベーターもあったが2階なので階段で上がり、上がるとすぐ入口があった。

 城ヶ村(じょうがむら)クリニック―

 内科しかないらしく、見た感じも小さそうな病院だ。いかにも町医者って感じ。

 自動ドアを開け中に入ると、正面に受付があり、右の方に診察室、左側が待合室になっていた。去年できたばかりなのでまだキレイで新しい感じがする。

 先に並んでる人もいなかったので、すぐに受付へ行き、症状を説明した。そして、初めてということで何やら書き込む用紙と、今現在の体調などを書き込む用紙、体温計を渡された。

 近くの空いている椅子に座って体温を測りながら必要事項を記入し、書き終わった紙と体温計を受付に出した。そして再び同じ椅子に戻る。熱は37.1度の微熱だった。

 俺以外にも何人かいたけど、まぁそんなに混んでないかな…っていう感じだ。平日の午前中はこんなもんなんだろうか。

 受付は女の人が2人いて、そっちは忙しそうにいろいろ働いていた。

 その後も、診察室の方に呼ばれていく人と、ポツポツ人が入ってくるのとで、待合室には常に一定数の人がいた。

「田中さん」

 そしてようやく俺も呼ばれた。


 診察室の中はよくある感じの診察室だった。右にベッド、左に机がそれぞれ壁際にあり、机の上にはパソコンのディスプレイが三台並んでいた。椅子は二個で、その一つに先生が座っていた。女の先生だ。

「荷物をこちらに置いてお座りください」

 看護師さんにそう声をかけられたので、リュックを指定のカゴに置き、もう一つの椅子に座った。

 看護師さんはそのあと、先生の後ろに立って次の出番を待つ。髪は短めで、ハキハキした感じの看護師さんだ。

 部屋の奥の方を見ると、棚がたくさんあり書類などがギッシリ詰まっていた。それと、壁が途中までしかないので、他の部屋とも繋がってるのだろう。

「熱、喉、鼻水…体もダルい…」

 机の上のファイルに目を通しながら先生がつぶやく。長い髪の毛を首の後ろの所で束ねていて、先は腰のあたりまで伸びている。

「ちょっと喉を見せてもらっていいですか?」

 それから診察が始まった。

「……」

 一通り見たあと、先生の動きがふと止まった。

「ちょっと検査をしたいので、別の部屋へ移動してもらってもいいですか」

 そしてそんなことを言ってきた。

「え…」

 検査って…

 あまりいい響きではない。

「大丈夫です。症状は風邪なので心配いりません。念のため検査をするだけです」

 先生はそう言って、

灰賀(はいが)さん、お願い」

 後ろに控えていた看護師さんに指示する。

「それではこちらへどうぞ」

「あ、はい…」

 俺は立ち上がり、リュックを持って看護師さんのあとについていった。ドアの方から出るのではなく、奥の方から移動するようだ。

(検査って何だ…)

 かなりドキドキだ。

 思ってたとおり中で全ての部屋が繋がっていて、最初の診察室の隣がもう一つの診察室で、さらにその隣はいろいろな検査ができそうな部屋になっていた。

 ただ、看護師さんはまだ止まらなかった。その奥にも部屋があるようで、そこはドアがあった。

(何か怪しくない?…)

 看護師さんはそのドアを開けて中に入る。当然俺もそれに続いた。真っ暗で何も見えなかったが、看護師さんがすぐに電気をつけてくれた。

「んん?」

 そんなに広くない部屋の真ん中に、歯医者で使うような椅子がドカッと置いてあった。色は薄茶色。今は背もたれが90度近くあるが、ドンドン倒れていきそうな感じだ。

「靴のままで結構ですので、お座りになってお待ちください」

 看護師さんは俺にそう告げると出ていってしまった。

「歯、見るのか?」

 俺はリュックをさっきと同じカゴがあったのでそこに入れ、椅子に乗っかった。

(……)

 周りを見るとホントに椅子とカゴだけしかなく―必要な物はあとから持ってくるのかもしれないけど、検査をする場所っていう感じがしない。

(何の検査するんだろ…)

 何もわからず不安だらけの中でしばらく待っていると、ガチャッとドアが開いて先生とショートカットの看護師さんが入ってきた。椅子の向きがドアの方を向いているので2人の様子がよく見えた。格好はさっきと同じで、特に検査器具のような物は持っていない。

「お待たせしました。それでは検査を始めますね」

 先生が俺の右側に回り込んできた。

「倒れるので気をつけてください」

 左側の看護師さんが何か操作をし、椅子がゆっくり後ろへ傾いていく。

「あの…何の検査をするんですか?…」

 体を背もたれに預けながら、意を決して先生に聞いてみた。

「すぐに終わります。ちょっと体の中を見させていただきます」

 具体的な答えは返ってこない。

「うっ…」

 ほぼ仰向けの状態になると、天井のライトの光がもろに目に入ってくる。

「眩しいので目を隠しますね」

 それを察知したのか、看護師さんが布を顔の上半分にかけてくれた。完全に暗くはならないが、眩しさはない。

「口を少し開けてください」

 すると、先生からそう指示があったので、俺は素直に口を少し開けた。

(ホントに歯を見るのか?)

 その後、右側にいるであろう先生が俺の顔に近付いてくる気配がして、

「それでは、入ります」

 そう囁く声が聞こえた。


『はぁ!?』

 気付くと、外にいた。

『あれ?何だ?』

 いや、いない…いや、あれ?何だ?…

 何か変なことになっている。意識はあるのに、体がない。

『え?何?どういうこと?』

 目の前の景色が見えるし、いろいろな音が聞こえるし、何となくだけど何かのにおいを感じる。ただ、体はない。

『ん?ん?ん?…』

 新発見!見る方向を変えることができた。頭を右に振るような感じに意識すると、視界が右の方へ行く。上、下、左も同じだ。

『透明人間になったのか?』

 そんな感じだ。

『っていうか、これ、夢?』

 病院の椅子で横になっていたはず。そのまま眠ってしまったのだろうか。にしては…

『メチャクチャリアルなんだよなぁ…』

 ハッキリとここに存在してる気がする。ここに…

『ここ、どこだ?』

 改めて疑問に思った。

 外は外だけど、森の中だ。周りは木ばっかり。下は土が剥き出し。空は暗いから、夜だ。

『え?いつの間に?』

 病院は午前中に行ったはず。もう夜なんておかしい。おかしいってことは、やっぱり夢だ。これは、リアルだけど現実じゃない。

『どういう夢なんだ、これ…』

 夢の中ということをここまでハッキリと意識できたことはない。どちらかというと夢は、勝手に見てるだけだ。他の人の夢を見てるんじゃないかって思うほど他人事な時もある。

『んん?んん?何だ?…』

 すると、なぜか突然右の方へ引っ張られ始めた。しかしすぐに止まった。

『何かあるのか?』

 引っ張られた方が気になったので、今度は自分の意思でそっちに向かった。足がないので歩くわけじゃないが、行きたい方向に行こうと思うと移動できる。ということがわかった。

『あ、誰かいる』

 引っ張られた方に進むと、人の姿があった。1人で立っている。

『何かスゴい格好してるな…』

 後ろ姿だったが、普通じゃないのはわかる。紫色の長い髪の人で、着てる物も何かのコスプレみたいだ。何か変わった武器のような物も持っている。

 俺はその人に近づいていった。

『おお、スゴい』

 その人は森をちょっと抜けた所にいたが、先は行き止まりで、その下にこれまたスケールの大きな森が広がっていた。ここは元々結構高い場所だったみたいだ。

『あれは…』

 そしてその森の奥の方に、デデーンとそびえ立つお城があった。日本風のお城だ。森の木々よりも飛び抜けて高く、メチャクチャ存在感があった。

『あ…』

 そこで俺はあることに気づき、後ろを振り返った。いつの間にかコスプレの人を追い越していたのだ。

『おお…そうか…そういうことか…』

 すると、自分が空中にいることにも気づいた。下を見ても地面がない。初めからフワフワ浮いてるような感じだったので落下する心配はなさそうだったが、高い所にいるという恐怖感はある。

