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7、小学五年生 野生のヒートに遭遇した。刺した 下


 暗闇へ順応しゆく視界に広がった光景。




 学生服の市松人形の様な綺麗な女子中学生か女子高生らしき子が、路地裏の奥でぐったりと蹲る大神の腕を捉えて何処か熱に浮いた様な目で見下ろしていたのである。


 大神の腕を掴んでいる手は傍から見ても痣が出来そうな程強く握られている。しかし、その足取りはふらふらと頼り無く、吐く息も大神とは真逆の意味で病人の様に熱っぽく荒々しく、なのに目だけは虚ろに霞ながらも爛爛と輝いているのである。


「私はオメガじゃない、アルファなんだ…」

「ッ! 大神! 動ける!?」


 誰に聞かすでもなく、呟く様に、宣言する様に虚ろな熱を持った声音。

 大神は名前に反応してか弱弱しく動こうとしたものの、すぐに力が入らないかの様に全身から力を抜いてしまった。顔色は更に悪くなり、意識が飛びそうになっている。


「いい、匂い…」

「は、……な、せ」

 

 まるで女郎蜘蛛が獲物を捕らえる様にするりとその細く白い腕を回す。瞬間、大神の顔が泣きそうに歪んだので思わず推定女子高生へと突進してしまった。


「ちょっ、タンマ!! やめてあげてください!!」

「邪魔ッ、しないでよッ!」


 悲鳴の様な叫びと共に乱暴に振るわれた腕が、米神に当たる。

 うぐぅ、だから運動神経なんて持ってないんじゃーい!!

 哀しきかな推定女子高生とはいえ、こちらは小学生女子。狭い路地裏の壁にそのまま叩きつけられて思わず呻く。幸運だったのはランドセルが衝撃を大分吸収してくれた点か。


「ッ、……、り、こ。逃げっ」

「っつう…。だから、大神を置いて、逃げれるかーい!」


 目を見開き傷付いた顔しながら…、真っ青な顔で脂汗流して今にも倒れそう顔しながら、自分のことじゃなくて私の心配する大神を見捨てられる訳がない!


 事情は呑み込めないが、これはすぐに大人を呼んだ方がいいと防犯ブザーの紐を引こうとした瞬間、女子高生が悲鳴と共に大神から離れ、自分の身体を抱き締める様にしてその場に蹲った。


 思わず呆気に取られて防犯ブザーから手を放すも、今だ!と急いで大神の傍に寄る。


「大神! 起きて! 動ける!? 大丈夫!?」

「わ、……りぃ」

「いいからっ」


 力が入らないのか立てない大神を何とか路地裏から出そうと腕を引っ張った瞬間、耐え切れなかったのか大神が吐瀉物を吐きだす。

 モロに服に被るが、ええい、非常事態じゃなんぼのもんじゃーい!

 火事場の馬鹿力で大神を担げたら良かったのだが、そういう力も残念ながら湧かず、とはいえ吐いて少し楽になった大神がふらふらと壁に腕を当てて立ち上がった。

 瞬間、後ろの方からまるですすり泣く様な鳴き声が路地裏に木霊する。


「やだ……、たす、けて」


 そう言ってまるで苦しむ様に路地裏の地面へと汚れも気にせず女子高生が蹲った途端、大神が憎しみ混じりの視線で弱弱しく腕で鼻を覆ったことでようやく理解が及んだ。


「まさか、オメガのヒートッ!? しかも抑制剤なし!?」


 言動を思い出す。こんな時でも萌えが頑張るのか、思考がもしかして「美しい美貌を持つ自分がアルファだと適性検査の後も信じてたけどオメガだったとかで、今回初ヒートとか…!!」と脳内解答をだす。本当かは神の味噌汁である。だがあるぞ、一回設定で読んだことあるぞ…! 前世山田 莉子もちゃんとこのパターンまで嗜んでいたぞ…! 美味しいうっひょおとか叫んでた記憶あるぞ…!

