10、中学一年生 適性検査。衝撃だった 上
やぁ諸君おはよう、私だ、利根田 理子だ。中学一年生になったぞ。早いものである。ランドセルを外せたというだけでこんなに心軽やかになるものなのか。
ん? そこ、コスプレとか言った子出てきなさい。誰だ、武器を手放していいのかとか言った奴は。
げふん。という訳でそのまま地元の公立の中学校に何の躊躇いもなく入学したぞ。何かゴリ男や女先生は「推薦しようか?」と名門私立中学へ行くことを勧めてきていたが、全力で断っておいた。
考えてもみてくれ、脳みそ四十路のスポンジ女がどうやって元から天才ばかりがほぼ集う所で生きてけようか。
リアル幼少時は神童、大人になれば只のババアを地で行くことになるのだぞ。哀しみと哀れみしか湧かぬであろう。
ほら、お金持ってる時点でアルファの確率が上がるのである。大神や聖也くんクラスが通常なのか分からぬが、絶対学校内でアルファの比率は上がるに違いない。後は言わずとも分かるであろう?
無理無理絶対無理である。化けの皮が剝がれたらりこおばちゃんしか出てこないよとっつあん!
そういえば、中学からは私服でなく男子は学ラン、女子はセーラーとなったのだが、これまた男子の方は黒基調に金ボタンで詰襟風と中々格好良くてなぁ。
対してセーラー服の方も群青に白いラインが入りつつ、赤色リボンとこれまた可愛らしい感じで、一番近場の公立中学であったが流石制服かわいいランキングで女子小学生から人気だっただけあって中々可愛いのだ。
買った新品の制服を着て鏡の前でくるくる回り―の、家族にどや顔で自慢しーのして、遊びに来てた大神に「ガキかよ」と呆れられた程度にはテンション上がってたのである。そこ、だからコスプレにはしゃぐババアとか言わないっっ!!
うう、だって漫画から出て来たみたいなんだぜ…? 我が前世山田 莉子の制服なんか、他の中学校からその茶色染みた色合いと生地の粗さからズタ袋制服とまで呼ばれてたんだぜ…?
これほど思春期の子達に衝撃的案件があろうか、いや、ないという反語。
さて、そんなこんなで中学一年生になった私だが、意外や意外。大神は一緒の中学に進学することになった。てっきり勉強しているのは、こっそりお受験でもするつもりかと思っていたし、家柄や能力的に推薦も確実だろうと思っていたのでこれには驚いた。
驚き過ぎて小学校卒業の時に本人に直接聞いたくらいである。
「大神、名門中学行かなくていいの? あんたなら余裕でしょ」
「別に。興味ない」
「ふーん」
その割に何か分からない文字で書かれた本を読んでるんだから、天才ってよく分からん奴である。
という訳で大神は同じ中学で一緒のクラスになった。おおふ、またこの苦労は後ほど機会があるなら語ろう。
それからお花ちゃんとも一緒のクラスになった。
えへへへ、これは嬉しい。
聖也くんもお花ちゃんをストーカーげふんげふん、お花ちゃんのお尻を追っかげふんげふんして勿論同じ中学になりーの、一緒のクラスになり-ので、何だか小学校でも久方ぶりの集合感だ。ラインナップだけ見るとあんまり中学生で変わった感じはしないかもしれない。
とはいえ、うちの地域とあともう一地域ぐらいから集まるので、クラスの顔見知りは半分程度にばらけるんだけどね。
ちなみに健太は初めて別のクラスになった。
ざまあ!! セーラー服見ていきなり「ぶーす」とか言って来た報いじゃ!!! 私的にはこの制服気に入ってるんだぞ失礼な!!!
え?制服は可愛い?利根田 理子の顔に言っている?
ええい、この顔も見慣れれば可愛いんだぞ…!! 中一の勉強でひいこら悪戦苦闘するがよいわ!!!
思い出して憤慨と共に悪どい笑みを浮かべていると、お花ちゃんがふんわりとほほ笑んだ。目に見えぬマイナスイオンがささくれ立った心を癒してくれてる気がする。これがヒロインパワーか…
内心で崇めていると、また少し伸びて今では腰程まで届くお花ちゃんのゆるふわウェーブのマーメイドな髪が風に靡いた。
「りこちゃん、今から検査、緊張するね~」
「お花ちゃん緊張してるように見えないよ~。あ、お花ちゃん絶対人に聞かれても自分の性を言っちゃダメだからね!」
「うん~、分かった~」
「花、約束」
「うん~」
何でかは分かってないだろうけど、それでも念押ししておけば「りこちゃんと聖也くんが言うなら~」とふんわり微笑む。ああ癒される…じゃなくってと聖也くんとこっそり視線を合わせた。
分かっておる友達と書いてお花ちゃん仲間の聖也くんよ。お花ちゃんに今言っとかないと絶対聞かれたら人が好過ぎて答えちゃうもんね。
もしベータであるならいいのだが、オメガだとバレたら人の口に戸は立てられぬで何処まで知れ渡るか分からない。まぁそんな目に見えた差別があるのか正直分からぬのだが、やはり警戒はしてしまうだろう。
あー! 携帯欲しいなぁー!!! 折角携帯所持条例の適性年齢をクリアしたのだし、お母さまにテスト結果と交換でねだってみるかなぁ…!!
