1話 旅立ちと幻の泉
*小難しい設定は後述にて噛み砕いて解説致します。
カディスアス大陸の南に位置する国、フリューシオン。広大な南海に面した気候の穏やかな国である。
北に中立国のレイアノス皇国、東にザイン国、西にマージリアン国と三方を別の国に囲まれてはいるが、代々の賢王の元、中立国ではない東西国とも長年の国交により良好な関係を築いている。その所為か国民性も良くも悪くものんびりとした大らか者が多く、『お人好しと言えばフリューシオン』と言われる程であった。
その国の首都シオンから西にいった所に、サノーマという村がある。林業で生計を立てており、高級家具にも使われる蜜胡桃の木を主に王都へと納品している村だ。その蜜胡桃の木で家具店を営む者もおり、村とはいえ家々の調度品は質の良い物で揃えられている。
現在その村では、『旅立ちの祭』というものが行われていた。村の若者が、冒険者として旅立つ事になったからである。
村の食堂兼酒場では祭にかこつけて、三昼夜かけて飲めや歌えの大宴会の真っ只中であった。
勿論、主役である青年達も例に漏れなく。
「じっちゃん、俺ぜったいにぜったいに出世して村の皆に楽させてやっからなぁ」
「ねぇ、ねぇ、王女様に見初められたらどうしよう」
「じっちゃん達には世話になったからなぁ。なぁ、カイリ」
「逆玉の輿とかさぁ、夢だよね。ね、カイリ」
宴の中心でぬるい麦酒を煽りながら、祭の主役である年若い青年二人が声を上げる。丁度両手両腕に料理の盛られた皿を乗せた金髪の青年がやって来たからだ。
二人の声に、ん?、と緑の瞳をくるりと丸くして、青年カイリは二人の前に皿を並べて行く。
「ゲイルならなれるさ、俺達の中で一番力持ちだし。スーリンも魔法の腕は村一番だ」
人の良さそうな笑顔で二人を褒めると、カイリも二人の前の椅子に腰を下ろして料理へと手を伸ばした。焼き立ての鶏の香草焼きを、ナイフとフォークでガツガツと食べ始める。何せ明日の朝には村を旅立たねばならない。村の料理自慢達の味を楽しめるのは今晩までなのだから。
そんなカイリの様子を見て、相対する二人もまた鶏の香草焼きへとフォークを伸ばす。二人にとってもこれが食べ納めであったのだ。
「…なぁ、カイリ。本当に一人で行くのか?」
引き締まった筋肉を見せ付けるように腕捲りし、爽やかな草原色の髪を立たせた青年ゲイルが、心配そうにカイリへ声を掛ける。鶏の香草焼きを食べ終わり、たっぷりと肉と野菜を包んだオムレツを頬張りながら、それを受けたカイリは頷く。
「一人でどこまで行けるか試してみたいんだ」
その答えは、冒険へ旅立つと決まった時からカイリが口にしているものであった。
そうか、とゲイルは残念そうに返して麦酒を煽る。その横では、やはり仕方の無い奴だとばかりに長い紫色の髪を揺らして、理知的な瞳を細めた青年スーリンが笑っている。
「カイリ、いつでも頼ってくれて構わないからね。僕達は幼馴染みなんだから」
「…あぁ、ありがとう、スーリン。それにゲイルも」
二人の優しさに胸が熱くなる。カイリなら大丈夫だと太鼓判をくれた二人と拳を突き合わせて、お互いの健闘を祈る。
そうして青年達は、明日から始まる冒険に心を躍らせたのだった。
* * * * *
サノーマ村から北東へ。
青年カイリは王都へ向かう幼馴染み二人と別れ、ある森を目指していた。
キコの森。別名を『勇者誕生の森』という。
とある冒険者がその功績を称えられ、精霊女王に『勇者』の称号を与えられたとされる場所である。
キコの森自体は地図にも載っている有名な場所であるが、問題は勇者に祝福を授けた『祝福の泉』であった。この泉は森の中央に存在するという言い伝えであったが、精霊に認められた者でなければ泉へと辿り着けないという代物であった。
「精霊に認められた者しか辿り着けない神秘の泉。冒険者であれば一度は挑戦したい場所だよな」
日の光が射し込む明るい森の中をカイリは軽やかに進む。人間離れした身のこなしで、大樹の根を飛び越え、時には潜り抜け、時折顔を見せる森の妖精の悪戯をかいくぐり、ズンズンと森の中央へと探索していく。
「俺のスキルなら中央まで楽勝かな」
スキルというのは創世神より誕生と同時に授かる祝福の一つだ。生き物は必ず一つ以上保有しており、それは魔物へも与えられている。
カイリは『身体強化』というスキルを授かっており、その名の通り身体能力を飛躍的に向上させるというものである。
彼はそのスキルによって、飛ぶようなスピードで森の中心部へと迫った。落ち葉や花弁を巻き上げ、身体のあちこちにそれらをくっつけながら。
しかし、気付けば森が途切れ、広い草原地帯が視界へと飛び込んで来た。大樹の枝からぶら下がって、カイリはポカンとその光景を見つめた。反対側に出てしまった。けれど、中央を真っ直ぐ来た筈なのに、泉なんてひとっつも見当たらなかったのだ。
