第二話 「要因分析」
白犬山は背後に国定公園を含む山地を持つ、それ自体はなだらかな山だ。
しかしその向こうには、いきなり急峻な岩山があり、またその隣には常に濃い雲を纏い稲光がまたたく高地など、奥には様々な顔を隠し持っている。
その手前の穏やかな傾斜地に見える三つの施設。
そこに向かう坂道を軽自動車は上がっていく。
白犬山の中腹に見える「犬神神社」と書かれた古い社、それを右手に見ながら車は進んでいく。
そして施設群手前の平屋建ての前にゆっくりと止まる。
善也とシロンはそこで降り、野平は手前の坂を少し下ったところの車庫を目指す。
「白犬ケアセンター」
「リハビリセンター白犬」
と書かれた表のガラス戸をがらりと開ける善也とシロン。
丸顔でメガネの事務員らしき女性が顔を上げる。
「お帰りなさい」
愛嬌たっぷりの笑顔で皆を迎える。
「戻りました、綿貫さん」
「ただいまぁ、ヌキさぁん」
「おかえり、シロンちゃん」
「あの所長…」
行動予定のボードの字を消す善也に、事務員の綿貫はおずおずと声をかける。
言い終える前に、先に口を出す善也。
「御狩野家の、作蔵とかいう人から、電話があったのでしょ」
「…え、はい。帰ったらすぐに連絡しろと」
「了解です、奥の部屋で電話します」
無表情でデスクにカバンを置き、奥に向かう姿を眼で追う女性二人。
「所長がご機嫌ナナメなんて珍しいね、よっぽどいけ好かない相手だった?」
「そっれがさぁ、もんの凄いナメクジ親父がいてさぁ―」
シロン風の、訳は分からないが理解はよくできる罵倒語のオンパレードを綿貫は苦笑して聞く。
「でぇ、聞いてよぉ、アタシの食べ残しをね―」
「それは…」 一瞬真顔になる事務員。
「いっぺん〆てやらないといけないね」
びっ、と右手の親指を立て、首の前に真横に線を引く。
やはり彼女も「白犬ケアセンター」の一員に違いなかった。
善也は五分も経たないうちに戻ると、どさりと席に腰を落とす。
「明日午後一時に向こうに行きます」
「えぇっ、電話で返事でしょ?」 シロンは驚いて言う。
「『来ると言った筈だ』…、先ほどの言いざまその通りですよ、難癖です」
「あいつぅっ!」
「よっぽど勝負したいのでしょう、望むところですよ」
歯を見せる善也に、うなづくシロン。
「でも、今日のメンバーで明日も来い、だそうです」
車を車庫に納めてきて、ちょうど事務所に入ってきた野平にもそう告げる。
「そこでシロン、明日は休みのところ悪いですが…」
「うぅん、どうしよっかなぁ」 快諾するかと思いきや言いよどむ。
そして悪戯っぽくその眼が笑う。
「そうだ、アタシの希望する条件、AかB、どっちか叶えてくれたら行ってもいいよぉ?」
…といいながらAとBの中身など言うつもりもなさそうだ。
どっちにする?、問いかける眼差しに、善也は笑って答える。
「そうですね、では叶えるのは…」
「『C』の『隣町の駅前にこの前できたスイーツ店のパフェ』でどうですか?」
「乗ったあぁっ!」
ワールドカップで優勝ゴールを決めたような、シロンのガッツポーズッ!