 俺はすぐにコスプレの人の側まで戻った。この人、切り立った崖の先端にいたのだ。

『やっぱり鎧だ』

 この人、戦国時代の武将が身につけるような鎧を着ていた。お城が和風なのでピーンときた。兜まではかぶってないが、鉢巻みたいな物を頭に巻いている。ただ、髪の毛が紫なので、どうしてもコスプレ感が出ちゃう。

『あれ?』

 さらに大発見。この鎧の人、病院の先生だ。さっき会ったばっかりだけど、さすがにわかる。

『こっち見えてないのかな…』

 俺は今、透明人間みたいなもんで、先生には見えてないようだ。正面に回り込んでみたけど、何の反応もない。

「すみません、遅くなりました」

 と、その時、森の方から駆けてくる人がいた。

『あ…』

 ショートカットの看護師さんだった。髪の色が真っ赤だけどすぐにわかった。

『こっちは忍者か』

 見た目もすぐにわかった。真っ黒な忍び装束を身につけ、赤いマフラーを風になびかせている。覆面はしていないが、先生と同じで鉢巻みたいな物を頭に巻いている。で、やっぱり髪の毛が真っ赤なのでコスプレ感が出ちゃう。

「大丈夫よ」

 看護師さんを温かく出迎える先生。

『ああ、なるほどね』

 2人揃ったことでわかったことがある。2人の持っている武器だ。看護師さんのはとてもわかりやすいが、先生のはかなりわかりづらかった。

 2人とも医療関係者ということで、そういうことに使われる物を武器にしているのだ。

 先生は先の尖った金属の棒みたいな物を持っていたが、よーく見ると、手術の時に使うメスを大きくしたような形をしている。確かに殺傷能力はありそうだけど、そんな物を武器にしちゃっていいのだろうか。

『まぁ、その物じゃないからね。あくまでも、メスをモチーフとした武器だからね』

 ゲームなんかでは普通にありそうな設定だ。

 そして看護師さんも負けてなかった。看護師さんの武器は、大きな注射器に持つ所や引き金なんかを取り付けてカスタマイズされた機関銃みたい武器だった。中身が赤く発光する液体になっていて、得体の知れない不気味さを感じる。

『で、これから何が始まるわけ?』

 時代は戦国時代で、変な武器持った侍と忍者がいて、遠くにお城があって…

『ん?』

 と、その時、あることに気がついた。

『何だこれ…』

 白い矢印のような形をした物が宙に浮かんでいた。急に現れたと思う。さっきまでなかったはず。大きさは手のひらぐらい。俺から見て左上の方を向いている。

『気づかなかっただけか?』

 とにかくそんな物があった。

『お、こいつ動くぞ』

 何となくそんな気がしたので試してみたらホントに動いた。俺の意思で自由自在に動かせる。動く範囲は360度どこにでも動く。上下左右だけじゃなく、手前にも奥にも動く。操作方法は視界を動かすのとはまた別な感じで、視界を動かすのが頭を動かす感じで、矢印は目線を動かす感じ。

『カーソルみたいなもんかな』

 矢印といえば思いつくのはそれぐらいしかない。

『おわっ、何だ…』

 また急に引っ張られた。

『あれ、いつの間に…』

 先生と看護師さんが森の方に走っていくのが見えた。どうやらそっちに引っ張られてるみたいだ。

『自動追跡装置…みたいなこと?』

 正式名称はわからないけど、そんな風なシステムになってるっぽい。特に先生の方だろう。最初に引っ張られた時は先生しかいなかった。

『面白いな』

 基本的には自由に動き回れるが、ある程度離れると勝手に引っ張ってってくれる。自分で動かなくていいから楽だ。

『そうだ』

 矢印でやってみたいことがあった。当然、矢印もついてきている。

 俺はまず、矢印を先生の所へ動かし、矢印の先を先生に向けた。すると、先生が白い光に包まれた。

『やった!』

 思ったとおり、できた。先生を選択したのだ。

『あとは何だろ…』

 マウスでいうクリックがしたい。さらなる展開が待っているはずだ。

『押せ…押せ…押せ…』

 試行錯誤の結果、目をそれなりに強く閉じることでクリックできた。

『おお、スゴい…』

 矢印と同じような感じで、巻物が突如空中に出現した。そしてそれがゆっくり縦に開いていく。そこには文章が書かれていた。


 さき


 侍 Lv.33


 病魔打倒を目指す凄腕の侍。

 名刀メスを手に神出鬼没の

 風邪(ふうじゃ)一族たちを斬り裂いていく。


 文章を読み終わると巻物はパッと消えてしまった。中身は簡単なプロフィールだった。現実の先生ではなく、夢の中の。

『やっぱりメスなんだ』

 それに“ふうじゃ“って…

 振り仮名がなかったら、普通に“かぜ”って読むところだった。それに、一族ってつくと何か戦国時代っぽい感じがする。ナイスネーミングだ。

 文章は短いが気になることがギッシリ詰まっていた。というかむしろ、わかることが何もない。

『さきは先生の名前かな』

 夢の中の名前かもしれないけど。

『お次は…』

 今度はカーソルを看護師さんに合わせ、クリックした。自動で引っ張っていってくれるので、移動に関しては気にする必要はない。なので、今は情報収集だ。

『お、また巻物』


 あかね


 忍者 Lv.27


 さきを援護する炎の忍者。

 一撃必殺の強力なショットガンで

 風邪一族たちを撃ち砕いていく。


 看護師さんのプロフィールだ。あくまでも夢の中の。

『“ふうじゃ”でいいのかな?』

 二回目ということでもう振り仮名はなかったが、そう読めばいいのだろう。ただ、だいぶややこしい。

『あれはショットガンなんだ…』

 看護師さんの武器。意外と洋風だった。っていうか、そもそも忍者の武器っぽくない。せめて火縄銃ぐらいにしてほしい。

『レベル33と27って、結構強い方なのかな』

 もう既にそれなりの経験値を稼いでいるみたいだ。もしかして他の人の夢にもこんな感じで出演してるのだろうか。

『炎の忍者って何だろ』

 そういう系の忍法が得意なのだろうか。髪の毛も赤いし。

 俺は次に、もう一つ気になってることの調査を始めた。それぞれが持っている武器だ。巻物が出てきそう。

 まずは、ただいま絶賛疾走中の先生の武器から調べる。何度かカーソルが合わずに先生を選択してしまったが、最後はうまく合わせることができ、武器だけが光るという状態になった。そしてクリックすると巻物が現れた。


 メス


 刀匠ガンテツ斎が造り上げた世界で唯一

 風邪一族を斬り裂くことができる刀。

 強者しか扱うことができず、戦闘時には

 刃が紫色の光を放つ。


『あれ、刀なのか』

 それに、ガンテツ斎って誰?実在の人物?夢の中の人?

 疑問でいっぱいだ。設定に翻弄されてしまっている。

『紫が先生のパーソナルカラーなのかな』

 髪の毛も思いっきり紫だし、鎧も紫を基調としたカラーリングになっている。

 戦闘時に紫色に光るという話なので確かに今は光ってないが、どういうタイミングで戦闘時になるのだろうか。会った時からずっと手に持っているが光ってないので、ただ持つだけじゃ戦闘とは見なされないということだ。敵が現れ、その敵をターゲットし、武器を構える…ぐらいの行動をとれば、戦闘開始と判断してもらえて、紫色に光るかもしれない。

『楽しみだな』

 せっかくだから光るところを見てみたい。

『で、次は…』

 看護師さんの武器だ。これは一発で選択できた。当然、巻物が出てくる。


 注射器型ショットガン


 科学組織レッドクロスが開発した“薬弾(やくだん)”を

 発射し風邪一族を撃ち砕く大型銃。

 通常よりも大きな弾を撃てる破壊力が特徴で、

 火炎放射器としての機能も持つ。


『おおー…』

 何かスゲぇ…

 今までの戦国テイストから一変、科学組織が現れた。しかも名前がレッドクロス。敵が病気みたいな感じなので、薬の弾が有効なようだ。さらに火炎放射器にもなるという嬉しいサービス付き。