益々王子様度の増した聖也くんは、お花ちゃんの様に少し髪が伸びて首筋で適当に結んでる状態だ。でもさらさらヘアと爽やかな美貌で、前世山田 莉子の時はリアル長髪の人は何だかなぁと見ていたのに、最早好感しか湧かせない。
黒地の学ランはまだ真新しいが、着られてる感よりも清潔感に転じるのはもう才能だと思う。
聖也くんがこっそりと耳打ちしてきた。お花ちゃん命の聖也くんなので、他人には誤解されまいと、お花ちゃんや大神たちというかクラスメイトの前では女子に対して物腰丁寧だけど一定距離しか取らないのに珍しい。
私より少しだけ身長の高い聖也くんが口元を寄せれば、目の前を毛先の尻尾が過ぎった。小学生女子の時は同じくらいだったのに、私の成長期も早く来ないものか。
「利根田さん、花のこと頼むね。多分――」
「分かってるって」
「ありがとう」
そうして安心したようにほっと柔らかく微笑むと、またお花ちゃんとほのぼの会話し始めた。ううむ、眼福であった。レアものだな。
それにしても、やっぱりお花ちゃん関連だったなーとかオメガかもと危惧する所は同じかーと考える。
むぅ、聖也くんセンサーや大神の鼻センサーでも引っ掛かってるからなぁ。
一応適性検査は一人一人行うし、守秘義務はあれど告知義務はないから隠そうと思えば隠せるのである。
勿論親へは通知義務があるので知らされるが。あと詐称を自ら行うのは駄目でも、勘違いされるのは仕方ないっていうグレーゾーンがある。
という訳で、あの市松人形の様な美少女中学生ちゃんのパターンが出来るのだな。
そういや大神は今では女子高生ちゃんと仲良くやってるんだろうか。男子小学生と女子中学生だと応援するには何だか微笑ましいごっこ遊び感だが、男子中学生と女子高生ならもう萌えをありがとうございますと言いながら応援するぞ。
見下ろせば、いつも通りというと何か心なし不機嫌そうだが、眉間に皺を寄せて大神が眼光鋭くこちらを睨んでいる。
何だ、分からない問題でもあったのか? それとも、勉強の邪魔しないようにしてたのが俺もしかしてぼっち…?ハブられてる…?みたいにハートブレイクしたのか?
「今、変なこと考えたろ」
「こわっ、大神益々テレパシー能力上がってない?」
「お前が分かりやす過ぎるんだろ」
そうしてふんと生意気に鼻を鳴らすのである。ランドセルを外して学ランを着ただけで、何だか一気に大人というか野性味が増すというか、危険な魅力が増す感じなのに中身の生意気度は全く変わってない模様。こいつも大概見掛け詐欺だな。
中学生になって、このクラスではいつの間にかこの四人で集まることが多くなった。お花ちゃんと私が仲良いので、まぁ聖也くんもお花ちゃんにくっついて…というのはいつもの形だが、最初の席替えの時に私と大神が隣だったので、そのまま流れで四人で会話することが増えた感じである。
ちなみに席位置的には見事一番後ろの窓際を取った大神。その位置好きだなおい。そしてその隣の席の私、お花ちゃんや聖也くんが前の方の席なので私や大神の所に遊びに来るといった感じだな。
最初お花ちゃんに対して何かアクションあるかと二人を心配したが、臭いと言って顔を顰めることもなく、聖也くんに配慮してるのか興味ないのかは定かでないが口数は少なくとも邪険に扱ってはいないので、まぁ大丈夫なのだろう。意外と性格の相性は悪く無いようである。
ちなみに、聖也くんと大神の相性も別段悪い訳ではなさそうだ。小学校の延長というか、何かお互いに配慮しつつも相手にそこまで興味ないというか…、まぁお互い一目置いてる感じでの付き合いと言えば分かるだろうか。
仲が悪いよりはいいんだろうしと、その距離感に対しては別段思うところはない。お前等だから中学一年生かよ。もっと心開いて青春しろよとは思うが。思うが!