 

 そうなると……ランドセルにある防犯ブザーは使えない…。というか、こんなに苦しんでるのに、大神には悪いけど一方的に警察に突き出せない…


 現実で見るのと小説や漫画で見るのとはこうも違うのかと舌打ちしたくなる。教科書め、読んでも個人差ありますしか書いてなかったぞ! 起死回生の手が浮かぶも、でもあれを使うと…と一瞬自己保身が頭を過ぎる。


 しかし悩みは推定オメガ初ヒート女子高生が、苦しそうに恐らく発情期の衝動を耐えて、ヒートを少しでも抑える様に泣きそうな声で呻いた瞬間吹き飛んだ。


「抑制剤、持ってますか! 抑制剤! 鞄に!」


 何度か聞けど、弱弱しく首を振られるばかり。

 予想は付いていたので、ランドセルを下ろして大神へと振り向けば、何してるんだと言わんばかりに此方を射殺すくらい強く睨みつけていた。


「大神、弱ってる所悪いけど頼んでいい?」

「なんだ」

 

 勘の鋭い大神に、あははーと場を和ます様に軽く頼んでみる。

 

「今からひとっ走りして、私の部屋にある机の引き出しの、真下に貼って隠してるやつ取ってきてくんない?」

「嫌だ」


 反論は被さる様にだった。次いで、唸り声を上げてまるで噛み殺すみたいに強く睨まれる。


「そんな自業自得な奴見捨てろ」

「駄目だって。下手したら今度は逆にこの子が襲われちゃう」

「お前みたいなガキが助けてやる必要が何処にある!!」


 苛立たし気に、泣きそうに、脅して吠えるみたいに、まだ回復しきってない顔色で強く叫ぶ大神に私もつい眉を下げて困ってしまった。


 本当はこの子よりも大人だからなんて言える訳もなく、前世山田 莉子の記憶を強く持つからこそ同情してしまったからなんて言える筈もなく。


 私みたいな見掛けが子供じゃない人なら…、例えば今が夜も前の夕暮れじゃなくてもっと人通りが多い帰り路だったらとか…、ここが薄暗い路地裏の奥じゃなかったらとか…、家までの距離とか…。


 ヒートの匂いに釣られてくるベータやアルファが理性的な人である確率が高ければとか…、でも大神が動けなくなる程のフェロモンなんて多分とんでもないんだろうなとか…、なるべく穏便に済ませてあげたいとか…。


 色んな可能性を考えて、一番私が望む理想に近い方法がそれだったからである。


 だから、ずるいと思いつつも私は大神へとねだる様に苦笑した。

 大神はこんな見掛けの癖に、何処のヤンキー漫画の不良少年だよってくらい性根は優しいから。


「大神にしか頼めない。お願い」

「ッ」

「あー、あれだよ、このゲロも今なら大目に見る! というかこんな格好じゃ私出歩けないし! えーっと、分かった、後日アイスも買ってあげる!」

「いるか馬鹿ッ」

「ええー」


 何とも凄い幸か不幸か効果というか、このゲロが匂いを紛らわすのか、大神もさっきの歩けない状態よりは大分回復しているし、推定女子高生の方も、近付いて背をさすってやってると少し気が紛れているようなのである。

 ゲロくせぇよ!って意味かもしれんが。


 ゲロよ! 馬鹿にして悪かったな! 大神今度から自己防御も余裕そうだな!

 

「ほら、大丈夫だからさ、十五分位で戻ってくれると嬉しい。大神なら余裕でしょ」


 険しい顔して睨み付けてくる大神に、態と軽く挑発するようににやりと悪戯気に笑って言えば、大神は舌打ちして俯いた後、真っ直ぐ私を見つめた。


「五分で戻る」

「ははっ、期待してる」


 それに無言で頷いた後、ふらっと身体を壁から離したと思った瞬間、ドサッという音と共に真っ黒いランドセルだけが路地裏に転がった。

 夕日に照らされていた姿はもう影も形もない。


「う、ぐぅ……、ごめ、ごめんなさいね。わたし…」

「大丈夫ですよ。ゲロ臭いですけど吸って、吐いて…、落ち着いて…」


 瞬間、ぎゅうッっと爪を立てられながら両腕で縋る様に掴まれ思わず呻いてしまったが、大人しく背中をさすってあげる。

 そりゃ腕痛いけど、こんな泣いて苦しんで必死に藁みたいに縋られちゃ離せないっしょ


「カップラーメン二個分より早く終わりますから、大丈夫ですよ」


 ただ自分と格闘するのに必死で聞こえていないだろうけど、何度も大丈夫だと声を掛けておく。

 大人~なりこちゃんはちゃんとあの大神持ち帰り事件の時から勉強していたのである。猿でも分かるはじめてのヒートから始まり保健の教科書とかもちゃんと立ち読みした程度には勉強したのである。えへん。