『だから炎の忍者なのか』

 それもあり、看護師さんのパーソナルカラーは赤のようだ。髪も赤いしマフラーも赤い。

『設定はなかなか面白いね』

 いかにもゲームっぽい。そうなるとジャンルはアクションだろう。

『ん?』

 すると、長いこと走り続けていた2人が突然立ち止まった。引っ張られる力がなくなったので俺もストップ。

『ここ、どこなんだ?』

 情報収集に集中してて、あまり周りを見てなかった。先生も看護師さんもずっと全力疾走してたから、かなりの距離移動したと思う。ただ、森の中というのは変わらないので、距離感はわからない。

『城に向かってるのかな…』

 もしかすると、さっき上から見えた下の方の森に来てるのかもしれない。だとしてもお城まではまだかなりの距離がありそう。

「あかねちゃん!」

「はい!」

 と、その時、目の前の2人が気合の入った声を出し、それぞれ武器を構える。何やら緊迫した雰囲気だ。

『あ…』

 そしてすぐにその意味がわかった。2人の前方に、緑色に輝く丸い光がいくつも浮かび上がってきた。

『メスも光ってる…』

 先生が構えたことで、メスの刃が紫の光を放っている。戦闘態勢に入ったってことだ。

 森が薄暗いのとまだ遠いというのもあり、その正体はよくわからないが、緑の光は段々とこちらに近づいてきている。その数は二十個近くありそうだ。

『あれが風邪なのかな…』

 先生と看護師さんの敵は風邪だ。刀で斬ったり銃で撃ったりして戦うってことは、実体があるってことだ。俺がイメージする病気の悪者はやっぱりバイ菌だ。黒い全身タイツを着てて、角と尻尾が生えてて、三又の槍を持ってそう。

『そうなると、緑の光は何だろ?』

 そう思った瞬間、緑の光が急にスピードを上げ迫ってきた。

『!』

 風邪は人の形をしていた。緑の光は顔の真ん中にあった。

 バシュン!

 そのうちの一つに、看護師さんの撃った薬の弾が当たった。

『やった!』

 その一発で、その風邪は煙のように消えてしまった。やっつけたのだ。破壊力を自慢するだけのことはある。

 さらに、こっちに迫りくる風邪たちへ向かい、先生と看護師さんが突っ込んでいく。

 バシュン!

 看護師さんは走りながらショットガンを撃ち、風邪を倒していく。撃つまでに間隔が空いちゃうみたいだけど、一撃で風邪を倒せるようだ。しかも今のところ百発百中。

 ガキィン!

 先生の方も遂に激突した。先頭を走っていた一体の風邪に向かって紫色に光るメスを振るう。

 と、同時に、風邪の正体も明らかになった。

『忍者だ』

 風邪もみんな忍者っぽい格好をいていた。服装は真っ黒で、顔も輪郭はわかるがやっぱり真っ黒だった。鼻と口は覆面で隠れていて見えないが、目にあたる部分から額にかけて球体を半分埋め込んだような物が一つだけあり、それが怪しく緑色に光っていた。

 武器はみんなそれぞれ違い、長い刀や短い刀、一刀流もいれば二刀流もいる。

 ズバッ!

 だが、腕前は先生の方が上で、刃で斬りつけたり柄の方でぶっ叩いたりしながら風邪たちを攻め立てる。で、三、四回斬りつけると、やっぱり煙のように消えてしまう。この風邪忍者は雑魚キャラなんだろうか。

『ホントにゲーム見てるみたい』

 自分で操作してないから、他の人のプレイ動画を見てる感覚だ。

『あ、そうだ』

 忘れるとこだった。やっておかなきゃならないことがあった。風邪忍者のプロフィールのチェックだ。先生と看護師さんによってドンドン数を減らされているので、急いでやらないと全滅してしまう。

『くそっ、チョコマカと…』

 忍者だけあって結構動きが素早く、カーソルで捉えるのに少々手こずったが、最後には何とかクリックできた。


 風邪忍者 Lv.3


 風邪一族の下級忍者。


 巻物にはそれしか出てなかった。

『情報少な…』

 正式名称も風邪忍者だった。それぐらいしか呼び方がなかったからそう呼んでいたが、当たっていた。

 レベル3はホント、スタートしてすぐ戦う敵だ。ただ、2人のレベルがもう既に33と27だから相手にならない。同情してしまうレベルだ。実際、あっという間に全滅してしまった。

『危なかったよ』

 調べるのがもう少し遅れていたら間に合わなかった。風邪たちはやられると、武器も含めて丸ごと消えてしまうので、もう何も残ってない。大した情報じゃなかったけど、調べられれば達成感はある。

『うわぁ…』

 また2人が走り出したので、また引っ張られた。戦いが終わったので、次に進むようだ。 


 忍者たちとの死闘のあとしばらく走っていると、

「あ!ありました」

 看護師さんが何かを発見した。

『何だ?』

 何を発見したの?

 前方に目を凝らし、看護師さんの発見したものを探した。忍者だけあって、看護師さんは目がいいのかもしれない。俺にはすぐ見つけられなかった。だいぶ進んでようやく何を発見したのかわかった。

 木で出来たような建物が見えてきた。結構な大きさではあるが、上から見えたあのお城ではない。

『砦?』

 櫓?…は、ちょっと違うか…

 ゲームだとよく、ボスのお城の他に拠点が各地にあって、それを撃破すると戦いが有利に進められるっていうのがある。そういうのを無視していきなりボスの城に殴り込みをかける猛者もいるけど。

『調べられるかな』

 まだちょっと距離があるけど、砦にカーソルを合わせてみた。すると選択できたので、すぐにクリックした。


 風邪一族の砦


 風邪一族の活動拠点となる砦。

 城の鍵も隠されている。


『城の鍵?』

 このクエストのキーポイントが出てきた。お城に入るのに鍵が必要で、それを取るためにここに来なければいけないのだ。

 ただ、あのお城に鍵で入れるって…とも思うが、これは夢の中の話。単純にゲームをやってると思えばいいのだ。

『あ…』

 砦の前には忍者たちが待ち構えていた。緑の光がいくつも見える。そう簡単に鍵を渡すつもりはないってことだ。

『あれ?』

 緑の光の中に、やたらと低い位置で光ってるのがあるなぁ…と思っていたら、忍者じゃないのがいた。

『犬だ』

 ドーベルマン的な、いかにも獰猛そうな真っ黒い犬が忍者の中に紛れていた。鼻と口は普通だが、やっぱり目から額にかけて緑に光る球体が埋め込まれているような感じになってる。

 その犬がまず動いた。向こうもこちらに気づいたようで、猛突進してくる。

 先生と看護師さんもそれぞれ武器を構える。

 バシュン!

 そして看護師さんの先生攻撃が炸裂。一体を確実に仕留める。

『そうだ―』

 忍者(いぬ)の情報を今のうちに調べないと…

 またあっという間に全滅しそうだ。

 そう思い、カーソルを操作して一匹の忍者犬に狙いを定める。だいぶ慣れてきたのか、すぐにクリックするとこまで持ち込めた。巻物が出てくる。


 風邪忍犬(にんけん) Lv.2


 風邪一族の下級忍犬。


『“にんけん”っていうのか…』

 こっちは忍者犬って呼んでたけど、もっと縮めるらしい。昔の、犬が主役のマンガにそんな犬がいた気がする。

 しかし、レベル2では先生たちの相手にはならず、あっという間に全滅。そのあと忍者たちも駆けつけたが、同じくあっという間に全滅してしまった。

「行きましょう」

「はい」

 2人は砦へ向かった。


 砦は、近くに来ると意外と大きく、住み慣れた我がアパートよりも一回りぐらい大きそうだ。ただ、形状は長方形ではなく凸の形をしていて、1階に比べて2階が少し小さな作りになっている。

「下に入り口はないですね」

 正面にそれらしき物がなかったので、忍者の看護師さんがグルッと偵察してきた。

「やっぱりそうなの…」

 そう言って先生が上を見上げる。

『これが入り口なんだろうな』

 俺は空が飛べるので2階部分がよく見えるが、ドアはここにある。2人にも何となく見えているのだろう。おそらくこれが唯一の出入り口に違いない。一応1階の屋根部分を1メートルぐらいの高さの柵で囲っていて、転落防止はしてあり、その分を含めると1階部分は結構な高さになるので、登るのは難しそう。

