2. あなたは誰ですか
「都ー! 早く早く!!」
昼休み、どうして私はこんなところにいるんだろう。
いつものように、鈴佳ちゃんとお昼を食べた。
そのあと、いつものようにおしゃべりするはずだった。
なのに……鈴佳ちゃんに半ば引っ張られるような感じで、私は今、体育科にきている。
もちろん回りは男の子ばっかりで、怖い……。
「鈴佳ちゃん……戻ろうよー」
言ってみるけれど、鈴佳ちゃんは聞いてない。
*
やっと離してもらえたときには、もう『体育科2-1組』の教室に着いていた。
「鈴佳ちゃん。何するの?」
ここまで来れば大体わかるけれど、一応聞いてみる。
「もちろん、喋るの! ……あ、遼ちゃん!」
鈴佳ちゃんが手を振ったほうを見てみると、かっこいい人がいた。
その人が笑いながらこっちへくる。
「おー成田っちじゃん。そっちの子は?」
「あたしの友達の、高橋都。都、これが言ってた、転校生の三原君」
近くで見てもかっこいい。でも、なんていうんだろう……軽そう?
それが第一印象だった。
「こ……こんにちは」
一応挨拶してみる。周りの視線は、今は忘れることにした。
「よろしくー。俺、三原遼。遼ちゃんって呼んで」
テンションが高い。たぶん今、私の笑顔はひきつっていると思う。
「高橋都です。よろしく……」
「都ちゃんね! よろしく!」
手を差し出されて、ますます困った。どうしよう…………。
「あれ、遼ちゃん。昨日と髪型違うねー」
鈴佳ちゃんが話をふってくれたおかげで、握手をしないですんだ。
心の中でちょっと感謝。
「おう。今日はワックスで散らしてみました。どう?」
綺麗に散った短めの髪を軽くなでながら、三原君がおどけて言う。
「あらほんと。かっこいー」
鈴佳ちゃんもおどけて返す。
そんな会話ができる鈴佳ちゃんが、うらやましいような気になった。
私なら、普通に、無難に返すしかできないだろうな、なんて。
*
「……あっ!」
鈴佳ちゃんと三原君の会話を聞いていると、本当にノリがよくておもしろかった。
そんな中で、鈴佳ちゃんがいきなり声をあげた。
「え? 何、どうした?」
「忘れてたー。担任のとこ行かなきゃ」
「呼び出しかー?」
「そうよー。すぐ戻ってくるから、都、勝手に教室戻らないでね! じゃっ!」
そう言って、鈴佳ちゃんは走っていった。
……困る、どうしよう……喋れないよ……?
「おー。成田っち走るの速」
「……鈴佳ちゃんは運動できるから」
とりあえず、沈黙にはならないようにしようと思う。
「そうなんだ。都ちゃんは?」
「私はだめ。もう、全然」
「へえー。あ、でも何かわかるかも」
「え?何で?」
「だってさ……」
三原君はそう言うと、かがんで私の足を指差した。
「ほら、筋肉なさそう」
そのまま突付かれる。
「えっ。そう? 普通だよ」
声が自然と裏返った。
気づかれてないといいけど。
「いやいや、ないでしょー。これは」
よかった。気づかれなかったみたい……。
「えー。あるよー」
「……んじゃ、力入れてみてよ」
「……うん……はい」
「あ、ほんとだ。結構あるかも」
「…………」
触られたふくらはぎから、手の熱が伝わる。
でも、ちょっと嫌な感じ。
「あ、あの……」
限界だった。
「三原~。それセクハラ」
別の方向から声がしたのは、もう私が拒否しようと思っていたとき。
「高橋さん、嫌がってるぞ」
声がちょっと近くなって、それとほぼ同時に、私の足に触っていた三原君の手が退いた。
「いやー筋肉をちょっとね」
「それ、立派にセクハラだから」
立ち上がった三原君より少し背の高い、男の人。
優しそうな顔立ちと、優しそうな声。
「高橋さん。こいつに近づいたら危ないから、教室戻りな」
振り返ってそう言う。
「……でも、鈴佳ちゃん……友達待たなきゃいけないし……」
本当は帰ってしまいたいけれど、鈴佳ちゃんに悪い。
「行こう」
手を取られて、軽く引っ張られた。自然と動く足。
「え、ちょ、ちょっと……」
慣れていない骨ばった男の人の手。
「都ちゃん、またねー!」
なんて、後ろで三原君が言ってる。
前を行くのは、名前も知らない人。掴まれた手は成されるがまま……。
そのまま国際科棟までつれてこられた。
「高橋さん。男苦手でしょ」
手をやっと離してもらえて、見上げると言われた。
「…………はい」
「あ、手ごめん」
「いえ……」
「じゃ、気をつけて」
「……は……?」
さわやかな笑顔と謎な言葉を残して、そのままその人は去っていく。
握られた手も、さっきの三原君ほど嫌じゃなかった。……気がする。
「……あ、ありがとう」
困ってたところを助けてくれたお礼。
手をあげて答えてくれた。
ねえ、貴方は誰ですか。
後姿に、聞いた。