そんなこんなでお花ちゃんときゃっきゃうふふと話していると、教室のドアが開いて先生が入って来た。
眼鏡でオールバックで鋭い眼光というもう厳しそうな感じの男の先生が、我らが担任である。ついたあだ名が45ド。別段熱血で熱い性格だからとかではない。眉尻とか目つきがいっつも吊り上がってる角度から付いたあだ名である。
学生とは恐ろしい……
理不尽なことでは怒らないのでその点は信頼というか、生徒から好感度はある先生だが、如何せん厳しめで怖いのでクラスメイト達は一斉にがたがたっと席に座った。ことわざの蜘蛛の子を散らすのを逆再生で見ているようである。
一番最後のお花ちゃんが、お花ちゃん的には一生懸命できびきびと、現実ではゆうっくり座ったのを確認した後、先生は眼鏡を押し上げクラスを一度見回した後聞き取りやすい声で述べた。
「それでは、先週から用紙等で通知していた筈だが、今から適性検査場所へと順番に行ってもらう。先生に着いて行くように。体調の悪いもの、時期的に都合の悪い者は適性医師に名乗り出ること」
本来ならざわざわとお喋りしたいクラスメイト達だが、先生の手前ドキドキワクワクしつつも大人しくしているようだ。ちなみに適性医師とは、文字通り適性検査に特化した医師である。とはいえ血を取って判別機で見るという専門とは何ぞやの感じではあるが、メンタルケアも兼ねた精神科医と兼任みたいな感じの医師だな。
この適性女医師と男子学生とのめくるめく―――と妄想に飛びかけた所で、ふわぁと隣で大神が興味なさそうに欠伸する。おい、春うららで長閑とはいえ先生にバレる前にやめとけって。というかコイツ呑気だなぁ。
「一組から順番に適性検査を受けてゆくので出席番号十五番までの子は廊下に並ぶように。五人の医師が個室内で待機しているから名前と出席番号を伝えること。空いた所から入っていい」
ざわざわと十五番と十六番の子あたりで騒めきが起こるが、先生のひと睨みですぐに静かになる。うーむ、これぞ蛇睨み。
ちなみに大神はもとより、お花ちゃんもだが、私もギリギリ十二番で前半組に入っているな。聖也くんだけ後半組だ。意外とこのクラス、和田さんとかが三人居るのである。地域柄だろうか。
「詳しくは用紙をもう一度読むこと。教えられた結果を人に伝えるかは個人判断に任せるが、無理強いして聞くこと、偽りを述べることは法律違反となる。学生でも退学処分にせざるを得なかった生徒もかつては居たので甘く見ないように」
ぴらりと先生が用紙を見せるので、私も机から取り出して安い再生紙にちっちゃく書かれた文字達を読む。
前世山田 莉子であったらぼやけ過ぎて決して読めなかったであろう。老眼の天敵と言わざるを得ないレベルの細かさだ。
何故ヘタウマの上手いの部分だけ抜いたへんてこりんなキャラクターに用紙の三分の一を割いたのか。吹き出しにする必要性はあったのか。謎しか残らない。
「親へは通知義務があるので後日通知が行く。先生への報告義務はないが、親の同意の下、君たちの性を知ることになる。嫌な者は先に親と相談しておくように。ただ、知ることで君たちを守ることも出来るとも知って欲しい」
先生が吊り上がった眉と眼光のままくるりと教室を見回す。クラスメイト達は緊張してごくりと唾を飲んだが、私は思わず緩みそうになる口元をむにむにと引き結んだ。
うーむ、適性検査みたいな大事な年に、この先生で本当、当たりだったよなぁ。もしかしたらこれも中学校側の配慮だったのだろうか。あの小学校、必要と思えば個人情報ばんばん流すからなぁ。潰れないのだろうか? これが学校の裏の力…!!
