猿投山2
「なんだろう、あれ。」
山頂には自分と女性が一人の二人だけだった。
ここに来るまでに何人かとすれ違っていたので朝の駐車場の車の主たちはきっとその人たちだったのだろう。
その女性は2Lのペットボトルを何本か周りに置いていて手に持った同じ大きさのペットボトルを傾けて中身を捨てているように見える。
影一はその不思議な光景を少し眺めた後思った。
「この人にいったい何をしているのか聞いてみたい、いや聞かなければダメな気がする。」
だが口下手な影一は登山中に自分から誰かに話しかけた事など一度もない。
変な人だと思われたらどうしようとか色々考えてしまう。
そうしている間にも女性はペットボトルの中身を捨て続ける。
もう少しですべてのペットボトルが空になりそうなところで意を決して尋ねてみることにする。
「あっ、あの、こんにちは。」
きょとんとした顔でこちらの顔を見返してくる。
遠くからではあまり気づかなかったが相当な美人である。
おそらく同年代か少し上な感じ。
すこし場違いな気分になってますます言葉に詰まる。
「そのぉ、それ。」
なんとなく雰囲気で察したのか
「あぁ、これですか?水を担いできたんですよ、トレーニングのために。」
すこし汗をかいた顔でこう続けた。
「2Lを8本合計16㎏、最低限の装備も持ってきているからそれ以上。肩痛くなっちゃったわ。」
「すごいですね。」
「そうかな、でも縦走登山となるとこの重さのザックを担いで一日歩かなきゃだしね。」
縦走登山?耳慣れない単語が出てくる。
「縦走ってなんですか?」
「縦走っていうのはね、ピークからピークへと歩き続けることよ。一つのピークだけじゃなくいくつかのピークを通してあるくから疲労もたまるし技術もいるし、でも達成感はその分あるけどね。」
そんな感じでポンポンと会話が続いて行った二人きりの山頂で。
一時間以上話していただろうか?
影一がこんなにも誰かと話すのは珍しい。
と言っても影一は相槌や質問をするだけで主に彼女が話し続ける格好ではあったが。
「はぁっくしょん。」
彼女がくしゃみをした。
どうも汗の始末をしないまま話し込んだのがいけなかったらしい。
「体冷えちゃった。そろそろ下山するね。」
「あぁ、僕も下山します。」
「じゃあ登山口まで競争だね。」
と一言いって風のように去って行った。
登山道で走るのなんてありなのかと少し思った影一だった。