「なるほど?」
言い伝え通りであれば、自分は精霊に認められた者ではなかったという事になる。
仕方無い。冒険に出たばかりのひよっこ冒険者なのだからと、ガッカリして肩を竦めて王都へ向かう事にする。
「…なんてさ、ちょっと諦めが良過ぎるよな」
カイリは髪にくっついたままであった落ち葉を払って、不敵に笑う。ひよっこ冒険者らしく、挑戦あるのみ。もしかしたら見落としたかも知れない。泉とはいえ、とても小さいのかも。
そんな考えと共に回れ右。森の中心へとカイリはまた進み始める。
「おいで、アッシュ」
相変わらず軽やかな見のこなしで大きな根を飛び越えたカイリが、己の足許へと向かって声を掛ける。すると灰色の霧が寄せ集まるようにして何かの姿を形作り、それは一頭の灰色の狼へと姿を変えた。カイリの『守護獣』である。
「アッシュ、水の匂いを辿ってくれ」
アッシュと名付けられた『守護獣』はひと鳴きすると、カイリを先導するように前を走り始めた。
『守護獣』とは、創世神からの祝福の一つである。スキルと同じく誕生と同時に授けられるものである。しかし生き物全てに与えられるスキルとは違い、『守護獣』は魔物や動植物には与えられない。つまり、人類と分類される者にだけ与えられる祝福なのである。
「そこか、アッシュ」
駆ける狼に平然と追走していたカイリが、相棒が脚を止めた事で歩を緩める。アッシュが前脚で引っ掻く場所──大樹の根が入り組んだ部分に、カイリは慎重に片手を当てた。水の匂いがこの先からするのだと知らせる相棒の鼻を信じて、辺りを隈無く探索する。けれどたっぷり二時間、落ち葉を一枚一枚ひっくり返してまで探すも、結局幻の泉は見付けられなかった。
「今の俺じゃあダメって事か。もっと頑張ろうな、アッシュ」
日も暮れ始めた森の中、太い根の上に疲れた様子で座り込んだカイリに、アッシュも同意するかのように悲しげに鼻を鳴らした。アッシュの鼻ですら辿り着けないのなら、本当に言い伝え通り精霊に認められなければ泉を見付ける事すら出来ないのであろう。
カイリは腰に括り付けていたミニバッグの留め具を外して、バッグの中へと無遠慮に片腕を突っ込んだ。そうして取り出したのは大判の毛布である。そのミニバッグは、空間魔法により見た目の何十倍もの収容力がある魔法道具なのだ。
昔は田舎暮らしの若者には手が届かない高価なアイテムであったが、魔法の研究や実用化が進み今では簡単に量産出来るようになった為、田舎者でも比較的手に入り易いお値段となっている。ただ安価な物はやはり洒落っ気がなく、カイリ達の村ではミニバッグのベルト部分に穴を開け、そこへ耳飾りや首飾りを通すというひと工夫が若者達の間で流行っていた。カイリのミニバッグにも幼馴染みのスーリンに三人お揃いだと渡された、紅蝶玉という真っ赤な石を嵌め込んで作られたお守りが付けられている。
「ゲイルとスーリンは、無事に王都へと着いただろうか」
毛布にくるまり、相棒の毛皮を枕に赤い石のお守りを見つめた。
村を離れて一週間。まず二人は近くの町へと向かうそうだ。王都へと戻る商隊の馬車に護衛として乗せて貰うという話しであった。順調に行けば一週間もあれば王都には入れるだろう。
ゲイルの夢は王国騎士団に入団し、その給金でお世話になった村の皆へ恩返しをする事。スーリンは王国魔法院の研究員になって魔法道具の普及に努めたいと言っていた。もっと田舎でも気軽に魔法道具が手に入るようにと。つまり二人とも、孤児であった自分達をここまで立派に育ててくれた村の皆に、少しでも恩返しがしたいのだ。
俺の夢も同じく、村に恩返し出来る程沢山稼げる有名な冒険者の一人になる事──それは。
「…きっと叶えられる夢だ。だから、叶えられない夢ばかり追っていては、もうダメなんだよな…」
眠りに落ちる間際。微睡みの中。カイリの呟きに、優しい相棒が慰めるように頬を舐めた。
*スキル…生まれながらに神様から貰える異能。必ず一つ貰えて、二つ以上貰えたら神様からの贔屓。稀に後天的に増えたりするけれど、神様からの贔屓が過ぎるので周りからドン引きされる。
*『守護獣』…生まれながらに神様から貰える味方。哺乳類、鳥類、爬虫類、魔物型などなど様々。主が善なら善、悪なら悪へと染まる為、改心したり闇落ちしたりする時も一緒。主のスキルと魔法も使える為、主が魔法使いの子達は主が魔法を覚えれば覚える程強くなる。けれど活動する為の魔力は主から支給していただくので、調子に乗ると主が魔力切れで死ぬ。
*『勇者』…とてもとても凄い人に贈られる称号。国が認めて与えるものと、そうでないものがある。
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ヒロインはスーリンではありませんが、スーリンも素敵に無敵です。