「即決ですね?!」
事務員とドライバーの苦笑から、女子高生の気まぐれを善也がうまくあしらった感が見て取れる。
いつもの日常風景らしかった。
「シロンのお願いはいつも分かりやすいですから、楽勝ですよ」
「えぇっ、じゃあAとBは何か、言ってみてよぉっ」
ちょっと悔し気に言うシロン。
咳払いをする善也。
「まあ察するところ、Aは学校の課題の手伝い、Bは、そうですね、明日の昼食に『三丁目のサンドイッチ店のランチ』、ですかね?」
「ブブー!、不正解!!」
シロンは白い歯を見せて笑う。
「おや、外してしまいましたか?」 意外そうなケアマネージャーの声。
「AとBが逆でしたぁっ、きゃはっ」
吹き出す女子高生、呆れかえる善也。
「卑怯ですよ、それ」
「間違いは間違いでぇす、罰として明日のお昼は『三丁目のサンドイッチ』ね!」
「何の罰なのですか?、まあ元から昼食はその店のテイクアウトを考えていましたよ」
「やったぁ、じゃあ、学校の課題もぉ―!」
「それは自分でやりなさい」
ぴしりと言う声に、むくれるシロン。
「えぇえっ、なんでぇ?」
「当然でしょう」
「ちぇえっ」 頭の後ろで手を組み、そっぽを向く女子高生。
しかしまた笑ってぺろ、と舌を出す。
「嘘だよぉ、善也さんにそこまでしてもらってアタシが怒るはずないじゃん!」
「明日のお仕事とぉ、学校の課題、頑張るからあっ!」
ふ、と外を見つめ、窓辺に駆け寄る。
「―あぁ、綺麗な夕焼けぇっ!」
叫んで入り口のガラス戸を開ける。
「見に行こっ、善也さんもおいでよぉっ!」
たたっ、と外に駆け出していくシロン。
「やれやれ、目まぐるしいですね」
苦笑いの善也だが、しかしサンドイッチとパフェの量と質は全く譲らないであろう事を、本能的に察知してしまう。
「でも、野平さん、あなたは無理して付き合ってくれなくてもいいのですよ」
業務日誌を付け終えたメガネとマスクの彼に善也は声をかける。
「明日はおそらく、穏やかには終わらないでしょう、だから―」
「そりゃあ、怖くないと言えば嘘になります、ですが…」
野平はゆっくりとメガネを外す。
「私も白犬ケアセンターの仲間です」
そしてマスクも外す。
「それに明日、あの嫌な男がやり込められるのを見たくもあります」
そこにあるのは『ピースマーク』の笑顔。
「わかりました、お願いします」
「はい、あとこれは、そのぅ、出来ればでいいんですが…」
『ピースマーク』が伏し目がちに言うのは何だかシュールだ。
「なんでしょう」
「私も大好きなんですよ、『三丁目のサンドイッチ店』の、特に『海老カツサンド』が…」
「ああ、あれは美味しいですよね」
「それで、明日の昼はそれを二個頼んでもいいでしょうか」
万事控えめと思われた野平さんにも、意外な一面があるのだな、とほっこりする善也はつい頷いてしまう。
「そんな事でよければ、二個と言わずいくつでも」
「ありがとうございます、では明日!」
嬉しそうに去ってゆく野平さん。
しかし何故か、明日サンドイッチを食べる時の野平さんの、いやのっぺらぼうの口はいつもより大きく描いている、善也はそんな気がした。
丸顔、丸メガネ、丸っこい身体の、トリプル丸事務員の声が聞こえた。
「…お財布に大打撃だね、所長」
「ああ、ははは、まあ…」 ため息のケアマネージャー。
「所長は人が良すぎ!」
にっ、と笑う綿貫さん。
「予期しない、休日のそれも無理な利用者の要望に応える案件…、昼食代くらいは経費で出せるよ?」
「えっ、本当ですか綿貫さん」
思わず輝く善也の笑顔に、しかし言わざるを得ないひとこと。
「今回だけだけど…、でも、パフェ代は無理だね」
「…ああ、そ、そうですよね」
気の毒そうに言う事務員。
「ウチの予算は苦しいのは分かってるよね」
「はい、何しろここのケアセンターの所長ですから…」
ぴしっと無理に背筋を伸ばそうとする。
「言わば、蓄膿症のアリクイの呼吸、それ以上に苦しいのは重々分かっています」
「酷い!、けど図星だね」
「ぼやいていても始まりません、理事長を呼んでいただけますか?」
「あ、はい」
「遅い時間にすみませんと、謝っておいてください」
「理事長の事だから、分かってると思うよ」
内線で電話でもするのかと思いきや、ささっとメモ書きして奥の部屋に向かう。
当然のように見送る善也。
何か外で長い叫び声のような音がし、それが幾つにも交差するように響いているようだが、気のせいだろうか?
