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幕間4 それぞれの分岐点 りこちゃん、大神

 

 遅れてごめんね~!





利根田とねだ 理子りこの場合



 薄々気付いていたことがある。それは目隠しされた視界で限り無く暗い中、うっすらと前が見えるように。手で覆われたその微かな隙間からちらりと何かが見えるように。

 この世界で情報を制限されようと日常の中で時折それらは見えていた。違和感を突き付け、ヒントとでも言いたげに傲然と。それでも気付かなかったのか、それとも気付きたくなかったのかは分からない。


 それは私が大神の両親に発情期になったらホテルでも借りたらいいのにねと言った時の大神の変な顔だったり。

 それは前の世界ではよくテレビで見ていたのに、この世界の芸人や芸能人には居なかったことだったり。

 

 生存本能的に正しいなんてさも当然と言い切られたら、そんな常識など知らないと叫んでしまいそうになる。


 第三の性としてみな身近にあるのに、何故この世界はより寛容にならないのか。この世界の人々は同じ地球の人間に見えても、根底に狼の血が流れてるから生存本能で嫌悪してしまうとでも言うのか。それとも連綿と続いてきた周囲の考え方の環境がその常識に繋がったのか。それでは馴染めぬ私は…、あまりに異物ではないか


 自分の常識を信じたかったのか、盲目でいようとしたのか、はたまた私が頑迷であったのか。どれも正解であり不正解である。


 気付くのも一体早かったのか遅かったのか。こうなると中学生になるまで情報制限した世界の何と憎らしいことよ。とはいえ実際に衝撃具合を思うと時期適正にも思えるのがより悔しい。まぁ健全な性教育っていう意図なだけで、私が変な受け取り方をしてるだけなんだろうけど


 私は椅子に座り、暗い室内で手の中のスマホに目を落とした。ブルーライトに下から照らされた顔は、母が入ってきたら一瞬悲鳴を上げるに違いない幽鬼具合であろう。

 

 この世界は、オメガバースの世界なのに、オメガバースの世界の癖に、同性愛は禁忌らしい


「はは…っ。子孫を残せないからとか、そんな設定なかったのに…。前提条件はどうしたの」


 大神の所はやっぱり財力と権力で揉み消したんだろうなとニヤリと笑う余裕もない。

 逆に言えば途方もないひと握りのトップでさえあの対応というわけだ。


 画面が震える。私の顔色は、ブルーライトのせいだけでない。

 

 アルファは優秀だ。そうだ。アルファは社会的地位が高い。あってる。アルファは孕ませ易い。あってる。でも同性のオメガとは禁忌だから、同性が運命の番の場合は国が責任を持って抑制剤や政府の管轄の者が間に入って対応する。そう法律で保障されている。これは知らない。国民全員にマイナンバーはあるけれど、アルファとオメガは裏で番号を管理されているという噂。これはあり得そう。


 オメガは孕みやすい。あってる。オメガには男女とも発情期がある。あってる。今では抑制剤や法規制もあり、多少差別はあれどそれほど社会的地位は低くない。これも大丈夫。


 そこで不意に考えが至る。娯楽として消費していた本と現実との違い。それは動物の血が入っているから野性的で刹那的になるのではなく、そういう面があるからこそより理性や能力を重んじ、子孫繁栄に効率的であろうとしているのだろうと

 

 それからも現実を自分の中の常識と比べていく。

 オメガの雌は逆に孕みやすさからアルファから厚遇される面もある。これも分かる。でも冷静で優秀なアルファを唯一乱す者として雌雄とも場合によっては冷遇されやすくもなる。これも分かる。オメガの雄はベータの雄と変わらぬ生殖率ゆえ、オメガの血を欲する者から厚遇されやすい。これは違和感。


 一つ一つ確認し現実との齟齬を知る度、現実が乖離していく。

 頭がぐらぐらと混乱し、足元が崩れ落ちそうに感じて足先から震えが走った。


 そもそもの前提条件さえもまず私は違っていたのだ。雄のオメガに子宮はない。発情期は欲情するだけで孕ませられたい本能もない。雌のアルファも然り。雄は雄の体、雌は雌の体でそこに第三の性は関わらない。だから子孫が残せない。


「待って待ってそんなの違うそんなのどれも私の知ってるオメガバースの世界にない」


 吐き気がして口元を抑えた。寒くて体が震える。

 同性愛が禁忌ということがじゃない。前提条件が違うことが嫌ということでなくてただ―――

 

