2.
別段、彼のスキルがユニークスキルであるとはいえ、生活が劇的に変わることもなかった。
スキルを発動してみても、何も書かれていない分厚い本が出現するか、何一つ効果を発揮しないかなので劇的というか全く変化しなかったとも言える。
ユニークスキルは突出して効果の高いものが多い。
しかし、多くのユニークスキルは詳しい効果も、使い方すらもわからないことが多く、一部ではハズレ扱いをされるほどであった。
この村では、役立たずとして見られることはなかった。スキルはどんなものであれ女神の一端。神聖なものであるという考えからだ。
スキルが分からなくとも大人と同じように働くことができる。労働力の少ない村としてはむしろ、村を出ることがない労働力として喜ばれたほどだった。
ある日の夜、やけに冷たい雨が降っていた。そこまで強い雨でもなかったが、視界は遮られる。早々に畑仕事を止め、室内でできる仕事を両親と共に行っていた。
ガァンッ!ガーンッガーンッ!
突然、大きな鐘の音が鳴った。村に備えられた、災害時に鳴らす警鐘の音だ。
両親は音が聞こえた瞬間雨の降る外に出て、警鐘のある見張り台に走って向かった。彼も着いていこうとしたが、両親に家で待っていなさいと言われた。
外に出ていって直ぐ、二人ともが戻ってきた。
何か思い詰めた様子で、こっちを見ていた。
そして、フッと笑って言った。
近くの森で発生した魔物がこの村に近づいてきているらしい。
村民の中には両親以外にも戦える人がいる。その人たちを集めて、戦うから大丈夫だ。けれども万が一があってはならないから、武器をしまっている地下室の中に隠れていてほしいと。
例え自分がついていっても、足手まといになるだけだとわかっていた。それに、両親が強いことはよく知っている。少し不安を感じながらも二人を信じ、頷いた。
雨は酷くなり、雷が鳴り出していた。
魔物の声が響いていた。時折、悲鳴のようなものも聞こえた。
何度も何度もそんな音が聞こえるなかで、ふと音が止んだ。戦いが終わったのだろうか。
なるべく音をたてないように扉を開け外を覗いた。
グチャ...クチュクチュ...
鬼がいた。人の腕を喰っていた。
両親が立っていた。彼を優しく抱き締めた母には腕が存在しなかった。それでもこちらに背を向けて、戦おうとしていた。父は片足が無かった。父の足らしきものが地面に転がっていた。
それでも戦おうとしていた。
ドサッ
彼は動揺して、尻餅をついた。
鬼の目がこちらを見る。同時に両親が驚いた顔で振り返った。
鬼がこっちに向かってくる。
分かっていても、恐怖で体が動かなかった。丸太のような奇妙に白い腕を伸ばして、彼を掴もうとした。
それを母が遮った。鬼は怒ったような顔で母を殴った。母は教会の前まで飛んでいった。その鬼の後ろから父が頭に力の限り剣を突き刺した。
鬼は絶命の瞬間に最後の力で父を張り飛ばした。父は教会の壁に叩きつけられて潰れた。
慌てて、両親のもとに駆け寄った。
父は即死だったのだろう。もう息絶えていた。
母は僅かに呼吸をしているが、もう助けられないと分かっていた。そんな体で母は何かを伝えようとしていた。
口元に耳を近づけてその言葉を聞いた。
「どうか...し..あ....わせ...に.........」
何が起こったのかわからなかった。あんなにも普通に幸せに暮らしていた日々が、一夜で地獄に変わってしまった。
隣の話好きなおばさんも、昔の自慢話ばかりをする酒呑みのおじさんも、村の人たちを守るのがボクの使命だと誇った顔でいう門番も、自分のことを空気のように扱っていたけど困ったことがあったらいつの間にか手伝ってくれた村の子供たちも、独り立ちした娘のことを自分の宝物だといつも言う親バカな村長も、村民のために貯金を崩してでも薬を買って病人を看病してくれた優しい老神官も、
何時だって自分に愛情を注いでくれた自分の両親さえも。
全てを失ってしまった。
彼は生まれてはじめて大声で鳴いた。
彼は泣いた、自らの無力さを。
彼は哭いた、幸せを失ってしまった。
彼は啼いた、もう二度とこんなことは起こさせないと。
彼は渇望した、力を手にしたいと。
彼は哭いた、声が枯れ、喉が潰れるまで。
『ability unlocked』