ジョスィ系令嬢と気難しい婚約者の王子さまと、辺境伯領のステキな使用人たち(1,000文字掌編)
あやしと現世の交差点
「なにかしら。この……雪だるま?」
新雪にすっぽりと覆われた、背丈は少女と同じ程の置物。
一昨日、少女と侍女が森に訪れた際には無かったものだ。
ひどい吹雪が終日続いた昨日。
少女は大きな屋敷内で暇を持て余していた。
夜が明け、侍女が目覚めの挨拶とともにカーテンを開け放ち、窓から眩しい日の光が差し込んだ時。
少女は、陽光を反射する雪原より眩しい笑顔を、ベッドの上で浮かべた。
金糸と銀糸で緻密な刺繍の施された、しっとりとした深紅の天鵞絨。
その豪奢な外套の袖から、幾重に連なるフリルが表れ、更に其処より覗く、少しばかり節くれた手が、件の置物へと伸ばされる。
「お嬢様、なりません」
侍女がそっと少女の手を取る。
と同時に、八つある長い手足の一つを、目にも留まらぬ速さで素早く突き出した。
鋭利に尖った爪。
異形の者。東の国では此の様な形貌の怪異を絡新婦と呼ぶ。
おぞましくも淫靡な化物。顔はぞっとするほど美しい。
侍女が爪を突き刺した衝撃で、どさりと雪が崩れ落ちる。
そこに現れたるは。
「お肉……お肉だるま?」
宍色一色の、だらしのない肉。その垂れ下がる醜悪な肉塊だった。
「ハアッ!」
少女が勢いよく振り下ろした、逆手持ちの短剣。
後頭部で纏められた長い金の髪が舞い、汗が飛び散り、刃が白い陽をギラリと撥ね返す。
が、しかし。
ぽよよ〜ん。
「……本当に、傷一つつかないわね」
肉塊がだぶだぶと体を揺らすのを前に、少女は安堵したような、それでいて悔しそうに眉尻を下げた。
荒い呼吸、上下する肩。
侍女は手足を器用に操って少女の汗を拭い、短剣を譲り受け、ピッチャーを傾けて柑橘水をグラスに注ぎ、手渡す。
「ありがとう」
にっこりと微笑む少女に侍女は恍惚とする。
「あなたの言う通り。少しも斬れないのね。これ、真剣よ」
「アレはぬっぺふほふにございますから」
「わたくし、剣腕は立つ方よ」
「存じております」
唇を尖らせる少女を宥める様に、侍女は阿った。
「時にお嬢様。彼方に」
侍女の鋭い爪の先。剣術指南役が此方へ向かっていた。
少女は肩を竦めた後、偶と肉塊に口の端を挙げる。
「いずれ一太刀、ね」
少女の後ろ姿が遠退くと、絡新婦の紅い唇から、銀色に光る細い糸。
「よもや彼の御方を拐かしに参ったなど申すまいな? そのようなこと、万に一つも口にしてみよ。其の真剣にも斬られぬ肉、妾が頭から貪り喰らうてやるわ」
肉塊は、ぽよよ~ん、と震えた。
深い森の奥。其れは怪と現世の交差する処。
このあと、サンドバッグ兼、庭師になるよ。きっと。たぶん。