『普通の人にはね』

 こっちには忍者がいる。

「上に行ってみます」

 看護師さんが自ら立候補する。さすがは忍者だ。

「気をつけてね」

 先生もこういう時は看護師さんを頼りにしてるようだ。

 看護師さんはショットガンのヒモを肩にかけて背中側に回すと、空いた両手で砦の壁にしがみつき、サササッとよじ登っていく。

『これぐらいは素手なんだ』

 忍者だから、七つ道具的な―鉤爪がついたロープみたいのを使って登るかと思ったけど、そのレベルじゃなかった。

『ん?』

 上まで登った看護師さんは、柵を外しヒョイッと持ち上げそれをクルッと縦にすると、1階の壁に沿って下に降ろした。

『おお、なるほど』

 ハシゴの完成だ。今度はそれを使って先生が2階へ登る。

 看護師さんの手際のよさといい、慣れた感じがするので、今までにこのパターンがあったのだろう。

『っていうか、今までって何だ?』

 これはあくまでも初めて見る夢だ。先生も看護師さんも、全部初めてやることのはず…だけど、さっきから見てると、全部わかってやってる感じがする。城に向かう前に、ちゃんと鍵を取りに砦に来たり―

『あ、そうだ、鍵だ』

 2人はとっとと中へ入ってしまった。なので、俺もすぐにあとを追った。


「下みたいですね」

「そうね」

 中へ入ると、先生と看護師さんが何やら会話をしていた。

『広い部屋だな』

 2階は一部屋だけだった。壁際に棚がいくつもあり、真ん中には机と椅子が無造作に置かれている。ついさっきまでここに誰かがいたっていう雰囲気はあるが、今は誰もいない。

「あれかしら」

「あれみたいですね」

 先生と看護師さんがそう言いながら奥に向かう。

『何が?』

 こっちはさっぱりわからない。

 ついていくと、立ち止まった2人の目の前の床に、ポッカリと四角い穴が空いていた。

『ここから下に降りるってこと?』

 今いるのは2階なので、1階に行くには降りる必要がある。普通は階段がありそうなもんだけど、それらしい物は見当たらない。ということは、この穴から下に行けってことなんだろうか。

 覗き込むと下は薄暗く、階段ではないので、飛び降りるしかなさそうだ。

『そうなるとやっぱり忍者の出番か』

 鎧着てこんな所から飛び降りたら、重大事故になりかねない。ここも看護師さんにお任せした方がよさそうだ。

『それとも何か別の手が…』

 さっきのハシゴのように、何かいい方法があるのだろうか。俺は部屋の中を見渡した。すると、

「ガルルルル…」

 低い唸り声のような音がどこからか響いてきた。

『何だ?』

 俺は思わず周りをキョロキョロ見てしまった。

「いますね」

「みたいね」

 先生と看護師さんは冷静だった。しゃがみ込み、穴の下を覗き込んでいる。

『下に何かいるってこと?』

 2人のやりとりから察するとそんな感じだ。

「私が先行きます」

 そう言って看護師さんが立ち上がる。手には、いつの間にかロープを持っていた。

『七つ道具だ!』

 ここで出してきた。ここを降りるのはロープを使うみたいだ。

 看護師さんは近くにある柱にロープをクルクルッと巻き、鉤爪を引っかけてうまく固定する。そして穴の所まで移動すると、そのままヒョイッと飛び降りてしまった。

『おおぉ…』

 何の躊躇もなく飛び込んでしまったので、ちょっと驚いた。

「ガルルルル…」

 さっきの唸り声がまた聞こえた。少し音が大きくなっている。看護師さんの登場に反応したのだろう。

 そのあと、先生もロープをつたって下へ降りていく。なので、俺もすぐにあとを追った。

『結構器用だなぁ…』

 武器を持ちながらロープをうまく使っている先生。さっきから見ていると、重たそうな鎧を着てるわりには身軽な動きをしている。夢だからなのか、元の世界でも運動神経がいい方なのか。

 で、下に降りると看護師さんが待っていた。明かりがないのでかなり薄暗い。

『あ…』

 そんな中、一際大きな緑の光が見えた。

「ガルルルル…」

 唸り声の正体だ。緑の光で薄っすらその姿が見えるが、メチャクチャデカい生き物みたいだ。ただ、檻のような物の中に入っている。

「明かり、つけますね」

 看護師さんはそう言うと、ショットガンを構えた。

『明かり?』

 ボボォー…

 次の瞬間、ショットガンから勢いよく炎が吹き出した。本物の火だ。赤くてメラメラ燃えてるやつ。

『おおぉ…』

 火炎放射器にもなるというのが巻物に書いてあったが、実際に見ると迫力がある。薬弾を撃つのより見た目はこっちの方が派手そうだ。

 看護師さんはそれで化け物を攻撃するわけでもなく、左右の壁の方に炎を向ける。そこにはロウソクが三個ずつあり、うまい具合に火をつけていく。

 全部のロウソクに火がつくと、部屋の中は一気に明るくなった。それなりに大きいロウソクではあるが、6歳の子の誕生日と同じ本数だ。普通ならここまで明るくなるわけない。

『いかにもゲームっぽい』

 そして今気づいたけど、看護師さんのショットガン、中身の赤く光る液体の量が最初の頃に比べてかなり減っている。飛び道具は便利だけど、使用できる回数が限られているのでうまく使わないと後半ヤバくなるパターンだ。

『いかにもゲームっぽい』

「ガルルルル…」

 と、明るくなったことで、檻の中の化け物の姿が明らかになった。そもそも1階は、だだっ広い空間の真ん中に、床から天井まである丸太ん棒が等間隔に並んでいて檻のようになっているだけの部屋だ。それ以外に何もない。これだと、檻の中にいるのはあっちなのかこっちなのか…

『ライオンみたいだなぁ…』

 パッと見は百獣の王みたいだ。忍犬と一緒で、やっぱり色は黒いけど。ただサイズが半端ない。動物園でゾウを見たことがあるが、それと比較しても全然敵わないぐらいデカい。実物は見たことないけど、クジラぐらいの大きさがあるかもしれない。

『クジラも大小いろいろいるのかな』

 さらに一番の特徴は、ライオンの代名詞ともいえるあの立派な鬣が、フサフサの毛じゃなくゴツゴツした岩みたいになってることだ。

『目は当然、緑の光だけどね』

 それが風邪一族の特徴なのだろう。

「いける?」

「まだ大丈夫です」

 2人が檻の方へ近づいていくので、俺もついていった。

『あっ』

 近くにいって気づいた。ライオンの額に飾りのような物がついていて、そこに鍵の形をした物があった。それこそまさに城の鍵なのだろう。先生と看護師さんはこれを取りにきたのだ。

 そしてその前に最大の難関が待ち構えている。

『これと戦うの…』

 どう考えても、このシチュエーションはバトルして奪う感じだ。忍者がコッソリ盗み取るっていうパズルゲーム的要素はなさそう。

「ガルルルル…」

 向こうはやる気満々。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。

『そうだ』

 忘れるところだった。能力チェックだ。俺はカーソルを巨大ライオンに合わせた。


 風邪魔獣 Lv.35


 風邪一族が造り出した魔獣。


『おおぉ…』

 短い説明ながら、思わず唸ってしまう気になるワードが出てきた。

『造り出した魔獣…』

 何かもう、それだけでカッコいい。しかも見た目があれなので、圧倒的な説得力がある。まさに魔獣だし、間違いなく造り出されたものだろう。

 さらにレベル35。今日のハイスコアだ。

『大丈夫なのかな…』

 ちょっと心配になる。今までの忍者や忍犬とは桁が違う。もはや2人を上回ってしまった。このタイミングで戦うレベルの敵なのだろうか。

 というか、そもそも先生と看護師さんは相手のレベルを把握してるのだろうか。俺はカーソルで見ることができるが、2人が同様の情報を入手した形跡はない。ということは、勝てそうな相手かどうか、戦ってから判断するのだろうか。

『無理なら無理で諦めて』

 この魔獣だって、無理に倒す必要はない。鍵さえ手に入ればいいのだ。

「ガルルルル…」

 ただ、それも結構難しいかもしれない。ある程度は痛めつけないと、鍵を奪う隙がないように思える。

『単純に2人のレベルを足して60ってことなのかなぁ』

 複数パーティーの時のレベル計算法でもあるのだろうか。先生と看護師さんがそれぞれこの魔獣と一対一で戦ったら勝ち目はなさそうだけど、ペアで戦えば、戦い方によってはうまく倒せるのかもしれない。

「それじゃあ、いいですか」

 看護師さんの声が少し遠くから聞こえた。

『お、いつの間に…』

 看護師さんは壁際に行っていて、壁から突き出ている大きなレバーに手をかけていた。檻を開けるレバーに違いない。

「いつでもOKよ」

 軽い感じで答える先生。でも、戦闘態勢だ。メスが紫色に光っている。

『ちょっとドキドキするな…』

 これまでの戦いとは明らかに緊張感が違う。下手したら先生たちの敗北もあり得る。夢の中とはいえ、あまり気分のいいもんじゃない。

 ガッチャン!

