4.
あれから、随分と歩いた。後ろを振り返ってもあの村は見えない。
思えば自分はあの村から一度でも出たことがあっただろうか。そう考えると未知の世界への旅路というのは少しばかりの恐怖がわいてくるように思う。
本で読んだことがある。村から徒歩で隣町を経由しながら#整備された__・__#道を通って行くと早くとも中立都市までは三ヶ月ほどかかるらしい。
そして、隣町まで普通の道を歩いていくなら10日以上はかかる。
村から近くの町までの間には標高の高い切り立った山がいくつも並んでいる。そこを横断することでかなりの時間を短縮できる。
しかし、そこには魔物が多く出没するのだ。強力な冒険者の命を脅かすほどのものが。それでも、そこを通ればなけなしの食料がつきる前に近くの町に行けるだろう。
馬車が通ることは少ない。村に一月に一度商人が食料を売りに来る程度。その馬車を待つよりも幾分か可能性がある方に賭けた方がいいだろう。
飢え死するなら生き残ることに賭けたほうが格好がつく。
「...行くか」
覚悟を決めて、山に足を踏み入れた。
カロロロロ......ギャーッギャーッ......
獣の声が聞こえる。今まで魔物に欠片も遭遇していないのは運がいいのだろうか。それとも...
ギャヨッギャヨッ...キョルルルッ
「......ッ!?」
鳴き声が左から聞こえてきた。魔物に姿を見られたらしい。見るからに醜悪な面をしている。
熊の頭からやけに目玉の大きな鳥の頭が四本生えていて、熊の目玉も一緒に忙しなくグリグリと回っている。
涎をボトボト落としながらこっちに迫ってくる。
あいつはきっと僕のことを餌としてしか見ていないんだろう。
実際、僕があいつに対抗する術は無いに等しい。がむしゃらに振り回しただけの剣で倒せるような相手でもなさそうだ。弓もやったことがないのなら、当たるわけもない。
そんなことを考えていると熊のような魔物が口を開けて吠えながら素早い動きで迫ってくる。
ギャロロロロォ!
左に避けた。爪が掠めた右脇腹が痛みを訴えている。鈍重そうな見た目とは裏腹に素早い挙動。逃げても追い付かれるかもしれない。
それでも、今の僕に逃げる以外の道は残されていない。
走った。追い付かれないことを願って。姿が見えなくなるまで走った。
木の虚に隠れた。足音が止まる。どうやらうまく隠れられたようだ。
カロロロロ...
姿が見えないだけで、まだ追いかけてはきている。木の裏からはアイツの声が聞こえる。
服の端から端までめくって、ひっくり返して打開策を探した。ステータスも見る。たいして役に立たないであろうスキル群が見える。
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〔status〕
age:12
rank:1
〔skill〕
『word』
『book』
『cord』
〔unlocked abillty〕
《dictionary》
《start up》
《sleep》
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見慣れない項目が増えていた。〔unlocked ability〕、新しい項目はそう書いている。
そういえば、両親が死んだあの日にそんな言葉が聞こえた気がする。危機的な状況に陥ったときスキルが進化することがあるのは有名な話であるが、それはとても珍しい。
新しい能力ならこの状況を打開するものになるかもしれない。そう思うと少し気持ちに余裕ができる気がする。
解放された能力は3つ。
文字欠けの辞書、起動、休眠。
発動に条件があるタイプか、簡単に発動可能な能力なのか。どちらにせよ一度発動してみなければならないだろう。
幸運なことにさっきの魔物は一度離れていったようだ。試す時間はあるだろう。
アビリティの名前を口にして見るが変化なし。読む順番を変えても変化なし。
発動のやり方が分からず焦りつつも、繰り返し試行錯誤しているうちに当たりを引いた。
「『book』、《dictionary》」
まずあの何も書かれていない本を出す。そのあと、新しく追加された能力である《文字欠けの辞書》を本に向けて手をかざしてから発動すると、本に変化が現れた。
装丁は元々が落ち着いた緑色のものだったのが、光を吸い込むような黒に変わった。表紙もなにも描かれてなかったものが、格子のような模様が銀色の線で描かれている。
中身を見てみると最初のページに太線の四角い枠が書かれており、その上には『Throw in』という文字がある。
何を投げ込むのか。とりあえず土でも置いてみようかと本を地面に置き、その上に土をおいた。吸い込まれ、本の一番最初の行に達筆で『土』と書かれた。
スキルで出現した本だから普通なわけがないのだが流石に少し驚いた。しかし、これで何が出来るというのだろうか。
それからもスキルを調べていたが、とうとう時間がなくなってしまったらしい。
カロロロロロォ......
さっきの魔物が戻ってきてしまった。足音から察するに、こちらに向かって迷いなく向かってくる。
クソッ、まだ使い方もわかってないのに!
悪態を垂れている暇はない。なるべく距離をとるために音を立てずゆっくりと離れていく。
しかし、
パキッ!
うっかり足元の枝を踏んでしまった。
カルルルルロオオォォロロロオォォ!!!
音に反応して魔物がこちらに向かってくる。もうなす術はない。目を瞑った、その時、
ザシュッ!
「やぁ、少年。怪我はないか」
まるで、そこらを散歩でもしているかのような声音でその人は現れた。