 というわけの作戦なのであるがな。この声掛けも妊婦さんと同じ方式で効果がない訳ではないそうなのだぞ。えへへん。


 血の気の失せる左腕に苦笑しながら、大神早く戻らないかな~とか、変な人誰も来ませんようにとか、ハンバーグ食べたーいとか考えて気を紛らわせ、長い様な短い様な時間が過ぎるのを待つのだった。







「理子!!」

「おー、大神いいところにっ」

「…、何してんだこの馬鹿!」

「えーっと、どっちかっていうとっ、され、中?」


 実は呑気に返しているが、絶賛圧し掛かられて抱き着かれ中である。いやん、恥ずかしいん。という余裕もまだあるので大丈夫である。力加減はゼロだが、まぁ元が女性の細腕だし、発情期中だと筋力は下がり気味になるし、何より抱き着いてるのも大神が近くに居たから染み付いたであろう残滓に近寄ってきてしまってるだけであるし。


 とはいえ傍から見たら女子高生に路地裏で押し倒されて襲われてる小五女子という倒錯的な感じに見えなくもない。というか絶賛見える。やっふーい百合百合大好きだけどまさか当事者になるとはりこちゃんびっくり仰天わっふーい。


「よく、ふふっ、くすぐったっ、五分位で帰って、うひゃっ、これたね」

「何か気が抜けるからやめてくれ」

「えー、出来れば助けて欲しっ、わわっ」


 地面に寝っ転がされながら、反転した視界で大神を褒めれば、大神は我が家のタオルで顔を覆い、あの大神が汗水を額に浮かべながら呆れた風にこちらを見ていた。


 何か強盗して逃げて来た犯人みたいである。でも、本当に必死になって体調悪いのをおして取って来てくれたと分かるので感謝と感動しかない。


 くるりと地面から起き上がろうとした瞬間、先に圧し掛かっていた女子高生がふらっと立ち上がった。

 重みがどいたので動きやすくはなったが、その顔を下から見上げて思わず幽鬼の様な顔にぞっとする。


 やばっっ、完全に意識ほぼ無くして暴走してるっっ


 慌てて大神へと向けて声をあげていた。


「大神! 意識なくしてる! それ置いてあんたは逃げといて! ありがと! 後はやっとくから!!」


 後はりこちゃんの出番だとふらふらと大神へと近付く女子高生の横をすり抜けて大神へと腕を伸ばせば、その腕を掴まれた。まるでいつかの逆みたいだ。その強さに、思わず女子高生ちゃんに掴まれていた部分が痛んで顔を歪めてしまった。


 くっそう、ピンポイントで狙いおってからに…! こんな時も無駄に野生の狩猟勘を働かせるんじゃないよ…! というか何故今掴んで虐めてくるか…! こちとら精神年齢の都合上アドレナリン出るまで時間掛かるんですよ!!


「血、出てる」

「あー、舐めとけば治る治る。あんたの口癖でしょ。というかむしろ流血ってるんで離してくだせえ」

「…俺も残る」


 そのセリフに思わず眉間に皺が寄るし、むしろすぐノックダウンされてゲロの再来じゃないかと突っ込みたくなるも、後ろから聞こえる呻き声と足音にもう時間はないかと諦めて女子高生の方へと向き直った。

 ええい、何処のゾンビ映画だ。絶対売れないに違いない。


「あーもう! ゲロ吐いても今度は無視するからね!」

「吐かねーよ。忘れろ」

「はいはい。じゃ、大神、早速あんたはそれを私にパスして……、女子高生ちゃんへタックルゴー! そのままちょっと間確保よろしく!」

「なっ! 人使いの荒い奴め!」

「ふふん、残るって言ったんだから言質は貰ってるもんね! はいはいレッツゴー」


 舌打ち一つ、けれどそれ以上は何も言わず体格差のある女子高生を見事に抑えというか、抱き着かれ気味で拘束している。タオルをしているとはいえ、みるみる気分が悪そうになっている大神を横目に捉えて、私も最速で準備した。


 はい、たららたったたーん! オメガのヒート抑制剤簡易せっと~


 じゃじゃーんと某青い狸さんイメージを脳内で再生しつつ、手際よく準備する。


 ふふん、諸君言ったであろう?これでも勉強してきたとな…!