 看護師さんがレバーを下げると、わかりやすい音がした。

『おおぉ…』

 ズラッと並んでいる丸太ん棒が一斉に下がり始める。なかなか壮観な眺めだ。

「ガルルルル…」

 魔獣も、檻から解放されるのがわかり興奮している。自分の役割を分かっているのかもしれない。鍵を奪いに来た奴らをみんな噛み殺してやる…っていう勢いだ。

 バシュン!

 すると、まず看護師さんがショットガンを放つ。

「ガウッ…」

 薬弾が丸太の隙間から魔獣の顔に命中し、わずかに顔をしかめる。しかし、その程度のダメージで、あまり効いてる感じはない。忍者がこの一発で倒れていたことを考えると、魔獣の強さは異次元だ。

 バシュン!

 その後も続けて看護師さんがショットガンを放つ。

「ガウォー!」

 そして遂に丸太ん棒が全て姿を消した。魔獣が雄叫びを上げる。

 バシュン!

 看護師さんはさすが忍者で―壁や天井に張り付くことができ、場所を変えながら魔獣の顔を目がけてショットガンを連発する。

「ガウッ…」

 ダメージこそ与えられてないが、この地道な攻撃がいい牽制になっているのか、檻から解放されたはずの魔獣が、なかなか身動き取れない状態になっている。

『ん?』

 ただ、ショットガンの中身もだいぶ減ってきた。あと何発撃てるのだろうか。

『んん?』

 さらに気になることがあった。

 バチバチィ…バチッ…バチバチィ…

『何かスゴいぞ…』

 先生だ。両手で持ったメスを魔獣に向け、姿勢を低くして構えたまま固まっているが、気合を入れているような感じで、体中バチバチ電気が走っている。さらに、メスの紫色の光が全身にまで広がり、先生を包み込んでいる。

『必殺技でも出すつもりかな?』

 そんな話聞いてなかったけど。

 バチッ…バチバチィ…

 これもちょっとドキドキする。看護師さんは魔獣の気を引いて時間稼ぎをしていたのだ。

「先生!」

 その時、そう呼びかける看護師さんの声が聞こえた。壁にへばりついている。見ると、ショットガンの中身が空っぽになっていた。弾切れだ。

「あかねちゃん、離れて!」

 先生がそれに応える。

「はい」

 看護師さんは壁を駆け抜け先生の後方へ回り込む。

『俺は大丈夫なのかな?』

 俺に対しては避難勧告は行なっていない。見えないからね。

「ガルルルル…」

 ショットガン地獄から解放された魔獣。目の前の先生を睨みつける。

 バチバチィ…バチッ…バチバチィ…

 先生の周りの電気が激しさを増していく。

「ガウッ!」

 魔獣が先生に向かって飛びかかってきた。

「パープルサンダー!」

 バリバリドバァーン!

 それは一瞬の出来事だった。先生の叫び声とともに巨大な稲妻が魔獣を貫いた。

 気づくと、立ち尽くしたままピクリとも動かない魔獣と、その後ろに先生の姿があった。

「先生…」

 心配そうに看護師さんが駆け寄る。魔獣を倒したと確信しているのだろう。

「ありがとう、あかねちゃん」

 そんな看護師さんにお礼を言う先生。簡単に倒しちゃったような感じだけど、お互いの協力があったからこそだ。放つのに時間がかかる必殺技だから、1人ではなかなか成功させづらいはず。それを看護師さんがカバーしてくれた。レベルでは上回っていた相手でも、戦い方によってはうまく打ち勝つことがてきるってことだ。

『かなり強力な技だったけどね』

 実際、すぐそこに雷が落ちたってぐらいの迫力があった。ただ―

『パープルサンダーって…』

 そのまんまっていうのもあるけど、なぜここにきてカタカナ…これだけ和風の世界観で、いきなり南蛮渡来だ。

 ドサッ…

 そこでようやく魔獣が倒れた。先生の一撃でホントに仕留めたようだ。そして忍者や忍犬のように消えてしまった。鍵だけを残して…

 それを拾い上げ、先生が看護師さんに声をかける。

「お城へ急ぎましょう」


 先生と看護師さんの快進撃が続いた。

「たぁー!」

 ドカドカ!バキン!

「とぉー!」

 ガンガン!ドゴン!

 途中、初登場の敵もいた。

 足軽兵という槍を持って軽めの鎧を身につけた武士だ。レベルは6で、集団で襲いかかってきた。

 こっちは、看護師さんがショットガンを使えず、隠し持っていた小刀で応戦することになったが、長い槍を相手にうまく立ち回り、次々に敵を撃破していった。先生はいうまでもなく大活躍で、足軽兵たちはあっという間に消えてしまった。

 また、魔鳥(まちょう)という大きめのカラスのような鳥も現れ、空から攻撃してきた。だがやっぱりレベル4と大したことはなく、2人の敵ではなかった。

 それと、一つ報告。

 看護師さんのショットガンは、使わずにいると中の液体がちょっとずつ回復していく。

『さすが、やるねレッドクロス』

 ただ、この状態で撃ってもまたすぐ空っぽになっちゃうだろうから、今は我慢して小刀で戦い、十分回復するまで温存するつもりのようだ。

『このあと城攻めがあるからね』

 到着までにはある程度の回復が見込まれるのだろう。使用制限のある武器をうまく使い分けて戦うあたりは、いかにもゲームっぽい。

『うおっ!』

 と、ここで、遂にお城の姿が見えた。まだもうちょっと距離はありそうだが、目視で確認できたってことが大事だ。一気にテンションが上がる。

「先生」

「もう少しね」

 さっきからずっと走りっぱなしの2人にも確認できたようだ。

『んー…』

 この夢は、夢のわりには時間を飛ばさない。普通なら、こんな移動時間はスキップしちゃって、お城に着いた場面から始まってたりするはず。何ならとっくにボスを倒しちゃってるかもしれない。

『夢なのか?これ…』

 疑わしくなってきた。ただ、そーなると、何なのこれ?ってことになる。

『んー…』

 よくわからん。

 そしてその後、敵と遭遇することなくお城へと無事到着した。

『これもスキップか?』


 お城の門の前まで来た。足軽兵が警備にあたっていたが、先生と看護師さんが一掃した。

『ほぇー…』

 目の前に立派な門がドドーンとある。そしてその門の奥にお城が見える。

 実際のお城は見にいったことがないのでテレビの映像などのイメージしかないけど、そのイメージどおりのお城だ。あと、てっぺんに金のシャチホコがいるイメージだけど、それはいなかった。

 先生が鍵を取り出し、門に近づいていく。興味があるので俺もついていった。

『ここの鍵なのか…』

 城の鍵という説明があったので、お城に入る時に使うのかと思ってたけど、門の方に使うのだ。

 門は木製で頑丈そうな作りをしてるけど、先生や看護師さんの実力なら壊せなくもなさそう。

『パープルサンダーを一発ぶち込めば…』

 いや、そんな邪道なことを考えてはいけない。鍵で開けなければならないものは、何がなんでも鍵で開けなければならないのだ。それがルールだ。ルールは絶対だ。

 門にはわかりやすく鍵穴があり、先生がそこに鍵を差し込む。そして反時計回りに鍵を回すと、ガチャ…という音がした。

 ゴゴゴゴゴォ…

 すると、両開きの門が内側に向かって開いていく。

『おおぉ…』

 こういうシーンは何故か声を上げてしまう。

「行きましょう」

「はい」

 2人が中へと入っていく。俺もそれについていった。


 ここでも、先生と看護師さんの快進撃が続いた。

「たぁー!」

 ドカドカ!バキン!