 

 こわかった



 自分がよく知り慣れ親しんだ縁がまだあった世界に居るのでなく、見知らぬ世界に一人だったという孤独

 改めて思い知らされたことが、ただこわかった。


 ふっ…ぐぅと噛み殺した嗚咽が漏れる。


 これほど無防備に孤独感を骨身へと突き付けられるのは約十年ぶりだ。

 カーテンの奥から覗く月は、今日も変わらず冴え冴えと澄んでいる。


 まるであの時と真逆の様だと不意に感じた。

 あの時は我が身ごと焼かれそうな程の眩しい太陽だったのに、そのあまりの熱と光が私の前の道を強引に照らし、結果的に命を長らえさせた。

 それが例え開き直りでも救われたことは確かだったのに、満月の光は事実を優しく明るみに照らし出し、孤独が浮き彫りになるだけだ。




 震える唇を噛んでそっと目を閉じる。

 少しの間だけ静かに過去を追憶する。


 


 生まれて初めてこの世界で自我を得た時、大体生後一年だった私は、最初理解出来ず恐怖で泣き叫んでいた。ある日、会社で仕事し、車に戻って座席に座って、まだエンジンもかけていなかった。ハンドルを握り、まばたきして目を開けたら此処だったのである。


 なんの前兆も使命とやらも神様も予備動作もなく、まばたきしたら赤ん坊だったのである。怖さと理不尽さへの混乱と怒りと悲しみと、ただただ赤ん坊の体が引っ張る感情の波に任せて泣いてばかりであった。


 意識が数日や数週間深く潜っては繰り返す中で、この世界の母が憔悴するのも、父が様々な病院を転々とするのも理解はしていた。しかし罪悪感は多少湧けどどこに居るとも知れぬ神とやらが根負けするまで、もしくは早々にこの夢から覚めるまでお互いの辛抱だと思っていた。娘の中へと同年代ほどの私が勝手に宿っているなど双方不幸であろうと。この体の持ち主がいるのなら返さねばならぬと

 

 しかし一か月経とうと三か月経とうと半年経とうと夢は覚めぬ。それが怖くて体は正直に泣く。郷愁が過ぎって泣く。寂しさが湧いて泣く。泣き続ければすぐに熱を出してぐったりする。だがそれを私自身もコントロール出来ぬ。

 正直喉が枯れる程の大合唱を、起きている限り毎日強制的に続けねばならぬ状態は、私自身も拷問に近く日々が苦痛であった。益々痩せる母と疲れの見える父、入院を繰り返す体を思うと死期が近いと自身で自覚できた。

 

 山田 莉子は一般的な人物だ。迷惑を掛けることを好まぬ、臆病で、怒りの持続せぬ人間である。日本人の大多数である曖昧を好み、目立つことは好まない。生真面目な潔癖さと頑固さがあれど、告発は匿名でないと出来ない。根は善良だが聖人君子でもなく利己的な部分もそれなりにあり、楽しいことがあれば喜び、嫌なことがあれば落ち込んだり怒る普通の人間である。だが取るに足らぬ凡庸な人生であっても、彼氏おらぬ歴年齢であろうと家族はおり、趣味がぼっちであろうと友人はそれなりに居た。大切なものがあったのだ。


 だからある日病院のベッドの中から天井を見上げ、「潮時だ」と思ったのだ。


 それは前向きな決意でなく、終わりへの諦めであった。これ以上はこの世界の二人に申し訳がないから先へ進んでもらおう、と。もしかしたら山田 莉子が死ねば本来の魂でも何でもも、さっさと輪廻の輪に戻ることが出来るかもしれないと、そんな都合の良いことを考えながら。


 山田 莉子は弱い人間である。これ以上の周囲への罪悪感は耐えられず、されどもう一度この見知らぬ世界で人生をやり直す気力も湧かない。もう一度初めからなど、しんどいだけだ。同じ名前で呼ばれる度に揺り戻される郷愁と父母の顔も声も違う違和感。それを二人へ当たらぬ自信がない。生来の慎重さは諦めへ、ネガティブさは悲観に繋がっている。

 

 そんな時であった。自暴自棄になっていた耳に、偶々飛び込んだのだ。「アルファの人が入院してるから後で会いに行こう」「あんた発情しないでよ」という明け透けで楽しそうな看護師たちの声が。

