1. 恋って何ですか
「ねえ、麻季ちゃん。人に恋するってどんな感じ?」
前からずっと不思議だったこと。
ソファーで寝転びながらテレビを見ているお姉ちゃんに聞いてみる。
恋って……恋ってどんな気持ちを言うのかな、なんて。
「何、いきなり。恋?」
笑いながらお姉ちゃんがこっちを向いた。
妹の私から見てもかわいいと思う。
それから、右手の薬指に光る、指輪。
いいなあ……なんて、うらやましくなってしまう。
「うん、恋。どんな感じ?」
床に座ったまま、もう一度聞いてみる。
ちょっとはにかんだ顔をして、お姉ちゃんが言った。
「うーん……説明できないなあ……。そのうちわかるよ、きっと」
そう言って柔らかく微笑むお姉ちゃん。
ねえ、そのうちっていつ?
これも聞いてみたかったけれど、やめておいた。
*
「転校生が来るんだってよ?」
いつものように入った教室で、鈴佳ちゃんが言った。
「え?」
この時期に転校生?
「あー、どんな男かなあ……かっこいいかなあ……」
男の子? おかしくない? それ。
「女子クラスなのに男の子なの?」
素直に聞いただけなのに、笑われた。
「やだなあ、もう。体育科に来るに決まってるじゃん。もう、やだなあ」
「知らないよ、そんなの」
ちょっと拗ねてみる。
そうしたら、鈴佳ちゃんはまた笑った。
「今日もかわいいねえ、都」
何だか喜べないのは、おもちゃにされている気がするからかな。
もう少し話していたかったけれど、先生がきたから席に着く。
鈴佳ちゃんはまだ笑っていた。
うちの高校には、国際科と普通科と、体育科がある。
普通科は共学で国際科は女子、体育科は男子。私は国際科。
女ばっかり35人ははっきり言ってうるさいけれど、やりやすいといえばやりやすい。
みんなおもしろいしね。
だけど、ただ一つ、私に理解できないこと。……それは、恋の話。
さっき鈴佳ちゃんが言っていたみたいなそんな話。
ねえ、恋ってそんなにいいものなの?
斜め斜め前の鈴佳ちゃんの背中に、そっと問いかけてみた。
*
「ちょっと、鈴佳! 例の転校生、ほんとにかっこいいよ!」
そんな言葉に昼休みのざわつきがいっそう大きくなる。
向かい合ってお昼ご飯を食べていた鈴佳ちゃんも、ばっちり反応した。
「え、ほんとに!? 待って待って、一緒に見に行く!」
残っていたおかずをパクパクっと食べて、鈴佳ちゃんは立ち上がった。
それから、体育科棟に行こうとしている子たちのほうへ走っていった。
「都! ちょっといってくるね」
そう言い残して、楽しそうに教室を出て行く。
間違いなく、ミーハーだと思う。鈴佳ちゃんは。
一人残された私は、また、お昼ご飯の続きを食べだした。
鈴佳ちゃんはたぶん、5時間目ぎりぎりに帰ってくるだろうな……なんて思いながら。
食べ終わって一息、他の友達何人かと集まっておしゃべりをしていたら、さっき教室を出て行った「転校生チェックツアー」のみんなが帰ってきた。
あ、きっとほんとにかっこよかったんだな。
見ただけでぱっとわかるくらい、みんなの顔に出ている。
その集団から離れて、鈴佳ちゃんがこっちへ来た。
「ちょっと聞いて! ほんとにかっこよかったの!!」
まだ興奮が冷めてない様子で言った。顔がちょっと赤い。
「どんな感じだった?」
チャイムがもうすぐ鳴るけれど、聞いてみる。
「うーんとね……ハンサムって感じかな。サッカー部に入るらしいよ。あ、あと、すっごいおもしろい人だった。ノリがよくってさ。」
「ふーん……それはよかったね」
「そうだよ! 次は都も行こうね。絶対!」
私は、ちょっとだけ男の子が苦手だったりする。
苦手というよりは、「慣れてない」って言ったほうが正しいかもしれないけれど。
だって、小さい頃から男の子とは無縁だったから。
それが今になって何となく影響しているみたいで。
普通科に行くのにも、緊張してしまう……体育科なんてとんでもない。
一人じゃ絶対に行けない。
とりあえず、鈴佳ちゃんの誘いに曖昧に返事をしてから席に戻った。
私が男の子をちょっとだけ苦手だってこと、鈴佳ちゃんは知らないから少し不思議そうな顔をしていたけれど。それには気づかないふりをしてみた。
つっこまれなかったのは、ありがたいと思った。
*
『都? 私、今日帰らないって、母さんに言っておいてくれる?』
夕方、買い忘れていたマヨネーズを買いに母さんが出かけたあと、お姉ちゃんから電話があった。
「うん。わかった。……うん、じゃあね」
きっと彼氏のところにお泊りするんだ。
幸せそうに微笑むお姉ちゃんの顔を思い浮かべると、うらやましいな、って思う。
どんな人があの指輪を送ったんだろう、だとか、関係のないことまで考えてみたりして。
自分の部屋に戻って、ベッドに寝転ぶ。
恋って、いいもの、なのかな?