 いやぁ、まさか私もお花ちゃん対策とか、自分の調べ始めたら止まらなくなった好奇心の矛先であるヒート抑制剤簡易セットをこんなにも早く、しかも実践本番一発目で見も知らぬ他人に使うとは夢にも思わなかったがな…! 人生何が起こるか分からないものである。転生したが。

  


 はい、という訳で―――



 ぐっさーと注射器刺しました。ええ、問答無用で血管に抑制剤(ラブ)注入ですとも!


 

 白衣の天使と呼ばれてもあながち間違いじゃないわね! おーほっほ! ゲロ臭いしオメガバース布教の神官という意味だが。おーほっほ、文句言う子はお注射しますわよー。悪い子はいねがー


「いやぁ、色白だと血管に刺しやすくていいねー」

「お前、それ」

「大神のご両親から貰った抑制剤だよてへぺろー。っと、わわっ」


 軽く言ってるが、実は初めてだったので内心もう冷や冷やしながら刺していた。針こわい。うう、暴れなくてよかったぁ、大神居て気を引き付けてくれて助かったかも。本人死にそうだが。


 はぁ、これ、実は大神のご両親の前でぽろっとヒートやら抑制剤に関して興味があるというか、ドラッグストア回る予定だと零したら、「そんな粗悪品よりこっち使いなさい」とぽいっとくれたのである。


 うーむ、博士達の考えることはよく分からない。民間の安いやつより自分のをという流石第一人者の博士のプライドなんだろうか。


 とはいえ、錠剤タイプだと効き始めに二時間くらい掛かるから速攻性がないらしいし、大神の両親製だとお花ちゃんの初ヒートとかだと強すぎるんじゃないかと心配したら、こうして注射タイプで薄め版を作ってくれたという裏事情である。まぁ、本来抑制剤ってヒート来そうだなぁって時に前々から飲んどくらしいから、即効性もそんな重視されず効能や副作用を抑えること重視なんだけどねぇ。

 

 まぁ、万が一を考える子りこちゃんは、こうしてゆっくりでうっかりなお花ちゃんのありそうな突発ヒートに備えて一応準備してたんだけど…。何度も言う。小五で使う訳ないと家に置いてましたてへぺろ。


 あー、大神にご両親の元へ抑制剤貰いに行ってくれとも言えず、そんなすぐこの薄めた版貰えるかも分かんなかったから我が家から取ってきてもらったけど、注射器って銃刀法違反に入んないよね…?


 殺傷能力ありそうに見えてなさそうで、使う気ゼロどころか人助け目的なんですがダメですかね…! むしろこの世界って銃刀法違反ってあるんですかね…! というか大神の両親がぽろっとくれたんですが大丈夫ですかねぇぇぇ! あと勝手に医療行為というか注射器刺しちゃったけど大神とこの子さえ口止めしとけば大丈夫ですかねぇぇぇっ


 まだ荒い息ながら眉間の皺がほぐれ、ぐったりとその場に座り込みそうになった女子高生ちゃんを支える。

 嘘、もといその下敷きになる。

 

「大神! 見てないで助けておくれ!」


 大分匂いがマシになったのだろうか、タオルを取った大神は、いつの間にか壁に背を預けてこちらを見下ろしていた。


 いつに間に! ええい、ゲロりんちょしてた癖に、何か路地裏で今でさえ気だるげな感じが絵になるとは凄い理不尽を感じるぞ。何か私の方が泥だらけというか汚らしくないか? ぐすん。

 というか、何故助けてくれぬのか。酷いっ


「いいぜ。ただし、今から帰るならな」

「え…? そりゃ帰りはするけどさ」


 意味が掴めず首を傾げると、言質は取ったぜ?と大神にずりずりと女子高生ちゃんの下から引っ張り出される。それ私の真似か? むぅ、こう使われるとむかつくガキんちょであるな。

 

「じゃあ行くぞ」

「え、いや、流石にこの今すぐは無理というか」

「は? お前嘘吐く気か?」


 ひいっ、人殺しの目だよだから怖いってぇぇぇ、お前は一体何処のスナイパーだ!! というか、ひとでなしか!! せめて起こすかくらいするのが人道でしょうが!!


