幼馴染たちがなかなかゴールしなくて心配です。
深夜の二時間クオリティです。
突然だが、俺には昔から親しくしていた幼馴染たちが居る。
同じ村で生まれ、同年代どうしで交友関係が始まり、13年の歳月を経て、18歳になった俺たちは、固い絆と腐れ縁で結ばれた仲間だった。
だけど、そんな俺たち――というか俺の中で、燻っている問題が一つ。
あの二人、いつまでたっても関係が進展しないんです。
***
「アレーン! シオーン! こっちよー!」
遠くからでもよく通る、涼やかで可愛らしい声音が、俺、ことシオンと、もう一人の連れであるアレンの名を呼ぶ。
声の方に視線を向ければ、そこには小高い丘に立つ木の下で、愛らしい笑顔を振りまきながら手を振る一人の少女の姿があった。
「うん、今行くよリーナ!」
「そんなに手を振らなくても見えるっての……」
先んじて返事をしたアレンが、嬉しそうな顔で手を振り返し、残り少ない距離を駆け始める。
この後、目の前に広がるであろう光景がすでに幻視できている俺は、いつまでたっても変わらない二人の振る舞いに、若干疲れた調子のつぶやきを漏らした。
「お待たせ、リーナ。良い天気になってよかったね」
「ええ、そうねアレン。今日もお疲れ様」
にこやかに、晴れやかに、幸せそーに笑いあう二人の視界に、俺は入っていない。もはや恒例行事過ぎて突っ込む気も起きないが、割って入らないとここに来た目的が――リーナの作ってくれた昼食にありつくという目的が達成できないので、仕方なく俺は二人の間に割って入った。
「おーい、早く昼にしようぜ。アレンも腹減ってるだろうし」
「あっ、そうね。ごめんなさいアレン」
「ううん、大丈夫だよリーナ。さ、ご飯にしよう」
「えぇ! 今日も二人のために頑張って作ったから、いっぱい食べてね!」
ようやくアレンから離れたリーナが、置いてあったバスケットを可憐な笑みと共に差し出してくる。フタの開かれたその中には、たくさん拵えられた美味しそうなサンドイッチが詰め込まれていた。
「んー、美味そう! いやぁ、リーナが幼馴染でよかったよ」
「もう、褒めてもお茶くらいしか出ないわよ? さ、アレンもどうぞ」
「うん、さっそく頂くよ。いつもありがとう、リーナ」
にこりとアレンが笑いかけると、リーナは頬を赤くして照れくさそうにはにかむ。そんなリーナを見たアレンもまた、幸せそーーに破顔した。
「いただくまえからごちそうさまです、っと」
やってられなくなった俺は、拝むだけ拝んでからサンドイッチをほおばる。
いつもと変わらずに美味しいリーナの手料理は、いつも通り甘ったるい香りがするような気がした。
***
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ、リーナ」
「はい、お粗末様。そう言ってもらえると嬉しいわ」
食後のお茶を手にしながら、二人は再び笑いあう。それだけでなんだか周囲の空気まで甘ったるくなっていくような気がして、俺は追い払うように細いため息を吐いた。
「シオンも、お粗末様。美味しかった?」
「ああ、ごちそうさま。やっぱりリーナの料理が一番だよ」
「ふふ、ありがと。作ったかいがあるってものね」
甘ったるい空間を保ったまま、リーナは俺にも笑いかけてくる。長い付き合いの俺から見ても可愛らしい笑みにすこしドキリとしながら、差し出されたお茶を受け取った。
「ねぇアレン。今日のサンドイッチはね、行商の人から買った良いスパイスを使わせてもらったのよ。どうだった?」
「え、そうだったの? ごめん、美味しくて夢中になってたから、つい……」
「んもぅ、アレンってば調子のいいことばっかり! シオン、あなたは気づいてた?」
「あー、悪い。俺も気づかなかった。いつもより味が濃いなーとは思ってたけど、そういうことだったんだな」
「あら、気づいてたんじゃない。さすがシオンね! アレンもちゃんと見習ってよね!」
「が、がんばるよ……」