すぐに綿貫さんが顔を出して言う。
「あと一時間ほどで来るってさ」
「…そうですか、ではその間にスタッフで意見交換してアセスメントシートを記入して要因分析まで済ませられますかね」
「今日は残業だね、明日は休日出勤…、ご愁傷様」
ケアマネージャーを横目に、立ち上がりタイムカードを手にする綿貫さん。
「…あと」
いつもと違う思わせぶりな言葉に思わず振り向く善也。
「はい?」
「私はストロベリーパフェが大好き、よろしく!」
小太りの身体を揺らして、ロッカールームに消えて行く。
どうやら『隣町の駅前にこの前できたスイーツ店のパフェ』の予算は、予想の二倍ではきかないらしかった。
溜息をつき立ち上がる善也。
ふとその時、表のガラス戸をコンコンと叩く音を認めた。
そちらを向くとがらりと戸が開き、一人の女性が入ってくる。
小柄だがしゃんと伸びた背筋、老齢を示す眼尻のしわ。
しかし意思の強さを表す視線。
茶髪に染めた髪の所々が白くなったようなショートヘア。
それらが優しい笑みと共にゆっくりと入ってくる。
介護老人ホーム「白犬荘」の介護主任、サービス担当責任者の柴さんだ。
善也の属する、白犬福祉会の最古参の一人でもある。
「おや柴さん、今日はもう上がりですか」
「いえ、今日は遅出ですので、夕の食事介助を見てから、ですね」
何気なく言い、善也の顔を見つめる。
「な、何か…」
母親、いや古風な教育を受けた厳格な祖母に見つめられたように、善也は背筋を伸ばしてしまう。
「善也さん、三年前の十月十九日に私に言った事を覚えていますか?」
「―えっ?!、さ、さあ…」 お、覚えていない。
何を言ったのか、必死に記憶を探る善也に、柴さんは笑って言う。
「では、二年前の五月二十一日のは?」
うろたえる善也に、更に言う柴さん。
「じゃあ、去年の一月三十日は、六月七日は?、先月の三日と今月の九日は?」
考え込む善也は、はっとして返す。
「…それってほとんど、私が普段言っている事、みたいですよね」
大きく頷く柴さん。そして言う。
「思い出しましたか、そう、いつもあなたが言っている事ですよ」
「『目の前のことを、仕事としてこなしましょうよ』
『嫌だと思う事は少しだけ溜めてみて下さい』
『どうしても、となれば私にどうぞ』」
「いつもいつもあなたに諭されて、私が助けられている事ですよ」
「…これは失礼」
ごしごしと顔を両手でこする善也。
「お見苦しい所をお見せしたようですね」
柴さんは首を振る。
「見苦しい?、いえ私はほっとしています」
「え?」 聞き返してしまう善也。
「あなたも悩む時があり、私がそれを助けることができたことで、ね…」
「この『白犬ケアセンター』にはあなたの仲間がたくさんいます」
温かな微笑みの柴さん。
「頼って下さい、そして私もあなたを頼ります。それで行きましょうよ」
「ありがとうございます」
頭を下げる善也。
「そして、あなたにそれを言ってくれたのは、シロン、ですね」
柴さんはちょっと驚いた後、笑って善也の肩を叩く。
「そう、調子が出て来ましたね、そのとおりです、ひめ…」
言いかけて口を押える。
「すみません、また言いそうになってしまいました」
頭をかく柴さん。
「そういえば『黒尾さん』がケアマネにお話がある、と言ってましたよ」
照れ隠しのように柴さんが言う。
「え、こんな時間にですか」
善也は彼女と事務所から施設の共有中庭に出ていく。
すると、そこから見上げるいくつかの山あいの空が…
赤、いや紅、それとも何とも言えないそれ以上の『もの』に染まっている。
「今日は夕焼けが綺麗ですね」
柴さんに言われて見上げる善也。
その向こう、なだらかな山裾の一隅に十数mばかりの切り立った岩壁がある。
その上の岩場に座る小さな影が見える。
シロンだった。
そう、今は黄昏時の最盛期なのだろう、空から赤みが消えかかる神秘的な時間。
大禍時ともいうのだろうか
夕焼けの中、箒を持って庭を掃いている、背の低い頬かむりをした老人。
善也の姿を認めると手を止め、ゆっくりと近づいてくる。
「おう、ケアマネ」
ドスの利いたしゃがれた声が響く。
「黒尾さん、今日は助かりました」
頭を深々と下げる善也。
「急なアセスメントの申し入れに、あれほどの事前情報を仕入れられて、本当に感謝です」
そのごつい手が手ぬぐいの頬かむりを取る。
