六甲山全山縦走1-加藤文太郎-
名神高速道路を西に向かって車を運転している影一だった。
珍しく高速道路を利用しているのはもちろん時間の節約の為で明日の朝は早い予定だった。
大津ICを通り過ぎたころ。
「やっぱり感動した。」
初めて雪山に登った影一の感想である。
一面真っ白で真っ青なスカイラインに縁どられた山が夕日に照らされる様はとても美しかった。
山頂こそ踏めなかったもののそんな美しい景色を一人眺めることが出来たことに満足に近いものを感じていた。
これから来る冬のシーズンをどうやって過ごすべきか真剣に考えていた。
そして思考がひと段落したところで別のことを考え出した。
「六甲山全山縦走、かぁ。」
明日の山行予定である。
最近影一がはまっている山岳小説がある。
タイトルは「孤高の人」
主人公加藤文太郎の山に懸けた人生が描かれた実話を元にしたフィクションである。
文太郎はその生涯を冬の槍ヶ岳北鎌尾根で閉ざしてしまうまで単独行でたくさんのすごい記録を作ってきた偉大な登山家でその性格は寡黙で真面目、影一はそんな文太郎を自分に重ねて読んでいた。
そんな文太郎が編み出した登山トレーニングルートが六甲山全山縦走である。
文太郎は午前5時に和田岬にある会社の寮を出発して市内を歩いて須磨に行き高取山、再度山、摩耶山、六甲山を縦走して宝塚に降り西宮に出て街道を神戸に入り、和田岬に戻るまで合計100㎞の道のりを翌朝午前2時に戻ってきたようだ。
そんなとてつもないトレーニング方法だが今回は宝塚に車を置いて電車で須磨まで行ってそこから文太郎が縦走したように六甲山地の山々を歩き宝塚まで戻ってきて車を回収するというのが今回の計画である。
約56㎞もの道のりだがコースタイムは14時間程で常念岳の山行を思えば行けなくはないと思える時間だ。
伊吹山よりは標高が低いのでおそらく雪はないと信じたい。
そんなことを考えているうちに宝塚ICを出て宝塚の町に入る。
適当なコンビニで買い出しを済ませ宝塚駅近くのコインパーキングで仮眠をとることにした。
そして翌朝、宝塚駅始発に乗って須磨浦公園前で下車して改札を出るのであった。