魔術使いは往く手を阻まれます。そして助けられます。
自分の往く道に立ち塞がる存在に立ち向かわねばならない時がある。
退くことは恥では無い。今勝てぬ相手から逃げて捲土重来を期することは、ただ玉砕することを選ぶよりも辛い決断となるだろう。
避けて他の道を行くのも1つの手だろう。目指すところに繋がる道は一つとは限らないのだから。
知略によって、力によって立ち塞がるものを打ち破る。退けぬ避けられぬ場合は立ち向かうしかない。必勝などあり得ぬと知りつつ進むしかない時、必要となるのは立ち向かう勇気だ。知略も力も勇気無くば意味がない。
だが、わたしは今、目の前に立ち塞がる敵への恐怖に動くことができない。
後ろは既に塞がれている。下がることは出来ない。避けようにも感情の無いヤツの目はわたしの姿を捉え続け、こちらの僅かな動きも見逃さないだろう。
4本の脚を大きく踏みしめ、羽根を広げ、両腕を大きく上げた恐ろしい姿。そこに見えるのは、わたしに対する強烈な敵意。
ああ、ヤツの振り上げた鎌が目前に迫ってくる。
「あら、どうして固まってるの?まあ、カマキリさんが怒ってるわね。」
母の笑いを含んだ声がきこえた。
外へ一歩出たら目の前に小さなカマキリがいた。通路の真ん中に陣取ったソイツは、わたしに向かって大きく鎌を振り上げ威嚇している。
扉はわたしの背中で閉ざされており、退路はない。
今にも飛び掛かられそうでこわい。
何でこんなに怒ってるの?!なにもしてないよ!ひぃっ、鎌が動いた!
母よ、何故楽しそうなのだ?!わたしは今にも泣きそうなんだぞ!
正面はダメだ。右へ一歩踏み出す。ヤツは鎌を振り上げたまま体の向きを変えて、わたしを正面に捉え続ける。さらにはその脚を一歩前に進めてきた。
わたしの方が遥かに大きいにも関わらず、何故コイツは向かってくるのだ?!
細く小さな体に気圧される。くっ、このまま押されていてはダメだ!意を決して足を前に踏み出す。
ぴえっ、退いてくれない。むしろヤツも前に出て来た。庭に出たいだけなのに、なんで通せんぼするの!なんで意地悪するの?!
わたしとカマキリの攻防は、母の介入によって終わった。母にホウキで草むらに追いやられたカマキリ。
「はいはい、もうカマキリさんは行っちゃいましたよ。ほら、もう泣かないの」
笑いながらわたしを抱き上げる母にしがみつく。わたしはあんなちっちゃなカマキリになんか負けてない。だから泣いてない。ぐすっ。
その夜、わたしは寝床の中であのカマキリのことを思い返す。
自分より遥かに巨大なわたしに対して一歩も引かず鎌を振り上げたあの雄姿。アイツが何を考えていたかは分からないけど、わたしの目には畏怖するべき相手に映った。
窓を叩く雨音に気付く。ああ、雨か。風も強くなってきたようだ。アイツは今も庭にいて、この雨風に打たれているのだろうか。
魔術を構築する。
構築完了!座標範囲指定による環境維持術式
【わが道を阻む者への敬意】
そして魔術実行!
構成された術式が、魔力で我が家の庭を半球状に包み、降り落ちる雨を弾き風を防ぎ気温を維持する。我が家の庭のみ外界と切り雛された穏やかな空間となった。
せめて今夜は安らかに眠るがいい。カマキリよ。我が強敵よ。
翌日、雨も上がり良い天気となった。ご機嫌で庭へ出る。外へ一歩出たら目の前に小さなカマキリがいた。通路の真ん中に陣取ったソイツは、わたしに向かって大きく鎌を振り上げ威嚇している。え?
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