現われるのは、真黒に日焼けした顔、大きな傷で塞がれた右眼。その反対の左頬にも傷跡が…
引退したヤクザの親分、その言葉そのものの印象の人物だった。
よく見ると背は低いが、その身体にはしっかりと横幅も筋肉もあり、決してせは曲がっていない。無言の迫力の感じられる存在だ。
「何せ黒尾さんの噂収集能力はピカイチですから、いつも助かってます」
「ったりメエよ、おめぇみたいな若造と年季が違わあ」
凄みのある笑い。
「だけどよ、今回の件で難儀しているおめぇを、もうちぃと困らせなきゃならねえ」
思わぬ言葉に、ぎくりとする善也。
「何かあるのですか、あの御狩野の家に?」
「さっきあの家に、今日最後のつもりで行ってきた、そして気づいたんだが…」
思わせぶりな沈黙を置く。
「どうしました」
聞き返してしまう善也。
「あの作蔵とかいうヤツ、朝見た時とさっきと…」
苦笑を挟み言う。
「…顔が違う」
ぽかん、と口を開けてしまう善也。
「顔? ―まさか他人にすり替わって、とか?!」
「そうじゃねえ、言うなりゃ、役者のほれ、『めいかっぷ』とかいう」
「…ああ、メイキャップ、舞台化粧のことですね」
「そう、それだ」
「え、それって、具体的にどんな?」
「遠目だから細かい事は分からねえが、しかし眉を太く険しくして、そう、鼻の横の間抜けなホクロも無くしていたのは確かだ」
善也は困惑した。訳が分からない。
本当に、混迷の大禍時に出会ってしまったようだ。
では、あの厭味ったらしいオヤジも演技?
全てが嘘なのか?
「何だよ!ワケ分かんねーよっ!!」思わず叫んでしまう
パチパチパチパチ…、傍らからの音に、ふと見ると、
柴さんと黒尾さんが手を叩いていた。
「そうそう、自分をさらけ出してください」 笑顔の柴さん。
「おめぇのその、その知ったかぶり仮面、ちょっと脱いで一服しな」
これも笑顔の黒尾さん、ちょっと不気味だが。
はは、同情されてますね…、愚痴る善也。
でもまだ、今日のケース、さっぱり判断できませんよ。
善也は思わず空を見上げた。山あいの空を茜色に染める夕焼け。
「シロンが言ってましたね、『嫌なこと、みぃんな、燃やして貰うんだよ』って…」
ああ、夕焼けが終る。命のような赤い色が終って漆黒の闇が全てを覆いつつある。
「ふふ、今日の嫌な事をみんな燃やしてしまったら、何も残りませんね…」
夕焼けの終わりを償うような、一番星が顔を見せて、光る。
それが善也に、何かを語りかけたような、気がした。
え、何も残らない?
今日のアセスメントの内容はあの作蔵という中年男の嫌な記憶だけ?
キラリと二番星が見える。
全てが嘘?、真実は隠されて見えない?!
―それは、違うだろっ!
そう、そうだ、相手は何を言った?
「明日の午後一時に必ず来い」
「今日来たメンバー、三人で」
それだけは間違いない。
そう、つまりは…
手の込んだ嘘やごまかしを繰り広げても
それをさせたかった?!
何のため?
『眉を険しくして、鼻の横の間抜けなホクロを無くした』、だから一層嫌な記憶が残った?
『八の字眉に鼻のホクロ』ならずいぶん印象が変わっていたかも?
「そう、いつしか『この男の顔は見るのも嫌だ』と思い込めば…」
「正確なアセスメントなど出来るはずもありません」
『ざーんねんでした、お前になんか教えてやるもんか!』
あっかんべーをして、
『バーカ、馬鹿ー!』
と相手は言っているということなのだ。
「私のアセスメントも舐められたものですねえ」
嘘で塗り固められた小芝居、見事に暴いてやろうじゃありませんか!
今までしょげていた筈が、何か燃える瞳で決心し始める善也を見て、柴さんと黒尾さんは顔を見合わせる。
ゆっくりと後ずさりする黒尾さんに、善也は振り返り勢い込んで言う。
「黒尾さん!、聞きたいことがあるんです、ちょっとだけいいでしょうか?!」
ちょっとでは済みそうにない勢いに、苦笑いするしかない。
事務室にキーを叩く音がせわしなく響く。
善也は猛烈な勢いでパソコンにデータを打ち込んでいく。
思い返すんだ…
介護で言えば、精神的に混乱のある利用者、認知症症状のある対象者。
言う事に一貫性、論理性がある筈もない。
ただ何か根源にあるもの、強い思い、強い記憶、その欲望?
それのための言葉、行動。
悪意を持って人に対するものもそれと違わないか?