ちなみに我らが担任は学年主任である。流石というべきか。ゴリ男とは違った意味で顔が怖いが、ゴリ男と同じく生徒をよく見る先生であろう。
生意気にもそんなことを思ってしまっていたら、一瞬45ド先生と視線が合う。慌てて秘儀、大人愛想笑いで誤魔化していると、隣から馬鹿にしたみたいに鼻を小さく鳴らす音が聞こえた。大神うるせぇ
「また、一次確定はあくまで一次確定だ。今後保健の授業でも習うだろう。性が変わる者もいる。またホルモンバランスの影響に依り、精神の躁鬱の波も出よう。くれぐれも自分の性に悩み過ぎぬこと。何かあれば親、友人、先生、学校のこころのへやに相談すること。以上だ。何か質問はあるか」
何だかんだ心配性と見るべきか、仕事熱心というべきか、責任感のある立派な学年主任は結局用紙の内容を全部口頭説明した後、「では、移動開始。残りは自習」と手を打った。
よっこいしょと私も立ち上がる。
さて、廊下に並ぶかと前半組の皆が席を立つ騒音や、自習の一言にざわざわと興奮や不安の半々の顔で面々がお喋りしだす中、不意に手首を熱い手に掴まれた。
不思議に思い振り向く。というか少し後ろに引っ張られる。
「どったの大神」
顔だけ振り向けば、大神が音も無くするりと顔だけ耳の横に寄せた。
「後で性教えろ。交換条件で俺も教えてやる」
「えー、早速先生の話破ってどうすんの。別に興味ないし」
「箱の中の猫は開けるまで分かんねーだろ。もしかしたらもあるぜ?」
「物音と鳴き声である程度想像出来たら満足します~」
他のクラスメイトも居るんだし離してくれとぷらぷら手を振るも、全然離してくれない。熱いし。
「そもそも、分かりきってるのに対価価値分ないじゃん」
「ふん、それはお前もだろ? なら同じじゃねーか」
「うわー、むかつくー。絶対やだー」
鼻を鳴らしてどうせベータだろと言わんばかりに、というか暗に言いやがるという小生意気なことしやがるので、ぺいっと手を振り払って無視して歩き出そうとすると、グルりと、まるで肉食獣が威嚇音を喉から零れ出す様な、低い腹を揺らす様な重音が真後ろから聞こえた。
攻撃的な、思わず後ろ首を噛み千切られそうな気配に、鳥肌の立った首筋を咄嗟に押さえて振りむく。
見れば、さっきまで騒めいていた筈の教室が水を打ったみたいに静まり、教室中の視線や意識が全て大神へと向いていた。
たった一唸りで小学生の時よりも更に圧倒的に鮮烈に場を支配した大神は、その癖そのことなどまるで頓着せずに無視して、強い焔の視線で私だけを視界に入れて射貫いてくるのだ。
口の中が乾燥するのも嫌な気分だし、首筋がぞわりとなった感覚はまだ残ってて嫌だし、こんな見世物状態も嫌だしでわざとらしく顔を顰めた。
益々嫌味なぐらい成長しやがってるし、相変わらずアルファ(多分。もうすぐ確定)の俺様っぷりだし、何がムカつきポイントだったか全然分からんし、何よりも―――
「理子、頼む」
何で私の性という、たったそれしきの事でこの可能性の塊みたいな大神が、プライドの高い大神が人前で強い口調と視線とはいえ懇願出来るのか分からないというのが嫌なのだ。
ただ、ここまでされて意地を張れる程子供でもないし、素直な懇願に弱いと見抜かれているのに意地を貫ける訳もない。というか事態収拾面倒臭いしもう何してくれやがってんだ大神。
もう気持ち的には45ドなんて超えて眉毛が盾一本線になるんじゃないかってくらい顔をわざとらしく顰めてから、両手を挙げてひらひらと手を振った。
「わかった。わーかったって。後でね」
「ああ、感謝する」
「はいはい」
珍しく感謝の言葉を述べた後はようやくいつものふてぶてしいというか、斜に構えた状態に戻ったのでやれやれと肩を落とす。誰か動物園に雇用してくれないだろうか。飼育年数は小学生からなので結構中堅枠になれると思うぞ。
未だ周囲はおそるおそるというか、視線が大神にいってるのに、当の本人はもう用事は終わったとばかりに興味なさげに欠伸して後ろのドアから出ようとしている。
置いていくなと着いていくのも目立ちそうというか、呼吸音がバレたら今度は取り残された私の方に視線と意識が向きそうだ。りこちゃん嫌だなぁぁぁと私は壁、私は床の染み、私は空気と内心念仏を唱えていると名前を呼ばれた。
うひゃいっ!
「利根田、大丈夫か?」
「あー、はい。何も問題ないです」
「そうか、では時間がない。今から整列するように。これ以上の騒動者には宿題を増やすからな。では、移動開始」
柏手を打った先生のツルの一声でまた騒めきを取り戻した教室に、思わず先生へと感謝の念を捧げつつ、廊下へと一目散に逃げるのだった。
まぁ前後の子からはすんごいどうしたの何があったの攻撃されたけど。
それはねぇ―――私も知りたいよ!!!
前方で、くわぁとまた大神が欠伸した。
遅くなりすみませぬ☆
この次はやっと検査っす~☆
ただ更新がまた伸びるかもなんで、のんびりお待ち頂ければ(笑)
健太は三組でっす☆(ぇ