「とぉー!」

 ガンガン!ドゴン!

 門の中にも初登場の敵がいた。

 厄介な弓兵だ。レベルは7。格好は足軽兵と同じだが、武器は当然弓矢で、初めての遠距離攻撃だった。だが、やっぱりレベルが低いのか―弓矢の攻撃も大したことはなく、先生も看護師さんも飛んできた矢をバシバシ刀で弾いていた。

 門の中に入ると、曲がりくねってはいたが一本道になっていて、迷わずスタスタ進むことができた。

『おおぉ…』

 そして遂にお城の登場だ。下から見上げるとかなり迫力がある。

『城も調べておくか』

 すぐに中に入っていきそうなので、急いでカーソルを合わせた。動く物ではないので、簡単に調べられる。


 田中孝太郎(仮)の城


 田中孝太郎(仮)の中にある城。

 風邪一族に占拠されている。


『はぁ?』

 とんでもない情報が飛び出してきた。

『俺の城?』

 俺の中の城?どういうことだ?

 と、俺が混乱しているのを知ってか知らずか、先生と看護師さんは入り口へと続く階段を猛ダッシュで駆け上がっていく。

『あ、ちょっと待って…』

 慌てて俺もついていった。考えるのはあとだ。

『ん?』

 で、遂にお城の入り口に辿り着いたが、先生と看護師さんはその前で立ち止まっていた。

 ここには特に門番みたいなのは待ち構えておらず、入り口も扉が開け放たれていた。入ってくださいと言わんばかりだ。中を見ると、明かりがないので薄暗く、奥の方は完全に視界ゼロ。

『それで慎重になってるのかな』

 やはり本丸突入は緊張するのだろうか。2人は入念に打ち合わせている。

 かなり厳しい戦いになりそうだから、看護師さんのショットガンがほぼフル充電してるのが助かった。ここまで苦労して小刀一本で潜り抜けてきた甲斐があった。

「それじゃあ行きましょう」

 覚悟ができたのか、先生が看護師さんにそう声をかける。

「はい」

 看護師さんが元気にそれに応える。

『いっちょやってやりますか!』

 俺も気合を入れた。ただ見守るだけだけど。

 そして3人でお城の中に突入した。


『ほぁ?』

 何だかよくわからないことになった。

 お城の中に入り、薄暗い通路を走っていたと思ったら、突然めまいに襲われた。周りの景色がグニャグニャッとなる感覚だ。

 で、ハッと気づくと、3人とも奇妙な空間の中にいた。全体が真っ黒だが、所々模様のような感じで濃いグレーや薄いグレーが形を変えながらうごめいている。大きいものもあれば小さいものもあり、動きもバラバラ。大きく膨らんで爆発したり、グルグル渦巻いて消滅したり…

『何なんだこれ…』

 壁も床もない感じで、先生と看護師さんは宙に浮いてるように見える。

『俺は元々浮いてるからね』

 ただ、その先生と看護師さんは、この不気味な状況に対して何のリアクションもしていない。オロオロうろたえている俺と違い、さっきから平然としている。こうなることが最初からわかってたのだろうか。

『やっぱり初めてじゃないのか?』

 そんなことを疑問に思っていると、

「来たわよ」

 先生の鋭い声が響いた。

『ん?何が?』

 先生と看護師さんの見つめる先に目を移すと、いつの間にか人影があった。緑の光が五つ並んでいる。風邪一族の者だ。

 中央の鎧姿の武士は兜に三日月型の飾りがあり、明らかに今までの敵とは雰囲気が違った。鈍く光る長めの刀を右手に持っている。

 その両脇にいるのは、忍び装束とは違う―拳法の道着みたいなのを着た風邪一族だ。武器を持ってなさそうなので、素手で戦う格闘系の戦士なのかもしれない。

 両端にいるのは槍を持っているので足軽兵っぽいが、身につけている鎧がガッシリしているので、足軽兵の上位種の可能性がある。

『何かいきなりボスっぽいけど…』

 お城の中に入ったら、ダンジョン的な感じで、あっちへ行ったりこっちへ行ったり…右往左往しながら最上階のボスを目指すのかと思ったけど、そんなの全部すっ飛ばして最初っからボス戦をやるみたいだ。

『お…』

 すると、早くも両者動いた。

『ヤバい、調べないと…』

 この5人組の情報は是非とも知っておきたい。

 まず向こうは、両端の足軽兵が槍を突き出しものスゴい勢いでこっちに突っ込んでくる。

 それに対しこちらは、先生が前に出て応戦する。

 ガキィン!

 二本の槍を一本の刀でうまく受け止める先生。続けて素早く右の足軽兵にドカッと蹴りを入れる。

『今だ!』

 その隙にカーソルを合わせた。先生もさすがだが、俺もさすがだ。

 足軽兵は2人ともササッと後ろへ下がる。と同時に、巻物が出てきた。何とか間に合った。


 突撃兵 Lv.25


 槍の特殊訓練を受けた兵士


『足軽兵じゃなかった』

 全然別物だった。こっちの方はちゃんとした槍の名人みたいだ。

 ガキィン!

 一旦後ろに下がった突撃兵が、再び先生に向かって突撃してくる。

『2人相手だと大変そうだな…』

 しかも変な空間での戦闘だ。俺なら目が回っちゃって全然戦いにならないと思う。

 バシュン!

 一方、看護師さんは格闘系戦士にショットガンを連発している。ただ、連続で撃てないのと、やっぱり相手が2人だからちょっとずつ追い詰められている感じだ。

『ダメージは与えてるんだろうけどなぁ…』

 薬弾をかなり命中させないと倒せないレベルのようだ。

 突撃兵に続いて、格闘系戦士にもカーソルを合わせる。それでも、いつ倒されるかわからない。早めに調べておかなくては。


 強化兵 Lv.27


 秘薬である密風邪(みつふうじゃ)を投与され強化された兵士


『おおぉ…』

 何かスゴい…

 思ってたより濃いキャラだった。“スーパーソルジャー計画”的なヤツだ。強化されてるから武器なんか必要ない、己の肉体が凶器だってことだ。

 風邪一族もレッドクロスに負けずなかなかやるもんだ。秘薬というのが何とも怪しげでいい。

『―って、敵を褒めてもしょうがないな』

 看護師さんは今、その強化兵に大苦戦しているのだ。

 バシュン!

 すると、その看護師さんの次なるショットが、強化兵ではない所へ向けられた。先生と激戦を繰り広げている突撃兵2人のうちの1人に命中する。

 1人よろけたことで隙ができ、もう1人をドカッと蹴り飛ばすと、先生は薬弾を受けた方に集中して攻撃できるようになった。

 カキィン!

 強烈な一撃で槍を真っ二つにへし折ると、更なる攻撃をズバババッと加えて一気にとどめをさす。

『スゴいコンビネーション』

 看護師さんの頼もしい援護射撃だ。

 だが、その看護師さんはちょっとピンチだ。大事な一発を先生のために使ってしまったので、2人の強化兵に追い詰められている。

『危ない!』

 ショットガンが撃てず、ただ構えたままの状態で、右からパンチ、左からキックが襲いかかる。

 スカッ…

 確実に当たったと思われる強化兵2人の攻撃が、なぜか空振りに終わった。看護師さんは避けた気配すらない。

 バシュン!

『え…』

 そこへ、あらぬ方向からショットガンの攻撃が飛んできた。強化兵の1人に命中する。

 そっちを見ると、そこにも看護師さんの姿があった。

『分身の術!』

 土壇場にきて遂に看護師さんが忍術を使った。これまでは忍者としての卓越した身体能力だけで戦ってきたが、やっぱり会得していたのだ。しかも分身の術なんかかなり高度な忍術っぽいけど、レベルいくつで覚えられるのだろうか。

 バシュン!

