4 アルデバランもポンコツ?
「⋯⋯フゥ、これで一時しのぎにはなると良いのじゃが」
魔力が尽きる限界まで巨大な氷柱を無数に降らせてキマイラを牽制し、突き立った氷柱で囲むように氷の壁を築き上げたゴールディは魔力切れによる立ち眩みで座り込んでしまった。
分厚い壁の向こうからゴールディたちを食らおうとキマイラが暴れているが、飛びっきり頑丈に作った氷の壁は壊れる様子もなく、少なくとも時間は稼げたと判断したゴールディは一息つきながら打開策を考え始めるも、疲労故に思考が纏まらず暗礁に乗り上げた。
「⋯⋯無理じゃ、残り僅かな魔力ではキマイラ一体倒せん。流石に魔力が回復するまで壁が持つとは思えんし、いったいどうしたものかのぉ」
くらりと眩暈を感じたゴールディは氷の壁に背中を預け涼を取るも、考えが纏まらない焦りからか冷や汗がとまらない。
ポタポタと滝のように汗が垂れ、体温まで高くなってきた。
「駄目じゃ、ボーッとして頭が働かん⋯⋯待て、これ知恵熱とかじゃなくて本当に気温上がっておらんか?」
慌てて背後を見たゴールディは驚くべき速度で溶けていく氷壁を見て絶叫した。
「何が起こっておるんじゃ~!?」
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アルデバランの掌に展開された小さな魔法陣から火花と共に中空へと打ち出されたのは蝋燭の火のように小さな灯火。
「さぁ、面白いものを見せてあげるわ」
アルデバランがそう言うと、灯火は瞬く間にその質量を増大させ、巨大な白い火球へと変化した。
突如現れた小さな太陽に圧倒されたメグをアルデバランが抱き寄せると同時に火球が輝きを増し、メグの目の前で陽炎が揺らめいた。
「え?」
突然周囲の地面や草木がカサカサに干からび、少し離れた場所で戦っていたゴールディの作り出した氷壁がたちまち溶け出す様に、メグは周囲の水分が蒸発している事に気が付いた。
「ぬわぁぁ!?」
「ゴールディ、大丈夫!?」
「⋯⋯はぁ、しょうがないわね」
なけなしの魔力で身に纏った氷の膜を蒸発させながら、死に物狂いで転がり込んで来たゴールディに駆け寄ったメグは、直前までゴールディを焼いていた熱が収まっている事に気付き、急いでゴールディを引き摺ってアルデバランの下に戻った。
「⋯⋯はぁ、はぁ、み、水」
余程喉が渇いたのかうわ言のように水を求めるゴールディに水筒を渡したメグは、ゴールディが来た方から迫るキマイラの群れに気付き、その強靭さに目を見張った。
「お嬢ちゃんここからが本番よ、よく見てなさい」
アルデバランが指を鳴らすと火球の色が朱くなり、幾つもの紅炎が溢れ出した。
紅炎は乾燥した草木を呑み込み勢いを増し、瞬く間に辺りを火の海に変えてしまった。
真正面から紅炎に呑み込まれたキマイラは海中で数秒だけもがくも直ぐにその姿を消していった。
「⋯⋯凄い」
「⋯⋯まるで地獄じゃの」
キマイラの群れが酷くあっさりと消滅した光景に感嘆するメグたち。
しかし一向に消火せず、寧ろ被害を拡大していく炎の津波に不安になり、振り返って術者であるアルデバランを見た。
「⋯⋯あぁ、なんて綺麗な景色」
「あ、アルデバラン?」
「お嬢ちゃんもそう思うわよね!いいわ、もっとも~っと燃やしてあげる!」
炎を見て興奮しテンションが上がったのか、それとも自らが封印された森が憎かったのか、高らかに嗤うアルデバランの様子は明らかに正気のものではなかった。
アルデバランが空を仰ぐと火球が弾け、上空から炎が雨のように降り注いだ。
炎の雨を呑み込んだ紅炎は燃え上がり、雨粒に触れた木々は一瞬にして発火し火だるまになった。
炎の雨は勢いを増して豪雨となり、遂には森全体を燃やしてしまった。
一面に広がる炎の海から上空に向けていくつもの火災旋風が舞い上がり、空気中に残された僅かな水分すらも一瞬にして蒸発する。
アルデバランの高笑いの中、二人は茫然と豊かな森が灰塵に帰す惨状を眺めるしかなかった。
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この世の終わりと見紛う灼熱地獄も、やがて全てを燃やし尽くしてしまった事で消え、後には残り火の燻るかつて森であった灰の地面と、少し髪先がチリチリとしたメグとゴールディのみ。
「⋯⋯お、終わったの?」
「みたい、じゃのぉ」
見ているだけで正気を削る地獄の釜を覗き続ける拷問から漸く解放された二人は衣服に灰で汚れる事も構わず、その場でへたりこんだ。
もう帰って寝たい。疲れきった二人の思考はただそれだけだった。
「⋯⋯帰ろうか」
「そうじゃのぉ⋯⋯ハッ!?そうじゃった依頼の薬草を忘れておった」
「そういえばゴールディが集めてくれてたんだっけ」
「うむ、森は燃えてしもうたが薬草はたんまり集めたからの、マッチポンプみたいで少し気が引けるが、薬草の希少性も上がり報酬に色がつくこと間違いなしじゃ」
無気力感を払拭するためかやっくそう、やっくそう、と口ずさみながら袋を探すゴールディ。
しかし、辺りには薬草の詰まった袋らしき物は見つからない。
次第に落ち着きが無くなり焦り出すゴールディを見て嫌な予感がしたメグも周囲を見回し、震える指で指し示して言った。
「⋯⋯ゴールディ、あれ」
「おお、見付けたか⋯⋯の⋯⋯」
メグからほんの数歩離れたその場所には、ゴールディが必死になって集めた薬草が詰まった袋⋯⋯であったであろう灰の小山だけが残されていた。
「⋯⋯な」
「な?」
「⋯⋯何故じゃあぁぁぁぁぁぁぁああ!?」