相変わらず甘ったるい雰囲気を漂わせながらも、二人は俺を交えて雑談をかわし、笑いあう。そこに心の壁や邪険にあしらうような雰囲気はなく、ごく自然な空気だけがそこにあった。
アレンとリーナ。13年来の付き合いであるこの二人は実は、村ぐるみで公認されたカップルだ。
本人たちに聞いてみても、二人がカップルとなったきっかけは分かっていない。両者ともに返ってきたのは「気が付いたら好きになっていた」という言葉だけだったのだ。
ただ、実際にお互いの気持ちを確認し合い、自他ともに認める関係となってからも、二人はなぜか俺とも変わらない関係を続けていた。
むろん、置いて行かれた感とか、勝手に奪われた感とかを感じなかったわけではない。ただ、いつも通りの関係を続けていくうち、次第に何かが変わったわけではないことに気付いて、そういう気持ちは抱かなくなっていったのだ。
そもそも思えば、昔からリーナの眼差しは、俺とアレンを見る時であからさまに違っていた。
何が彼女の琴線に触れたのかは知るよしもないが、ともあれ結果的に彼女はアレンを伴侶に選び、今に至るのだ。
……もっとも、今でも嫉妬とか敗北感、そして「大いなる不安」を感じることはある。だけどそれ以上に、俺の中には将来結ばれるであろう二人を祝福する気持ちが強く残っていた。
ならば、俺の抱いている「大いなる不安」とは何か。
――実はこの二人、今の関係になってから、もう5年も進展を見せていないのだ。
たとえば、さっきの食事のとき。
わざわざリーナがアレンに「あーん」をしていたのだが、やった後の二人はまるで昨日付き合い始めたカップルのように、お互い顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身もだえていた。
たとえば、三人で村を散歩するとき。
二人が並び、その後ろを守るように俺がついていく……というのがお決まりのスタイルなのだが、並んで歩く二人はとうぜん、互いの手を絡めて歩いたり、時には密着して歩く。で、それをするたびにお互い恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になって無言のままに歩いているのだ。
たとえば、いつも通りに顔を合わせるとき。
仕事をする前にはおはようのあいさつをするのが日課なのだが、その時もこの二人はいちゃいちゃして、そのたび気恥ずかしいのか逃げるようにお互いの持ち場へと去っていくという光景が、ほぼ毎日のように続いていた。
カップルらしいことをするたび、毎度のように二人は初心な反応ばかりを見せる。
いつまでたっても慣れや進展とは無縁なその光景を見続けた俺はいつしか、
「こいつら、ホントに結ばれるんだろうか?」
という疑問を持つに至ったのだ。
アレンとリーナが互いを愛し合っているのは事実であり、そこは疑いようもない。しかしどうにも、この二人が「恋人同士」の先にある関係――「夫婦」の関係に落ち着いている未来を、思い描くことができないのだ。
俺以外の村人たちも、口には出さないがきっと同じことを思っているのだろう。いちゃいちゃする二人を見守るその目は、微笑ましくも心底呆れかえっているような、そんな光を宿しているのだ。
『……どうしたの、シオン?』
黙りこくった俺を見た二人が、語調を合わせて、不思議そうな表情のまま、俺のことを覗き込んでくる。
「や、なんでも。……この先の未来を、ちょっと憂いていただけさ」
「……シオン、大丈夫? なにか変な物でも口にしたんじゃないの?」
「体調が悪いなら、今日はお休みにしてもらったらどうかしら? 無理しちゃだめよ?」
「あぁ、うん……大丈夫。なんでもないよ」
果たしてこの先、この憂いはいつまで続くのだろうか。
進展しない愛すべき幼馴染たちの顔を見ながら、俺は大きくため息をついた。
読んでいただきありがとうございました。
ほとんどやっつけですが、楽しんでいただけたならうれしいです。