 すっかり夕焼けは落ちて、大分夜が近付いている。とはいえ、三十分も経ってないのだからまだ晩御飯には早いくらいだし、これくらいの時間なら健太にキャッチボールを付き合わされまくった時の方が断然メガ盛りマックスで遅いくらいだし。


「残念、”今”の時間感覚は主観に寄るものなので、私は行きませんー」

「ほう? ”今”の一般的な時間定義は長くても五分以内だと思うがなぁ。で? 五分以内に行くのか? 起きたらもういいだろ?」


 ぐぬ、こいつ、無駄に賢しさを発揮しやがって。

 というか、絶対答え分かって言ってるよね? ああもう勘の良さに博士クラス頭脳とかマジ止めろし。

 そして今にも女子高生ちゃんを蹴り起そうとすんなし。ええい、人道に関しても躾てやろうかこら!


「あーもう蹴ろうとするな馬鹿大神! じゃあ帰るとは言ったけど今とは付け加えてないんで帰りませんー」

「なら対価も払わず報酬だけ受け取るという訳だな」

「勝手に早とちりしての行動で対価を貰おうだなんて、押し売りというのですよ大神くん」


 ふふん、これぞ秘儀屁理屈こね回す大人対応術…! これを習得するには社会の荒波というクソクエストに挑まねば得られぬ、ある意味通称クソスキルである。


 りこちゃん心で涙目…! 大神、屁理屈の自覚はあるからすまん…! こんな大人になってくれるな…!と思いつつも折れる気はないのがクソスキル保持者の特徴である。


 案の定、大神は今度は不快というより、怒りというか苛立ちで焔色の目を燃え上がらせた。歯を見せて低く唸っている。


「じゃあ、いつ帰る? 言ってみろ」

「あー、えーっとそれは」

「それは?」

「もう少ししたら帰るから大神は先帰ってていいよ。ついでに少し遅くなるってお母さんに言っといてくれれば。あ、ハンバーグとコロッケは残しと――」

「で? ”もう少し”はお前にとって何分だ?」


 怒ってるのに冷静という大神に思わず引き攣った笑い顔になった。あー、うむ、ダメだ、我が秘儀屁理屈こね回す大人対応術も既に使用上限だし、秘儀愛想笑いも一笑にふされそうだし。


 諦めて降参とばかりに両手を挙げた後、いつの間にか健やかな寝息を立てる女子高生ちゃんの顔の砂を払って膝枕してあげる。


「打ったやつさ、少し薄めてるし液体状だから初ヒートとか身体が若い子でも負担は少ないし、効果が薄い分即効性が錠剤よりかはある代わりに、三十分程暴れるの防止用の睡眠剤入ってるって聞いたんだよねぇ~」

「で? 三十分こいつ見てやると?」

「別に大神は帰っていいってば。ほら、睡眠剤で寝てる美少女をこんな路地裏に放置も出来ないし、変な人来たら困るし。かと言って大人が来て大事なっても面倒だし。私が薬打っちゃったせいみたいなもんだからさ、起きて誰もいなかったら混乱するでしょ」


 つらつらと理論武装を述べてみれば、見上げた先の大神は顔を俯けてぼそぼそと多分悪口でも何でも言って舌打ちした後、ひょいっと転がっていた黒いランドセルを拾った。


 ほっと思わず安堵の息を吐けば、それに聞き咎めた大神がこちらを横目で見て片眉を上げる。


「お前、俺が簡単に言う通りに動くとでも思ってるのか」

「えー。ゲロとアイスで手を打つって言ってるじゃん。ちょっとくらいお母さんに遅れるって伝言位いいでしょーが。けちー」

「ふん、それは薬取ってくるので消えてる」

「あー分かった、私分のコロッケ一個あげる。ハンバーグはひと口ね」

「お前の方がけちだろ」


 呆れた風に言う大神がランドセルを背負い直したら、ふわりと路地裏の入口から生温い風が吹いた。

 もう夕日は落ちている。路地裏だからか、そうなってしまえば一気に暗闇が増した。


 半袖だから少し冷える。この場合、先にいってらっしゃいとでも言うのがベストなのだろうか。タオルを無造作に手に持つ大神を見上げながら、寒さにふるりと肩を震わせれば、大神はそれを見てまた眉間に皺を寄せた。