 

 それは山田 莉子には耳慣れたフレーズであった。確実に前の世界には存在しないもの。郷愁は呼ばず、されど前の世界と近しくて唯一の趣味であった縁を感じるもの。

 ほんの少しだけ興味が湧いた。廊下の奥に消えてしまった続きが気になった。


 その時、それまで病室のベッドから無感動に天井を見つめていた頭が動いたのが分かったのだろう。隣に座っていたこの世界の母が身を乗り出して嬉しそうに頬を緩めた。それまで存在を無視していた失礼な私にも関わらずである。

 目も鼻も口もあること以外何もかも似ていないけれど、どこかそれは私の母とだぶって見えた。

 やけに窓の外に覗く青い空と太陽が眩しくて、焼く様な日差しが眼前を照らしていたのを覚えている。


 そうしてようやっと決心がついたのだ。この世界から去るまでもう少し生きてみようと。ただ、それは決して前向きなものでなく自暴自棄の末のやけっぱちな開き直りでもあった。

 

 それはまるで夢の国へ行った時、折角なのだからとネズミの耳を付けて現実を忘れて満喫しようとするような。没頭して忘れようと必死なようなそんなものだ。周りは自分を知らない人ばかりで、遊園地には子供心をくすぐる好きなものばかり。みんなネズミの耳を付けて楽しそう。普段よりはしゃいで開放的で、気が大きくなる。お姉さん風吹かして迷子の不安そうな子供達がいれば手を差し伸べるくらには


 生のままの山田 莉子で生きるのは、弱く狡い人間には無理なことであった。だから白黒の駒をひっくり返す様に生来の山田 莉子はひっくり返した裏側に逃げ隠れて開き直った。慎重さは大胆さに、悲観さは楽観さに。何をするにもいつかは帰ってるのだからと予防線張って、折角なら帰るまでこの好きだったオメガバースの世界を満喫しよう、と


「今更こんなのバレたら幻滅どころじゃないよなぁ」


 自分でも自分がダサ過ぎて幻滅するのだから


 くしゃりと顔が自嘲で歪んだけれど、涙は出なかった。

 子供の時に泣き過ぎたせいに違いないと無理やり口元を上げる。


 それから泣き癖を治し、弟も生まれ、少しずつ地に足先が付くように、この世界との隔たりとも薄皮一枚ずつ慣れていった。一年以上掛けて保育園の頃には”利根田 理子”という陽気な自分にも慣れはしてくる。子供の体は感情に素直で、いつも慎重に、悲観的に難しく考えていたのを山田 莉子の鮮明な記憶もろとも意識しないよう心掛ければ、簡単ではあった。家族仲は今ではこの通りだ。


 良いのか悪いのは判別しがたいが、自分ではだいぶ山田 莉子と利根田 理子は混ざってるんじゃないかと思っていた。ネズミの耳を付けてはしゃいで振舞ってるかどうかだけなんだからと。でも、と思わず苦笑が漏れる。

  

 今まで当たり前と思っていたことが違った。足元の地面が実は不確かな沼地だった。それは例えば夢の国のキャラが本当は僕ハムスターなんですと言ってるような。周囲の人々全員がそれを当たり前に知ってると笑うのをただ眺めねばならないような。笑い声が木霊する中、ひとりそんな疎外感と孤独感と……、違和感。


 それだけでこんなに動揺してしまった。たから苦笑する。真逆の白い盤面りこは眩しくて、馬鹿な面も多々あれどある意味黒い盤面りこからしたらこう生きてみたかったという理想でもあったから。

 同じだけれど本質が変われぬ自分は、臆病で弱い利己的な人間のままだ。


 コト…とスマホを置いてもう一度月を見上げた。

 

 たすけて と誰かに言うには、敵も見えぬ漠然さで。説明しようにもどこから話せばという不確かさで。自らの中で白黒付けねばならぬ事柄で

 だからこそ孤立無援の八方塞がりで、独りきりは寂しいからまた同じ様に開き直るしか私には出来ない。自分の守り方をそれしか知らない


 

「明日から変態って呼ばれそうだなぁ」



 また眉間に皺を刻んで唸る顔が思い浮かぶ。

 呟けば少しだけ笑えて、足先が地面へと微かに触れられた気がした。 

 