 不意をつかれ次の行動に戸惑う強化兵1人に対し、集中して攻撃をくらわす看護師さん。その結果、そいつを倒すことに成功した。

 ズバッ!

 一方、先生は残りの突撃兵を今まさに斬り伏せたところだ。これで残すは強化兵1人とボスみたいな奴の….

『んん?』

 特に動きがないので放っておいたが、気づくと何やら気合いを入れていた。刀を両手でしっかり握り、先端をこちらに突きつけながらビシッと構えている。体全体を怪しげな黒い煙が覆っていて、パープルサンダー前の先生みたいな雰囲気を醸し出している。

『必殺技出す気か?』

 ここでようやくボスみたいな奴を調べることにした。カーソルを合わせる。まだ動く気配がないので、合わせるのは簡単だった。


 近衛兵 Lv.41


 風邪王や幹部の身辺を警護する下級兵士


『おおぉ…』

 王様が出てきた。しかも幹部付き。

 さらに、レベルが41もあるくせに下級扱いだ。上級はどんだけスゴいんだか…

 ズバッ!

 先生が看護師さんの助っ人として参戦したことで完全有利な展開になり、最後の強化兵は先生がとどめをさした。

 レベルは上だけど、これでニ対一だ。

 バシュン!

 まずは、気合いを入れてる真っ最中の近衛兵に看護師さんがショットガンを放つ。一見、卑怯な行いに思えるかもしれないが、これも勝負だ。どんな手を使ってでも勝たなければ意味がない。

『お!』

 バチバチィ…バチッ…バチバチィ…

 そして先生も構えに入った。パープルサンダーに違いない。あとは、近衛兵より先に撃てるかどうかだ。そして、効き目があるのかどうか。

 バシュン!

 看護師さんのショットガンは、ダメージはそこまで与えられてなさそうだけど、気合いの邪魔にはなってそう。

『これが攻略法かもね』

 近衛兵の必殺技ゲージがたまるのを看護師さんが阻止しつつ、先生が急いで必殺技ゲージをためる。片っ方のミスが全滅を招く、胃が痛くなる戦いだ。看護師さんは決められた間隔で必ずショットガンを命中させなければならないし、先生は一瞬たりとも気を抜くことなく気合いを入れ続けなくてはならない。

『ゲームなら俺でもいけそうだけど、ホントにやるってなるとなぁ…』

 メチャクチャ大変だと思う。

 バシュン!

 バチッ…バチバチィ…

 しかし2人は、淡々と任務を遂行していく。

 近衛兵はかなり長いこと気合いを入れているが、まだ必殺技は発動されていない。2人の作戦が順調に進んでいる証拠だ。

 バチバチィ…バチッ…バチバチィ…

 先生の周りの電気が激しさを増していく。さっきパープルサンダーを撃った時の直前ぐらいの勢いがありそうだ。

『間に合ったか?』

 そう思った次の瞬間―

「パープルサンダー!」

 バリバリドバァーン!

 先生の必殺技が近衛兵に炸裂した。本日二度目だけど、相変わらずものスゴい迫力だ。

『やったぁ!』

 地味だけど過酷なミッションを見事にクリアした。

『ボスはどうなんだ?…』

 魔獣の時みたいに、刀を構え立ち尽くしたままピクリとも動かない。気合い入れが止まっているので、勝負は決まったと考えていいのだろう。

 パープルサンダーは、近衛兵にも十分通用する一撃必殺の大技なのだ。

「あかねちゃん」

「はい」

 しかし、2人ともまだ緊張を解いていない。

『んん?』

 立ったままの近衛兵の方を向いて、何か警戒しているような感じだ。

『勝ったんじゃないの…』

 そう思い俺もそっちを注意深く見ていると、近衛兵のさらに後ろ―グニョグニョした背景の中に、大きな黒い楕円形の模様が浮かび上がってきた。グルグルと渦巻いている。

『何…』

 何か嫌な予感がする。

 と、その黒い楕円形の中から、何かがニュー…と出てきた。

「風邪博士…」

 先生は、その出てきた者が何者なのか知っていたようだった。

 鎧ではなく真っ黒な着物を着ていて、頭に四角い帽子をかぶっている。武将というよりも文化人的な感じだろうか。戦いは苦手なタイプで、もしかしたら俺でも勝てるかもしれない。顔はやっぱり真っ黒で、当然中央には緑の光。

「久しぶりだな、ムラサキ」

『!』

 風邪一族の者が初めてしゃべった。ちゃんと俺たちが理解できる言葉だ。

「……」

 先生と看護師さんは一言も返さず、ジッと身構えている。

 その間、近衛兵がドサッと倒れて消えてしまったが、もうそれどころじゃない。

『そうだ―』

 今のうちに調べておこう。両者とも動きがないので、今がチャンスだ。

 俺はすぐにカーソルを合わせた。巻物が出てくる。


 風邪博士(はくし) Lv.***


 八大幹部の一人。

 風邪兵士の強化や風邪魔獣の改造などを得意とする


『“はくし”は博士のことだったのか』

 先生がさっき名前を呼んだ時は正直ピンとこなかったけど、巻物を見て理解した。

 それ以外にも気になることはたくさんある。幹部だし、八大だし…

『8人いるってことだ』

 今の強化兵とか砦の魔獣なんかはこの風邪博士が造ったってことだ。

『レベルは不明だし』

 そもそも戦わないキャラだからなのか、もしくは桁違いの強さってことか…

 ただ、一番気になるのは、その偉い幹部がなぜここで突然現れたのかってことだ。何か目的があるのだろうか。

「目的はあるぞ、田中孝太郎(仮)」

『!』

 風邪博士が俺の名前を呼んだ。そして、今まで先生たちを見ていたのに、今は明らかにこっちを見ている。

『俺のことが見えるのか?』

 いきなりそんな展開?…

 かなりドキッとした。心臓に悪すぎる。

「目的はただ一つ―」

 俺の方を見つめたまま話を進める風邪博士。

「我々の野望を唯一阻止できるムラサキを抹殺することだ」

『ムラサキって―』

 やっぱ先生のことか?…

 抹殺するってことは、殺しちゃうってことだ。つまり先生を殺しちゃうってこと。風邪一族は、自分たちの目的のために先生を殺そうとしてるってことだ。

『まぁ、確かにそんな感じだったけど…』

 これまで襲ってきた連中はみんな、()らなきゃ()られてた。

「というわけで、この城もろとも消えてもらおう」

 風邪博士はそう言うと、両手を天井へ向けて突き上げた。

 その瞬間―

『ぐはっ….』

 体の中が突然熱くなった。

「やめて!この人は関係ない!」

 先生が…風邪博士に…斬りか….かる…

『うおぉー…』

 全身が…燃えるよう…に….


 先生が風邪博士に斬りかかる。

 ピキィン!

 でも、いつものようにバリアのような物で弾かれる。

「先生…」

 幹部クラスになると、私のショットガンはまったく通じない。先生のメスじゃなきゃ太刀打ちできない。

 だから今の私は、先生の戦いを応援するしかない。

(患者さんの姿が見えれば、守ることもできるけど…)

 どっちにしろ風邪たちは患者さんを直接襲うことはあまりない。ただ、幹部たちには患者さんの姿が見えるので、その危険がないこともない。

 ピキィン!ピキィン!

 患者さんへの攻撃を止めたのはいいことだけど、守りに入った風邪博士にダメージを与えることはかなり難しい。そもそも相手はまともに戦う気はない。

 今回は、最初から先生が何となく気配を感じていて、やっぱり幹部が乱入してきたけど、元々のここの主はさっきの近衛兵なので、それが倒された今、このお城は間もなく崩壊し始めるだろう。風邪博士の狙いは、言葉どおり―城もろとも私たちを消し去ろうとしているのだ。

 この世界から出るには先生の力が必要。ただ、先生は今、風邪博士の攻撃に集中している。それをやめると、風邪博士がまた患者さんへ攻撃するから。でも、このまま先生が攻撃を続けていると、お城の崩壊に巻き込まれてしまう。

(最悪な奴…)

 風邪博士は、幹部の中でも嫌いな方。出来るなら早めにやっつけてやりたい。

(けど、こーいう奴に限ってしぶとく生き残るのよね)

 先生もいろいろ考えてるだろうけど、今のところ現状維持しかなさそう。あとは…

『先生、あかね、すぐに外に出すよ』

 と、その時、あおいの声が聞こえてきた。最高のタイミングだ。今ちょうど、あとはそれしかないって思ってた。先生が無理なら、外から引っ張り出してもらうしかないって。

「先生!」

 私は戦闘中の先生に呼びかけた。

 ピキィン!

