第三話「担当者会議?」一個め
マスクとサングラスのドライバーが運転する車、後部座席の女子高生とケアマネージャー。
「犬神神社」と書かれた古い社、それを左手に見ながら車は坂道を降りていく。
と、しかし案外すぐに、その軽自動車は止まる。
「―でぇ、それってこの辺りってコト?」
降りてくるシロン、続く善也。
バタン、と車のドアを閉める野平。
そこは施設から下る坂道の途中のカーブのあたり、土の壁がここらあたりは岩場が続いている。
振り返ると施設群が思うよりもすぐ近く見える。
「施設のみんなにこの数日何か、少しでも異常を感じた事は無かったか、そう聞いて回りました」
「いつもながら仕事熱心ですね」感心したような野平の声。
「よ、お疲れぇー」感心しているのか?、というシロンの態度。
「日勤の黒尾さんも、夜勤の『島袋さん』も同じような視線を感じたそうです」
「視線?」
善也を見て聞き返す二人。
「ウチの施設で随一の鋭い感覚を持っている、彼ら二人が言うのなら、ただの視線では無いでしょうね」
善也は手を広げ振り返る。
「その視線の方向がここ、施設へ上がる坂道の途中のカーブ、間違いなくこの岩場の壁の辺り、なのです。しかし、口をそろえて言うには…、それを感じた方向を見ても誰も居らず、何も見えなかったと」
「ここに誰かが佇んで異様な視線を送っていたなら…」
首をひねるシロン。
「反応して見つめ返したら、姿をチラリとでも確認できない、ハズはないよね」
あたりを見回す野平は言葉を返す。
「でもこの辺り、街灯なんかなくて夜は闇ですよ?」
「カメラ、そう例えば暗視カメラとかだったら、どうですか?」
気づいたように言う野平。
「うーん、それで視線を感じるでしょうかね」
はっ、と額を押さえる。
「ああ、はは済みません、馬鹿な事を言いましたね」
穏やかな声で否定する善也。
「良いんですよ、それで…、どんなことでも意見を言って、否定などせずお互いに考えを深めていく…、良い事じゃないですか!」
「はい、お気遣いありがとうございます」
頭を下げる野平。
「そう、そんなことができるのは…」
善也は言葉を飲み込んで、続ける。
「なんらかの『あやかし』の能力の持ち主、あるいは…」
一呼吸置く。
「え?」
なぜか、つい振り返ってしまうシロン。
そして何故かどきりとしてしまう善也。
「いえ、何でもありませんよ」
「…」ホントに何でもない?、というシロンの視線。
「なんでも、ね…」
まるでごまかすように善也は、ふ、と指をさす。
「あれ、何でしょうかね?」
指さした先、そこには岩を引っ搔いたような線画、いや落書きがあった。
四角を十文字に区切ったような、タテ40㎝、ヨコ50㎝くらいの―
「あれは、田んぼの『田』ですか?」
腕を組んで首をひねる野平。
「あんなの覚えがないですね」
「え、あれはいつからあったのか分かりますか」
問われて、うろたえる野平。
「…あ、はは、ああ、すみません。あそこの道は毎日通ってますが、必ず無かったかと言われても…」
そう、あんな落書き自体、気にする事なんて、ない。
そんな心の隙を、突いているのではないのか?
何らかの意味があるような…、善也は近づく。
続いて何かふらふらと近づくシロン。
「…シロン、どうしました?」
異様な雰囲気。
善也も感じる異様さだが、注意はあの図から外せない。
誰かが見ていた?、視線を感じた?、昨日言われた言葉を思い返す善也。
「ここから見ていた…、見る?、ということなら、この形は―?」呟く善也。
「四角を十文字に区切った、それは―?」、ふらふらと手を伸ばすシロン。
『窓』!?
言った、その言葉の瞬間―!
―ブウン!!、四角の形が光を放ち、不気味に輝く。
『く、くくくっ!』
その時、窓から出てきた手!、ガシッっと傍らのシロンの手を掴む!!
『来いっ!』
ぐいっっと、引き込まれるシロンの身体!
善也は足元の小石や石をすくい上げ、その四角の光に投げつける!
ジャリィンッー、ぶつかる小石や岩が落書きの線画を削る!
フッ、と消える光、思わず腰を落とす、女子高生…。
しばらくは荒い吐息で言葉も出ない。
「なに、何いーっ、いまの、今のはあっー!」
見た事の無い、取り乱して叫ぶシロン。
「見たことが無い、あんなの、見た事無いよっ!」
「ううっ、こ、怖…」
しかし、女子高生の唇から、ギリッ、と歯を食い縛る音が聞こえ…
「―ゴメン、何でもない」
無理矢理のように立ち上がる制服姿。
「い、いや、ですが―」
心配げなケアマネージャーの声を振り払うように―
「何でもないってンだろぉー!」
言い残して駆け去って行く。