トネコメ「むずかしかったああああ。でも何処かでいつか入れたい入れたい何処で入れるべきなんだ幕間なのか最終の方がいいのかうおおお(うるさい と悩んだ末の投入。健太の幕間以降からはまた元気で変な方向に突っ走るりこちゃんに戻るからみんな生温かい目で見てあげてね☆←おい 1話は敢えて自己紹介や解説チュートリアルがてらの神視点も入ってるので、テンション高めにあくまで利根田 理子としての設定範囲でいってるので開示内容や部分に齟齬が出てるという感じですね~。最初、この世界のお母さん視点でのこの過去話導入路線だったので、色々と難しかったあw」







◇大神の場合


 

「大牙、ここまでよく手伝ったわね。でも、臨床試験はマウスだけ。私たちが作ったから間違いないとはいえ、薬の効果による弊害とは別に長期的な副作用はまだ不明。それも成長期の人間になんて危険性も馬鹿らしいものよ。正直、科学者としても親としても現時点で使用するのは愚か者と言わざるを得ないわね」

「もう二年待った。これ以上待つ気はねぇ。どうせ臨床試験の人選は選び始めてんだろ。その中に俺も入れりゃあいい」

「未成年を入れたら五月蠅いんだがな。まぁそれはどうとでも押し通せるが、本当にいいのか? 肉体的な低下は避けられんぞ」

「それが目的だからな。これで臭ぇ生活ともおさらばだ」

「臭いってひどい言い分よねぇ」


 好戦的に犬歯を剥きだした大神が両親に向けてニヤリと笑う。

 この唯我独尊っぷりは誰に似たんだかと肩を竦める両親に、お前らだよと思わず半眼になる大神。並み居るアルファを抑え薬学分野の中で世界一だと豪語して憚らないことに関して、別段何とも思っていない二人である。何故なら事実だから、とのこと。


 そんな大神の視線には慣れたことと好き勝手に新薬の準備に移り始める両親。報道にはうんざりして隠遁してるのだから、今回も上手く隠すのだろう。アルファの中でも極めて優秀な二人はよく言えば常人離れ、悪く言えば一般人には理解不能だ。


 ちなみにそんな二人の一粒種で小学生の時から「作りたいもんがある」と規格外組の助手を始めた大神も大概異常の一言なのだが、本人は気にするつもりもないらしい


 大神は机上の見慣れた液状の新薬を手に取り、とぷりとぷりと揺らした。三角フラスコの中で薄黄緑色の澄んだ液体は軽やかに踊っている。


 ひとまずの完成に、ようやくの達成感と共につい報告したい者の姿が浮かんで、まだ駄目だとかぶりを振った。


 まだ完璧ではない、こんな中途半端では駄目だ。でももし完成したら――――


 照明に翳した液体の先を思い浮かべれば、つい笑みが零れた。両親はそれを見て思わず愉快になる。昔は見ることなかった笑みなのだから。お互い好きに生きているとはいえ、常人には理解しづらいながらもそこに家族愛や情染みたものはある。


 眼前には年相応の少年の様に朗らかな、獲物を前に喜色を浮かべる肉食獣の様な笑みを浮かべる息子が居た。


 ――――そうしたらあいつは、大神ならやれると思ったと信頼を向けた笑みを浮かべるだろうか


 先の未来を暗示するように、液体がまた軽やかにとぷりと波を打って踊った。







トネコメ「親を憎んで終わりなくて、もっと上手く使い切ってやろうと、より強かになった感じですかねぇ(笑)分かりづらい形ではあるけれど、お互いそのややこしい性格をある程度理解してる感じ? まぁお互いいい関係に落ち着いたかと(笑) まぁアルファ両親がりこちゃん家父母みたいになったら、大神は精神病かドッキリを疑って真顔で近付くなと言いますしね(おい ちなみに両親の家族愛の分かりにくさを言うと、例えば普段はあんな感じでかなーーーり放任主義なのに、もし大神が土下座でも何でもして頼むのなら、理由を聞かずに二人とも嫣然と微笑んで例え細菌テロ兵器でもつくってあげちゃいます。ちなみに研究室は地下にありますよ~。最後は死人を積み上げたあと、全部終わらせて無気力抜け殻になった大神と、終わらせた方が楽だろうと見た父、最後まで生かしたい母の相討ちで全員死亡エンドですかねぇ(ぇ あくまでお願いがあったらの場合ですので大丈夫ですよ!(ぇ 分かりにくい方達ですね!もう~!←」


 







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