そうだった、そうだろう。
『怪護』なら、なおさら!一見理解できない一連の行動も、それを隠したいはかりごともー
夕焼けに星が隠れていたように…
裏に隠れて、いや隠していたものとは?
そう、明らかに意図を持った、悪意!
もし、相手の意図に嵌れば?
見えてきたー、途方に暮れる善也のその自分自身の姿。
そして訳のわからないまま、相手の要求をのまされる、それが相手の思うもの、その要求とは―?
そう、相手はこちらが妖怪や霊と関わりあいが有る事に、なぜあんなに反応した?
善也は職業柄、今まである程度の霊感、妖の能力のあるものと対処してきた。
冷やかしや思い込みの脅迫、暴言、暴行なども経験してきた。
一般的な人々は、例え霊感や妖の力があろうと、それにはどこか、否定的な感情が見受けられていた。
『これは、ほんとうのことでは、ないー』という気持ち。
しかし、今回は違う!
善也は確信を持った。
そう相手はこちらの事を知っている、知った上で行動している!
善也はプリンターから出てきたアセスメントシートを読み返してみる。
介護ならこれでいい、だが『怪護』なら?
こちらも相応の覚悟で詰めなければ、いけない!
善也は決心したように言う。
「理事長に『オカラスさん』をお願いしましょうか」
西の空の茜が消え去る。
「おかあさん…」
崖の上のシロンは左の眼尻に浮かぶ涙を拭きとり、立ち上がる。
しかし闇に沈みつつある山並みを、はっと振り返る。
ザザザザザザザザザザ―!
暗闇に黙り込んだ白犬山の頂の方向から、音と勢いが走り込んでくる。
「来るか、オヤジィッ!」
しかしシロンが思う以上の勢いで―
「ち、ちょ、速いよおっ!」
がけ下に落ちる女子高生を尻目に、夜でも明らかなその白い勢いは、施設の開いた二階の窓に踊り込み―
―バンッ、と勢いよく窓が閉まり、終える。
善也が書類を持って施設の二階、理事長室に駆け上がる。
「理事長わざわざすみません!」
そこにいたのは、そう、例えるならば白い老プロレスラー!
身長は2m50㎝はあろうかという、白い筋肉モリモリの白髪の短髪にいかつい白ひげ面。
びっちびちの白ジャージに、極めつけは「白犬」と大書された白い筋肉ではちきれそうな白Tシャツを誇らし気に!
『白い傍若無人』を絵に描いたような白い筋肉白ダルマが、白々と笑っていた。
「どわははぁっ、私が『白犬福祉会』理事長の『白神 次郎左』である!」
「…ここには私しか居りませんので、その爆笑と紹介は不要かと」
「ちなみにあの可愛いシロンの父親であるっ!」
「いつもですね、その親バカ丸出しの解説は…」
「あんなに可愛い娘はいなぁい!」
「人の話カンペキ無視の絶叫もデフォですね」
しかしその可愛いはずのシロンが、バンッ、っと激しく扉を開け、白オヤジに詰め寄っていく。
何かのギャグのように髪に葉っぱや枝を絡ませ、土のかかったスカートをバシバシとはたきながら―
「オヤジぃっ!テメエのおかげで、裏の崖から落ちちまったじゃねえかぁっ!!」
「ふん、お前にとって大したことでは無かろう?」
「痛かったって言ってんのが、分からねえのかあっ!」
20mほど落下して、痛かっただけという女子高生はなかなかいない。
激しく睨み合う父と娘!
「で…?」
「―明日のパフェ代!」
「諾!」
一秒以内に転換する敵意と好意!
「やったー、大ぁぃ好きぃ、パパぁん」
「おお、可愛いのう」
「じゃー明日、よろー」
善也に天使の笑みを見せて去って行くシロン。
一体、俺は何を見せつけられているのか、とばかりに顔を覆う善也。
この親娘の計り知れなさには、慣れることはできないとばかりに…
「これでいいかね善也くん」
「はい、いただきます理事長」
アセスメントシートを受け取るケアマネージャー。
書類を確認し大きく頷くと、そのまま大股で出て行こうとする彼に声がかかる。
「…これも持って行け」
お守り袋を差し出す筋肉白オヤジ。
「ええっ、いや、これは―」
「君の『本気』に応えたまでだ、持って行け」
「―え!、あ、はい」
「気負い過ぎだぞ、君らしくもない」
「―!、そ、そうでした」
顔をごしごし両手でしごく善也。