 あいつ、将来眉間の皺消えなくなっても知らんぞ。お肌の張りなんて一瞬の財産ぬんぬんだし。

 とりあえず愛想笑いで送るかと右手を挙げようとした瞬間、ぴくりと何かに反応した大神が路地裏の入口を見た後、ついでこれまた悪の大魔王もびっくりレベルの悪どい顔でにやりと笑った。


 嫌な予感に一瞬でぴっしゃーんと背筋が伸びる。


「お、大神、何か凄い嫌な予感がするんだが」

「お前も勘が鋭いんじゃないか? 言ったろ? 簡単に言う通りに動くとでも思ったのかって」


 ”捨て身をずっと見せられる方の身にもなれ”


 何を…と口を開きそうになった瞬間、耳を疑う声と姿が五感に飛び込んできた。



 お、お、おかあさーーーんんん!!??



 次いで、まさかの大神の両親まで路地裏に現れる。な、何で、なっっ!!?



「理子!! また何かしたのね! もう! 少しは大人しくしてなさい! 何かやる前にまず相談! 約束したでしょ!!」

「あの、大ごとの何かにすまいと私なりに最善最速な行動で消臭もとい人命救助しまして……」

「言い訳したら!」

「ごめんなさーーい!!」


 母の愛の鉄拳制裁に思わずぴぎゃーと小五の身体に引っ張られてガン泣く。

 うう、怒った母怖いいいい!!! うわーん! 大神めぇ、何で連れてくるんだよぉ!! 折角穏便に済みそうだったのに伝言して欲しいのはそれじゃねぇよーー!!


 しかし、大神を見ると大神も大神で何かダメージ食らった顔してた。え? 自分の両親呼んだの大神じゃないとか?


 あ、なんか大神母に指差された。大神と目が合った。にへら~っととりあえず会釈と一緒に手を振って援護してやったら何か顔を顰めて落ち込んでいた。何でだよ! むしろ気遣ってやったのに感謝しろよ!


「理子! 聞いているの! もう、その子、とりあえず大神さんの車へ運ぶからあなたは休んどきなさい」

 

 うう、と大神のとばっちりお怒りに益々ガン泣きしていると、するりと頭を撫でられた。

 不思議に思って見上げると、大神父。相変わらず闇夜でもより輝くというか、神々しい美貌と存在感である。


「オメガのヒートだね。大体分かったよ、役に立って何より。お疲れ様」


 その後ひょいっと女子高生ちゃんを軽々とお姫様抱っこするので、ほけーっと見惚れていると私もいつの間にか母におんぶされていた。


「わっ、お、お母さん!? 私ちょっとゲロ付いてるからっ」

「暴れないの、重たくなってまぁ。話は後ですからね。ほら、ランドセルは自分で持って。早くお風呂入りましょ」


 そうしてふらふらと大神母の手も断って車まで歩くものだから、何だか全部の線が切れて涙とか鼻水とか、もうすんごかった。


 多分満月に吠えてた犯人は、今日に限って狼じゃなくて私かもしれない。

 背中が色んな液体でびっしょりだろうに、それに煩いし重いだろうに母は最後まで何も言わず離さなかった。そして誰もそれを止めなかったので、思う存分泣き疲れて車の中でぐってりダウンするまで吠えたのだった。





 ちなみに、注射器はこっそり大神母が回収してくれてたと、軽い気絶から眠い目を擦って大神家のホマルシェから自力で降りた時に隣の大神が耳打ちしてくれた。大神母と我が母は人数制限の都合で徒歩帰宅である。

 注射器回収はいい情報だ。でもアイスはもう買ってやらんからな…!と大神をじっとり眺めつつ。



 そんな大神と私であるが、何が一番二人の心を抉ったかって、迎えとして玄関口で出迎えた翔太が鼻を摘まみながら言った一言であろう。



「ねーね臭い…。今度は誰を拾ってきたのー?」

「臭い…ッ」

「拾……」


 

 やはり純粋な子供の一言が一番的を射るというか、ストレートにダイレクトに来るのである。



 うう、お風呂入ろ……



 そんな小五のある日の命名ゲロ様様事件であった。

 あ、何かカエルを連想するから今度別の名前考えよ。








 




トネコメ「りこちゃんのカエル嫌いは筋金入りである」


んー、まだ確定ではないんすけど、一応

次話投稿「8、小学六年生 告られた」予定です〜♪のんびりお楽しみに〜

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