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3.

 泣きつかれてぶっ倒れた後もしばらく動けなかった。

 考えることをを放棄して、いっそのこと死んでしまおうかと考えて、母の言葉で踏みとどまる。それを何度も繰り返していた。


 生きようと考え立ち上がれたのは、両親を失った夜から三回目の夜だった。

 母の言葉の通り「幸せに生きる」ことは今の僕にはできそうにない。今死んでしまえばきっと、母は悲しい顔をする。そう思い生きることを決意した。そう言えば、きっとそれは嘘になる。


 僕はまだ死にたくないのだ。自分の周りの人が死んで、どれだけ悲しいと思えど死にたくないとどこかで考えてしまったのだ。


 僕は卑怯な人間だ。自分一人だけ生き残って、死んでしまいたいと考え死ぬほど泣いたのに、すぐにそれでも生きていたいと思ってしまう。今を捨て、これからを考えている。 本当に僕は卑怯で非情な人間だ。



 これからを考えるとはいえ、本当にこれからどのように生きていけばよいだろう。生き抜くことを考えるなら、どこかの村に移り住みひっそりと農家でも営んでいけばいいだろう。


けれども僕はそうやって生きていこうとは考えていない。


 死んでしまった子供たちが、目を輝かせて聞いていた怪物を倒した英雄譚。その主人公である冒険者。男の子も女の子もこんな冒険者になりたいと言い合っていた。それを遠めで興味なさげなふりをしてに見ていたのを覚えている。本当は僕も冒険者には密かな憧れを持っていた。


 元冒険者であった自分の両親に多くの子供たちが話を聞きたいとせがんでいた。僕の両親だと軽い嫉妬心で怒鳴ってしまったのを、両親も周りの子供たちも呆気にとられた顔でこっちを見たのが鮮明に思い出される。


 僕は、死んでしまった彼らの夢を背負い、僕自身の夢も果たすため、なによりも生きていくために冒険者になろうと考えている。


何処に行くかも決まっている。


『ワシの娘がなぁ、中立都市リリートレスで商会を立ち上げてなぁ。自慢の娘なんじゃよ!』


 近所の小さな薬屋をやっているお爺さんの声が思い出される。


 小さな村であったから、出稼ぎに娘や息子が村を出ていくことは少なくなかった。後ろ楯のない彼等が行くので一番多いのは中立都市だ。

 村から出ていったあの人たちの血縁者に彼らの最後を伝えていくこと。生き残ってしまった僕のやらなければならないことの一つだ。



 準備をしていた。道中には危険が潜む。父の剣と盾、母の弓と短剣を背負い、生活の小銭として罪悪感を感じながら廃墟となった家々を漁った。


 なにもせず、怠惰な時間を過ごす日々を送っていた。今になって、そんな生き方をしていたことを後悔する。

 剣の使い方は知らない。弓も盾も。物の価値すらわからない。本は好きだった。本のなかで得た知識がいったいどれ程通用するのか。


 心配事は他にも多々ある。しかし、それらに悩むことにどれ程の意味があるだろうか。


 生きなければならない。生きていく道しか残されていない。


伝えなければならない、彼らの死を。


達成しなければならない、母の言葉を。


父のように強くなりたい。


守ってくれた両親の命を無駄にしたくない。


 考えてみると、自分を縛るものは多くある。その事に少しの安心感を覚えた。途中で首を掻き切ることはないだろう。

 これだけ自分を縛るものがあればどれだけでも生きていけるはずだ。行動を制限するものであり、命綱であるこれらを大切に生きていかなくてはならない。


ため息をついた。振り返る。


「ありがとう。行ってきます」


 村の中央には教会の女神像が立っている。その足元には彼らと彼らの宝物が一緒に眠っている。


墓を作るために随分時間をかけた。


彼が旅立ったのは、立ち直った日から二日後の夜のことだった。


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