 先生は返事こそしなかったが、強烈な一撃をくらわせたあと、大きく後ろに飛んで風邪博士から離れた。

 次の瞬間、ウネウネ空間が白く輝き出した。

「また逃げるのか。それでは、いつまで経っても我々を倒すことはできないぞ」

 風邪博士がそう声を掛けてくる。余裕ぶってるつもりだろうか。

 確かに、なかなか倒すことができなくて歯がゆい思いもしてるけど、こちらとしても万全の体制で挑みたい。

「それはまた次の機会に」

 先生が負けずに言い返す。それが、このお城での最後の言葉となった。

 輝きがさらに増していき、すべてが真っ白になった。


「はぅあ!」

 ハッと気がついた。

(……)

 椅子に座っている。

(……)

 周りを見ると…

(……)

 見覚えがあるような…部屋だ。

(検査する部屋か…)

 連れてこられた気がする。

 で、横になって、布を顔にかけられて…

(んん?…)

 夢か?…

 そのあと、何か不思議な夢を見ていた気がする。リアルというか何というか…とにかく不思議な夢だ。

(あれ…最後…)

 最後メッチャ熱くなった気がする。シャレにならないぐらいに。

(そうだ―)

 博士(はかせ)が出てきた。戦国時代の博士。あの博士がメチャクチャだった。侍に忍者、化け物とかいろいろ出てきたけど、最後の博士が一番ヤバかった。

(けど…)

 何だったんだ、あの夢は…

 よくわからない。夢のようで夢じゃない気もするし…じゃあ何なんだっていわれると、夢だったとしかいいようがない。ただ、やっぱり夢じゃない気がする。普通の夢じゃないってこと。

(体験型の夢?)

 本当に自分の目で見てきたような感覚なのだ。説明するのはなかなか難しくて、これは、体験した人にしかわからないんじゃなかろうか。

 と、その時、ガチャッとドアが開いて、看護師さんが入ってきた。

(そうだ、この看護師さんだ)

 忍者の看護師さん。何かスゴい武器持ってた。

「起きましたか」

 優しくそう声をかけてくる。

「あ、はい…」

 俺は慌てて返事をした。夢の中で忍者になってましたよ、と言えるはずもない。

「調子はどうですか?だいぶ楽になったんじゃないですか?」

 さらに聞いてくる。

「あれ?」

 そういえば…

 喉に違和感があり鼻水がズルズル出て、ちょっと体がダルい…という症状があったはず。しかし、

「だいぶ楽になりました」

 喉は何ともないし、鼻もスッキリ。体もかなり軽くなった。

「よかったですね」

 ニッコリ微笑む看護師さん。

「はぁ…」

 治った?…

「それじゃあ、椅子から降りても大丈夫ですよ」

「あ、はい…」

 看護師さんの指示に従い、俺は椅子から降りた。すっかり忘れていたが、靴は履いていた。

(治ったの?)

 治ったのはいいことだが、椅子に横になってただけで治っちゃうもんなんだろうか。それとも、意識のない間に何か治療をしたってことなんだろうか。

「診察は終わったので、待合室に戻ってお待ちください」

「あ、はい…」

 看護師さんにそううながされ、俺は部屋を出た。そして待合室に向かう。

(時間はそんなに経ってないな)

 長い時間部屋の中で横になっていたわけではなさそうだ。ただ、その間に風邪(かぜ)の症状が治ってしまった。

(あれ?んん?何だ?)

 そういえば、夢の中で先生と看護師さんは風邪(ふうじゃ)一族と戦っていた。

(体の中に入って、直接風邪(かぜ)をやっつけたってこと?)

 そんな考えがスーッと浮かんできた。

(……)

 いやいやいやいや、ないないない…

 あるわけないだろ、そんなこと。

(……)

 じゃあ何なんだ?…

 その後、会計を済ませ、完治したので薬が出ることもなく、あっさりと病院をあとにした。

(ん〜…)

 体はスッキリしたが、頭の中はモヤモヤだ。

 あれが夢だったのか何だったのか…夢じゃないとしたら何だったのか…あれが本当だったとして、それで病気が治ったってことなのか…そうすると、あの先生は何者なのか…ってことは、風邪一族が体の中に本当にいるってことなんだろうか…お城も、森も、砦も、みんな体の中に…

「よくわからん」

 こうやって1人で考えてても、永遠に答えは見つからないだろう。真相を知ってるのはあの病院の人たちだけに違いない。今まで他の病院にもいろいろ行ったが、こんな治療を受けたことはない。

(具合が悪くなったらまた行こう)

 次にまた同じことをやることになったら、質問してみればいい。もしかしたら真相を教えてくれるかもしれない。


 休憩中―

「ふぅ…」

 キンキンに冷えた麦茶は美味しい。

 2日連続で風邪一族と戦うのは、結構しんどい。だからといって放っておくことはできない。3日連続だろうと、10日連続だろうと、風邪一族が出たら退治しにいかないといけない。私たちにしかできないことなのだから…

「お疲れ様です」

 そこへ、あおいちゃんがひょっこりやって来た。

「さっきはありがとう」

 私は改めて、お城から引き上げてもらったお礼を言った。あの状況は、私1人の力ではどうすることもできなかった。

「風邪博士(はくし)が悪いんですよ。あいつホント最悪」

 事情を聞いたのだろうか、あかねちゃんと同じであおいちゃんも風邪博士のことが大嫌いだ。

 幹部たちは患者さんに手を出せてしまう。当然警戒しなくてはいけないんだけど、うまい戦い方がなかなか見つからない。いまだに幹部を倒せていない原因はそこにある。

「やっぱり、2人に来てもらわなくちゃダメかもね」

 私はあおいちゃんに言った。

「患者さんは大丈夫なんですかね」

 問題はそこだ。ただでさえ私たちが入ることで患者さんには負担になっている。3人同時に入ったらどうなってしまうか…

 それに、今回のように外からサポートできる人がいなくなっちゃう。何かあった時、それも困ってしまう。

「早くレッドクロスの本部も見つけたいですね」

 あおいちゃんが言う。

「そうねぇ…」

 あとはそれだ。

 あおいちゃんとあかねちゃんの武器は、レッドクロスが作った物。だから、もうちょっとパワーアップさせてもらおうと思っている。幹部にも通用するぐらいに。

 ただ、レッドクロス本部も人の体の中にあって、常に移動している。前にレッドクロスの研究員に会った時、自分たちも風邪一族に狙われていると言っていた。

(その人はちゃんと保護できたけどね)

 レッドクロスの技術は、風邪一族にとっても厄介なのだろう。

 だからレッドクロスは逃げ回ってるわけだけど、おかげでこっちは大変だ。風邪一族が体内に現れると、風邪の症状が出て病院に来てくれるから、私たちでも存在を把握できる。けど、レッドクロスが体内にいても病気になるわけじゃないから、病院にいても接触する機会がない。

 そうなると、レッドクロスと風邪一族が同時に現れるところに出くわさなければならない。それがどれほどの確率なのか…

「やっぱり疲れてます?」

 心配そうにするあおいちゃん。考え事をしている姿が、そう見えたのかもしれない。

「そうねぇ…」

 確かに疲れてはいるけど、問題は山積みだ。ゆったり休んでいる暇はあまりない。

「じゃあ今度、カナールのケーキご馳走して」

 私は、ここぞとばかりにあおいちゃんに甘えた。

「ハハッ、いいですよ」

 笑顔のあおいちゃん。

 2人がいたから私もここまで頑張ってこられた。あおいちゃんとあかねちゃんには、本当に感謝してる。

「約束だからね」

 私は残った麦茶を、一気に飲み干した。


 終

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